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hello,family  作者: ユッケ
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プロローグ




「…すべての設定は、完了した」


薄暗く冷たい部屋の中に、男の声が響き渡った。

その言葉とは裏腹に、その声に一切の喜びは無い。

窶れ切ったその表情と、白に染まったその髪色がそれを強調している。


「ついに、完成したんだね」


「……完成してしまった、と言うべきだけどな」


帰ってきた声に、男は自嘲気味にふっと笑いながら言った。


―――果たして、自分が作ってしまったものは何なのだろうか。


部屋の中に備え付けられた小窓から、横たわる巨大なそれを見降ろした。

まだその中では、何人かの作業員が最終チェックを行っている。

この世界において、最後にして唯一のもの。

それは、この混沌とした世界に平和をもたらす物か、それとも覇権を手に入れるための物か。

前者であって欲しい、と思ったがその望みは恐らくないだろう。


「“これ”を手にするのが、『あの男』だというのが一番の懸念だよ」


思い出すだけでも忌々しい顔が頭に浮かぶ。“これ”を『あの男』が手にすれば、どういう結果を齎すのか。

もはや目に見えるようであった。憎悪と絶望に表情が歪んでいくのが男自身にもはっきりと分かった。


「仕方ないことだよ、父さん。こうしなければ、母さんは助けられないんだから」


「……ああ、そうだな」


息子が慰める様に、父――男へと言った。

その言葉に『あの男』に奪われた最愛の存在が頭に浮かぶ。

きっと、一人のために“これ”を完成させてしまった自分は許されざる罪人なのだろう。

それでも、私は守りたかったのだ。大切なもの――家族を。


必死に、自分を納得させる。正当化させようとする。

しかし、隠しきれない思いはぽたり、と涙となって瞳から零れた。

自分はあくまで、普通の生活を望んでいただけ。

なのに、『あの男』は、この世界は。どれだけ私達に理不尽を押し付けるのか、と。


「おじちゃん…ないてる。いたいのー?」


一人の少女――まだ5才にもならない――が、心配そうに男に近寄る。

お腹が痛いとでも思ったか、せいいっぱいに背伸びをしながら、男の腹部を撫でた。


「いたいのいたいの、とんでけー」


「……大丈夫だよ、リナちゃん。おばさんに会える、と思うと、おじさん嬉しくなっちゃってね」


「おばさん、もどってくるのー!? やったー!」


男の言葉に、少女はぱあと表情を明るくさせた。

無邪気に飛び跳ね、全身で喜びを表現するその姿に、父と息子の表情に僅かに笑顔が浮かぶ。

…だが、父の表情は、彼女に対する若干の憂いも同じくして含んでいた。


「母さんにすごく懐いてたからね、リナちゃん」


「そうだな。もうあいつが母親みたいなものだったからな」


「もうオレ達とも、本当の家族みたいなもんだよな」


「本当の、家族…か」


幼くして母を亡くしたその少女は、果たして家でどのような扱いを受けているのか。

父は彼女の家庭を、家族をよく知っていた。故にそれは常に懸念している。

邪魔だ、という理由で幼い娘をこのような場所に押し込めた父親なのだから、その

扱いは推して知るべしという所なのだろう。


「お前にも、苦労を掛けたな。作業を最後まで手伝ってもらってな」


「この位何でもないよ父さん。家族なんだから、さ。助け合わないと」


ああ、本当によく出来た息子だと、父は思った。

自分の罪の片棒を担がせたも同然だというのに。父親として失格だと、自分でもはっきりと解るというのに。

それでも、この息子は。まだ私を助ける存在と、家族と言ってくれている。

その言葉から救われた気持ちを、父は感じた。




――ピピピ、ピピピピ。


突如、部屋のベルが鳴った。

父が確認すれば、この施設の入り口からの内線コールだった。

がちゃり、と通信を取る。


「どうしたのかね?」


【所長、“彼”がお見えになられました】


通信先――父が信頼する部下の研究員の一人――から、来訪者が伝えられた。

恐らくは『あの男』だ。嫌悪感は何とか抑えたが、その内容に父は違和感を覚えた。

おかしい。進捗の確認はまだまだ先だった筈だが。


「……通す準備はするが、用件だけ確認してくれないか」


【いえ、私も確認しましたが、会って直接話したい、と仰られて…】


「…そうか。それならお通しして―――」


直後、返事を待つまでもなく、ぱぁんという渇いた音が悲鳴と共に受話器から響き渡った。


【ぐあっ!!】


「どうした!?」


【や、止めてくれ!殺さないで――】


部下の命乞いの後、同じ音が機械的に2発響く。

あぐっ、と小さな悲鳴の後、受話器の向こうから声が聞こえてくることは無くなった。

父がそれを銃声と認識し、部下の末路を理解するのは即座の事だった。

それを皮切りに、受話器の向こうから更なる音が絶え間なく聞こえてくる。


悲鳴。銃声。何かが倒れる音。


――今何が起こっているか、これからどうなるか。恐らくは誰かが最後の力を振り絞って押したであろう

非常ベルの音が施設全体に響き渡ったことで、すべてを父は理解した。


「父さん!どうした!?」


「…部下が、殺された。あいつらが襲撃してきた」


「そんな、バカな!? 約束と違うじゃないか!!」


「…おじさん、にいちゃん。こわい、よ」


ぎゅっと、息子の足元に縋りつく少女を抱きしめてやりながら、息子が言った。

その言葉に、父はがんっと両手を叩き付ける。歯が折れる程食いしばる。

己の愚かさを悔いるかのように。


「完成が漏れたのだ…! 恐らくは、完成した以上私達は用済みという事か…!」


「そ、んな。あいつらは、最初からこうするつもりだったのか…!」


その瞬間、父はだっと、部屋の中の棚に駆けだす。その中からある物を取り出した。

一見何でもないような、2つの紙片だった。

それを呆然としている息子の手に握らせた。


「お前たちは脱出するんだ。そこの後ろの扉は非常口になっている」


「そんな、父さんは」


「…私はここに残って時間を稼ぐ」


「ダメだ、父さんまで殺されるぞ!オレ達と一緒に逃げるんだ!」


父の言葉に、息子は激しく取り乱した。

そして、がっと、父の手を乱暴に掴んだ。まるで、絶対に離れたくない意思の様に、硬く。

だが父は、その手をもう片方の手で強引に引き離す。


「一技術士が、あいつらからは逃げられない。だが、お前たちの存在はあいつらは知らない。

なら、暫くはお前たちには追手はつかないさ」


「けど…!」


「いいか、その紙を離すんじゃないぞ。それを持っていれば、あいつらとも対等でいられる。

もしかしたら取引もできるかもしれん」


息子は、手にした2枚の紙を見た。

父の綺麗な字で、見覚えのある文字が書き記されているのみだった。

父は両手でがっと、息子の肩を掴む。そして言い聞かせる様に、言った。


「最後まで辛いことを押し付ける。だが、これは世界の運命を左右することだ。あいつらには托せない、お前にしか托せない」


「父さん…」


「それに、リナちゃんを守ってやらなければならない。関係者を抹殺するなら、恐らくあいつらはこの子にも容赦はしないだろう」


その言葉に、息子は何も言えなかった。

確かに『あの男』ならたとえ娘でも容赦しないのは、はっきりと理解できた。

巻き込んだ以上は、自分達が守らなければならない。そう漠然と思った。


「おじちゃん…しんじゃうの?」


涙を目に浮かべながら、少女は言った。会話から、只ならぬ空気を感じたのかもしれない。

父はそれに微笑みで返しただけだった。死ぬとも死なないとも言わなかった。

否、言えなかった。あいつらに捕えられた自分はどうなるか、全く分からなかったから。

直後、銃声と悲鳴が部屋の扉の向こうから聞こえてきた。この施設は広くはない。

恐らくは、もう近くまで来ているのだろう。


「…行け!もう時間が無い!」


「……行こう、リナちゃん」


「おじちゃん…おじちゃん!」


覚悟を決めた息子は、少女の小さな体を抱えて持ち上げた。

それでも尚、少女は父を呼び続ける。

その叫びに、父は言い聞かせる様に言った。


「いいか、リナちゃん。これからは、そいつが君の“家族”だ。そいつのいう事はちゃんと聞くんだぞ」


「行くよ、リナちゃん」


「おじちゃーん!!」


「2人とも、生きろ!!」


父が叫んだ。普段は物静かな父の、力の限りの咆哮だった。

その言葉を背に負いながら、少年は走る。少女は泣く。

非常口に入り、自動扉が閉められる。


――きっと、これが父との今生の別れになるのだろう。


漠然と理解できた事実に、少年の目からぼろぼろと涙が零れた。

それでも、少年は止まることが出来ない。

父の望みを守るため、そして大切な最後の“家族”を守るため。

その彼女を背に負いながら彼は懸命に走り続けた。父への未練を振り切れないまま。




「…頼んだぞ、アイク」


送り出した息子の姿が扉に阻まれても、父はその扉を見続けていた。

ぽろり、と。その名前を零す。

この“最悪な世界”に幼い2人を送り出す等、親としてあり得ない事だった。

あっけなく命を亡くすかもしれない。碌な食事がとれるかも保証はない。

しかし、ここにいれば『あの男』によって確実に殺される。

それよりは僅かな可能性に掛けたかった。

紙片を託すのも目的ではあった。しかしそれよりも、ただ生きていて欲しい。

父として強く願うその思いが圧倒的に強いのが確かな事実であった。


瞬間、反対側――部屋の入口の扉が開かれる。

同時に銃を構えた兵士が散開、銃口を父に向けた。

その兵士を引きつれるように、一人の男がぬっと現れる。

見なくても解る。『あの男』だ。


「乱暴な訪問ですまんね。…まるで覚悟を決めたような様子だな? ジョーゼット君」


「…そうではない。突然の展開についていけないだけだ」


父はくるり、と振り向いた。

下卑た笑みが、兵士達に守られてそこにあった。

まるでこの状況を愉しんでいるかのように、醜悪な男の顔が。

今にも殴り掛かりたい感情を、父は抑えた。わずかでも、息子達が

逃げる時間を稼がなければ、と。必死に平静を取り繕う。


「…約束と違うじゃないか。技術者たちと、我々の家族の命は保証するんじゃなかったのか」


「…ふん、これだから技術だけの馬鹿は扱いやすい。機密を知る者は少ない方が良いのだ。

最初からそんな約束は守る心算などあるものか」


そう言うと、男は銃を取り出して父に向ける。そして、その口角をさらに釣り上げながら言った。


「そう、“最初から”…な」


「…まさかっ、貴様、妻を…!?」


「んー…ああ、たしか半年くらい前…だったかなぁ? くっくっく」


その言葉を、その悟りを。まるで待っていたと言わんばかりに男は嗤う。

そう、男と父が交わした、最初の約束。

彼の妻を人質として、父と交わした最初の約束。

それをあっさりと『この男』は踏みにじったのだ。

怒りと憎悪に震える父をさも愉快気に嗤いながら、男は言った。



「まあ、安心しろ。ジョーゼット君」



―――君も、同じ場所に埋めてやろう。



銃声が、部屋に響き渡った。
















目を開くと、灰色の空が広がっていた。


少年はむくり、と上体を起こす。目に入ってきたのは、巨大な門。

その門が守る様に、後ろには石造りの建造物が立ち並んでいた。

それだけ見れば、何処かの街のようであったその光景は、その周囲の荒廃した広大な

荒野と、うっすらとした灰色の空により、どことなく不安な印象を少年に与えた。

そう、例えば―――世界の終わり、のような。


「あっ…起きた」


唐突に声が響いて、少年はそちらを向いた。


「良かった…上手くいったみたい」


そこには、桃色の髪の少女がいた。

どうにも、少年が目覚めた事に心底安堵しているようで、はあ、と大きな

息を吐いた。少年は、その少女に聞いた。


「君は…?」


「わ…ボクはエレナ。…君の名前は?」


少女――エレナは微笑みながら言った。

少年はそれに答えようと、名前を口に出そうとする。

だが、そこで言葉が詰まってしまった。


―――僕は、誰だ?


どうしても、自分の名前が思い出せない。

そしてそれだけでなく、自分に関するありとあらゆる事が思い出せないという

ことに気が付いて、少年はぞわりと総毛立った。


「何も、思い出せない…」


「………」


今ここにいる経緯。自分の過去の記憶。そして、自分の姿さえも。

そのすべてが思い出せず、そのすべてに違和感さえも覚えてしまう。

まるで、自分が自分でないかのような感覚さえも感じる。


「……何も、思い出せない、んだね。でもそれでいいんだ」


「な、に…?」


エレナはふふっと笑った。まるでそれが都合がいいかの様に。

そして、続けて言った。


「……キミは、この世界で生きて行かなければならない。

いつか来るその時まで。新しい存在としてね。

…辛いことを押し付ける。けどこれが、キミの成すべき役目なんだ」


「どういう…ことだ…? 君は、僕は…なんなんだ!?」


エレナに話を聞こうと、少年は立ち上がる。

しかしその瞬間、その身体はぐらり、と大きくよろめく。

同時に身体に激痛が走り、呻き声が少年の口から洩れた。


「がっ…!? ぐ、うっ…!」


「……無理はしない方がいいです。魔法で処置はしたけど、キミはまだ完治はしていないんだから…ね」


痛みに少年は膝を着く。しかし、身体から出血はない。

処置とやらが聞いているのか? そもそも、魔法って、何だ?…などと、考える余裕がない位の激痛に

身体からと言わず口からと言わず悲鳴を上げずにはいられなかった。


「ボクはキミの質問にあまり答えることはできま、できないんだ。ごめんね。

…けどこれだけは教えてあげる。君の名前は――」



――アイク・ジョーゼット。



聞こえた名前、どこか懐かしいような名前。

少女の口から聞こえたその名前を胸に刻みながら、少年――アイクは

エレナに手を伸ばす。


「待って、くれ…!君は、僕を知っているのか…!?」


「…長くここにいるのは危険だよ。そこの街――“ザフィオン”に入って。

困ったら、『クラトス・エルライン』を頼るといい。彼ならきっと、キミを悪いようにはしない筈だから。

“この世界”で生きるのはキミには辛いかもしれない。けど、頑張ってね、アイク」


それだけ言いながら、エレナはは踵を返して、街の門の方へと歩いて行った。

その背を追って、アイクは辛うじて立ち上がり、よろよろと一歩を踏み出した。


「待って…!君は、き、みは…!」


時折転びそうになりながらも、アイクはよろよろと街の方へと歩いていった。

一度よろめいた拍子に、アイクは腕輪を落とす。

彼にも見覚えの無い、黒い宝玉の埋め込まれた腕輪だった。

それを拾い、アイクは改めて体を引きずって街へと向かう。

そこで彼を何が待っているのか。それは誰にも分からなかった。




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