3章10話:何故拝む……?
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狐人族の特徴の一つに、五感の驚異的発達というものがある。というのも狐人族最大の武器は、観察眼にあるのだ。中でもその源流、最も血を濃く受け継ぐルーチェからすれば、ただ見ただけ嗅いだだけ感じただけで相対するものの正体がわかってしまう。木葉の捏造スキルはそれらの情報を全て遮断してしまう完璧なスキルだが、流石に髪の毛の分析までされてしまうと100年を生きたルーチェにはある程度の情報が伝わってしまう。
ロゼに関しては捏造スキルを掛けてもらってる状態なので、効力の持続の問題だろう。因みに掛けたのはリヒテンのギルド会館なので、結構経ってしまっている。
まぁ結果として木葉は魔族ということと魔王関連の能力、ロゼは竜人族だということはバレかけていた。
(ハッタリ……じゃないよね。私の魔王バレはともかく、ここでロゼの正体がバレるのだけはやばいな)
「ツノのこと言ってるなら、アレは獣化の一種だよ。髪も似たような感じ。血も真っ赤、背中に紋章はないよ、見る?」
「馬鹿!しまいなさい!」
「え、どして?」
「どうしてもよ!」
木葉が服を脱ごうとしたので迷路が慌てて止めた。この場には男もいるので、いや男がいようが女がいようが木葉の下着姿はちょっと影響がデカすぎる。
「そんなことは聞いておらん。魔王に関連する魔力を持っていることが問題なのじゃ。純血の魔族ではないじゃろうが、1/8くらいは魔族、それも魔王に近しいものの血が入っておるのではないか……?」
「それを知ってどうするのさ?ここはそういう気風なんでしょ?」
服の裾を戻しながら、「ハッ」と侮蔑的な笑みを浮かべる。ルーチェは一瞬ムッとした顔をしたが、直ぐに木葉のペースに乗せられていることに気づき、表情を戻した。
「見たところ滅亡した筈の亜人や五華氏族の家のものだっているみたいだし、私の素性なんて気にしてる場合かな?それとも何、私のこと本当に"魔王"だとでも思ってる?」
"魔王"と聞いて、ルーチェは明らかに体を強張らせた。
「……100年前、とある女を見た」
「?」
「金髪に褐色の美しい女だった。人も殺せぬような優しそうな気風で、常に遠くを見ているような儚げな女。じゃがそやつは、ライン地方で10万もの民を虐殺した。其奴の名は"亡き王女のためのパヴァーヌ"。言わずもがな、2代目魔王じゃ」
過去を思い出しながらルーチェは語る。思い出したくない過去を。
「震えたぞ……世の中にはこんなに恐ろしい存在がおったのじゃと。うぬは、其奴そっくりじゃ。魔王は人の姿をしているという。見たもの全てを殺し尽くす残虐性を持ち、そのものが通った道は2度と命が芽生えることはない。うぬが魔王だとは言わん……じゃが、我はうぬを信用できぬ」
「……そっか」
きっぱりと言い切ったルーチェにもう言うことはない。木葉が魔王であると明かせば、恐らくヴェニスから追い出しにかかることだろう。それは魔女の宝箱攻略という木葉の目的にとって障害となる。つまり明言はしない。ルーチェの信頼は得られないが、幸いエレノアを好きに使っていい権利を木葉は有しているのだ。
「ヒカリ……君は……」
エレノアは未だ動揺治らないように見えるが、それでも何か話しかけようと手を伸ばす。が、それは今は無視だ。
「信用が欲しいとは全く思わない。けれど、マスカーニ湖の攻略にエレノアは借りてくよ。それとこれとは話が別だからね」
木葉は躊躇いもなく告げる。別に烽に、こいつらに正体を明言してやる必要はどこにもない。そう暗に告げていた。
多分ルーチェ的には木葉が魔王かどうかはさして問題ではないのだろう。木葉の脅威度がさらに跳ね上がっただけなのだから。問題はロゼの方だ。ヴェニスの地でのロゼ・フルガウドへの評価は先に見てきた通りのものである。
「魔王かどうかも兎も角、竜人族の方が問題なんだよね?何を疑ってるかは大方見えてる」
「分かっておるのなら尚更看過はできぬ。頑なに素性を隠す竜人の女子。貴様、ロゼ・フルガウドじゃな?」
「______ッ!」
ロゼがビクッと反応する。と、同時に周囲にいた冒険者はざわめいた。
「まさか!」
「フルガウド様……!?」
「我らが英雄様……?」
「本当に……?」
ち、バラしやがったな。つくづく後先考えない奴だな、と内心毒を吐く。なんならありがとうと感謝したことすら撤回したい。
(何もわかってない。中途半端に希望を与えることが、どれだけ彼らにとって残酷か。ロゼを掲げただけじゃ、あんなラッカクラスの化け物を大量に備えてる教会や神聖王国には勝てない)
木葉にとって彼らの恐ろしさはリヒテン戦でよく身に染みていた。木葉単体なら王城でひと暴れして上層部を破壊して仕舞えばいい。が、彼女らは木葉ではない。そして、木葉も烽ではない。
「それで?ルーチェ様は如何様にするのがお望みかな?」
木葉はわざとらしくスカートを摘み上げてお辞儀をした。内心木葉はルーチェのことをほぼ切り捨てていた。その態度が、ルーチェの神経を逆撫でする。
「うぬは!……今のヴェニスの状況を知らないじゃろうが、フルガウドの姫君の価値は計り知れないのじゃ。それはわかっておるじゃろうな!?」
「それこそ看過できない。その子は私のものだ。その子が欲しかったら私と全面戦争してもらうよ」
一応ロゼだと確信させたくないので"その子"という表現を使う。しかしこれは、ルーチェからしたら一発逆転の手だろう。ロゼを立てれば少なくとも南パルシア軍管区やリヒテン一帯、北リタリー諸侯は挙兵するし各地の竜も味方する。その上で烽が動けば王都をひっくり返せる、なんて思っているんだろう。
_______甘いんだよ。
「甘いよ、認識がゲロ甘い。棚から落ちてくるぼた餅に100%頼ってる時点で戦略としてはもう破綻してる。
さて、喋ったことだし、まけてもらえないかな?あんまり高すぎるとそろそろ私商売まで始めなきゃいけなくなるんだけど……」
今まで作った料理のレシピとか、魔笛を使って何か作るとかすれば意外といい商売になるかもしれない。冒険者的には色々クエスト受注しないとそろそろお金が尽きてしまう。リヒテンでは相当溜まったものの、奥羽を改造しまくったおかげで金はかなりぶっ飛んでいる。
「うぬは……本当にそれで通るとでも?」
「煩いな、そんな御託に付き合ってる暇はないんだよ。私を殺してこの子を奪うか、私に染色液と蟹を安値で売るか……ん?あれ、なんか釣り合ってなくない?」
wow?wow?私欲が入ってるんだよなぁ。
「はぁ……途中までカッコ良かったのに残念すぎるわ」
「う〜ん、何回反芻してもキュンキュンするんよ〜。僕はこののんの所有物なんよ〜」
そう言ってロゼは木葉の腕にしがみつく。桃色の瞳の奥はハートマークで満たされていた。えっちだ。木葉も思わずドキっとしてしまう。なんだかお腹の奥が熱くなってくる感覚がして、無意識に身体をよじらせる。
「ん、まって、ろz……リズ。私今大事な話を……」
「こっちも大事なんよ〜」
「ちょ、やめ……ひうっ!」
「あ〜こののん可愛い声〜ぶげっ!」
ロゼのセクハラに対して迷路がロゼをポカッと叩く。そして、
「ん……」
「えと、迷路さん?なんで私の腕にしがみ付いているんですかね……?」
「う、うっさい。良いから話を進めなさい!」
「え、えぇー……」
迷路は木葉の腕にぴったりとくっついていた。逃げられないようにガッチリ。木葉は内心ドキドキしつつも、表情を変えずにルーチェの方を見る。なんか流れが変な方に傾いてるが結論は出た。服の乱れを直すと、木葉は言った。
「はぁ……。というわけでこの子の素性は兎も角本気で私たちと敵対したいんだったら追求でもなんでもしてよ、私はエレノア、とあとハノーファーとかその辺の連中貸してもらえればそれで満足だからさ」
なおも不満そうなルーチェだったが、エレノアが制止した。
「取り敢えず、頭を冷やそう。ルーチェ様、ヒカリをお借りしますね」
エレノアが一礼すると、ハノーファーも続けて礼をして部屋の扉を開けた。
…
………………
………………………………
「ヒカリ、君は……」
エレノアは別室に木葉たちを座らせ、中には警戒のために信用できる騎士団員を配置した。その上で、凄く聞き辛そうに切り出し始める。が、木葉の答えはあっさりしたものだった。
「あー、魔族だよ。黙っててごめんね?」
「……は?」
「あ、誤解なきよう言っておくと、魔族の血を持った人間といいますか、なんといいますか」
「き、貴様ぁ!魔族がこのような所に何の用か!」
騎士の1人が激昂して抜剣した。最後まで話を聞いておくれよ、と呆れる。木葉なら抜剣前に騎士を再起不能に出来るだろうが、そこはエレノアの顔を立てておくとしよう。
「待て!おさめよ!ヒカリ、言ってることの意味がわかっているのか?あたしなら何とか誤魔化すことも……」
「いーよ別にしなくて。今回は迂闊だったけど、今後の為の良い教訓になったなぁ。私はマスカーニ湖さえ攻略出来れば、後はヴェニスに興味ないし。ていうか話を最後まで……」
「君はそれでいいかもしれないが、本当に君が魔王だというのなら国を憂う者として全く看過できないのはわかってくれないか?ハノーファーが教会で話したよね、魔王の認識について。ここにいる者たちだって、日々魔族の恐怖に怯えているんだ。魔導国と国境を接していたこの地だからこそね」
まぁ、エレノアの言うことは正しい。何がどうして10万の民を虐殺した魔王の後継者の言うことが信じられようか?魔王とはまだ言ってないけど。
(本当、認識を改めなきゃだね。迷路、ロゼの反応が薄かったからアレだったけど、魔王は公にしていい存在じゃなかったんだ)
「んー。説明のしようがないけど、私本当に魔族って訳じゃないんだよね。エレノアにならみせてもいいけど、背中に紋章とかないし、血もほら……」
木葉は瑪瑙をアイテムボックスから取り出す。その動作に、禍々しい剣に冒険者たちはどよめく。先程エレノアを打ち破った魔剣がすぐそこにあり、自分たちを殺せる範囲内に使い手がいる。そのことが恐怖感を煽りに煽った。だから、
「ま、魔族は死ねぇええぇえええ!!」
恐怖に狂った冒険者が剣を振りかざしてくる。咄嗟にエレノアが叫び、迷路とロゼは構えるが木葉がそれを止めた。
「あ、ぁ、ぁああ……」
「いっ……た……良い機会だし、証拠にはなるでしょ」
木葉は剣をかわすと、すぐさま瑪瑙を抜刀し、冒険者の剣を切り落とす。冒険者は目の前の光景を見て我に返ったらしく、先ほどから口をパクパクさせていた。
木葉の頬が、少し切れていた。大した傷ではない、直ぐに治る。が、その切れ目からは赤い血が垂れ落ちた。木葉はそれを確認させると血を拭った。
「黒じゃないよ。これが1番わかりやすい証拠じゃない?」
(ま、多分成りかけだからもう数週間後はどうなってるかわかんないけど……)
下手すれば数日後にはもう真っ黒なんてこともありえる。ともかくそんな木葉を見て、
「なんて馬鹿なことを!ヒカリ!君のその宝石のような顔に傷をつけるわけにはいかない!早く手当てを!」
「え、ちょ、え……待ってそういうのじゃ……」
「今すぐ回復魔法をかけるわ、エレノア、そこでヒカリを押さえてなさい!」
「じゃあ僕はそこの冒険者ぶっ飛ばしとくんよ〜」
「え、違う違う違う、期待してた反応じゃない」
そこは『それがどぉしたぁ!?』とか、『そうか、なら君を信じるよ』とかなんかもっとあるじゃん?って思いながら、木葉は己にかけられた回復魔法の心地よさに浸っていた。部屋の隅からは泣き叫ぶような男の声が聞こえるが気にしない気にしない。
「あ〜、もう隠してるつもりだったけど、いいや。こののん、もういいよ。こっちの方が手っ取り早いんよ」
「へ?」
木葉と迷路が止める間も無く、ロゼは認識齟齬のローブを取った。木葉が作った赤いフレアスカート、革のブーツ、白いモコモコのスウェットのような服が現れ、そして……。
フードの奥からは、桃色の瞳と桃色の髪が姿を現した。
「竜の目……ロゼ、フルガウド!?」
「まさか、本当に!?」
「軍神の娘……」
各々の反応は色々あるが、ロゼはそれらを一瞥して言った。
「僕は竜使いフルガウド家の現当主:ロゼ・フルガウド。そこの女の子は、僕の大事な人で、同盟相手、僕の宗主様でもある。如何なる無礼も許容しないんよ」
ロゼが唐突に名乗りを上げたことにより、冒険者たちは怯む。なんせ現時点でも木葉以上の絶世の美少女だ。しかもフルガウド家というのは大陸の人間にとっては現人神に等しい。竜人の美姫が恐れ多くも民草の前にお姿を現したのである。そりゃぁもう、
「南無〜」
「このは?なんで拝んでるのかしら?」
「はっ!しまった、つい。なんか眩しくて」
平和になったらロゼの顔を模した福の神でも作ってみよう。売れるかもしれない、と変なことを考え始めた。しかしまぁ、目の前の冒険者たちも、うっとりとした目でロゼを見ている。中にはロザリオを持って拝んでる奴も数人。ちょっと引く。と、木葉は自分のことを棚に上げることにした。
「まさか……本当に……?」
エレノアが信じられないものを見る目で木葉をみてきた。ん?なんでこっちを見る?
「もちのろん。この子がロゼ・フルガウド。私の同盟あ」
「君の愛人か……?」
「………………………………………………あん?」
「ヒカリ……君は竜人の美姫までもを従えて……一体、一体どんなことを、どんなコトをしちゃってるんだ!?」
(あれー……エレノアさん?あれー?)
「こののんは僕にいっつも愛を注いでくれるんよ〜えへへ〜♡」
「いやあの、ロゼ……?今そういう流れじゃなかったよね……?あ、やめて迷路痛い痛い」
エレノアは、ラクルゼーロのお姉ちゃんたちとは違う。どちらかといえば、
「尊い……」
「おい、何故拝む……?」
クープランの墓に近かった。




