3章9話:水都探検
感想ください。
(4/23:300年後の戦争の表記を150年後に変更しました)
ヴェニスには、人魚姫の伝説があるという。大陸に似たような話は多々あれど、有名なのはヴェニス、そして帝国領ユトランドと言った地域だ。
(人魚姫……ねぇ……)
木葉も流石に読んだことがある。最後は人魚姫が泡になって消えてしまう悲しいお話。ご多分漏れずこちらの世界の人魚姫も似たような結末を辿っている……が過程がおかしい。
「……人間の王子が実は女の子って何?」
ヴェニスの本屋で木葉は絶句していた。この地域はリタリー語と呼ばれるレスピーガ地下迷宮でジャニコロが言っていた、古代王国があったころに使われていた言語が使われているが、《言語》のスキルがあるので理解は問題ない。が、頭が理解を拒んでいた。
(……何このトンデモ設定)
王子が女の子で、お姫様と人魚姫はその王子を取り合っているのだ。うん、何言ってるかわからない。多分クープランの墓が百合を世界に広めたんだろう。この世界では同性愛はそこまで忌避はないらしい(多いかと言われたら別だが)のでそこはクープランの墓の功績かもしれない。
とは言え150年後には、リルヴィーツェ中欧帝国と呼ばれる帝国から胡散臭い総統が出てきて、同性愛など認めない!と人権無視しまくった挙句に各国と戦争してメルカトル大陸は火の海になるのだが、それはまた別のお話である。
「はぁ……時間つぶせって言われてもなあ」
本を閉じてため息をついた。本屋を後にしてテキトーに教会にでも向かうつもりである。
エレノアとの激闘後、木葉はルーチェに再び呼び出されて改めて謝罪された。エレノアの傷も少し危ないところまで行っていたので、今は迷路が治療中である。その上でルーチェは一ついい提案をしてくれた。それは、
「染色魔法?」
「ま、時間はかかるがのう。うぬの願い、一つ叶えてやる。感謝せい」
「はぁ。できるの?」
「我を誰だと思うておる?伊達に数百年生きてはおらん。そこらの魔術師が束になっても使えぬような高位魔法の行使など容易い。それに、その手の魔法なら十八番じゃ」
「そりゃありがたいけど、私烽には入らないよ?」
若干後ろめたいがそこのところはっきりしなくてはならない。ところが、ルーチェはあっさりと了承した。
「別にもういいわい。あと、迷宮の攻略なぞ知ったことではないからそれはエレノアと行くがいい。あんなところに迷宮があるなぞ聞いたことがないが、行けばわかることもあるじゃろ。我は準備をするから、その間ヴェニス散策でもするがいい」
「……傲慢な奴だと思ったことを謝る。ありがとう、ルーチェ」
「ふん、様をつけろ様を!敬う気持ちが足りておらん!」
「うぇぇ、前言撤回したくなってきた」
と、言うわけで染色魔法には色々準備がいるらしく、その間木葉は1人でヴェニス散策をしている。迷路はエレノアの治療、ロゼはギルド会館の図書室でフルガウド家関連の書籍を読み漁っていた。
ここより北は旧フルガウド領。それ以前に北リタリー公国やそのさらに北のオストリア大公国もフルガウド領の属領だったためにそれ関連の資料はヴェニスに山ほど有る。神聖王国の検閲すら許さないこの街の気風には素直に感心する。
「ここまで好き勝手してると、流石にそろっとやばそうだよねぇ……」
することが無いわけではないのだが、フードを被って歩き回るのも中々に奇異の目で見られる。教会行く前に腹が減った木葉はとりあえずその辺の酒場に入ることにした。
「おやいらっしゃい、お客さん、未成年かい?」
「ノンアルカクテル、あとご飯。銀貨5枚以内で美味しいの作って」
「おっと、しかも女の子……へいへい、そんな目で睨むなって。金があるならなんでもいいさ」
どいつもこいつもエレノアみたいな口調で話しかけてくる。流石にうざったい。
店を見渡してみると、思ったより大勢が酒を飲んでいた。団体客だ。個人客は木葉と数人しかカウンターに座っていない。めっちゃ煩い。
「ほれ、嬢ちゃん。ダンディーなマスターの特別ノンアルカクテルさ。割と高い材料使ってるんだぜ?」
「ん、どうも。濁った色してるんだけど?」
「そういう果実なのさ。ままま、飲んでみ飲んでみ」
「ふぅん」
確かに美味い。木葉はグラス一杯分のノンアルカクテルをチビチビと飲んでいく。飲み物も店の内装もいいのに、中がうるさくて色々台無しである。後ろの方は、どうやらヴェニスらしく反政府的な冒険者様方がお酒を飲みながら激しく議論していた。
「出征した俺の弟はダート征伐で死んだ……神聖王国は絶対倒さなくてはならねぇ!」
「「「応よ!!」」」
「どう倒す?」
「烽全体で各地の主要総督府を落とすんだ。五華氏族寄りの官僚と軍人を味方につけて、テキトーに王女を飾りに据える。これでいいだろう」
「マクスカティス大寺院と七将軍が倒せねぇだろうが……フルガウド王の二の舞だぞ?」
「だが、各地で旧五華氏族領の民は迫害され続けているんだ。占領されたマルセーユはどうなった!?侵略されたカナタ・フルガウドの遺産群:アヴィニオン王宮は!!美しき街カンナは!!全て破壊され、搾取され、殺された!!」
「そうだ!俺たちは、ロゼ・フルガウド様を推して王都に攻め上るべきだ!奴らを徹底的に殺し尽くせ!」
「然り!」
「そうだそうだ!」
「よく言った!」
「馬鹿ばっかか」
木葉はポツリと呟く。勿論喧騒に掻き消されて聞こえない。が、マスターには聞こえてたらしい。
「ま、ここの連中はそういう奴らさ。神聖王国へのヘイトが溜まってんだよ。嬢ちゃんは……いや、子供に言う話じゃねぇか」
「いーよ、別に。にしても、やっぱりこの人たちにとってはロゼ・フルガウドは奉じるべき頭という感じなのか」
「まぁなあ。世の中、英雄の登場を待ちわびてるんだよ。魔王が復活して、また100年前みたいな大惨事が起ころうとしてるって時に王都政府がこのザマじゃ……もう人間族もいよいよおしまいかもなぁ」
「縁起でもねー。ま、勇者いるしなんとかなるでしょ」
と、当の魔王である木葉はどこ吹く風といった感じでカクテルをちびちび頂く。口を動かしながらもマスターは鍋で料理を煮込んでいて、ビーフシチューのようなスパイシーな香りが鼻腔をくすぐった。思わずヨダレが出そうになってしまう。
「勇者様か……ま、勇者様に期待するしかねぇよなぁ。大陸の人間っつーのは無条件で勇者様をフォルトナ様の剣として信奉しちまう習性があるから、あんまり過信しすぎるのもおかしいと思うけどなぁ」
随分革新的な思想の持ち主である。いや、的は射ているのだがこの時代中々出てこない思想だろう。大陸中のほぼ全ての人間が宗教にどっぷりで、そこんところは中世レベルだと思ってしまう。
木葉は母親が新興宗教に絶賛騙されている最中ということもあって、宗教に対してどこか嫌悪感とまでは行かずとも忌避する傾向があった。
(お母さん、元気かなぁ)
ふとそんなことを考える。残してきた母親が今どうしているのか心配で仕方がない。あれだけ虐待紛いのことをされていたのに、実親というのは不思議なものである。
「俺は勿論フルガウド様が信仰してた満月様を信仰してる。ほら、ここに銀色の満月をかけてるんだぜ」
マスターはそう言って服の中から銀色のアクセサリーを取り出した。滑らかに削られた丸い素材の中に、十字架が彫られている。この世界風のロザリオという奴だろう。木葉も、"あの子"から貰っている。
「あー、私もあるよ。蒼い宝石の付いたロザリオ」
木葉も服の中からロザリオを取り出す。この世界に来た時に握りしめていたロザリオだったが、これはそうか、満月教の信仰アイテムだったのか。ロゼが食事の際にお祈りをしているが、あれも満月教の祝詞のようなものである。割と上の位の人間や教会関係者がやるやつらしいが詳しくは知らない。木葉は勿論やらない。
なんて考えていたら、マスターが顔を真っ赤にしてそらしている。ん?なんだ?
「ちょ、嬢ちゃん……べっぴんさんなんだから男の前で胸をはだけさせるのはやめろ……ほら、そこの野郎なんて鼻の下伸ばしてやがったぞ」
意味がわかって無表情になる木葉。思わずポツリと呟く。
「……変態」
「おぉう、その目……俺もゾクゾクしちまった……」
「マスター、きもい」
ジト目をすると、マスターは身を悶えさせる。木葉を凝視していた男に至ってはのぼせてテーブルに頭を打ち付けていた。
「おっと、そりゃ結構いい【満月祈具】だなあ。嬢ちゃんの年頃だと満月教会の巫女か王族しか持ってねぇと思ってたが……まさか……」
トリップから戻ってきたマスターが鑑定紛いのことをしてくれたが、どうやら中々の一品らしい。ますます"あの子"の正体がわからなくなってきた……。というかこれ満月祈具っていうのか覚えておこう、と木葉はロザリオをしまう。
(私の親友で、この世界のどこかにいて、満月教会に所縁のある人物?あぁ……もうわかんない)
訝しむマスターに対して手をひらひらとさせて否定する。どうやら政府の犬かなんかと勘違いされてるのか。まあヴェニスの気風的にそういうのの目に厳しくなるんだろう。
「違う違う、平民だよ。友達からの貰い物。まさかそんなに良いものだとは思わなかったけれど」
「相当高価なもんだな。その友達とやらが気になるところだが……ま、そこは触れねえでおく。ほら、ヴェニス製の黒シーフードシチューだ」
「お、おぉ……なんか色々入ってる、美味しそう」
出てきたのはビーフシチューのビーフを海鮮系に変えたようなシチューだった。久しぶりにお店の味を堪能する木葉。野生の味もいいが、こういうのも偶にはいい。
(蟹……お、入ってる)
余念がない……。
「嬢ちゃんはよぉ」
「ん?やばい、美味いよこれ。泣きそう」
「お、おう?ありがとよ。いや、そうじゃなくて……この国は幸せだと思うか?」
神妙な顔で聞いてくるマスター。だが木葉にとってはそこまで深刻な話題でもなんでもない。忌憚ない意見を述べまくる。
「もぐもぐ……ごくん。私は今が今までの人生で一番幸せ。神聖王国でできた友達とかも沢山いるし……まぁ、憎むべきは人じゃなくて政治だよね」
迷路やロゼや、ラクルゼーロの学生たちを思い浮かべる。別にリヒテンの連中だって悪い奴らではない。ここではエレノア然り、ルーチェ然りハノーファー然り。王都でもレガート近衛騎士団長はいい人だった。
「そか……。いや、悪い。変なこときいたな」
「いいや?言いたいことはわかるから。実態を見てないからアレだけど神聖王国がやってることは本当に最悪だし、頭はせめて変わるべきでしょ。カルメンのおばあさんを宰相に据えて軍部を王国議会の下に付けてシビリアンコントロール。国王は憲法に権力規制してほぼお飾りにする。ま、ちゃんとした立憲君主制になればそこそこまとまるんじゃない?」
木葉がボケーっとそんなことを言うと、マスターは驚いた顔をしていた。なんか変なこと言ったかな?と木葉は言葉を頭の中で反芻するが別にたいして変なことは言ってない気がする。ので気にせずビーフシチューを平らげた。
「おいおいマスターよぉ、随分話し込んでるが、女の子のナンパかぁ??ワイン一本頼むぜ〜」
後ろの過激派どもの中から1人の酔っ払いがマスターに話しかけにくる。
「あ、あぁ。いや、この嬢ちゃん結構すげぇぞ。政治の話が出来る。それも神聖王国の今後の政治形態の指針を言ってくれた。そうか……王権を法の下に置けばいいのか……」
「へぇ、おもしれぇ嬢ちゃんだな、俺たちとも議論を」
「マスターお会計」
「へ?」
「お釣りは要らないから、これで足りる?」
木葉が銀貨を5枚テーブルに叩きつける。そしてそのままフードをかぶり直し、店を出て行こうとした。
「じょ、嬢ちゃん!ありがとな、またおいで!」
「……………………ん、また来る」
流石に過激派との議論に付き合いたくはない。無闇に魔王の力を使うことになりかねない。
(今戦っても勝ち目なんてないのに)
そう思いながら教会までの道を歩いていると、
「お、ヒカリ!」
「おや、ヒカリ様」
何故かギルド会館で療養中のはずのエレノアと、お付きとしてハノーファーがいた。
…
………
……………………
「出歩いて大丈夫なの?なんなら腕は当分再起不能だと思ってたけど……」
木葉から心配の声をかける。木葉的にはエレノアは戦友のような感覚で、互いに認め合ったと思っている。勿論エレノアもそうだった。
「君の専属医師様がある程度は再生してくれたし、あと2日もあれば治るよ。それで、ヒカリは何をしていたんだい?」
相変わらずのイケメンオーラで話しかけてくるエレノア。美しい金の髪が風に吹かれて揺れる様子すらサマになっている。そんなエレノアをじとーっと見てると、隣に立つ黒髪の美男子執事:ハノーファーがくつくつと笑っていた。
「なんか国について熱く語ってる連中に出会った。関わりたくないから教会でも行ってみようかなと」
「あぁ、まぁヴェニスの特色だからね。あたしも、一応国を憂う騎士団の団長なわけだし」
「わたくしめも、一応副団長ですので」
ハノーファーが副団長なのは今初めて知った。よく見るとタグカラーは紫月級……この人も相当強いらしい。
「んじゃ、参考までに聞くね。
どうやって倒すの?」
木葉は挑発気味に尋ねる。一瞬ぽかんとした顔をする2人だったが、エレノアは直後に笑い始めた。
「む、なんで笑う……」
「いやいや、すまない。君はそういう話が嫌いだと思ってたんだよ」
「やだけど興味あるじゃん」
「まぁね。さて、どうやって倒すか、だが」
エレノアは一呼吸おいた。
「外国の力を使うしか無いだろうな」
ハノーファーも頷く。エレノアもどこか確信して述べているようだった。
「……てっきり烽でテロでも起こすのかと思ってた」
「まさか。戦力差はわかり切っている。勝つにはリルヴィーツェ帝国、連合王国、東方共同体らの国家群を動かして各総督府を国境に釘付けにしてその隙に王都を落とすしかない」
「さっきの屑どもよりよっぽど現実的な案だね。なんかマトモな奴がいたんだって希望が湧いてきたよ」
「勇気と蛮勇を履き違えてはならない。さ、こんな所で変な話してないで行こうじゃないか、教会」
「ん?2人はいいの?なんか用事があったんじゃ?」
「終わったから大丈夫だよ。それに、私は君ともっと仲良くなりたいんだ」
天然たらしめ……と木葉はブーメランな台詞を吐く。絆された訳ではないが、そこまで言うなら、と教会へと共に向かうことにした。
そう言えば木葉は観光以外で教会に行ったことがないのである。ついさっきまで満月教そのものが曖昧な認識だったので、ここで現実を知っておくのもアリかなと考えた次第。
「しかし君、まだお面被ってるのかい?絶世の美少女なのに、勿体ない」
「事情があるんだよ……てか言うほどじゃないし」
「是非とも北リタリーの舞踏会に参加させたいね。美しく着飾った君が見てみたいな!」
「タラシだなぁ……。そうやって公に顔を晒せる日が来ればいいけどね」
国外に出なきゃ無理だろうなぁ、とは思う。ヴェニスを出た後はどこに行こうか?ゴダール山、は当分行きたくないし神聖王国以外の魔女の宝箱攻略に勤しむことになるだろう。
北リタリー公国の国家宗教は当然のように満月教フォルトナ派である。と言うわけで国内1の大聖堂:ラ・ノール大寺院も勿論フォルトナ派の寺院だ。
「今日は【大満月様周期】1周前の第7曜日だから人は多いだよ」
「ん?なんそれ」
確かにやけに人が多い。巨大な大聖堂の周囲には凄まじい人数が集まっていた。密です。密接・密集・密着全部満たしてます。
「あれ?知らない?3ヶ月に1回、満月が非常に近く、大きく見える日があるんだ。それが【大満月様周期】別名【大満月の日】。5日間も続くその日こそ、満月教のお祭りの日さ。【月祭り】というんだよ、本当に知らないかい?満月教会新月派の帝国や連合王国、満月教会三日月派の連邦や東方共同体ですら、日にちは違えどやってるんだが……君もしかしてお姫様か何かなのか?」
月祭り……。王都にいたときは知らなかった祭りだ。3ヶ月前というと、まだ王都にいたときだから知らないのも無理はないのだろうか。
「7日間で1周だろう?12周で大満月様周期で、今日は11周目。今日から次の週まではお祭りみたいになるんだよ。第7曜日は周期開始の日だからその証として皆仕事を休むんだ」
「キリストの安息日、みたいなのが今日に当たるのか。で、みんなで教会にお祈りと」
「そういうこと。さ、私たちも行こう」
大寺院内はステンドグラスと黄金の装飾で満たされ、沢山のキャンドルに火が灯っていた。奥には巨大なフォルトナ像が建っている。その少し奥には満月様を見立てた神鏡が設置されている。恐らく満月教本流も信仰可能なのだろう。
「ヒカリは満月本流だったかな?」
「一応ね。祈り方はよく知らないけど」
「私も満月本流だから一緒にやろうか!先ずはロザリオを握って腕を合わせる。そして、2回礼をして2回手を叩き、1回礼をする。最後にロザリオで十字を切る。以上だよ!」
「え……まさかの2礼2拍手1礼……」
「できる?」
「馴染みがありすぎてビビってるよ……」
馴染みの参拝方法でお祈りを済ませる。なんというか、異世界感台無しである。あとなんかキリスト教と神道がごっちゃになってて気持ちが悪い。
「お、聖歌隊だ……珍しい」
フォルトナ像の手前では聖歌隊が聖歌を合唱していた。魔王を殺せだの、神に仕えよだの内容がえげつない……。
「100年前の惨劇を、10万の民の犠牲を繰り返してはなりません。皆がフォルトナ様に祈ることで我らが神の剣たる勇者様が魔王を、世界の悪を打ち滅ぼすのです!さぁ、皆さま、祈りを!神聖王国と北リタリー公国の皆さまは、教会に自主的な寄付を!」
仰々しいことだ。寄付とはいうが実質ほぼ納税義務に等しいらしい。やつれた顔の住民たちは次々と神官に硬貨の入った袋を渡していく。
「これで早く私たちから魔王の恐怖を消し去ってください……あぁ、フォルトナ様……」
「フォルトナ様、救いを……」
「お願いします、お願いします」
「勇者様……魔王を滅ぼしてください……」
嫌われてるなぁと再認識する。エレノアは何やらキャンドルに火を灯しに行った。
「やっぱ魔王ってやばい存在なの?」
白々しいが、木葉はハノーファーに尋ねた。
「そうですね。500年前は大陸の人口の1/8、100年前は神聖王国の東:ライン地域に住む住民10万人が魔王によって殺害されています。名前を口にするだけでも、住民たちにとって魔王という存在は恐ろしいのです。最近は魔族の侵攻が活発になってますので特に」
「……そか。そんなに亡くなってるんだ」
「ヒカリ様のその禍々しい見た目も、見ようによっては魔族と誤解されかねません。早めにルーチェ様に魔法をかけてもらうことを具申いたします」
その後木葉はエレノアとハノーファーと共に買い物を楽しんだが、頭の片隅でずっと魔王について考えていた。いつか自分も大量虐殺を犯すのではないかという不安感はある。けれど、
(迷路が、きっと止めてくれる)
そんな安心感もある。クープランの墓は彼の仲間たちを下僕にした。亡き王女のためのパヴァーヌはよく分からないが、きっと周りに止めてくれる人がいなかった。だが木葉は、月の光は違う。迷路が、ロゼがいる。対等な仲間がいる、それだけで心の安寧は保たれていた。
「これが本場のイタリアンジェラート……あー、リタリアンか」
「へぇ〜こののんは僕たちに黙ってエレノアさんとデートしてたんだ〜」
「罰として上のアイスは頂くわね」
「おい、嘘でしょ」
「ははは、仲良しは良きことかな」
「ですな」
「ですなじゃねぇんだよイケメン2人」
途中のジェラート屋でロゼと迷路に待ち伏せされていたのである。流石にびびる。
「ほら、あーん、なんよ〜」
「ん、あーん。もぐむぐ……うまぃ」
「ふんっ」
「迷路もほら、機嫌直してよ。あーん」
「…………………………あむ。ま……許すわ」
エレノアはそんな少女たちを見て微笑ましそうにうんうんと頷いている。そういえばエレノアと木葉たちは10歳近く離れているのだった。
「あたしからすれば妹みたいな感じだよ、ヒカリは。うりゃうりゃ」
「や、やめぃ……頭を撫でるでない姉よ」
「む、なんか無性にムカつくわね。強いて言えば私がこ……ヒカリの姉ポジションよ」
自信満々に迷路が言った。
あの、いい加減木葉って言いそうになるのやめてくれ心臓に悪い……と内心ヒヤヒヤの木葉。そんな木葉をみてドヤ顔の迷路だが、違うそうじゃない状態である。
木葉にとって姉は、6年前に死んでいる故人だ。けれどエレノアが木葉の頭を撫でる感覚は、姉が木葉を撫でている時の感触に似ていた。
(お姉ちゃん……か。なんか懐かしいな。あー、でもやっぱり迷路になでなでされるのが一番落ち着く。なんでだろ)
5分くらいずっと迷路が木葉を独占して撫で続けていた。木葉はその間ポーっとしている。エレノアは、やれやれと肩をすくめた。
「さて、そろそろギルド会館に戻ってルーチェ様に会おう」
ギルド会館に戻り、ルーチェの染色魔法を受ける。めっちゃ髪を触られたが、かわりにルーチェの耳を触らせてもらった。すごいモフモフだった……。
「これで、どうじゃ」
深緑色の髪からピョコピョコと狐の耳が揺れる。そっちに気が入って仕方がないが、ルーチェから手渡された鏡を覗くと、
「おぉー!元の私だよ!凄いね、なんとかなるもんだ」
「我の色覚系統魔法じゃ。色素変化式を髪の成分を考慮しながら付け加える。染色液を売りつけてやるから買うがいい。多分お主の場合洗えばすぐ落ちるから使うときは限られておるぞ?」
「充分だよ、ありがたい。幾らくらい?ちょっとまけてほしいなー……」
「なぁに、少し疑問に答えてくれるだけで安くしてやろう」
「……?なに?」
ルーチェは真面目な表情で言った。唐突に雰囲気が代わり、思わず身構えてしまう。エレノアとハノーファーも疑問顔だった。ただ1人、ルーチェは少し震えながらも切り出した。
「貴様…………………………魔族じゃな?」
「…………………………へぇ」
(あぁ、迂闊だった。ルーチェを舐めすぎた。こいつは、実に数100年も生きてるのだ。捏造スキルで誤魔化せるからって、余りにも彼女に情報を与えすぎた)
「__________ッ!!」
木葉がニヤリと笑う。獰猛な笑みに思わず震えるルーチェの声。そして、エレノアとハノーファーは身構えた。驚愕の表情に満ちてはいるが。エレノアは動揺しすぎて額に手を当てていた。
「は……?いや、でも、そんな雰囲気……出てない……」
「ルーチェ様。魔族は背中には魔の紋章、そして瘴気を纏い、その血の成分は人間と異なり色は黒でございます。更にはツノや尻尾といった身体的特徴で人間族、亜人族と区別できます。ですが、ヒカリ様はそのような特徴が御座いません。強いて言えばそのオーラですが、魔族のものとはとても……」
「あぁ、我も全く見抜けんかった。じゃが……その髪の成分は人間のものとは別のものが混じっておる。高濃度の魔力が……それも、魔族の中でも相当上位種の魔力が蓄積されておる。長い間生きてきたが、我はその魔力反応を一度しかみたことがない」
「……1度?あー、もしかして」
「100年前、2代目魔王の時じゃよ……もう一度聞くぞ。
_________うぬは、何者じゃ?そこの、竜人族の小娘共々正体について看過できぬぞ?」
ルーチェは腕をさすりながら重々しい口調で告げた。
魔族の特徴、勇者の存在意義、満月教について、魔王に対する世間の認識、神聖王国への評価。色んな情報が出てきましたね。あとは木葉の姉についてや、"あの子"についても。
因みに冒頭の方の帝国領ユトランドとは、安直ですけどユトランド半島、即ち人魚姫で有名なデンマークです。




