3章6話:方舟
竜人の里を後にしてヴェニスに行くまでは物凄い距離を進まなくてはならない。レスピーガ地下迷宮からラクルゼーロ市までは数時間、ラクルゼーロ市からリヒテン市までは8時間ぶっ飛ばせば到着したし、リヒテン市からレイラと会食したクラーカまでも数時間。クラーカから竜人の里までは2日掛かってるが、実は言うほど長距離を移動してはいない。
しかしヴェニスは違う。ラクルゼーロからクラーカまでの距離の3倍、いや4倍はある。竜人の里はアルペス山脈の山奥だったから、さらにそこからも距離がある。詰まるところ目算で、
「まぁ6日……ぶっ通しじゃないなら1週間以上かかるわね」
「遠。まじかよ……」
「と、いうわけでこれを使いましょう」
ダッタン人の踊りと闘って入手した魔女の宝石の特殊スキル:方舟。大型船の具現化だ。大型船?と少し疑問に思ったが、実際に出してみるとなんとなく使用方法がわかった。と、同時に方舟の意味が分かった。
「……飛ぶんだ、これ」
「飛ぶんだね〜」
「全然理解できないわ……仕組みが全くわからない……」
具現化した船は大型船、とは言ったがそこまで大きくはなく、せいぜい50人乗るか乗らないかくらいだった。レイド専用と言われると丁度良いかもしれない。
見た目は大型の木造船で、白い帆がかかった北前船だった。クープランの墓も日本人なんじゃないかとか思ってますはい。
「でもこんなのが空飛んでたら物凄い目立つわよ?」
「しかもそこまで高く飛べるわけじゃないんだね。まぁ、気球くらい」
「夜の移動が妥当じゃないかな〜?」
方舟を下ろし、必要設備を取り付けにかかる。操縦席は意外にも近代的で、木葉はちょっと興奮していた。全方位のカメラが取り付けられていて、四方の監視がやりやすい。浮力はやはり魔法が使われていて、魔法循環が行われている為に燃料切れ、ということにはならないだろう。更に操縦席の手元の近場には大型のコンパスがあった。
「絶対の羅針盤……常に磁気を読み取って正しい方角を示し続けるコンパスね。500年前にこんなものがあったなんて……」
「オート式だね。こうやって方角……行先設定までできるのか。じゃあ行き先はヴェニスっと」
行先欄の他にマーク欄がある。そこには、
・ボロディン砂漠
・竜人の里
と書かれていた。
「く、しくじった。これそういえばまた元の場所に一気に飛べる能力もあるんだっけ。そっちが本命じゃん……リヒテンとかに戻っておけばよかったかな」
「ま、何かあったらボロディン砂漠に戻ればいいんよ〜」
「それもそうだ。じゃ、ヴェニスっと」
ゴゴゴゴゴゴゴ
「お、動いた。よし、出発しちゃおうか。少なくとも馬車よりは速いでしょ」
「時間設定は念のため21:30〜4:30の7時間にしておきましょう。見つかったらやばそうですもの」
出発前に方舟の補強でもしようかと思い、装甲を叩いたがどうやら木じゃないらしい。成分を調べてみると、なんとロードクロと呼ばれる鋼鉄が使用されていた。
「リヒテンとかのみで取れるレアアースよね?これでリヒテンは栄えてるんだから」
「折角鋼鉄使ってるならもっとカッコいい見た目にしてくれてもいいのになぁ。後で改造していい?」
実は途中立ち寄る街:ミランは職人の街であり、質の高い家具や素材が手に入ることで有名だ。北リタリー公国を統治するために置かれた神聖王国軍南パルシア軍管区第62駐屯地があるためにあんまり長居はしたくないが、それでも木葉の『方舟軍艦化』計画の為にはやむを得まい。実はその辺木葉の浪漫らしい。ペリーの黒船みたいなの欲しいって言ってた。
「おおぉ!!早ーい!!」
ぐんぐんスピードを上げていく大型船。木葉が命名したことで、この船の名前は、
「"奥羽"で行こう。月光条約同盟の初めての軍艦だよ」
木葉がしいたけ目になりながらモニターに食い入るように見ていた。前方は暗くてよく見えないが星はよく見える。月もよく出ていて、その辺の人が見たら奥羽は見えちゃうんじゃね?という疑問が湧いてきたが、まぁ真っ昼間に航行するよりはマシだろう。
それにしても凄い速度で宙を泳ぐ奥羽の姿は、きっと名前の通りノアの方舟のように神秘的で、壮大に映るのだろうか。これがあれば兵員輸送どころか兵站問題が無に帰す。木葉は軍隊を率いるわけじゃないからそれを考える必要はないだろうが。でも夢は空の大艦隊らしい……何に影響されたんだろうか。
そんな木葉を見て、迷路は微笑みながらそのまま【絶対の羅針盤】に手を添えた。
「結構な速度で移動してるから、4:30までにはクラーカの街を超えるわね。はぁ……改めて見ても凄まじいわね魔女の宝石は」
「初代勇者の魂のカケラだっけ?よく考えると凄まじい量の魔力を持ってたんだね。この魔法は……多分クープランの墓の魔力も作用してこんな感じになったのかも」
正直仕組みは全くわからないが、初代勇者とクープランの墓が如何にやべー奴らだったかはよくわかった。
「こののん〜!こっち凄いんよ〜!」
「ん?いま行くー!」
ロゼの声が外からした。ので、操縦室から出て甲板へと上がる階段を登っていく。
甲板に出ると、そこには満天の星空が広がっていた。
「わ、これは……」
「あ、圧巻ね……」
「うん、凄いんよ〜」
今や都会では見ることができなくなった星空。いや、田舎でもこんな素晴らしい景色は見れないだろう。異世界の、遥か上空だからこそ満点の星空が特別なものに見える。地上の明かりがないことも大きいだろう。
木葉も、ここまでの星空は見たことがなかった。
開放的だった。初めて、ここまで自分は開放的だと感じた。世界は広い。自分はとても小さな世界にいたのだと思う。
(窮屈な世界にいた時に眺めた星空と、全然違う。元の世界での辛かった出来事も、こっちに来て辛かった出来事も……全てがちっぽけに見えてくる)
木葉の中ではある程度クラスメイトたちとの問題は清算している。結論はカタリナに話した通り、"どうでもいい"の一言に尽きる。向こうは精神汚染を受けていたとは言え木葉を嫌っているだろうし、木葉とてわざわざ仲直りしたいと思うほどのことではないのだ。
じゃあ今はどうか?ここにこうして、迷路とロゼがいる。それだけで木葉は幸せだった。
「ん」
「へ?こ、このは?」
「手、繋ご。なんか寒い」
「あ、あぁ……上空だものね。ある程度結界とかで温度調節とかはしてるんだけど」
木葉は迷路の手を握った。温かい……昨日のあの時感じた迷路の冷たい温度はなんだったのだろうか?氷でも生成してたのかな?
「あ〜!僕も繋ぐんよ〜!」
「ちょ、ロゼ!これは私の特権よ」
「え〜、キスまでしたんだから僕もこののんの愛人なんよ〜」
「ぶぶっ!」
木葉が思わず吹き出す。てか愛人て。
「ちょ、それを言うなら私だってキスした!……あ……」
「え、そうなの〜?わ〜いついつ〜?」
やっぱ迷路ってチョロイ。あっさりバラしやがった。と、木葉は頭を抱えた。あ、一応ラクルゼーロの時の話です。昨日のことは覚えていないらしいんで。
(あれ……これもしかして私客観的に見たら二股のどクズ女では……?)
と考えたが次第に、
「……ま、いいや」
若干諦めた目をしながら星空を見上げた。後ろはめっちゃ煩かった。でも木葉は、確かに幸せを感じていたのだった。
…
………
……………………
「あ、あの、このは……?」
木葉は決めた。昨日のこともあってか、なんだか心配なので暫く迷路の布団で寝ることにしたのだ。馬車から移動させた布団を寝室に川の字に並べて寝ることにしたが、木葉は右側の迷路の布団に潜り込んでいた。
「一緒に寝る」
「ど、どどどど、どうしたのよ木葉!?何か悩み事でも!?」
「逆だよ、心配なのは迷路。私は寧ろ心配される内容ゼロだよ。自分が凄い消えそうな雰囲気出してるの気づいてない?」
「え……?そ、んなこと言われても……」
「ま、いいや。というわけで私の心の安寧のためにも一緒に寝る」
「私の心の安寧が保たれないわよぉ……」
へたれ迷路は顔を真っ赤にしながら狼狽えるが、木葉はそのまま布団に入ってしまった。そして迷路の手を取り、
「眠い、おやす。4:30におこして」
アラームがセットされました!
と、スマホから音が鳴る。充電はどうしているのかというと、
「うーん……こののん〜そこは食べられないんよ〜zzz」
ロゼが時々《感電》のスキルを使って充電させていた。え、できるの?とは思ったが、実際ロゼが構造を理解できたらしく微弱の電力を流し込んで見事に充電できていたのでツッコむのはやめた。
「ちょ、そ、そんな!」
「〜zzz」
「早いわよ!………………消えそうな雰囲気、ね」
迷路自身はよくわからなかったが、木葉はそう見えたのだろう。木葉を心配させないようにしなくては、と心に決める。眠りに落ちた木葉の髪を撫でながら、うとうとし始めた。
翌日再び木葉を抱き枕にしていたことに気づき、ロゼはずっとニヤニヤしていた。
「あぁもう!いつまでからかうのよ!取り敢えず船を下ろすわよ!」
「うーん……あと少し寝かせて……」
「日が昇っちゃうでしょうが!もう私が操縦するわ」
オート式っつってんじゃん……。羅針盤に指示するだけで船は降下を始めた。着いたのはある程度開けた平地で、ロゼは左手の薬指にはめた指輪【韃靼人の紅玉】を方舟に向け、収容を始める。
「方舟収容完了なんよ〜」
「ここからは馬車ね」
今度は迷路が左手の薬指にはめた指輪【ローマの光玉】を突き出し、氷馬車を出現させた。
「うぃ、じゃ私もっかい寝るわ」
のそのそと布団にくるまったままの木葉が馬車に乗り込み、再び爆睡し始めた。迷路は呆れ顔をしながらもシーツを敷いて木葉をゴロゴロと移動させる。なんと手際の良い……。
「あと7.8時間でミランにつくから、それまでは寝かせときましょう。ロゼ、指輪を眺めながらウットリするのやめなさい」
「してないんよ〜?めーちゃんこそ正妻気取りは良くないんだぜ〜」
「……今のところは私の方が一歩上よ」
「僕だって負けてないんだぜ〜!」
バチバチと火花が飛んでいたが、木葉には何にも聞こえていなかった。というかもう寝た。木葉の寝顔は魔王としての威厳を保って変な顔にはなっていないが、それこそすくなに感情を奪われていた時ははにゃっと破顔し放題だった。迷路的にはそっちの方が好きだったのはいうまでもない。
「めーちゃんはさぁ、今のこののんを見てどう思ってるん〜」
「……別に。前と本質的には何も変わってないわよ。あの子はアレで優しいし、そして元から冷たい。他人のことを思いやれる反面、実際は言うほど他人に執着が無いからいつでも切り捨てて1人で生きていける」
「へ〜……知ってたんだね〜」
ロゼも、木葉が元から見た通りの性格だったわけじゃ無いと知っていたらしい。
「僕は今のこののんの方がいいなあ〜。最初のすっごい笑顔爛漫のこののんも好きだけど、今の自分本位なこののんの方が人間味があっていいと思うんよ。接してて、僕の劣等感とか罪悪感が刺激されないから心地良いって感じるんさ〜」
優しくて明るくて強くて誰にでも分け隔てない聖人君主の木葉は偽りで、元々冷酷で利己的で打算的、自分本位な木葉が本物。けれどその一方で、目の前の人間が傷つくのを見捨てられないから自己犠牲をしてでも助けてしまう。リヒテンでの一件はその例だ。実は根っからの魔王気質だったりするが、その一方で人間味に溢れている。
「そりゃ、前の木葉は可愛いし可愛いし可愛いしkawaiiけど」
「めーちゃん……」
「コホン……取り乱したわ。私は今の木葉が好き。必要ない筈の"他人"の域を超えて、木葉の"必要な存在"の枠に入れるのが嬉しいのよ。私は、木葉の参謀だからね」
迷路が自信満々に言う。
「なるほどね〜。僕もそうだな〜。こののん、僕たちのこと"私のもの"って言うもんね〜。それって、本来結構な上から目線というか、こののん以外に言われたら所有物じゃない!ってキレてたかもしれないけど、こののんに言われると全然所有物でいいんよ〜!!って気持ちになるんさ〜」
「というか貴方に至っては正式に"魔王の庇護下"ってことで同盟文書に記載されちゃってるから……」
月光条約曰く、ロゼは木葉の所有物も同然なのである。つまり魔王軍の大元帥だ。
「めーちゃんが参謀で、僕が元帥か〜!軍艦も戦車もあるから、魔王軍って感じしてきたね〜!」
「氷馬車と奥羽のことかしら……?戦車て……」
「こののんの下だったら幾らでも働けるんよ〜!さ、気合い入れてくよ〜!!」
「……うぇぇ……ロゼ……うるしゃい……」
と、木葉の寝言を聞いて、2人は顔を見合わせて盛大に笑ったのだった。
…
………
………………………
一行はミランで大量の買い物をし、奥羽を改造した。船体は防水・腐食防止が既にされていたがかっこいいからという理由で真っ黒に塗り直した。帆も綺麗に貼り直し、"機帆船"としても航海で機能するようになった。
この時代の特に神聖パルシアの大砲はあまり発達していないようで、ろくなものが仕入れられそうになかったので、取り敢えず砲塔だけ買ってあとは魔力を詰めて打ち出す感じにした。船の本格的な軍艦化には連合王国にでも行かないと無理だと悟る。
甲板部もかなり装甲を固め、ちょっとやそっとの魔力攻撃じゃ破壊されないほどにはなった。まぁ、もし撃沈したとしても、スキル:韃靼人の踊りを使用すれば少なくとも地面に落下することはない。
「うん!本格的に軍艦っぽくなった!夜に人の目につかないように黒に塗ったし、完璧だね」
ということで奥羽は木葉好みの黒船に変身した。
ミランから1日でヴェロナ、そしてさらに2日経ち上空で朝日を拝む頃には、
「海だ……」
どこまでも広がる広大な海。リタリー半島と南方大陸の内部にある【地上海】が見えた。
「太平洋とかと全然違う」
「たい〜?」
「あ、いや。なんでもない。それにしても……じゃあアレがヴェニス?」
木葉が指差す方角には、水に囲まれた多くの建造物が立ち並ぶ街が見えた。水路にいくつものゴンドラが停泊している。
水の都:ヴェニスの街にようやく到着した。