3章5話:月光条約同盟
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龍神ラグナロクは、魔族が大陸を席巻していた時代:暗黒期や古代リタリー王国がメルカトル大陸を制覇した時代より生きる太古の龍だった。
そんなラグナロクは幾多もの竜王を従え、ただ1人己にのみ『龍』の文字を許した。他のドラゴンは『竜』として格付けされた。竜王たちは龍神たるラグナロクに従い、大陸の守護者として絶対的な地位を保った。古代王国も、それに反駁する魔族の国家群も竜に手出しをすることは出来なかった。リグニンもそんな竜王の一人で、ラグナロクの側近であったという。
龍神ラグナロクは天空の祠に居を構えたが、やがて不便となったのか地に降りてきた。そんなラグナロクの元に、一人の人間が訪ねてきた。
桃色の髪を持つ人間族の美姫。そんな女性に、ラグナロクは……種族を超えて恋に落ちたのだ。
「と、いうのが伝説なんよ〜」
「へ〜……で、真偽の程はいかに?」
「と、とりあえず刀を下ろしてくれんかの?」
リグニンはあぐらをかきながら、祭壇の前に座っていたが、やはり幽霊のような状態だった。では何故こんなに慌てているのかというと……?
「ま、想像つくけど。ロゼに全部吸い取られたかな……?」
「……眠ってる間にワシの竜王としての力を全て持っていかれた。そんじょそこらの竜人族ならば同調は不可能のはずだったのじゃが……ま、結果は見ての通りじゃな」
契約は竜と竜人族との対話によって、その力の継承が行われる契約をするはずだった。が、リグ爺は油断しまくって寝てた。普通の竜人族ならその力を吸収できずに断念するが、ロゼがあまりに血が濃すぎて竜王を飲み込んでしまった……というわけだった。その結果幽霊のような精神体になってしまった。
「いやそんなことはどうでもいいし。てかロゼが契約完了したならお前用済みじゃん、話すこと話してまた200年は眠ってろよ」
「ま、魔王じゃ……魔王がおる……」
「辛辣なんよ〜」
「2年前の大事の時も爆睡し、ロゼをくそ軽視しまくった老害が何をほざく」
「いや悪かった……ワシが悪かったから……」
リグニン曰く、ラグナロクとコナタはこの地で出会い、契約した。そしてこの地を中心に、フルガウド領を拡大した。結果1000年もの間、フルガウド家は竜人族を束ねる長として、また神聖王国の軍事を一身に担ってきた。
「コナタ様とラグナロク様は契約を交わし、2人は各地の魔族を討伐しました。そして一定の勢力圏を確保し、竜人の地位を築くと、コナタ様はラグナロク様との契約に従い、竜人の里にて現人神となったのです」
「……契約?」
「里から、ラグナロク様の同行なしに出てはいけない。戦いが終わればコナタ様を竜の姫として迎え入れようと考えていたラグナロク様の強い意志でございます。それをコナタ様は承諾し、故郷に帰れないかわりにこの地をコナタ様の故郷に模して形成しました。それが、竜人の里の始まりです」
それと同時に結界としての意味もあるんだろうが、あの鳥居はコナタが故郷を思い出せるように作られたらしい。てかリグ爺が何故か敬語で喋り出した……。
「その後時は経ち、建国されたばかりの小さな神聖王国と古代リタリー王国を飲み込んだ魔族の大帝国とで戦争が起こりました。当時圧倒的劣勢の中、竜人族は先頭に立って戦い人間を守った。神すらも魔族に付いたと言われる戦いで、神聖王国は次第に敗北していきました」
「か、神?は?」
「よくわからないけど、神と名乗った存在が魔族サイドに味方してたらしいんよ〜。それで各地の奮戦虚しく神聖王国は劣勢になった。で、それを打開したのがコナタとラグナロク」
そんな歴史……書かれていたっけ?と木葉は思ったが、神聖王国が敗北しまくったなんて真実、今の頑固な神聖王国が認めるわけないな、と思い直す。つまりまた都合良いように改竄されてるわけだ。
「コナタとラグナロクは魔族の大帝国、そして神を自称する存在と相討ちになって死んだ。魔族国家はバラバラに崩壊し、神聖王国は救国の英雄であるコナタを称え、コナタ様の残された娘:カナタ様をパルシア王は引き取って育てた。そして己の息子と結婚させ、2人生まれた子のうちの一方を再び竜人族に返した」
で、繁栄したのが今の竜人族というわけだ。ま、今滅亡しかかってるけど……。
「うぃ、よくわかったどうもありがとう。んじゃそゆことでサヨナラリグ爺」
「ま、待て待て待てぇい!なんでそうなるんじゃ!」
「いやだって、お前本当に用済みなんだもん。あと旅の途中でいちいち突っ込まれるとめんどい」
「いや、別に一緒に行こうなど思っとらんが……」
「んじゃ何が目的なの?」
「ワシ、というよりこのフルガウドの娘がな……」
「ん?」
そういえばロゼは木葉に何かをさせたがっていた。見届ける?進化を?いや、それだけではないのか?
「リグ爺はラグナロクに仕えた竜王の中で最も古い重臣。見届け人としては、完璧なんよ」
「ん?話がみえない。ロゼ?」
「3代目魔王:月の光様。我はラグナロク様とコナタ様の血を継ぐ竜人族の長:ロゼ・フルガウド」
振り返ったロゼはいつものぼけぼけした雰囲気などない、全くの別人だった。凛々しい表情、鋭い瞳、重い口調。それはまるで……。
「こ、コナタ……様?」
「お願いがあります。聞き届けて頂けますか?」
真剣な眼差しのロゼ。それを見て木葉は、少し微笑むと、答える。
「良いよ。聞き届けよう、竜神の巫女よ」
「僕と、同盟をむすんでください」
…
………
………………
答えなんて出さなくて良いと思っていた訳じゃない。けれど、その時はきっとやってくる。それが今だった。
「僕と、同盟をむすんでください」
竜王の力を継いだロゼと、魔族の王である木葉の正式な同盟。これが意味するところは正直計り知れない。
「同盟の内容は?」
「互いの不可侵。そして、一方が攻撃された時にその援護に関して便宜を図る権利を有する。決して協力を強制したりしない。お互いにそれぞれが行く道を尊重し、その上で自由意志に基づいて行動することの権利の承認」
ロゼがいうことはつまり、木葉の保留という決断の明文化だった。魔王である木葉は竜王たるロゼの意志を尊重し、協力するかしないかは木葉自身が決める。その権利を互いが認める。だけど、
「そんなので、いいの?」
つまり、ロゼに気を使われたのだ。木葉は何もしなくて良い。自分のわがままは自分でかたをつける。そう言いたげな同盟内容。だってそうだろう?この内容は、今までの旅と何も変わらないのだから。
「いいんだよ、こののん。僕は、こののんの罪悪感につけ込んで協力させるような真似をしたくない。こののんが自分で、そうしたいと願ったことをやってほしい」
「………………」
「一つの区切りみたいなものなの。僕はねこののん、絶対にエルクドレール8世を殺して神聖王国を奪還するよ。協力してなんて言えない……けど僕は……
こののんが好きだから、一緒にいたい……」
「……ロゼ」
「ご、ごめんね。でも同盟でもしないと一緒にいられ……きゃあっ!」
木葉はロゼを抱きしめた。暖かい体温が伝わってくる。少し震えていたロゼの震えは止まり、木葉に抱きしめられた安心感からゆっくりと力を抜いていく。
(私は……彼女に決断させた。私の曖昧さのツケを彼女に払わせた。大事なものは全部自分で守るって決めた。邪魔するものは、全て殺していくと決めた。やっと見つけた宝物を……誰かに奪わせないって決めた)
ロゼを見つめる。そして、
「追加だ」
「へ……?」
木葉は表情を変えずに言い放った。
「竜王が、神聖王国と戦って傷つけられようものなら、『絶対』に魔王はこれを防ぐ。魔王は出来る限り竜王の救援を行う。
竜王は、魔王の庇護のもとにある故に魔王は竜王を絶対に守り切る。その際に神聖王国がなおも竜王を傷つけようものなら……
魔王による裁きを与えるものとする」
「この、のん……?」
「私は、私の宝物を神聖王国如きに奪わせない。私のものを奪おうとした敵は、私が絶対に殺す。もう躊躇わない。もう迷わない。後悔するから、なんて曖昧な理由じゃない。私のものに手を出すなら確実に殺してやる。
だから、私と共に来て欲しい。ロゼ」
手を差し出す木葉。神聖王国や満月教会と正式に戦う訳じゃない。けれど、これもまた木葉にとってはある種の区切りだった。ロゼを傷つけるものがいるのならば、それを絶対に排除しようという強い意志。互いの意思表示を、同盟内容に盛り込んだ。
「……うん。よろしくね、こののん!」
「同盟成立だね。ほら、魔王と竜人族との正式な同盟だよ。歴史に残る一大イベント。ちゃんと頭に焼き付けといてよ?リグ爺」
「うむ。しかと見届けた。そして、貴方様を侮ったことを詫びましょう我らが王。ロゼ・フルガウド様」
リグニンが首を垂れる。ロゼを、正式にコナタとラグナロクの後継者として認めたということだ。
「大陸中の竜に号令をかけましょうぞ。正式な竜王が誕生したこと。そして、竜王と魔王が同盟を締結したこと。その報せの役目を、ワシにお与えください、陛下」
「うん。そうしようか〜。正式な文書とあとツーショットの絵でも描いて全国に配ってやるんだぜ〜」
「なんか結婚報告みたいで解せないわね」
その後、ロゼと木葉は正式な同盟内容について決定した。木葉の魔王としての名前を取った『月光条約同盟』は非常に短い内容ながら、魔王と竜王の二代巨頭による大同盟として歴史に名を刻むこととなる。
1.竜王と魔王は互いの立場を尊重し、互いの生命及び自由意志を奪おうとするものを排除する義務がある。
2.竜王と魔王は、互いに絶対の不可侵を宣言する。
3.現在竜王は魔王の庇護下にあるが、その主権は独立のものとする。
4.魔王及びその参謀と竜王は月光条約を破棄して他の条約を他者と結ぶことを是認しない。
5.本条約は、魔王と竜王今代限りのものとする。
「て、私が考えるのよねこの条文」
「私こういうの苦手なんだもん」
「僕も書けないんよ〜」
「で、これとツーショット……ってどうするのよ……」
「お任せあれ。お、充電生きてる」
木葉が取り出したのはスマートフォン。カメラ機能は一応使えるので、取り敢えず盛れるカメラで撮ることにした。
「えっと、どうしよっか。なんか同盟してるっぽく手でも握っとく?」
「それでいいんよ〜。じゃあめーちゃんは魔王の参謀だから、なんかお付きのものっぽくこののんのそばに居て〜」
「めっちゃ解せないわ……」
あと魔王と竜王の同盟ということで、どっちも威厳を出す為に変化することにした。
「スキル:鬼姫!おいで、茨木童子」
「スキル:竜化〜!」
「じゃ私はテキトーにローブでも被っとくわ」
木葉は頭から黒いツノが生え、ついでに黒の着物姿に着替えておいた。ロゼはその桃色の髪から桜色のツノ、手には大きな爪、それから尻尾と翼が生えた状態で竜化が完了した。翼バサバサすると埃飛ぶんでやめてくだせえ……。
「こ、ここを押せば良いのか……?ワシ全然わからんぞ」
リグニンにスマートフォンを持たせて、写真撮影させる。押すだけなんだしできるでしょ、とか言って木葉が無理やり押し付けた。
「い、行くぞ〜……えと……」
「ハイチーズでお願い」
「は、は?」
「なんか語呂がいいんよ〜」
「じゃ、はい、ちぃず」
「ねぇ、こののん」
リグニンがシャッターを押す瞬間。ロゼが動いた。木葉は声を出す間も無く、ロゼの方を向いた瞬間に何が起こったか分かった。
ロゼがそっと、木葉に口付けをしたのだ。
パシャっという、シャッター音がなった。
「なぁ!?」
迷路が凄い顔をしている中、ロゼはいつも通りの声で、
「ご馳走様、なんよ〜」
と言って笑った。
…
………
…………………
「ろーーーーぜーーーーー!!!貴方ねぇえぇ!!」
「わわわ、めーちゃん激おこなんよ〜!!」
「待ちなさい!!」
いつも通り追いかけっこをしているロゼと迷路は放っておいて、木葉は写真を眺めていた。
リグ爺が写真を見ながら、実写そのまんまの絵を描いてくれたのだ。ふつうに写真を現像したみたいになっていた。
「……がっつりキスしてるなあ」
ロゼが目を瞑って木葉に口付けしているシーンが写っていた。手も恋人繋ぎになってるのでもうこれは本当に結婚報告である。抜け目ない……。
「うん……まぁ、恥ずかしいけど採用でいいや。これと同盟文書をリグ爺の知り得る限りの竜族に送りつけて。魔王と竜王の同盟は成立した、貴殿らが竜王に付くかどうかは自由意志に任せるとかなんとか言っといて」
「来る日の戦力にするのじゃな?」
「念には念をね。いざ神聖王国や教会と完全に敵対することになったときに戦力が足りないと困るし」
というかこれは予感だがほぼほぼ対立必須な気はする。16年前の大戦で敗北したとはいえ、ドラゴンの力は絶対強いと思う。戦ったことないけど。
(うーん、ロゼの悪ふざけ……だよね?心臓のバクバクが治まらないんだけどこれどうしようかな……)
「こーののん!」
「うわぁあ!な、ななな、何?」
「あれ〜?もしかして動揺してる〜?えへへ〜」
「こ、このは!?まさかそんなメロンおっぱいなんかに誑かされて……!?」
「いや、待って待って待って!違う違う!やっぱやめようあの写真、もっかい撮り直しを……」
「あれ、リグ爺いなくない?」
「はやくない!?」
なんの挨拶もなしに行きやがったあのじじい……。
後にこの写真と同盟文書を受け取った竜たちの間では魔王×竜人の姫の百合カプが流行ったのだが、それはまた別のお話。
ロゼは策士なんよ〜