1章7話:魔王の剣撃
「おっし、飾り付けだ! 木葉、お前も包丁の扱いにはだいぶ慣れてきただろうから今度は魚のさばき方を指導してやる! 付いて来い!」
「わかりました師匠! ご指導、よろしくお願いします!」
異世界転移して今日で56日。もう2ヶ月が経とうとしていた。柊によるとみんなはゴダール山攻略で着実にレベルを上げているのだという。もう25を超えたのではなかっただろうか。その間に木葉は料理の腕を磨いていた。
あの買い物以降木葉は、柊以外のクラスメイトと一切話すことがなくなった。座学にも訓練の見学にも出ずただひたすら料理の腕を磨くことに専念している。
因みにあれ以降やはり皆の目線は冷たくなる一方で、時には木葉にわざとぶつかって来たり、水をかけたり、面と向かって悪口を言ったりと様々だ。木葉はいよいよ自分が嫌われていることを実感した。
流石の木葉もそれではストレスが溜まって来てしまう。と、いうことで、それに伴い木葉は新しく始めたことがある。
「エイッ! たぁ!!」
剣の練習だ。異世界に来る前は毎朝やっていたのだが、色々あってこっちではそれが疎かになっていた。3日もすればその感覚は取り戻せたが。やはり木葉にとっては剣を振る時間が一番楽しいものだった。
(ふぅ、やっぱり運動して汗かくと嫌なことも忘れられるな。ヒイちゃんは今頃座学の授業かな。他のみんなは……考えないようにしよ)
「えい、やぁ、たぁぁあ!」
三段突き。木葉の動きは高校一年の女子にしては圧倒的に早く、その才能は本物だ。中学の時全国大会準優勝しているというその肩書きは伊達ではない。まぁ剣道の試合で三段突きなどしないが、それはある種の憧れのようなものだ。
そんな木葉の練習中に、迫る足音が一つ。気配に気づいた木葉は人間離れした動きで振り向き、竹刀を向けた。
「誰!? ってうわぁぁあ! すみません!」
相手は赤髪のハンサムな男性。王国近衛騎士団団長のレガートだった。ギリギリで竹刀を躱しているところをみるに、やはり実力ある人間なのだろう。
「あぁ、気にするな。急に背後に立った私が悪い。それよりも、見事なものだな。ええっと、確か名前は……」
「木葉です。櫛引木葉。すみません、声がうるさかったとかでしょうか?」
「いや、朝の散歩さ。全く、君がどうして料理人なんだか疑問に思うよ。その太刀筋なら実戦でだって十分通用する。寧ろ今の君のクラスメイト達よりよっぽど良い動きをしている」
「そんなこと……ないです。みんな頑張ってますし」
「謙虚だな。心からそう言っているのだよ。それこそ役職が戦闘職だったならば、船形荒野さえ圧倒できただろう。実に残念だ」
「は、はぁ……」
「王女殿下も君に会いたがっていたよ。職務でなかなか呼ぶ機会がなく、君も厨房で忙しいだろうからなかなか会えないとボヤいていらっしゃった」
「王女殿下がですか? うへぇ、私何かしちゃったかな……」
「いや、殿下は可憐なお嬢さんがお好きでな。そろそろ結婚する年頃であるというのに……実に困ったことだ」
「あ、あはは」
「木葉嬢に想いを寄せているものもこの宮殿には多いと聞くぞ。部屋や厨房からなかなか出てこないからお近づきになれないだのウチの若いのが零していたさ。好かれやすいのだな、君は」
その言葉は木葉の心を少し抉ったが、木葉は得意の作り笑いをした。
「でも、本当に好かれたい人たちからは嫌われちゃってるみたいなんです。だからこうしてなにも考えないで剣を振る時間が楽しいんです」
「……君たちの人間関係に私が何かしてやれることはあまりない。君が戦闘職ならしてやれたのだが、こればかりはな」
「いえ、大丈夫です、自分でなんとかします」
それにしてもやはり王女殿下はレズでした。うん、この国大丈夫かなぁ。
「ふむ」
レガートが木葉を見つめている。何事だろうか、と木葉は怪訝そうな表情で警戒心を露わにする。
「やはり、君が勇者だったならと思わざるを得ない。武道に優れ、身体能力も高く、判断力も申し分ないと聞く。礼儀正しく心優しく、仲間思い。神はなにをお考えなのか……」
「いや、でも女の子が勇者っていうのは」
「そうでもないさ。現に、初代魔王を打ち破った勇者はわずか15かそこらの少女の勇者であったと聞いている」
「すごい。15歳で……」
「ふむ、そうだな。どれ、私と一つ、お手合わせ願えないだろうか?」
「ふぇ!?」
レガートが練習用の剣を握る。剣道で使う竹刀よりは少し短いものなのだが、生憎これしかなかった。
(えぇ……だって、これ魔王ってバレかねないような)
「あ、あの……私なんかが団長さんに勝てるわけ……ひゃぁあ!」
レガートの一振り、それを変な声を出しながら避けた木葉は、すぐさま態勢を立て直して木刀を構えた。
「構わない。存分にかかってこい」
「え、や、あの。それは困るというか……」
「行かないのなら、こちらからっ!」
「わわっ!」
レガートの横薙ぎを剣で受ける。
一言で表せば、重かった。
一撃に凄まじい力が込められていて、それが木刀を伝って腕にビリビリと伝わってくる。今まで受けたどの一太刀よりも明らかに年季が違う。
(打ち合いたい……この人に勝ちたい!)
「タァァアッ!!」
受け止めた太刀を剣の重心を下にずらすことで流し、すかさず相手の目線より下の範囲に潜り込む。弾かれたレガートも、すぐにその動きを読んで再び木葉の剣をはたき落とそうと振動の伝わりやすい部分をピンポイントで当てた。
「ぐぅぅ!」
だが、それでとり落す木葉ではなかった。かなり人間離れした速度で左足を踏み込ませ、捻るようにして背後に回りながら一太刀!!
(これも当たらない。なら距離をとって……)
「速いな……だがッ!」
「ーーッ!?」
レガートも負けず劣らず踏み込んでくる。その動きは大胆かつ洗練されていて、彼が歴戦の強者であることを証明していた。
(間合いの取り方が上手い……このまま太刀を受け続けたら腕が持たなくなる。だったら!)
下から剣を振り上げ、その勢いで身体を回転させて横打ち……これも防がれる。だがそれでも猛攻の手を緩めない。
レガートの死角を狙った剣撃を素早く柄を持ち替えることで対処し、一時的な防戦態勢に入る。距離を取るため側転の要領で剣撃を回避しつつ、その遠心力を生かした剣撃を与える。
(距離は取れた。呼吸もまだ落ち着いてる。よし、次はこっちから)
横薙ぎを左右で繰り返すが、しなやかに流されてしまう。どうやらパワーだけではないらしい。それをいなす技術も一流のものだ。
「ハァァア!!」
「フンッ!!」
両者の力のこもった太刀がぶつかる。力をいなした木葉の太刀でさえ、五分五分だ。正面から全力を当てられたら、木葉は吹き飛ばされていただろう。地に足をつけ長年の勘を使って力の量を調整する。
(団長さんの剣は基本的には西洋剣術風のはず。足の動かし方、間合いの取り方からみてそれは間違いない。つまり、刺突はまだ温存してるわけだよね。なら、真正面の打ち合いが一番危険)
「ハァァア!!」
「ヤァァッ!」
水平に振った一閃を防がれると、その剣をそのまま斜めの角度に変えて振り下ろす。通らない。素早く守りに切り替え、レガートの連続した剣撃を絶妙にズラして体力の温存を図る。
(まだ? まだかな? そろそろ……)
レガートが剣を振り下ろし、次の瞬間、足の動きが変わった。これは……突きの動き!
鋭い突きが木葉の剣めがけて飛ぶ。通常なら目で追えなかっただろうが、今の木葉は何故かこの突きを見切ることができた。魔王のスキルによるものだが……。
「なッ!?」
渾身の突きを見切られ驚愕するレガートを見つつ、その突きを冷静に打ちはらい上から振り下ろす!
突きで体勢が崩れたとはいえ、その動きに対応してきたレガートは、突きをそのまま横薙ぎの動きに切り替えるが振り下ろした木葉の剣がそれを防ぐ。そして、木葉の目的は突きの封殺ではない。
「むぅ……見事だ」
封殺して鈍ったその動きを見極め、左手でレガートの腕を抑え、再び人間離れした右手の剣でレガートに剣を向ける。チェックメイト。
「ふぅ。あ、あぁ、すみません……こんな戦い方は普通ダメというか、多分そちらの道義に反するものだと思いますけど……抑えられなくて」
「構わん。しかし驚いたな。まさか私の突きが交わされるとは。正直熱くなって君に大怪我を負わせてしまう、とあの時覚悟したが、まさか私がやられてしまうとはな」
「……実戦だと間違いなく私が負けてます。ちゃんと練習とわきまえて団長さんが剣を振るってくれたから、勝てたんです。すみません、わざわざ加減させるような真似をさせてしまって」
「勝ちは勝ちだ。君の動きは賞賛に値する。見たことのない剣術というのも敗因の一つだな、全く動きが読めなかった」
「あ、あはは。ありがとうございます。久々に楽しかったです」
「私もさ。ふむ、だいぶ日が昇ってしまったな。またいずれ剣を交えたいものだ」
「はい、いずれ!」
レガートはそう言って宮殿の方へと歩いて言った。
さてこの約束は、いずれ『変わった形』で果たされることとなるのだが、それは後のお話。
(わ、私これ、魔王ってバレないかな? なんか、急に身体が軽くなって、相手の剣もゆっくりに見えるようになって。これがスキル? こんな勝手に発動しちゃうものなの? なんかやばいような気がする……)
…
…………
………………………
「レガート。あの者はいかがでしたか?」
官僚風の男が、執務室でレガートに尋ねた。 レガートは偽りなく答える。
「……正直、役職:料理人が疑わしくなるレベルです。現在のステータスとスキルがあの動きに見合ったものではない。元からの身体能力の高さもあるのでしょうが、それでも私に勝るものではないと思っています。そんな彼女が、私を剣術で破ってみせた。これは、どうなのでしょうか」
「ズバリ、なんらかの工作が施されている可能性は?」
「ないとは言い切れませんね。しかし、スキルは与えられて直ぐに使いこなせるものでもありません。あるとすれば、なんらかの勢力から干渉を受けたか、或いは」
「ま、考えても仕方ありませんねぇ。それとは別の案件も話さなくてはなりませんし」
官僚風の男は、机に手を置いて真剣な眼差しでレガートを見る。
「【使い魔】の目撃情報が上がっています。魔族がこの王都に既に入り込んでいる可能性も。教会側も【異端審問官】を動員していますが、彼らに手柄を奪われることがあっては王国の面子は丸潰れです。速やかに近衛騎士団を動員してこれに対処してください」
「かしこまりました。さっそく準備いたします、シャーロック閣下」
レガートが部屋から出て行く。シャーロックと呼ばれた男は、王都を守護する【7将軍】の1人:【メイガス・シャーロック】その人だ。近衛の動員を直接任されてはいないが、憲兵や駐屯兵を動かすほどの力は持っているだけでなく、近衛を動かせる総統不在時は彼が近衛を動かしている。
「勇者様達の中に、危険分子が混ざっている可能性ですか。さてさて、面倒なことになってきましたねぇ」
メイガスはそう言いながら、ニヤリと含みある笑みを浮かべた。