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1話:カデンツァ・シルフォルフィル

カデンツァの章はマジで短いです。でも必要な章なんです。

国説明→

・神聖パルシア:フランス・スイス・ベネルクス三国・スペイン・北アフリカにまたがる大国。

・リルヴィーツェ帝国:プロイセン王国支配地域含め、現在のドイツやチェコ・ポーランド一帯を支配する帝国。

・東方共同体:ギリシャ・ブルガリア・ウクライナ・アルバニア・ルーマニア・トルコといったバルカン半島を支配する国家群。

・スロヴィア連邦:ロシア地域一帯を支配する連邦国家。

・北方帝国:ノルウェーとスウェーデン地域を支配する帝国。

・ブルテーン連合王国:イギリスとアイルランドを支配する王国。

・海洋都市国家群ポートランド:ポルトガル

・リヒテン:スイス

・ダート:ベネルクス三国

・イスパニラ:スペイン

・ブダレスト:ハンガリー

・オストリア:オーストリア

・サルビア:セルビア

・クロアーチャ:クロアチア

・リタリー:イタリア


 神聖パルシア王国は、メルカトル大陸西部から中央部にかけての大半を支配する大国であり、その支配地域は多種多様だ。古代のパルシア王はパルシア地域・リヒテン地域・イスパニラを支配地域としており、500年前にはオストリア地域を制圧。300年前には旧ブダレストの民を制圧し、バルカーンの地にも勢力圏を伸ばし始めた。

 必然的に大国に囲まれ始めると、勢力拡大は衰えていく。神聖パルシア王国は東の大国:リルヴィーツェ帝国やバルカーンの東方共同体、東メルカトルに勢力拡大する大国:スロヴィア連邦らによって東への勢力拡大がストップされ、変わって南方大陸へと勢力を伸ばしていくこととなる。そして南方大陸へと渡る際に必要なルート、それがリタリーと呼ばれる地域だった。

 リタリー地域と呼ばれる長靴型の半島は地上海の中央に位置し、南方大陸へと橋をかけるかの様な地形となっている。そこはかつて魔族の楽園として地上に魔族の帝国が君臨していた。しかし今は多くの小国に別れ、北部はパルシア王国の勢力下に置かれている。

 一方の南部には魔族の王国【魔導国】があり、そこには『南の魔王』と呼ばれる魔族がいるとされている。


 さて、今回はそんな魔導国で、色々とやらかした1人の破天荒な冒険者のお話だ。



………


………………


「ふああああ……」


 朝、目が覚めると外はまだ朝日が登っておらず、薄暗い。しかし毎日のようにそんな時間に起きているからもう慣れてしまった。栗色の髪を三つ編みに結び、さっそく今日の納品のチェックを行い、朝の配達の時間まで朝食作りや洗濯を始める。あぁ、その前に……


「今日もまた、満月様の輝きの加護があらんことを」


 満月を模した銀細工の丸鏡の様な像にお祈りをする。1分くらい両手を組んで祈ると、そのまま朝の支度を始めた。


「わああ!フィンお姉ちゃん今日も早いね、おはよ〜」

「おはようメラ、早く顔を洗っておいで」

「は〜い」


 寝ぼけた妹を微笑ましく見つめながら、フィンベルは鍋に水を溜め始めた。そして、加熱魔法をかける。魔法は、フィンベルの得意分野だ。


「ああ、おはようフィンベル。今日も頼むよ」

「おはようございますおばさん!今日は野菜スープですよ」

「あら、それはいいわねぇ。食べたら酒屋に行くから準備しておくれ」

「わかりました!ほら、メラも食器出すの手伝って」

「うえー……眠い〜」

「こら!机で寝ないの!はしたない」


 定食屋:森のせせらぎは昼にランチを出し、夜には居酒屋へと変わる。フィンベルはそんな森のせせらぎで住み込みで働く町娘だった。自分を姉の様に慕ってくれるメラと、店主のおばさん、そして店員仲間。彼女はごく普通のありきたりな日常を謳歌していた。

 ここは神聖パルシア王国の属領:【北リタリー公国】の辺境の地:ラスペチアという小さな街だ。すぐ南には南の魔王が支配する魔導国があり、常に緊張状態が続いているがそれでも街は平和であり、人々は平和の恩恵を享受している。


「ワインの仕入れも終わったし、帰るよメラ」

「うぃー」


 街はそこそこ活気があって、まるで隣が魔導国だなんて忘れてしまいそうなほど平和だ。本国北方の海や南の大陸、東の属領では戦争が絶えないらしいが、平和が一番だよとフィンベルは思う。


(ん?市議会堂の方に人だかりができてる?)


「何かあったんですか?」

「おぉ、フィンベル!いや、なんか今日ちょっと本国のお偉いさんが来るらしくてよ。今日から警備が厳重になってるらしいぞ」

「そうなんですか……神聖王国の貴族の方はとても雅なお方と聞いています。一度見てみたいですね〜」

「どうやら結構上の位の貴族様らしいぞ。美人だったらいいな、あははは!」

「すぐそういう事言う〜」

「へへ、じゃ、俺仕事あるから。フィンベルも頑張れよ〜」


 知り合いと世間話をしているウチに、もうランチの時間まで30分を切っていた。


「いけない!急がないと!」



…………


…………………………


 森のせせらぎに来る客の間でも、ずっと貴族の話で持ちきりだった。なんでも魔導国関連で、貴族様が視察に来るらしい。それも王都で上級主幹を務めるほどの貴族様である。お付きの騎士たちも宿に泊まるとのことで、街1番の宿屋のおかみさんはとても張り切っていた。


「王都から来るのだから、長旅でお疲れでしょうし、豪勢な料理にしなくちゃねぇ」

「でもなんで急にこの街に?」

「元々更に南のビサの街まで行くつもりだったらしいが、ビサの市長が昨日から行方不明ってことで急遽ラスペチア市に泊まることになったらしい。宿屋の方も大騒ぎだよ」

「まぁ、物騒ねえ」


 お客さんの話声が大きくて、つい気になってしまう。店員たちの間でもその話で持ちきりだった。


「ねねね、カッコいい人だと思う!?」

「さぁね、どうだろ。王都の貴族なんてろくなもんじゃないと思うんだけど」

「も〜、夢がないなぁ〜。男の人らしいし、ここでアピールしとけばチャンスかもじゃん!」

「玉の輿ってか?はは、あたしパスだわ〜」

「フィンベルはどう思う?」

「う〜ん……やっぱり王子様みたいにカッコいい人だったらいいよねえ」

「だよね!」


 フィンベルも年頃の娘だ。そういう夢物語に憧れもする。いつか自分のもとにも王子様のようにカッコいい人が現れて、自分を光り輝く世界に連れて行ってくれる。そんな夢。


(まあ、今の生活に不満なんてないですし……。ここを出たくもないのですけど)


「ま、フィンは憧れの人いるもんね」

「え、誰だれ?!」

「ちょ、なんで知ってるんですか!?」

「だってぇ、その人の英雄譚いっぱい持ってるじゃん」

「なんて人なんて人!?英雄譚ってことは英雄なんだよね!?」

「う、うん……でも女の人だよ?あはは」

「なんだ〜……つまんないの」

「え、フィンまさかそっちの気が……」

「ち、違います!!」


 フィンベルには憧れの人がいる。まるでお伽話のように活躍する女の人。一度会ってみたいなと、いつも思っていた。







 色んな話をしているうちに日は落ち、月が昇り始めた。森のせせらぎは居酒屋へと早変わりする。


「わははは!酒!酒持ってこーい!」

「パスタ〜」

「ワインとパスタで生きていけるぜぇ」

「マカロニがたりねぇぞ!!」


 リタリー人はパスタ狂いなことで有名だ。お陰でどの居酒屋でもパスタが出てくるようになっている。水と小麦がなくなった暁にはリタリー人は死に絶えるだろう。多分。

 人も増えてきて賑やかになりつつある森のせせらぎ。今頃は宿屋に貴族様たちがついた頃だろうか、とフィンベルが考えているとまたお客さんがやってきた。


「いらっしゃっいませ!」


 深くフードをかぶっていたが、恐らく女性だろう。女性は1人掛けのカウンター席に座ったので、フィンベルは水の入ったグラスを持って行った。


「どうぞ」

「ああ、ありがとう。とても可愛いお嬢さん」


 フィンベルはおぉ、っと思わず驚く。フードを取った女性があまりにも綺麗だったからだ。ロングの長い髪だったが、中心で白と黒に分かれた特徴的な髪色をしている。瞳は海のような鮮やかなブルーで、口からは八重歯が覗き見える。童顔だったが、恐らく二十歳かそこらの女性。とんでもない美人だった。


「えーと、リタリー赤ワインとミートソースのパスタを……ん?どうしたんだい?」

「は!」


 つい見惚れてしまっていた。それくらい、人を惹きつける何かをこの人は持っていると感じる。もしかして、と思いフィンベルは聞いてみることにした。


「も、もしかして……王都から来た貴族様……ですか?」


 声が掠れてしまった。女性は、一瞬キョトンとした顔をして、そして笑った。


「あはははは!いやいや、私はそんな上等なものではないさ!北の方のしがない旅人だよ」

「そ、そうですか……失礼しました!」

「いやいや。そんなに珍しかったかな?」

「えぇ。何というか、とても独特な雰囲気を持ってますね。お名前をお伺いしても?」

「私かい?私はトロイメライだ。職業は冒険者。君は?」

「私はフィンベルって言います!」

「そうか、フィンベルちゃんか。フィンって呼んでもいいかな?」

「は、はい!」


 フィンは何というか、不思議な気持ちになった。目の前の不思議な美女と会うのが、まるで運命だったかのような、そんな感じ。ちょうど休憩時間になったので、フィンはトロイメライの隣に座る。





 だが……そこからが酷かった。





「うん、フィンは可愛いな。お嫁にしたい、よし結婚しようじゃないか」

「………………は?」


 席についたフィンの方に腕を回し、ホストのように絡みついてくるトロイメライ。キラキラオーラを放っていたが、生憎とフィンベルにそっちの趣味はない。


「ちょ、や、やめてください!」

「あはは、良いではないか良いではないか。ほほう、いい胸をしているね。揉んでもいいかな?」


(さ、酒くさ!何この人!?)


 手をわきわきと動かしながらセクハラ紛いの発言をし出した。やってることが酔っ払い親父のそれだった。マジで幻滅である。顔がいいのがさらにたちが悪いが、どちらかと言えば童顔なので年下の女の子に絡まれている感覚が拭えなかった。これでイケ女子ならまだときめいたかもしれないが。


「スーハー……フィンの香りがする」

「ちょ、本当にやめてください!」


 なんか胸に顔を埋めてきた。うん、憲兵に突き出そうかなとか考え始めている。


「どうしてだい?私に少し気があったから、ここに来たんだろう?」

「こ、ここは娼館じゃありません!!!」

「好きな人でもいるのかな?その殿方も混ぜて3○でも一向に……」

「な、なんてはしたないことを言うんですか!!あ〜!!台無し!幻滅!最低です!!」


 涙目になりながら、立ち上がって抗議する。しかしトロイメライは聞く耳持たない。


「その反応は図星かな。お姉さんに恋バナを聞かせたまえよ〜」

「お酒のせいですか……それともこれが本性ですか……?あとそんな人いません!!」

「じゃあ恋に恋する年頃というわけだ。あっはは、私にもそんな時期があった……いや、なかったな。この年だと女の子を片っ端から摘み食いしていた記憶しかないな……」

「しかも浮気者ですか!?本当に最低です!!」


 カウンターの一角でギャーギャーやってても、周りが煩いのでだれも気にしない。フィンベル的にはそろそろ誰かに助けて欲しかった。


「私は、ただ……お伽話の英雄様に憧れているだけです!」

「へぇ、英雄ねぇ。英雄なんて大抵はロクでもない奴ばかりだけどな」

「ロクでもない貴方にだけは言われたくありません!それに私の憧れる英雄様は、とても素晴らしい方です!」

「ほほう。君のような可憐な美少女が恋い焦がれるとは、何処の王子様だろうか?リルヴィーツェ帝国のランガーフ1世かい?北方帝国のホスロー王子の伝説かな?竜使いフルガウドの洞窟伝説とかもありそうだがね」

「違います!私が憧れているのは、そう……






カデンツァ・シルフォルフィル様、です!!!」

「ブブッ!」


 途端に目の前の変態がワインを吹き出した。そして笑い始めた。それもものすごくツボに入ったらしい。とても不愉快だとフィンベルは思った。


「な、なんで笑うんですか!」

「あはははは、いやね、つい……くくっ、くくく……」

「カデンツァ様は、貴方が笑っていいような方じゃありません!」

「いいや笑っていい方さ。なんてたってカデンツァ・シルフォルフィルは私が想像しうる英雄の中で最高級の屑さ。英雄なんて呼ぶのもおこがましい。これを笑わずしてなんとする!はははははっ!!!」



 バンッ!!!



 頭に血が昇り、テーブルを叩くフィンベル。騒いでいた周囲も流石に静まり返る。しかし、フィンベルはそれが気にならないほど怒っていた。目の前の憎き美人に冷たい目を向ける。


「貴方は、本当に最低です!少なくとも貴方には英雄をばかにする権利はないです!」


 怒りに燃えるフィンベルを、挑発的な目でトロイメライは見つめていた。それがまた腹立たしくて、フィンベルはその場を立ち去る。


「貴方とは二度と会いたくありません!さようなら!」


 フィンベルが奥の部屋に入っていくのを見届けると、再びトロイメライはワインを傾けて口に流し込んだ。周りは、フィンに何言ったらあんなに怒るんだ〜とか野次を飛ばし始める。


「英雄、ねぇ。私はそんな大層なものじゃぁないんだけどね」


 トロイメライの呟きは、喧騒の中にかき消されていった。



……………


…………………………


「最低です!本当に、さいっていです!」

「うわぁ……そりゃ怒っていいわ。まだいるなら一発ぶん殴ってきていいかな?」

「フィン、取り敢えず落ち着きなって。あのお客さん帰ったよ」

「そうですか……何か言ってました?」

「あ、うん……その……あの子に謝っておいて欲しい。あと出来ればかわい子ちゃんの連絡先も欲しい。勿論君の連絡先も、ね……だってさ」

「何も反省してない!!いっそ清々しいです!!」


 しかも金払いは相当良かったらしい。チップを貰えたらしく、後輩の女の子は上機嫌そうだった。他にもあの美人のウインク等で毒牙にかかった店員が2〜3人いたのでフィンは現実を教えてあげることにした。


「てかさ、カデンツァ・シルフォルフィルってどんな英雄なの?それがわかんないと何とも言えないんだけど」

「カデンツァ様は……22歳にして数々の偉業を成し遂げている伝説の冒険者なのです」


 実家がシルフォルフィル家という北の名家にもかかわらずわずか11歳で冒険者になったカデンツァは世界中を渡り歩いていると言う。


 -曰く、オストリアで人々に悪さをしていた巨大ドラゴンを退治した-


 -曰く、悪徳な豪商の不正を暴き、街の人々を救った-


 -曰く、5000以上ものゴブリンの大群とゴブリン王を打ち破り、南部パルシアの都市を救った-


 -曰く、ライン諸国を蹂躙していた強力な魔族を一撃でねじ伏せた-


 -曰く、飢えた街に新たに見つけた種を与えて食糧危機を救った-


「他にも色んなことをやってて、その功績が国にもギルドにも認められてたった11年間で主幹かつ銀月級になったのです。ほら、様々な魔法開発も行なっているのですよ」

「本当だ……開発者名がカデンツァ・シルフォルフィルになってる……。これは紛れもなく英雄だわぁ……」

「ま、他の英雄に比べるとその成果はまだアレだけど、年齢が22歳だもんね。これからもっと凄い人になるんだろうなあ」


 伝記と、魔法開発に関する本を読みながら皆が感嘆の声を漏らす。


「もしかしたら、さっきの人はカデンツァ様に会ったことあるんじゃない?それで、実物はそんなに良い人じゃなかった、って意味かも?」

「会ったのだとしたら、それは絶対さっきの女性に問題があったのですわ……。そうでなきゃ説明がつきませんもの」

「それもそうだね」









 店仕舞いの時間となり、周囲の店もポツポツと灯りが消えていく。仕込みを終えて、寝る支度を整えてベッドに入ったものの、フィンベルは今日の出来事を思い出して眠れなかった。


「カデンツァ様は……英雄です……」


 そう呟くと、フィンベルは満月の照らす夜道へと繰り出した。


 夜道を歩いていると、昔のことを思い出す。優しかった母親が、フィンベルに昔話を聞かせている情景だ。フィンベルの母はよく聞かせてくれた、カデンツァ・シルフォルフィルについて。


(病気だったお母様と幼かった私を魔族や異端審問官の襲撃から助け、そしてお母様の病気まで治してくれたお方。そんな方が屑だなんて、信じる方がどうかしてます)


 フィンベルの母は何度も何度も繰り返し、その時の事について話してくれた。満月教会から追われる身となった母を救うなど、並大抵の覚悟で出来ることではない。どうして救ってくれたのか、会ったときに聞きたいとずっと思っている。


「いつか、会えたら良いな……」


 そう呟いて、帰ろうとした時……事は起こった。






 人が、倒れていたのだ。






「な!?」



 道端に倒れて、血を流す男。そして、ゴオオォという、微かに聞こえた声。


(この声、なに……?)


 そんな事に構ってる暇などない。とにかく倒れている人を助けないと、とフィンベルは男性に駆け寄ろうとして、







 男性の身体が宙に浮いた。


「え?」


 そしてそのまま、



 バリ、ボリ……ゴキッ



 という嫌な音を立てて、男性が消えていく。いや、消えていくのではない……折れた部分からは血が吹き出し、フィンベルの顔に紅の液体がかかる。


「あ……………………え……………………?」


 ごりっ、ごりっ、べきっ


 男性の頭が潰される頃には、ソレは目に見えていた。


 骨の動物。大きな牙を持った骨のみの獣が、その牙に血をたんまりつけてケタケタ笑っていた。そのままフィンベルに近づいてくる。


「だ、だ、だれか、だれ、か……」


 恐怖で声がうまく出ない。と、そこに、


「誰かいるのですかい?」


 骨の獣の後ろから声がした。助かったと思ったフィンベルはその人に向かって


「た、助けて!」


 と叫ぶ。しかし返ってきた返答はフィンベルの希望を打ち砕くものだった。


「あれあれ、目撃者がいましたかい。この辺は人払いの魔法を使っていたのに。ああ、早く殺さなくてはならんでせえ。そこにいる上級主幹とともに、早く」

「……え?」


 フィンベルが振り向くと、怯えたような小太りの男が塀によじ登って震えていた。


「へえ、隠匿魔法だけは上手なんですな。わたくしめですら気付かないとは。ですが、貴方の家来たちは皆死にましたえ?主君を守って哀れに死んでいきましたえ。貴方も、後を追っては如何でごぜえます?」

「い、異端審問官が何故私を殺そうとするのだ!私は、私は何もしていないだろう!」

「何もしてないからこそ始末することだってあるのでございますよ。社会の歯車として立派に死んでくださいませえ」


 貴族様が殺される!そう思ったフィンベルは咄嗟に防御魔法を使用した。


「《障壁》!」


 襲いかかろうとした骨の獣が弾かれる。骨の獣を使役しているのはローブをかぶった男だった。金色の装飾が施された、紺色の特徴的なローブ……異端審問官だった。まるで死人のように頬が痩せこけており、眼球も窪んでいる男。骸骨と間違えて良いレベルだ。


「あれぇ、所詮町娘と思ってたら、中々良い魔法を使うじゃあありませんかえ。では、狩の時間はやめて確実に仕留める事にしますえ」

 障壁に阻まれた骨の獣が、バラバラになって地面に崩れていく。そして骨は再び再構成されていった。男のローブの裾から次々と骨が落ちてくる。バラバラバラと軽めの音を立てて骨が積み重ねられていく。


「ひっ!」


 そこには龍を模したような骨の生物がフィンベルを睨んでいた。それも、3匹も。そしてよく見るとそれらは異端審問官の腕から伸びているようだ。




「あんたにゃ罪はねぇがぁ、死んでくっせえ」



 恐怖に震えながら、必死に詠唱して魔法を発動する。しかし、


 パリィイイン!!


「あ……」

「そんなものじゃ防げねえでせぇ!」


 骸骨のような異端審問官が勝ち誇ったような顔で言う。3匹の骨龍が大きな口を開けて、フィンベルへと襲い掛かった。


(いやっ!まだ死にたくない!誰か!)




 地表がめくれ、砂塵が巻き起こった。












「あ?」

「え…………………………生きてる?」

ouf(やれやれ)。よくもクライアントと私のいる宿を襲う気になったと思うね。正気を疑うよ」

「な、ななななななな!?さっきの変態!」

「おや、またあったねフィン。さっきはすまなかったね、そういえば連絡先を聞きそびれていたんだけど」

「今そんな場合ですか!?それより、異端審問官です!貴方も早く逃げた方が……」

「それには及ばないさ。





もう殺した」

「え……?」


 襲い掛かってきていたはずの骨龍が静止している。そして、コツンとトロイメライが突くとボロボロと音を立てて崩れていった。それは繋がっている異端審問官の腕も例外ではない。


「あ……れ……」

「アンデットは土に帰るがいいさ。うん、この小気味の良い音。愉悦だね」

「ば、ばかな……わたくしめが、そんな簡単に……」


 ボロボロと崩れる骨。それを見て、アイテムボックスから二本の薄いブレードを取り出すトロイメライ。


「な、何してるんですか?」

「伏せて!」

「え!?」


 背後からヒュンという音がしたが、それをトロイメライの剣が相殺する。もう一本は塀の上へ逃げた上級主幹へと。そちらにも何かが襲いかかっていたが、すんでのところで剣が防いでいた。


「ううむ、何故わかった」

「即興の依代かなんかか知らないけど、あんな弱いのに筆頭異端審問官のローブ被せるとかお粗末じゃないかな?手抜きが過ぎるんじゃないのかい?」


 声のした方をみると、なんと赤い目の骸骨が宙に浮いていた。真っ黒いマントを羽織り、大きな指輪が左手の人差し指にはめられていた。


「と、というか!筆頭異端審問官!?ってえぇと」

「一等司祭の中でも特別な異端審問官だね。近々王都で新たに設立されると噂の異端審問官部隊の核となる者たちさ」

「……満月教会フォルトナ派:筆頭異端審問官メイフェアー・ドルトムーン一等司祭。貴様も名乗れぇ?」

「嫌だよ君如きに」


 と、次の瞬間、




 ドオオオォオオォン!!!




 遠くで爆発音がした。空が明るくなっているから、恐らく何かが燃え広がっている。


「あーあ、いいのかい?上級主幹殺す前に、色々起こっちゃったみたいなんだけど」

「………………………………どこまで知っているえ?」

「全部だよ。全部。神聖王国が派遣した上級主幹が魔族側に殺害された上にラスペチアの街が襲撃された、という名目で魔導国と戦争するつもりだろう?自作自演というわけだ。しかも、魔導国と本気で戦争するつもりがない分さらにタチが悪い」

「……」

「魔導国に人を攫わせて、それを王都に横流しする気だね?表向きは魔導国によって殺されたことにして、裏では神聖王国に出戻りルートかな」

「おめぇを生かしておくことはできねぇえ?ここで死ね」

「ははっ、嫌だよ」


 異端審問官:メイフェアーは指輪から術式を展開し、骨の獅子を作り出す。また、自身も骨製の大鎌を生成して構えた。


「ふぅん、武器被りは頂けないな」


 トロイメライはというと、アイテムボックスを開き、空間から大きな黒い鎌を取り出した。刃先が所々赤く塗装された大鎌はメイフェアーが使っている鎌よりさらに死神らしさを増していた。


「ちょっ!トロイメライさん!?」

「私の後ろにいて。何があっても守ってみせるよ」

「え、え!?」


 周囲で火の手が上がる中、トロイメライとメイフェアーは刃を交えた。骨獅子をよけながら、トロイメライは自在に大鎌を操り、メイフェアーの斬撃をいなしていく。明らかに歴戦冒険者の動きだった。


(な!?あんなに強かったんですかあの人!)

「お、お嬢ちゃん……大丈夫かい?」


 振り向くと、小太りの優しげなおじさんが立っていた。上級主幹様だ。


「だ、大丈夫です。それよりあの人が!」

「ああ、彼女なら心配要らないよ。道中で偶々会ったのだが、やはり大金を積んででも雇って正解だったよ。これもフォルトナ様のお導きかな」

「心配要らない……って!」

「まぁ、見ててみな」


 白と黒の髪が揺れる。骨獅子の背に乗り、跳躍して華麗にメイフェアーの斬撃を避けていく。中々刃が届かない事に苛立ったメイフェアーは指輪に術式を展開させようと腕を前に突き出した。その瞬間が、トロイメライの狙い時だった。


「魔剣スキル」


 トロイメライがなんらかのスキルを発動させると、その効果は外野からみて直ぐにわかった。明らかに骨獅子とメイフェアーの動きが遅くなったのだ。相対的にトロイメライはとてつもない速度で動いているように錯覚してしまうほどに。


「な!?」

「遅いね」


 黒の閃光が走ったかと思うと、次の瞬間にはメイフェアーを守護しようとした骨獅子が粉々に砕かれた。慌てて骨蛇を生み出して振り回すが、既に動きが見切られている。トロイメライは5匹の骨蛇を回転しながら刈り取って行き、そのままメイフェアーの懐まで飛び込んだ。


「くぅ!!」

「はぁっ!!」


 防ぐメイフェアーに容赦なく黒の大鎌が襲いかかり、火花が散る。いや、火花と同時に散ったものがある。金属片……メイフェアーの鎌の金属片だった。


「何っ!?」

「壊れたまえ」


 バキン!と大きな音を立てて、メイフェアーの大鎌は真っ二つに割れた。それと同時に、メイフェアーに刃が降りかかる。


「ぎぃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 指輪をしていた左腕が切り落とされ、顔面の骨にもヒビが入っていた。


「ば、馬鹿な!馬鹿な馬鹿な馬鹿な!!何故だ、何故わたくしめの動きが追いつかない!」

「私のスキルのせいだね。《時間遅延》、お前の時を遅らせた。これでお前と私の間に決定的な差が生まれる。勝ち目なんてないよ」

「ち、チートが……」

「あはは、愉悦だね。さて、とりあえず死んでもらおうか」

「ま、まて!!わたくしめは正式に王都政府による命をうけとるえ!これを妨害したらお前のそれは叛逆だえ!?」


 王都政府の命令で街が襲撃されたという事実に、フィンベルは驚愕する。と同時にそれに逆らってまでトロイメライがメイフェアーを殺す理由がないと、フィンベルは歯噛みした。しかし、


「どうでもいいな。私のクライアントと、私の寝床を襲った時点で大罪だ。万死に値するよ」

「な……」


 鎌の棒先でメイフェアーを殴り飛ばすと、地べたを這っているメイフェアーに鎌の先を突きつけた。


「はは、悪を殺すのは楽しいな。どんなに非道なことをやっても、正義の名のものに赦されちゃうんだ。さぁて悪人、お前の断末魔、私にたっぷりと聞かせてくれよ」


 悪魔のような笑顔で、凶悪なことを言い出したトロイメライ。フィンベルその表情に思わず身震いしてしまう。すると、メイフェアーから驚くような言葉が聞こえた。




「カデンツァ……」




「え?」

「お前か!騎士団リストでみたぞぇ!白と黒の髪!青の瞳、八重歯!そして、その笑顔……お前が、天撃のカデンツァ・シルフォルフィル……なのかえ……?」


 フィンベルは目を見開いて目の前の女性を見た。身体的特徴は公にされていない謎多き英雄:カデンツァ・シルフォルフィル。それが、目の前に……?いやまさかこんな変態が……。


「へぇ、当たりだよ。よくわかったね。遺言くらいならきいてあげるよ」

「…………………………死ね」


 メイフェアーの口から小さな骨の矢が飛び出てきた。しかし、


「お前がね」


 驚きの反射神経で鎌を振るって弾き、そのままメイフェアーの顔面をぶっ潰した。ぐちゃぁと嫌な音を立てて、メイフェアーは死んでいった。その光景をみて思わず目を覆うフィンベル。そんなフィンベルを見てトロイメライ……いや、カデンツァは言った。





「言っただろう、英雄なんて呼ぶのもおこがましいと。ははは、最高に愉悦だよ!」





 邪悪な笑みのままフィンベルを見つめるカデンツァ。そんなカデンツァが、フィンベルにはどうしようもなく美しく写ったのだった。

感想ください、ください…

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― 新着の感想 ―
[一言] (⌒‐⌒)つ感想
2020/04/03 11:20 リーゼロッテ
[良い点] 1話1話が長くなりましたね〜 ┏○)) アザ━━━━━━━━ス! [一言] 感想か?欲しけれャくれてやる! ほらよヾ( ゜⊿゜)ポイッ
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