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2.5章8話:隻腕の異端審問官

実は18禁うんぬんで運営様とバトってました。ので、様々な表現を変えさせて頂いてますし、更新も遅れてました。すみません。

エッチなシーンだけノクターンで書くしか()

 神聖パルシア王国北方海域のドルバード海峡を航行する連合王国の軍艦が不穏な動きを見せ始めたと報告が入ったのは丁度王都の大脱走騒ぎから2日後のことであった。

 十月祭騒ぎは相手が悪かったからともかく、1人の生徒の脱走に引き続き9人の勇者パーティー脱走を許した騎士団の信用は地に落ち、一層異端審問官が王都内で幅を利かせることができるようになった。これも偉大なる大司教様の思惑通りなのだと感じるとなんだか無性にイラッとくるな、と隻腕の美少女は考えた。


(この呼び出し……どうせ形式的なものでしょ)


 長い黒髪をツインテールに結び、青くメッシュしてある部分をくるくると指で弄る。右腕がないので左腕で右前髪の青メッシュをいじる。そんな彼女の目の前には麗しの大司教:ノルヴァード・マクスカティス・ギャレクが椅子に腰掛けていた。


「さて、ナワテ。どうして手引きしたのかな?」


 単刀直入である。この男には誤魔化しは効かないと判断したのか、ナワテ・デクレッシェンドは素直に答えた。


「情が移った」

「説明不足じゃないのかな?」

「異端審問官に出動命令出さないのが悪い。あんたの狙いは大体分かってる、出さなくて正解だったんでしょ?なら寧ろあたしを褒めなさいよ。一応あんたの意図も汲んで証拠が残らないように逃してあげたわよ」

「ハァ……」


(ムカつく)


 なんだこの溜息は、とナワテは心の中で舌打ちをした。どうやら実際に舌打ちしていたらしく、ノルヴァードはまた溜息をついた。


「……まあいい。君にはその埋め合わせとして北方海域で任務についてもらう。新月信仰の異教徒が北の海で軍事的行動を起こす予兆があるとのことなのでね」

「北方海域……連合王国の王立海軍(ロイヤルネイビー)ね。海洋都市国家群の近海じゃなくてドルバード海峡なの?」

「話が早くて助かるね。ああ、王立海軍直々に指揮をとっているらしい。恐らく大半はスカンディナヴィの海賊かな。後詰の連合王国軍も合わせると正直大規模侵攻と言って差し支えない。北方軍管区と王都将軍は軽く混乱状態さ」

「うざ……。で、あたしだけ?北方軍の指揮官は?」

「七将軍:エデン・ノスヴェル。ハザールド討伐といい、北方といい、かの将軍閣下はよく駆り出されるものだ」

「……チッ。パッと終わらせて帰って寝るわ」


 舌打ちをしてナワテは執務室を後にした。



………


…………………


 この時各方面で神聖王国への侵攻が起こっていた。南方大陸攻勢、ライン諸国によるダート侵攻、東方共同体によるサルビア地方侵攻。中でも大規模なのは連合王国軍によるパルシア北部上陸戦だった。

 実はノルマンデー、ダンケルン、ブルドーと言った北海近郊各都市への海賊襲撃騒ぎが一年前から相次いでいた。海賊と言うが実態は民兵と他に海洋都市国家群:ポートランドの傭兵やスカンディナヴィ北方帝国の傭兵も混じっており、背後にはブルテーン連合王国海軍が控えている。海賊船はともかく、連合王国の軍艦は世界最強を誇っておりその撃退は容易ではない。


 ナワテが北方軍管区カレイスに到着した時、北方司令部はまぁ文字通り混乱していた。カレイス名物シーフードシチューを食し、イカの塩焼きを手に北方司令部に着いたときその場違い感に思わずジト目になってしまうナワテ。どうやら着くまでに北方司令部は何かやらかしたらしい。


「ふはは!タイミングが悪いな筆頭異端審問官!っと、なんだなんだ!この前のガキじゃねぇか」


 司令部が置かれたカレイス第52駐屯地の入り口で入れず立ち往生していた将軍:エデン・ノスヴェル。渾名は残虐将軍である。王都の薬剤師を使って怪しげな実験をし、女共を薬物中毒にして楽しんでいるという。大層な美女を薬中に堕として楽しんでいるらしいが、まだまだ美女コレクションが足りていないらしい。こないだはコーネリアにお誘いが来ていたな、とナワテは思い出していた。


「筆頭異端審問官:デクレッシェンド筆頭司祭。で、何なのこの惨状」

「おいおい、わしは一応七将軍だぞ?敬語くらい使えよ」

「あんたが敬意を払うに値する人間なら、まぁ考えとくわ。で、なにこれ」

「わはは!面白いやつだな。あぁ、これか?ドルバード海峡でロイヤルネイビーに海戦を挑んだそうだ。結果は見ての通り。で、そのままこのカレイスに向けて海賊が集結中。それをどう迎え撃つか躍起になっとるらしい。しかもダンケルンには既に海賊の尖兵が上陸しとるらしい」

「惨敗じゃない。馬鹿なのかしら北方司令部は」

「そこでわしらの出番じゃふははは!おめぇさんの実力、みせてもらおうか?」

「チッ……うざ。入るわよ」

「わはは!ゾクゾクする目をするな!」


 北方司令部の作戦室にはドルバード沿岸の各駐屯地のお偉方が集結していた。


「さて、七将軍エデン・ノスヴェル大将である。ここの指揮を預かることとなったわはははは!!!まあ各々くつろぎたまえ。こちらは筆頭異端審問官:ナワテ・デクレッシェンド筆頭司祭だ」


 会議はつつがなく進む。その中でナワテは珍妙な動物を見るような視線に晒されていた。将校たちも自分の孫娘くらいの歳の筆頭異端審問官に戸惑っているのであろう。


「既にダンケルンは占領され、カレイスを守る海軍は壊滅。カレイスに向けて軍艦が迫ってきている。どうするかね、異端審問官どの」

「なんであたしに振るわけ?軍事的作戦立案はあんたの役目でしょ」


(てかダンケルン占領されるの早い)


「ノスヴェル閣下が指揮するまでもございません!我々北方軍で敵艦隊を粉砕してご覧に入れましょう!我々にお任せを!」

「ほう?わしの師団も、異端審問官殿の力も要らんと?」

「滅相もございません!ですが、王都第二師団の主力はまだ後方のアレス市に留まっておりますし、異端審問官も3名しかいらっしゃられません!ここは我ら北方司令部にお任せを」


 必死になって中央軍を押し留めようとしているのは北方司令部の中でカレイス駐屯地の指揮官を務める上級主幹だった。ダンケルンが占領され、このままでは北方司令部の沽券に関わると感じているのだろう。王都軍に手柄を奪われたらたまったものでは無いとでも思っているに違いなかった。

 因みに王都第二師団とは通称ノスヴェル師団と言うエデンの直轄軍である。その総数は2500名の完全武装騎士団で、16年前の王都内乱や2年前の竜人の里攻勢で名を挙げている。迷路は異端審問官の後に敵兵の死体を漁るクズと言っていたが、王都軍の中でもエデンの部隊は非常に強い軍事力を有していた。


「既に我が第52駐屯兵団の歩兵部隊が海岸沿いにて守護しています。ですので王都軍の方々は……」

「は?砲兵隊はどうした?」

「只今倉庫から大砲を引っ張ってきておりますが……その、数が……」

「おいおい、なんで足りてねぇんだよ。沿岸都市だろうここ?」

「そ、それが、最近何者かにメインの倉庫を破壊されておりまして……」


 ノスヴェルが脅すような口調で責めるが、上級主幹は必死に弁明する。


「こりゃ……十中八九やられたな」

「そうね。連合王国王室の諜報員が倉庫を破壊してた……となると確実にカレイスに攻めてくるわね」

「んじゃここに居るのは危ねぇんじゃねぇか?相手の射程がどんなもんかわからねぇが、向こうは魔術の国だ。ここまで鉛玉飛ばすことくらい屁でもねぇだろうよ?」

「多分この駐屯地も……」





 ドォォォォォォォオオオおおおおおおおおおおおおおおおお!!!






 爆音が響き、グラグラと振動が襲う。この重低音は恐らく、艦砲射撃がはじまったんだろう。ただの海賊船が大砲など持っているはずもなく、どうやら向こう方も連合王国が手引きしていることを隠す気はないらしい。ナワテが窓から覗くと、そこには黄金の装飾がなされた真っ黒い軍艦が漂っているのが見えた。


「か、艦砲射撃!?近いぞ!!うわあああ!!」

「おいおいこりゃ、上陸されちまってるじゃねぇか、っておい!ガキ!どこいくんだ!?」

「港。異端審問官としての義務を果たしてくるわ。あんたも、将軍としての義務を果たしなさい」

「わはは!!やはりただのガキじゃねぇなおめぇ!おい、何ぼさっとしてる!いくぞ北の将校共!!


 戦争だ」







 襲撃を受けたのはカレイスとダンケルンの2都市。うち、ダンケルン第51駐屯地及びダンケルン市は占領されている。更に北方に展開していたパルシア海軍は壊滅。これだけで既に1000を超える戦死者が出ており、大大大損害だ。


(もう遅いけど、できることはやるわ)


 既に港には騎士たちの屍を超えてくる海賊たちが侵攻しており略奪が始まっていた。


「おらぁ!!女は身ぐるみはいで船へ、男は殺せ!!略奪は最小限にして駐屯地の将校を捕らえにいくぞ!!」

「きゃあああああ!!」

「おらぁ、ついてこいや!!」

「お母さん!お母さん!」


 略奪の光景が既に広がっている。騎士たちが近づこうとするがそれを、


 ドゴオオォオオオオオオオオオオオオ!!!!!


「ぐああああっ!!」


 艦砲射撃が邪魔する。重要拠点に集中的に砲撃されており、先ほど留まっていた駐屯地の方も砲撃の被害に遭っている。どうやら向こうの砲撃手は優秀らしい。とはいえ突撃した王国軍カレイス第52駐屯兵団の歩兵部隊は壊滅し、多数の死者が出ている。

 砲台に多くの大砲や魔道士部隊が集結していたが、そこも集中砲火されてしまいなかなか酷いことになっている。北方軍の面子を立ててやろうかと思っていたが、どうやらそろそろ本格的にやばいらしいとナワテは思い始めていた。それはエデン・ノスヴェルも同じだった。


「ねえ、ノスヴェル閣下。あんたの第二師団ってどんくらい強い?1/3もカレイスに入ってないらしいけど」

「ん?あぁ、あそこで無駄に突撃してる北方軍よりは明らかに強えし頭良いぞわははは!」

「笑い事じゃないわよ……じゃ、あたしが船を薙ぎ払うからあんたは上陸した敵を叩いて」

「おい、簡単に言うが出来るのか?ここから海上まで結構あるし、海賊船の数は100を超えとる。5つの軍艦の砲撃はかなり正確でこのままじゃ近づけんぞ?」

「そのために異端審問官がいるんでしょうが」

「その割に異端審問官はおめぇさんとお付きの2人だけのようだが?」

「そこの2人はあたしのストッパー。戦力カウントはできない」

「んじゃますます無理だ。わしの師団は強いが海上兵力を叩くのに向いとらん。一度下がって補給が切れるのを待とうじゃねぇか」

「それじゃ、ここにいる人達を見捨てんの?」


 ナワテは強くエデンを睨みつけた。エデンはそれを意外そうに、そして面白そうに見つめていた。


「おめぇ、本当に異端審問官か?」

「他のゴミ屑共、特にノルヴァード・ギャレクと一緒にしないで」


 面白い。そう、エデンは本能で感じた。そして、こいつなら勝てると。


「あたしもあんま疲れたくないから一回の最大火力で行くし、あんたに陸上兵力を打ち漏らされたら困る。出来んの?」

「わははは!無論だとも。では、実力を見せてもらおうか。デクレッシェンド筆頭司祭!」







「蠍は天に、心臓は燃えて煌々と星星を照らす。きっと僕は、本当の(さいわい)をみつけにいく」







 ナワテはクスッと笑うと、祝詞を唱える。すると、次の瞬間エデンは目を疑った。彼女の無いはずの右腕から、真っ黒い影のようなものがウネウネと現れたのだ。それは黒の炎のように揺らめき、やがて腕の形になる。そして空を裂き、何も無い空間からゾゾゾと武器を取り出していく。


(な、なんだありゃあ!?青い、星々そのもののような、大剣?)


 縁は黒いが、大剣には銀色の小さな宝石のようなものが散りばめられている。それがまるで星のようで、剣一本で夜空を映し出したようなそんな大剣だった。少女の小さな身体には似合わない。どちらかと言えば、大方の長刀と言った方が正しい。

 そんな大剣を真っ黒の腕が持ち、そして構えた。紺色の大剣が黒い炎の腕に揺られて、まるで夜空を星々が流れているかのような光景に見える。


「どけどけぇ!!そこのフード女ぁあああ!!」


 海賊たちが迫る中、ナワテはただ一点、軍艦の方を見つめていた。そして、















「魔剣スキル:《(さいわい)を見つけた(さそり)の心臓》」














………


………………


「あらぁぁ!何この紅茶、美味しいわねぇぇん!!このスコーンもよく合うわぁああああ!」

「だ、ダンプティー閣下……食べ過ぎです……」


 連合王国海軍の5つの軍艦を指揮する海軍大将:ハンプティー・ダンプティー海軍大将は優雅に紅茶を嗜んでいた。しかし、それは一瞬にした起こった。


「あら、何かしらあの青い光は?」


 身長2メートルを超す巨漢にして、圧倒的厚化粧のオカマであるハンプティーだったが、彼は世界最強のロイヤルネイビーの指揮官の1人だった。そんな彼はこの日思い知ることになる。




 我々が味わうのは勝利なんて華美なものではない。


 蹂躙だった、ということを。




「んなっ!?」


 港の方で1人の少女が空高く剣を掲げると、カレイスの港は瞬く間に青い炎に包まれた。そして、それがそのままロイヤルネイビーに向かって放たれようとしていた。歴戦の将校である彼は、本能でアレの危険性を感じていた。


「各船に通達よ!!各々防御術式で最大限の防御行動を……なぁ!?」





 一瞬だった。





 大剣がこちらに向かって振り下ろされた瞬間、海上に漂っていた100を超える海賊船は一瞬で蒼く燃え上がり、海賊たちは灰塵と帰していく。そして、そのまま青い炎は5つの軍艦をも飲み込んでいった。


「ぐうぁうあああ!!ブルテニア貴族舐めんじゃないわよぉおおおおおおお!!」


 ハンプティーが防御術式を張って対抗するも、ちらりと横目にみるとブルテーンの軍艦は、4つ全てが炎に包まれていた。


(な!?全船に銅月クラスの魔術師を配置してたのに!?その防御魔法を全て焼き払った!?なんて威力なの!!)


 辛うじて耐え切ったハンプティーだったが、この旗艦:ヘルシング以外に、海上に漂っている船はなかった。全てが燃え尽き、海に消えていった。残された道は、退却だけだった。


「だ、ダンプティー閣下……」

「わかってるわよ……撤退するわ。生き残りなんて探してる暇もない。脱兎の如く逃げるわよ!あれは、相当ヤバいわね…………」


 ハンプティーが丘を見た時、そこにいた少女はフードを被っていたが、確かにケタケタと笑っていた。



…………


…………………


 エデンも、ノスヴェル師団も、敵の海賊も、味方の北方軍もただひたすら目の前の光景に釘付けになり、動けなかった。たった1人の、14歳くらいの幼い少女が目の前の海賊を灰にしたかと思うと、その背後を覆い尽くしていた大艦隊を消しとばしたのだ。当の少女はただ海を見て立ち尽くしていた。


「お、ぉお。これが、筆頭異端審問官……わはは!!こりゃあすげぇ!!異端審問官殿が、新月信仰の異教徒を打ち滅ぼしたぞ!わはは!!」

「さぁ!進め!残った海賊を撃ち滅ぼすのだ!!」


 北方軍が手柄欲しさに我先にと海賊へと攻めかかる。海賊は逃げることしか出来ず、続々と伐たれていった。


「なあ、おめぇさん凄いなわははは!!流石は異端審問官……おい、どうした?」


 ナワテの肩を後ろからポンと叩くが、反応がない。しかし、ナワテは何かをぶつぶつと言っているようだった。


「おい、どうし……ッ!?」


 無理矢理にナワテを振り向かせるとそこには、


「あはは、髪の伸びた女を殺して髪を売るとね、其れが蚕へと変わるの。あははは、兎の肉よりキメラの肉が美味しいかなぁ、あはははは!燃える水、燃える石、煌めく水、全て全て全て全て、壊して作り直した男のお話。あははははははははは!!!」


 左目からドロドロと血を流し、焦点の合わない死んだような目で、笑いながら意味不明な言葉を、まるで壊れたレコードのように呟き続けるナワテがいた。


「お、おい……」

「あははは、虫は虫を食らって春には羽化するの。あははは!東の国のサクラという木を見た????あれを溶かして目に流し込むととてもとてもとても、とても痛くて綺麗なのよ、あはははははははは!!」


 ナワテは暫く笑い続けていたが、お付きの異端審問官が満月の銀細工を握らせると、次第におさまってきた。


(なんだこいつ……しかも左目まで義眼じゃと?欠損だらけではないか)


 満月の銀細工を握りしめてしばらくして、ナワテはまた呟き始めた。今度は、焦点があった目だった。


「ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」


 今度はひたすらに謝り続ける。そして、


「ぐっ……………ぁぁ、くっそ……………最悪……………」

「おい、大丈夫なのか?」

「お、ぉえ……問題ないわ。てか残虐将軍が人の心配するとかマジでキモい」


 元々死人のように青白い顔が、さらに白くなって、もはやこの世のものではないと思えるほどだ。ナワテは布を取り出し、だらだらと左目から流れる血を止め始めた。


「く、一回でこうなるとかツイてないわね。昨日は1日使ってたから、体調悪いってギャレクに言ってたのに……本当、他のやつに任せればよかったわ」

「なんなのだ、今のは」

「代償よ。あたし、あの大剣使いまくると半日以上は自我のない廃人状態になるの。そんなの嫌だから、強制的に自我を戻す方法が今のやつ。あたしの意識はないから、正直自分が何呟いてるかわかんないけど、本当に不気味でロクでもないこと言ってるみたいね」

「訳の分からない祝詞をぐちゃぐちゃに唱えることで、強制的に自我を引っ張ってきてるってことか?」

「あたしの左目の力を使ってね。【(さそり)の魔眼】の能力の一つに、精神浄化があるの。で、ちょっとでも酷使するとこのザマよ」


 ナワテは左目に包帯を結び直すと、スクッと立ち上がった。そして、首から下げた満月の銀細工を握り、海に向かって祈り始めた。


「人を殺めた哀れな罪人であるわたくしめをお赦し下さい。満月の光を、救いの輝きをどうか、お授けください」

「……なんだそりゃあ?」


 一通りの祈りを終えると、ナワテは振り向いた。


「祈りの最中に話しかけないで欲しいんだけど」

「まさかおめぇ、人を殺したことの贖罪をもとめているのか?わははは!!本当に異端審問官か?」

「あたしが人を殺したという事実はどんな理由があろうが変わらない。あたしは、あたしの目的のために人を殺すけど、それをなんとも思わないような本物の化け物になんかなりたくないのよ」


 どうでもよさそうに、ナワテは言った。少し気怠げだった。


「さ、わかったらさっさとダンケルンに連れて行きなさい。疲れたわ、さっさと蹴散らして寝る」

「わははは!!おめぇ、やはりおもしれぇなあ。良かろう、ワシの背中に乗るがいい!」

「チッ……殺すわよ。早く馬車用意してよ」

「わはははは!!!」


(ナワテ・デクレッシェンド……異端審問官なんぞワシと同じどうしようもねぇゴミ屑ばかりだと思ってたが、なかなかどうして、おもしれぇ奴がいるじゃねぇかわははは!!)







 この日、ダンケルンは奪還され、連合王国軍は完全に撤退した。神聖パルシア王国軍の損害は1105名にも及んだが、それ以上に被害を被った連合王国は、これ以降暫く神聖王国に手を出して来なくなった。





〜2日後〜


 王宮の東側回廊にて、エデンは大司教:ノルヴァード・ギャレクを見かけた。しかもナワテ・デクレッシェンドも一緒だ。伊邪那岐機関設立後、最近は異端審問官がよく王宮内で見られるようになった。


「おう、ひさしいなギャレク大司教」

「おや、ノスヴェル閣下。先日はウチの異端審問官がお世話になりました。ほら、ナワテ」

「おい、久しぶりじゃねぇかガキ!」

「……」

「あ?あぁ……なるほど……」


 ノルヴァード・ギャレクに手を引かれて、ふらふらとナワテは頭を下げる。その両眼には光がなく、虚な目をしていた。相変わらず右腕はぺったんこになっており、額には包帯が巻かれていた。


「廃人状態、か。中々おもしれぇなぁ、そいつ。あと数年もすりゃ俺好みの美女になりそうな顔してやがる」


 そう言ってエデンはナワテの顎を持ち上げ、品定めするような目つきで眺めた。しかしそれをノルヴァードが止める。


「彼女は我々の大切な戦力ですので、お控えください。どうしても、というのであれば壊さない様に注意してお願い致します」

「わはは!冗談だ冗談。ま、異端審問官が必要なときはそのガキを借りるぞ。中々に使い勝手がいい」

「随分とお気に召された様で。夜伽だろうと薬物実験だろうと、壊さなければなんなりとお使いください」

「冗談だとゆうておろうに」


 2人の権力者が邪悪な笑みを浮かべている中で、ナワテは虚な目でじっと、真昼の月を眺めていた。

廃人少女とかいう需要。

さて、ここにて2.5章は終わりになります。も一つ本当に小さな章であるカデンツァの章を挟んで3章に突入したいと思います。木葉の活躍をお待ちの方は暫くお待ち下さい。









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なにこれ、おもしれぇ女
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