2.5章7話:天撃と笹乃
24番街はスラム街といっても過言ではなく、治安があまり宜しくない地区だ。相変わらず遠くの方では爆発音のようなものが響いており、ズンとした振動が足元に伝わってくる。
少し歩いて進んでみると先ほど見えたムール・ド・シャトーが間近に見える。50メートルを越す巨大な城壁、無骨な土色の城壁だが所々には満月のマークの布が架けられている。満月教会が城壁の維持管理に多額の出資をしているのだろう。
「さて、ここからどうするか……ですけど」
と言った瞬間。
「笹ちゃん先生!!なんかきてる!!」
「え!?」
「や、やべぇ!なんか火矢みたいなのいっぱい飛んできた!」
馬車に火矢が突き刺さり、馬車が燃え始めた。急いで外に飛び出ると、周囲には多数の騎士。神聖王国軍の旗とそして、
「国立天文台……」
魔導師集団の旗だ。思っていた以上に手が早い。やっぱりなわてちゃんに嵌められた?
「貴殿らはァ!」
突然の大声にビクッとしてしまう。取り囲む騎士や魔導師はおそらく50人はいるだろう。
「王宮より下知が下った!貴殿らを捕らえ、縄にかけろとの下知だ。さぁ、捕えよ!」
「さ、笹ちゃん先生!」
「分かってます!!回避魔法:《花舞》!はああぁっ!」
目くらましのスキル:花舞。巫女特有の武器である【真紅の祓え串】を騎士団に向け魔法を発動させる。払え串の先から赤い花びらが舞い、周囲を覆い尽くした。
「な、なんだ!?斬れ!!」
「斬れません!ぐあぁっ!」
攻撃魔法を持たない私の特性上、こういった目くらましの魔法のレベルが向上している。花舞は高位の目くらまし魔法ゆえ、並みの騎士では目の前の花吹雪に対処しきれない。
「強行突破します!みなさん、付いてきてください!」
「は、はい!」
ひたすらに北門を目指して走り続ける。なわてちゃんに嵌められたかどうかはともかく、彼女に送って貰ったのだから、なんとしてでも辿り着かないと!
「あ……」
城壁の門は固く閉ざされ、そこにはやはり多くの騎士たちが立ちはだかっていた。今のこのメンバーで門を打ち破る打撃力を持ったものなどいなかった。
ここまで、なの?
「Je suis surpris!まさか本当に辿り着くなんて!あんまり期待していなかったけれど、どうやらそこそこ優秀らしい」
「へ?」
騎士たちがバタバタと倒れていく。そして、門の前にはフードをかぶった集団が立っていた。異端審問官ではない。カーキのフードを着ている。
さらに、ギギギと鈍い音を立てて門が上がっていく。門を管理する関所の騎士たちが軒並み倒されている。いや、眠っている……?
「催眠術式、暗示術式。かけ終わりました、カデンツァさん。これバレません?」
「Pas de problème(問題なし)。さて、偉大なる勇者御一行様。僭越ながら夜逃げの準備を整えさせて頂きました。城門の外に馬車を用意してますので、どうぞお乗りください」
「……うわ、敬語に合わな〜」
「煩いな夜弦。可憐な女性と接するときはまずは礼儀正しい態度からさ。そんなんだから彼女できないんだぞ?」
「うっせーバーカ!!」
あ、あの……ナニコレ。何やらフードの人たちでコントが始まっていた。いや、でもなんか夜逃げの準備をしてくれたらしいし……。
「なわてちゃんの仲間……ですか?」
「ナワテ?生憎そんな名前のメンバーはウチにはいませんね。先ずは馬車でゆっくり愛を語り合いましょ……ごべっ!」
「ほんと、ほんと、ほんとそういうのいいんで、すみませんウチの馬鹿リーダーが失礼なこと言いました。私はフィンベルと言います。こちらの無駄に顔だけは良い女たらしはカデンツァさんって言います。一応こんなのでも天下の銀月級冒険者様なので、信用は出来ると思います。えっと、モガミ様でよろしかったでしょうか?」
「は、はい!最上です」
「良かった。私たちはとある方の依頼であなたたちを王都から脱出させることになっています。さぁ、行きましょう」
「え、えと、とある方?」
「はい、名前を明かすことはできませんが。時間がありません、いきましょう」
「待ってください!まだ生徒が2人たどり着いてないのです!どうかあと2人の保護も!」
「無理だね。徒歩で24番街まで、しかも国立天文台と駐屯騎士団と戦いながら辿り着くのはほぼ不可能だ。だから君らがここまで来れたのは奇跡的なのに。寧ろ普通に全員見捨てるつもりだったのだけど……ま、結果よければ全てよしだね」
フードを取った女性が冷たい視線を向けながら言う。ロングの髪が、中心で黒と白に分かれた美人だった。
「そんな!もう少しだけ待てば、もしかしたら……」
「いいえ、行ってください。先生」
「え?」
1人のフードをかぶった人物が話しかけてきた。少女の声、おそらく16〜17歳。知らない声だけど、何故か懐かしい声。
「あとの2人も、なんとか脱出させます。ですので、先に逃げてください。先生が逃げ延びなければ、元も子もありません。それは、そちらの生徒たちもそうだと感じている筈です。王宮に残った生徒たちも、きっと先生が助けに来てくれるのを待っているはず。だから、行ってください」
今日は、もうわからないことだらけだ。こうやって、私より小さな子たちが私を励まして、助けてくれている。私を信じて王宮を出た真室さんのように、今度は私がみんなに信じられる存在にならなくてはならないのだ。それでも、天童くんと鶴岡さんを置いていくなんて……。
ふと、手が暖かくなる。目の前の少女が私の手を取っていた。フードのしたから除く端正な顔立ち。茶色い髪。力強い瞳で私を見つめている。
「お願いします。行ってください」
…
……
……………
馬車がどんどんと遠ざかっていく。商人風の荷馬車は北門から道を迂回して東街道に沿って走っていくのだろう。
「良かったのかい?挨拶しなくて」
白黒の髪を持つ美女:カデンツァ・シルフォルフィルが先ほどの茶色の髪の少女に話しかける。少女は目を逸らしつつ答えた。
「したとして、俺だと分かったら困るでしょう。第一、この姿をクラスの奴らに見られたくない……」
「可愛らしくていいじゃないか。私はその顔結構好きだぞ?」
「いや俺の顔じゃないんで……」
さて、もう大体お気づきだろうがこの少女は満開百合高校の生徒である。そして、少女ではない。
「全て終わりましたね、レイラ様」
「いいえ、これからですよ、語李。いいえ、カタリナ」
暗めの茶髪をポニーテールに結んだ、その歳の娘としては少し背の高い少女。何を隠そう、彼女は白鷹語李である。何故こんな少女の姿になっているかというと、
「ラッカ筆頭司祭が保管しておいた身体の中でも保存状態が良かったものを勝手に拝借しました。今後のことを考えると竜人族であったハレイ・ヴィートルートの身体を使っても良かったのですが、本人の死亡記録が曖昧なことから念のため避けました。こちらは確実に死亡した少女のものなので恐らく問題ないと思いますわ」
「ラッカのもとに異端審問官供が拷問する前に訪問したのはそういう理由かい?中々賭けに出たものだね」
ラッカが数多く保有していた人形達。それらの一つを使って魂魄魔術を使用し、死亡した語李の魂を人形の器に入れたという仕組みだ。
魂魄についての仕組みは未だに解明されない部分が多いが、魂と呼ばれる精神体と魄と呼ばれる肉の器を人間が死んだ瞬間に切り離すという技術の確立は出来ている。勿論行えるものはスキルを保有した少数の者に限られており、ラッカはその1人。そしてもう1人はカデンツァについて来ていた栗色の髪の少女:フィンベルである。
「流石は満月教会の巫女様だ。それも、かなりきな臭い出自の」
「それ以上喋ったら腹パンしますよ」
フィンベルがジト目でカデンツァを睨む。おお怖いとぼやきながら、カデンツァは両手をあげるポーズをした。
魂魄操作の魔術。悪魔召喚同様、秘匿された魔術で、制約はあるものの代償を払えば誰でも利用できる悪魔召喚とは異なりこちらは才能が必要になってくる。あまりに危険な魔術なため、その研究はこの腐った王国ですら禁止されているが、異端審問官の行動を縛れないために才能があったラッカは利用できていた。
そして、フィンベルもまた満月教会に関係した人物である。
「勿論人形の入手が目的ですが、もう一つどうしてもやらなくてはならないことがあったので敢えてリスクを犯しました。記憶操作はアコーディオの得意分野なので」
「あの、一応聞いていいですか?」
「はい?」
「なんで、女の子の身体だったんです……?」
実質、というか事実上の性転換である。tsである。みんな大好きtsジャンル(個人差あり)である。
「可愛いでしょう?」
「いや可愛いでしょじゃなくて……」
「真面目に言いますと、ラッカが女の子の人形しか作っていなかったからですわ。あの異端審問官は可愛い少女のみをコレクトしてましたから。ま、そのせいで3代目魔王にズタボロにされる羽目になったわけですけど」
「いや、うん……まぁ、仕方ない……のかこれは」
というわけで、白鷹語李くんは女の子になりました。めでたしめでたし。
処刑場の地下ではレイラがラッカの部屋からくすねてきた人形を使っての魂魄操作が行われていたというわけだ。語李の死刑を防ぐ手立てがない以上、これが最善の選択といえる。
無論両断された身体はパーツを回収済みだ。頭なども見世物になっているだろうから、それも後で回収しなくてはと語李もといカタリナはガックリと項垂れた。彼はさっきかき集められた自分の首無し死体とご対面したばかりである。
(冷凍保存、ねぇ……)
物語の世界でよく見るやつだが、まさか実際にお目にかかれるとは思ってもいなかった。語李の死体は冷凍保存されてレイラの管理している倉庫に保管される手筈となっている。
「魔族の手引きは天撃の鉾の皆様のお陰です。いい感じに全滅した筈ですので、まあ残っていたとしても足は付かないでしょう」
「レイラ姫はいい性格をしているね。本当に12歳とは思えない。私は結構ロリコンなところがあるから、やはり私と愛をはぐ……いたたたたたたたた」
「ふん!」
フィンベルがカデンツァの足をグリグリと踏みつけている。レイラ姫はその様子をみてクスクスと笑ったが、すぐ表情をキリリとしたものへと戻す。
「さて、ここまで事を運ぶのに割と無茶をしました。おそらくですが、カデンツァへの何らかの制裁措置や私へ何らかの下知が下るはずです。そして、そうなる前にわたくしはとある人物に会いにいかなくてはなりません」
「と、いうと……?」
「3代目魔王、と言えば分かりますか?」
「!?」
「やはり、それも未来予知で見えていたんだね。完全復活していたのか」
「半分正解で半分間違いですよ、カデンツァ」
「?」
カデンツァは首を傾げる。こうしていると本当に絶世の美女に見えるのだけど……と、レイラ姫はふと思ってしまった。
「未来予知で魔王の存在は確認し、今代魔王がどのような姿かもわかりました。ですが、魔王復活の未来予知はできていません」
「と、いうと?」
「『復活』じゃないのですわ。お父様が魔王の復活には一年かかると公的に申し上げていましたが、その信憑性もいよいよ疑わしくなってきましたわね」
「ふむ、どうも話が見えないのだが」
「魔王は予知する間もなく『出現』していたのですわ。それも、勇者召喚とほぼ同時期に」
「な!?」
魔王の復活を予知するなら、満月教会の神官たちが復活を予言していたように勇者召喚より前にレイラ姫が予知できている筈だった。しかしレイラが確認できたのは、魔王が既に出現している未来だった。それも、つい最近になってである。
「教会も神聖王国も未だに魔王は完全に復活していないと見込んでましたからわたくしも鵜呑みにしてしまいましたわ。ま、そんなことより問題は」
「今代魔王がどんな姿でどこにいるか、かい?」
「えぇ。そして、魔王がわたくしに害を成さない人格の持ち主であることもわかっています。と、なればわたくしがやることは一つです」
会いに行く。そして、魔王に頼み込むのだ。神聖王国を混乱させるように協力してくれと。人を殺さないで欲しいと。
「魔王に全ておじゃんにされては困りますからね。南の魔王の1000倍はマトモそうな者なので、あまり心配はないですが、使えるものはなんでも使うのがわたくしの流儀なのですわ」
「魔王を利用して、神聖王国を打倒する、ね。わかった、レイラ姫に任せよう。それで、私はついていけばいいのかい?」
「いいえ、それには及びませんわ。わたくしと、カタリナ2人で行きます」
「は!?お、俺ですか?」
「ええ、寧ろ貴方がくる必要があるのです。魔王相手にわたくしも貴方というカードを切らなければ対等に渡り合えません」
「俺が……カード?」
「ええ。さぁ、そうと決まれば早速準備しますよ。久々の遠出でテンション上がりますわ。それに」
(うっ寒気が……なんか嫌な予感がする)
語李は逃げ出そうとしたが、もう遅い。
「みっちりと女の子らしくなれるように、教育して差し上げますわ。さぁ、行きますわよカタリナ!」
「ちょ、やめっ、絶対嫌ですうううぅううううう!」
カタリナは涙目になりながら逃走したが、すぐカデンツァに捕まった。その後彼の男としての誇りは色々と打ち砕かれた。具体的にはひん剥かれて着せ替え人形になった後、仕草の矯正や言葉使いの矯正が行われた。カデンツァ曰く、あんなに楽しそうなレイラ姫は初めてみたという。




