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1章6話:王都パリスパレスの夕焼け

「柊ちゃん! 待ってよ!」

「遅いっての! 危うく見つかるところだったじゃん!」


 柊と木葉は王都:パリスパレスを見渡すことの出来る展望台まで来ていた。勇者たちは凱旋で町の人に顔をみられているが、木葉は外に出ていないため全く知られていない。

 だがしかし、その美しさに惹かれる老若男女たちが道中木葉をジロジロと眺めてきた為非常に心地が悪かった。


「ったく、可愛すぎるってのも困りもんだよな。目立って仕方ないし。ほら、フードあげるからこれ被ってなって」

「ありがと、柊ちゃん。うーん、長いな。ヒイちゃん♪ ヒイちゃんでいっか! よろしくね、ヒイちゃん!!」

「いやなんでよ……。なんでアタシの渾名が勝手に決まってんだよ」

「私のことは、木葉でいいからね? このちゃんでもいいよ!」

「呼ばん。いやまぁ『木葉』ならいいか。んじゃあ木葉、さっさとフード被れ」

「うん!」


 木葉は手渡された灰色のフードを被った。あまり高価なものではないらしい。少しチクチクする。


「あー、ちったぁマシになったか。芸能人のキラキラオーラみたいなの出てたからなアンタ」

「そういえばヒイちゃん訓練は? 今日もゴダール山攻略だったよね?」

「サボり。まぁしょっちゅうサボってるし、問題ないっしょ。息抜きって大事だぜ?」

「……そっか。そうだよね。それでさ、ヒイちゃん。私のこと……嫌じゃないの?」


 木葉は恐る恐る尋ねた。ここまでの流れで柊に木葉への嫌悪などないのはわかっていたが、それでも聞かずにはいられなかった。


「みんなが木葉を避けてる件? あたしも原因はワカンないな。まぁ、アタシは色々あって大丈夫なんよ、ってこれ言うとアタシが黒幕みたいじゃんか……」

「そっか……ねぇ、ヒイちゃん」

「ん?」

「抱きついてもいい?」

「ひいぇあ!? は!? いきなり……って、なんでそんな泣きそうな顔してんのさ。ったく」


 木葉は今嬉しさで心がいっぱいだった。みんなに嫌なことを言われ、嫌悪の目で見られ、避けられ、そんな中で久しぶりに触れた温もり。15歳の少女は、年相応にその温もりに縋ったのだ。


「まずさ、クッキー食って落ち着きなよ。アンタ疲れてんだよ。気持ちはわかるけど」

「……じー」

「あーー! 上目遣いで見るな馬鹿! なんかアタシが悪いことしてるみたいじゃん! ほらさっさと食う!」

「あはは、うん。頂きます」


 袋からクッキーを出して、口に含む。優しい甘さが口の中に広がって、溶けていった。まるで木葉の心も溶かすようにして……。


「な!? アンタほんと涙脆い……ったく」


 気づけば涙が溢れていた。なんだかここ数日こんなことばかりだ。


「うん。おい、しい。美味しい、な。ありがとね、ヒイちゃん」


 泣きながらクッキーを頬張る木葉前に、柊は照れ臭そうに朝日の方を見た。木葉は最近朝食の時間さえみんなとずらしていたため、同級生と食事するなど久しぶりだった。まぁ木葉が食べているだけだが、それでもだ。友達と食べるご飯は、こんなにも美味しいものなのだと思い出した。



……………


…………………………


「ぶっちゃけさっきも言ったけど、アイツらがアンタに冷たくなった理由なんてあたしはワカンない。だから、今日はそれを忘れるくらい目一杯遊ぼうさ! サボりだよサボり! な、優等生!」

「ヒイちゃんは小学校の時からずいぶん変わったね」

「まぁね。よし、じゃまずは飯食ってから異世界観光と洒落込もうか」

「おぉ、いいね〜」


 王都のギルド通りを抜けると、そこは一般人たちが入るような普通の飲食店の通りになる。街のいたるところに飾り付けがされ、煉瓦造りの建物がどこまでも広がっている。街の中央の噴水では何やらアコーディオンのような楽器を奏でる音楽家集団がいて、観客たちの拍手で沸いていた。

 街の周りを巨大な城壁で囲まれた王都:パリスパレスは1000年前から神聖パルシア王国の都であり、一度も外敵に侵略されたことがない。2代目魔王:亡き王女のためのパヴァーヌの出現地点は王都に比較的近いところであったが、その際の魔族の侵攻を何度もこの城壁で防いでいる。王都の守りは城壁の存在だけではなく、8つの砦にも依拠している。堅固で優美な王都の存在があったからこそ、王国はその版図を広げ続けることができたといえよう。


「お、おぉぉ! カタツムリだぁ! サ○ゼでしか食べたことないよぅ」

「比較的元の世界と飯は変わんないんだよなぁ。でもまぁ、海外旅行に来てるみたいって思えば別かな? ん〜! これ美味しい!」


 いつも気怠げそうな柊が、今日はなんだか楽しそうにはしゃいでいる。今柊が食べているのはパスタのような何かだ。ミートソース風のソースがふんだんにかけられており、スパイシーな香りが木葉の敏感な鼻を刺激する。


「それ美味しそうだね!! ひ、一口」

「……わかった。けど代わりにそっちも寄越せ」

「いいよ! はい、あーん!」


 木葉が食べているパエリアっぽい何かもまた、柊の食欲を増進させるものだった。だが、


「な!? いや、普通に食べるから……皿に乗せ合えばいいし」

「むぅ、ヒイちゃんなんか冷たい」

「アンタは尾花や鶴岡と一体どんな風に飯を食ってたんだ……?」

「普通に食べさせ合いっこしてたよ? 時々花蓮ちゃんが鼻血出しちゃって大変だったけど、なんかの病気かなぁ?」

「あぁ、それ病気だわ。身体の方とかじゃなくてな(何してんだ尾花)」


 尾花花蓮(おばなかれん)はガチレズである。


 そんな花蓮のことはさておき、2人はその後も観光を続ける。


「わぁぁあ! パトール寺院だって! 壁画綺麗!」

「満月教会の寺院だね。偶像崇拝はオッケーなわけか」

「フォルトナ様って言うんだっけ? 綺麗な女の人だよね〜」

「それ、男なんだってさ」

「うぇ!?」


 パトール寺院。今から約700年前に建造された満月教会フォルトナ派の寺院だ。講堂内の大壁画は見るものを圧倒し、壁画の世界に吸い込むような迫力をもっている。

 描かれているのは満月教会の神:満月様から生まれたとされる神様:フォルトナだ。美しい顔をしているが、たしかにその肉体は男性のものだった。具体的に言えばナニがついてる。


「同じ満月教会でも、派閥っていうか満月様から生まれた神様のうちどの神様を信仰するかによって系統が全然違うらしいね。帝国や連合王国の信仰する神、連邦や共同体が信仰する神も異なるらしい。アンタさ、座学サボりまくってるから知らないでしょ?」

「座学ってそんなこと教えてたんだね。あそこは、なんていうのかなぁ。確かに皆んなから白い目で見られていたってのもあるんだけど……『お香』の匂いが苦手で」


 座学を行なっている講堂には、お香が焚かれていた。みんなは特に気にならないようだったが、木葉はこの匂いがあまり得意な方ではなく体調不良の原因の一部はそれである。


「……あー、アタシも無理。みんなはなんかいい匂いとか言ってるけどさ。ゲロ吐きそう」

「んー、下品だよぉ」

「あーはいはい」


 なんて話しているとあるものが目に止まる。それを見た瞬間木葉の瞳はわかりやすいくらい見開かれ、椎茸目になっていた。


「お、ぉぉぉ! 蟹、蟹だよ!」

「はいはい、アンタこの国に来てから何匹蟹食ったよ……」

「あはは。ほらウチ貧乏だから、あんまりそういうの食べられなくってさ……」

「重い、重いんだよいきなり。あー、母子家庭だっけ? まぁ事情はあんま聞かないけどさ」

「うん、ありがと。でも、ちゃんと言うとお父さんからお金が送られてくるから生活は問題ないんだけどね……お母さんも入院中だし、やっぱ贅沢とかするのもどうかなぁって」

「そか。早く戻れるといいね、日本に」


 櫛引木葉は現在母親と2人で一軒家に住んでいる。地方議員だった父の離婚後の仕送りによって生活は比較的安定しているが、6年前の木葉の姉の死によって母親の雰囲気はどこかずっと暗いものだった。そして最近その心労が祟ったのか、木葉の母は入院している。叔母が木葉の世話をしてくれるのだが、毎日ではない。母の病状はあまり良くなく、それが木葉には心配でならない。


「うん! 考えてても仕方ないよね。よし、これ買っちゃおう!」


 と言って木葉が手にしたのは手鏡。裏面には牡丹の花が蒔絵のように描かれており、職人技を感じさせる一品だ。お値段は意外と安かったが。


「んじゃアタシもちょっと買うものあるから、先に橋の方行って待ってて」

「何を買うの?」

「……秘密」

 

 柊が駆けていく。少し遠目に観察していると、入って行ったのは……


「防護魔術専門店?」


(魔女の宝箱攻略に必要なのかな? まぁ、いっか)



………


………………


 ここに来る途中面白いものを見た。カバのような大きな生き物に跨った兵士風の男が、トランペットを鳴らしていたのだ。恐らくアレに乗って戦場で戦うのだろう。いや、他にもそう言う生物がいるのかもしれないが。


(よく見ると顔が猫さんの人とか、ウサギの耳生やした女の人とか、時々いるんだよね)


「よっ、何怪訝そうな顔してんの?」

「わわ! ヒイちゃん、買い物は?」

「終わったっての。んで、どう? 気分良くなった?」

「うん! とっても! ありがとね、ヒイちゃん」

「そか……じゃあ木葉」

「なに?」

「これから、その気分を悪くするような場所に行こうと思うんだけど……どうしたい?」


 柊は真剣な目をして言った。きっと、それが木葉を連れ出そうとした理由の一つなのだと。いや、主目的はもしかしたらこっちなのかもしれない。


「ヒイちゃんが私をそこに連れて行きたかったのなら、行くよ」

「そっか。多分木葉にとって、いやアタシも辛かったけど、木葉にはもっと辛いところだよ」

「そこまで言われたら気になっちゃうよ。いいよ、行こう」


 そうして木葉たちがやってきたのは、




「なに、これ……」




 スラムだった。それは、今まで綺麗なものばかり見せられていた木葉にとっては、衝撃的なものだった。

 奴隷市場。元の世界でも実際にあった人類史の悲劇。この世界ではそれが行われる対象は、亜人族。檻に入れられ、死んだ目をしたままピクリとも動かない犬耳の少女。恐らく面白半分で腹を裂かれたであろう兎耳の男が、腐食している。奴隷売りの商人は遺体を片付けようともせず、通りかかる綺麗な服を着た男性に必死に世間話をしていた。


「あ、あぁぁ」

「酷いよね。でも、これが現実だよ。王国は、いや、この世界は腐ってる。結局辿ってる歴史はアタシたちの世界と一緒。今だって、南方大陸や新大陸から多くの奴隷が連れてこられてる。王国はなんでそれをあたしたちに見せてないんだろうなあ」

「……ぅ、うぅ、こんな、こんなのって」

「こんなの見たら、間違いなく白鷹語李あたりが正義感に駆られて面倒なことをするだろうね。だから王国は不用意にあたしたちを街に連れ出さないし、連れ出す時は多数の監視役をつけて正規の道を歩かせる。買い物だって食事だって、ギルド会館に行く時だって、絶対にスラムを見せないように細心の注意を払ってる。アタシは、それが嫌で嫌で堪らない!」

「ぅ、ぅぅうぁ、ぉぇぇえ……」


 木葉は、不意に込み上げてきた吐き気を抑えきれず、道端に戻してしまった。だがその道端にも異臭が漂っており、吐瀉物は目立たないものとなった。柊はそんな木葉の背中をすかさずさすった。


「ご、ごめん! だよな、こうなるのは分かってたのに……。ごめん、木葉のこと、ちゃんと考えてなかった……」

「けほっ、けほ……だ、大丈夫。ありがと。それにね……これは見ておかなくちゃいけないことだから。だって、こんな状況を知らないでのうのうと王宮で暮らしてたら、それこそ最低だよ。後で見てしまったら絶対罪悪感が大きくなる。楽をしてた自分が許せなくなる。だから、ありがと」

「アタシも木葉には見せておきたかったんだ。なんか最近みんな可笑しいし、こんなとこには連れてこられない。木葉は、まだ何も変わってないようにみえたから……ほんとごめん」

「ううん。謝らないで欲しいな。でも、やっぱり早く出たい、かも。口の中、気持ち悪くて……」

「そうだね。長居するもんじゃない。アタシたちには何も出来ないんだから」


 いつのまにか、空は茜色に染まって街は闇に沈もうとしている。それはまるで千年王国における影を示しているようで、木葉はどこかゾクリとした感覚を覚えたまま街の方へと戻っていくのだった。

感想はある程度参考にはさせて頂きますが、プロットというか今後の展開はほぼ決まっているので、それによる大幅な変更はありません。ご理解のほど宜しくお願いします。

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