2.5章5話:処刑
⚠︎今回ちょっとグロイシーンがいっぱい出てきます。ていうか鬱なシーンが出てきます。苦手な方はあとがきまで飛んでください。
皆が朝起きた時、今日の死刑執行の大罪人の名前が既に王都中に広まっていた。
「な、なんですか……これ」
高札を見て、最上笹乃は驚愕する。何故ならそこには、『白鷹語李』の名前があったからだ。状況が全く理解できていなかった。
「な、ガタリ君が殺人!?しかも死刑執行が今日……?ちょっと、ちょっと待ってください!」
近くの高官に詰め寄ってみるも彼は知らなかった。その場にいたクラスメイトたちは、ガタリと仲の良かった数名を除いてそれほど取り乱してはいない。
「先生、何騒いでるの?」
「な、何って……これが落ち着いていられるわけ!」
「白鷹語李が死ぬのなら万々歳じゃん?」
「それな。荒野に逆らってクラスの輪乱してたし、死んだらクラスが統一されるじゃん?なんも問題なくね?」
「…………………は?高畠さん、遊佐さん……本気で言っているのですか?」
荒野の取り巻きのDQN女子:高畠三草と遊佐蜜流がとんでもないことをのたまう。思わず耳を疑ったが、周りの生徒たちも彼女たちに賛同していた。
「あいつ、俺らの輪を乱してたもんな。消えてくれるなら良かったわぁ」
「勇者に逆らう奴が消えるなら良いことだよ。笹ちゃん先生?どうしたのそんな顔して」
笹乃は、ガツンと殴られたような衝撃を受けた。クラスメイトで、仲間だったはずの白鷹語李を、リーダーシップがあってみんなに慕われていた彼をみんなが死んで欲しかったと言っている。そのことが、彼女には信じられなかった。
(私が彼らを見ていない間に……何があったの?)
これではラチがあかない。そう考えた笹乃は同じく泣きそうな顔で状況が掴めていない生徒数人を連れて王宮の近衛騎士団詰所へと向かった。天童零児や鮭川樹咲、鶴岡千鳥、新庄梢、他数名、つまり船方荒野に未だ懐疑的なメンバーだった。
当然笹乃は他のクラスメイトたちを連れて行くつもりだったが、彼らはこぞって拒否した。最早今の彼らに笹乃の言葉は届かなかった。
「鏡なんて、完全に語李のこと悪者扱いしてやがったぞあの野郎!なあ笹ちゃん先生、何が起きてんだよこれ。なんで語李がこんな!」
「天童くん、気持ちは分かるけど落ち着いて……。正直私も何が何やらで、これから近衛騎士団長のレガートさんにお話を」
「団長さんならいません。今、リヒテンの視察団としてそちらに行ってると思います……」
百合っ子少女:梢が心細そうにつぶやく。これでますます打つ手がなくなってしまったが、今更引くこともできず笹乃はそのまま詰所へと向かった。
詰所はこの広大なバジリス王宮の外側に近い位置に置かれている巨大な建物だったが、朝から多くの人間がごった返していた。そこにいたのは近衛騎士団の騎士たちだけでなく、特徴的な紺色のローブをまとった神官たちの姿、白のローブの神官たちの姿がある。白のローブは満月教会の神父や神託の巫女たちで、紺色のローブは異端審問官のものだ。
「あ、あの!最上笹乃といいます!近衛騎士団の副団長、もしくは刑罰執行の責任者の方にお話を聞きたいのですが!」
詰所の警備の騎士に話しかけるが、彼は首を横にふる。
「駄目です。副団長はお忙しいのです。また、刑罰の執行は最早確定事項。いくら異世界からの客人とはいえ、貴方の要求を飲むことはできません」
「納得のいく説明をください!いきなり語李君が死刑だと言われて納得も何もありません!」
「高札の通りです。彼はこの国の高官を3名も殺害した。この時点で死刑確定です。ですので、お引き取りください」
「それが納得いかないと言っているんです!彼にはそんなことをする理由がありません!なにかの間違いです!」
「慎みたまえ客人」
まくし立てる笹乃に横槍が入る。紺色のローブの下に黒甲冑を纏った金髪の女性、おそらく異端審問官だろうと笹乃は理解した。それも、かなり高位の異端審問官だ。
「貴方が刑の責任者ですか?」
「今回の処刑の担当官、法務担当のピッチカート・エトワール筆頭司祭だ。上の決定に不満があるのなら、宰相閣下もしくは省庁の官僚に直接言うと良い。法務省庁はバジリス王宮の北の省庁エリアだ」
「会ってくださるのですか……?」
「さあ?我輩はただ粛々と命を執行するのみ」
「何故、法務省管轄の案件で異端審問官の、それも筆頭司祭が……?貴方達が主導しているからでしょう!」
笹乃とて馬鹿ではない。この国の政治システムおよび司法制度を理解した上で話を進めている。故に、いくら王国上層部の圧が入ってるとはいえ法務省管轄の処刑に異端審問官が関わっているのは明らかにおかしいとわかっていた。
「ただし、異端者がいる場合はその限りではない。王国刑法212条3項だ。この国の判例を勉強する時間はなかったか?」
笹乃には圧倒的に過去の判例の知識が足りていない。それもそのはず、王国上層部と法務省はそれらを秘匿しているからである。実際は、異端審問官が異端認定したものは裁判にかけられることなく処刑される判例が多い。
しかし、そんなものを納得できるわけがなかった。
「公平な裁判もなしに死刑執行だなんて間違っています!」
「この国の司法制度にケチをつけるならば、君は法務省高官になるべきだ。今更なにかを言おうがこの決定は覆るまい。諦めたまえ、客人」
ピッチカートはそう言うと、踵をかえして詰所に入っていった。笹乃はなんとか追いすがろうとするも門番の騎士に止められてしまう。
省庁でも門前払いを食らってしまった笹乃は、いよいよ打つ手がなくなってしまったと項垂れるも、ここで諦めるわけにはいかないと再び気合いを入れ直す。
(私の行動に、白鷹くんの命がかかっている。木葉ちゃんの時のような失敗、真室さんの時のようなことは二度と起こしたくない……。でもどうすれば……)
「先生、なんか王都の中央広間が騒がしい」
鶴岡千鳥が指差す。何かが起こっている。いや、そんなの決まっている……処刑だ。
「は、早すぎます!!きょ、今日の、それも午前中!?まだ私たちが王宮を出てから1時間しか経っていないのに!!」
「兎に角止めに行かないとだぞこれ!何にもわかんないまま語李が殺されるなんて、あってたまるか!!」
零児の言葉にうなづき、走り出す笹乃。4人もそれに続いて、中央広間への道を走り出した。
…
………
……………
中央広間には、人がごった返していた。恐らく貴族と思われる人々とその従者も多くおり、酒を片手に観覧席まで用意されていた。手元には高そうなグラスと、上質なワイン……完全に見世物であった。政府の高官も何も言わず、寧ろ推奨している節がある。
そして、目の前で次々と処刑がはじまっていた。
ある罪人はギロチンにかけられ、ある罪人は首を吊られ、ある罪人は火をかけられる。
目の前で人が惨たらしく殺され、そして民衆たちはその悲鳴に沸く。その状況を間近で見た5人は、この光景が地獄のようにみえただろう。
「な、に……………これ……………」
笹乃以下他の4人も、ただ立ち尽くすしかできなかった。そして、
「ぉ、ぉぇ、ぉええええぇえええ」
梢が思わず嘔吐してしまう。千鳥と樹咲も背中をさすろうとするが、力が抜けたように地面にへたり込んでしまった。
「な、んだよ……これ……こんな酷い殺し方……こんなの……」
白鷹語李は、中央広間に備え付けられた十字架に貼り付けられていた。手足と首ををロープで括り付けられ、周囲には騎士団の他に異端審問官まで並んでいる。
白鷹語李の他にも処刑場には8名の人間が貼り付けられていて、死を待つだけとなっていた。すでに5人の処刑が始まっており、残りは3人。その中には木葉と戦って敗れ禊に連れていかれたシャネル:金山千都がいた。
「い、いやだぁ!!僕はぁ、折角生き残ったのに!!いやだあああ!!母さん!いやだあああ!!」
「えぇい黙れぇ!貴様多くの人間を殺しておいてよくそのようなことが言えるな!」
泣きわめくシャネルとそれを怒鳴る騎士。そして、
「殺せえええ!」
「殺人鬼はしね!!」
「死んで詫びろゴミが!」
「今更許されねぇよ!」
と、人々は彼に向かって石を投げた。
この狂った状況で他のメンバーが動かないことを察した零児は今にも吐きそうになりながら精一杯声を出す。
「語李!」
下を向いたまま動かない語李に声をかけるも、彼は全く動かない。不自然なくらいに首1つ動かさない。
「なんで何も言わないんだ!語李!語李ぃ!」
処刑場に駆け寄ろうとする零児を、騎士たちが止める。零児たちより遥かにレベルの高い、近衛騎士団の騎士たちだった。
「これ以上は進むな」
「ど、どけよ!語李が!あいつは無実なんだ!!」
「いいや、彼は高官を3人殺害した。処刑されるべき人間だ」
「「「「「うぉおおおおおおおおおお!!」」」」」
騎士の言葉を遮るように、歓声が上がる。また1人、心臓に槍を突き刺されて絶命した。ぼたぼたと落ちてくる血塊に思わずうずくまる零児。吐き気を抑えるので精一杯だった。
「やめ、てください……」
「笹ちゃん先生……」
笹乃はふらついた足取りで、騎士の前に立つ。
「やめさせて、ください!彼は、彼は無実です!!」
笹乃はなんとか道をかき分けて語李の元に行こうとする。吐きそうになりながら大声を出して、自分の生徒を守ろうと命を懸けて立ちはだかった。
「これ以上近づかないで頂きたい。処刑は確実に執り行われる。もう遅いのですよ」
肩を掴まれるが、それをなんとか退けようと身体をくねらせる。それでも笹乃は食い下がった。
「やめ、どいてください!白鷹くん!白鷹くん!!!」
「邪魔をするなと言っている!!貴様も殺してやろうか!?」
「ひっ!」
笹乃に剣を向ける高貴そうな騎士。自分にも間近に命の危機が迫ったことを実感して、思わず声が漏れ出る。まさか自分まで殺されるとは夢にも思っていなかった。
だが現実は冷酷。そのまま零児たちが止めるのも間に合わず、笹乃の首筋に向けて鉛色の剣が振り下ろされていく。
「お、おい!」
「死ね!」
(う、嘘……私、こんなところで!?)
咄嗟に目を瞑る笹乃だったが、恐れていた死の瞬間は訪れなかった。
笹乃の前に1人のローブを被った人間……異端審問官が立っていた。
小柄な笹乃よりも更に小さいシルエットが、振り下ろされた剣をなんらかの方法で真っ二つに割って、前に割り込んでいた。
「な、おまえ!」
「チッ。邪魔はあんたよ、早く退きなさい」
小柄なローブの少女は舌打ちをしながら騎士を押しのけると、笹乃の方に振り向いた。
(えっと……女の子……?子供、ですよね?でも、木葉ちゃんと同じくらい、物凄い美少女……)
「一度しか言わないから」
「へっ?」
「逃げなさい。あんたたちも消される。これを見届けたら今すぐ王都から出て」
「な、何を……」
左目や頭に包帯を巻いた上、右腕がなくボロボロな美少女はその透き通るブルーの瞳で強く笹乃を見た。何かを強く訴えるように。
それが終わると隻腕の美少女は、そのまま処刑場へと歩みを進めていく。幼い少女と血生臭い処刑場の対比が、なんともアンバランスである。そして、執行担当のピッチカート筆頭司祭に言った。
「本来ならあたしの担当じゃないけど、ちょっと見届けさせて貰っていい?エトワール卿」
「……デクレッシェンド卿、来ていたのか。今回の異端者は我輩が任されているが……まぁ、見届けるだけなら良かろう」
「あんがと」
そのやりとりが終わると、再び民衆は罪人たちを罵倒し始めた。誰も異端審問官の言葉を遮ろうなんて愚かな奴はいない。因みに筆頭司祭は紺色のローブに金色の特殊な勲章が付いているから、民衆からは一目瞭然だった。
「さぁ、処刑の時間だ!」
次は、シャネル:金山千都だった。
「あぁ、やだ、やだああああああああああ!!!」
「我輩の剣のサビとなるがいい」
ピッチカートは漆黒の大鉈を持ち上げ、十字架に縛られたシャネルへと向ける。その瞬間、ピッチカートの後ろにいた隻腕の美少女を見た瞬間、シャネルは信じられないようなものを見る目で言った。
「な、バンダイ……さん……?」
「?」
「バンダイ、ナワテ……バンダイさん、確か死んだはずじゃ……あれ、なん、で……」
「もう喋るな」
大鉈が、シャネルの首を撥ねとばす。大量殺人鬼の最期はとてもあっけないものだった。
「……貴様の本名か?ナワテ・デクレッシェンド筆頭司祭?」
ピッチカートが隻腕の美少女に話しかける。ナワテはぷいっとピッチカートから目を逸らした。
「うっさい」
「意外だな、貴様は何事も無関心だと思っていたが、そんな顔もできるのだな」
「……別に。見届けるのも最初じゃないし。ただちょっと、寂しくなっただけ」
「ふっ……そうか」
ピッチカートは少し口角を緩めてそういうと、再び大鉈を構えて今度は白鷹語李へと向けた。
「勇者は、お前を八つ裂きにしろと言ったが、そうだな……そこはクライアントの要望を聞いてやることにしよう。何か言い残すことはあるか?罪人:シラタカ」
ガタリは喋らない。
「さっきから黙っているが、諦めたのか?いい心がけだ、そこのお友達もいい加減しつこくてね。デクレッシェンド卿が止めなければ死んでいたぞ?」
ガタリは喋らない。
「無視、か。よかろう。問答などに意味はない。貴様は罪を犯し、我輩はそれを剣をもって裁く。死ぬがいい、ガタリ・シラタカ」
「や、やめろ!!やめろ!!!」
「だめええぇえええええええ!!!」
零児と笹乃が叫ぶ。こういうところで、神でもなんでも助けてくれればと思うのに、現実はいつも非情で、容赦無く襲いかかってくる。
語李は、そんな願いも虚しくアッサリと死んだ。
「あ、ぇ……………………………………ぁ、あああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
笹乃の絶望の叫びも、処刑場の歓声に掻き消されていった。
今回の話説明するとシャネルとガタリがあっさり死んだよ、異端審問官2人がなんか会話してるよって話です。




