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2.5章2話:死刑宣告

「んじゃ、そういう事で決まりでいいんだな?」

「えぇ、勇者様。あなたの望みは、我々の願うところでもある。それが叶うのであれば、私どもはその望みを叶えてさせあげましょう。ちょうど、もう1人大々的にやってしまいたい者もいたので、タイミングも良いですからな、フォッフォッフォ」

「へぇ、あんた話がわかるな。【フロイト】って言ったっけ?あんたみたいな宰相がいるなら、この国はさぞおもしれぇ国になるんだろうなぁ」

「貴方のような勇者がいるのであれば、これからも退屈はしないでしょうなぁ」


 とある金ピカの応接室で、2人の男が気味の悪い笑い声を上げている。このとても悍ましい内容を聞いているものは誰一人としておらず、そして『そのとき』が来るまで、当事者は何も知らないでいた。今この瞬間でさえ……。



…………


…………………


「ほらガタリ、早く来るのです」

「れ、レイラ様!こんな狭いところを……」


 俺はレイラ様を追って城の抜け穴の通路にいた。まさかこんなところに抜け穴があるとは思いもしなかったが、真室柊はここから脱出したのではあるまいな?と疑っている。


「ここは中々、というか王宮の人間の知らない抜け穴なのですわ。さぁ、ガタリ。わたくしの手を握ってくださいまし」

「は、はい」


 暖かい。レイラ、という名前から何となく氷のような方を想像していたが、握るその手は年相応の少女のもので温もりに満ちていた。心なしか顔も赤い。


「い、い、行きますわよ!」

「ええ、秘密のデートと洒落込みましょう」

「な、ななななななななな!?が、ガタリっ!」

「あ、あはは、失礼いたしました調子乗りました」

「むぅ……」


 その後、俺とレイラ様は手を繋いで王都の街を散策した。『認識齟齬のローブ』という物珍しいアイテムを被り王族であることを隠匿しているレイラ様。彼女についての噂はその内容が二転三転し、矛盾しているものも多い。

 例えば部屋にこもりきりで外に出てこないという噂、その一方で身分を隠し各地を周遊しているという噂。王族の、しかもまだ12歳の少女がそんなこと出来るわけないと思っていたが、今日の抜け穴の存在やこの方の破天荒な性格から、この噂は本当なんじゃないかと自然と思ってしまった。

 そんな考えがレイラ様にも伝わっていたのか、彼女は口を開く。


「わたくしが各地を周遊しているのは口止めしておきますわ。貴方なら言わないでしょう?」


 露天商で買った謎のぬいぐるみ(猫型?森の魔法少女というらしいが)を抱え、さっきの出店で俺が購入したドーナツのようなお菓子を頬張り、彼女は言った。


「何故、そんなことを……?」

「籠に囚われていては国を知るなんて夢のまた夢。わたくしはこんな狭い世界で一生を終えたくなんてないのですわ」


 腕を後ろに組み、上目遣いで俺を見つめている。その意図は分からないが、俺にはそれがとても儚げに映った。


「展望台に行きましょう、ガタリ」


 レイラ様はそうはにかんで言った。それに付き従って俺は歩く。

 レイラ様は時々よくわからない道を通ろうとする。目以外の五感を駆使して道は把握しているのだろうが、どうにも意図的に遠回りしているところがあるのだ。そしてその場所は決まって、


 スラム


 奴隷市場


 見世物小屋


 晒し場


 この王国の闇が詰まったような王都の一画。目を覆いたくなるような惨状だ。晒し場にある首は、時々高貴そうな髪飾りがつけてあるものもある。これが意味することは……身分が高い人間の処刑……。

 そうこうしている間に展望台に着いていた。ここでは王都の街がよく見える。王城も教会もさっきのスラム街も。展望台では何か小規模なお祭りがあるようでいくつか屋台が出ていた。レイラ様はいくつかの店の前で立ち止まりその度に、


「ガタリ、わたくしはこれが食べたいですわ!」


 と強請ってくる。レガート団長から与えられているお小遣いの袋を開け、そこから銀貨を取り出していくつか購入した。蟹せんべいみたいなものらしい。木葉が好きそうなお菓子だなぁ、と内心思ってみる。


「美味しいですわ!王都は海から遠いというのに、この新鮮さを保つのには一苦労でしょうに……これも王国の商人たちの努力の賜物ですわね!」

「ええ、そうですね。ていうか、よくそんなにご存知ですね」

「本が好きですから。10歳までは全く外に出れなかったので、図書館の本を読むのが日課だったのです」

「それは、凄いですね……」

「えぇ、それはそれは様々な本を読みました」


 パリッと子気味のいい音を立てて、レイラ姫の口の中で煎餅が割れる。それを食べる姿も優雅で上品だった。なん歳も年下の女の子のその所作に思わず見惚れてしまう。


「なんですかガタリ、その目は?」

「い、いえ。というか、そういう視線とかもわかるんですね」

「雰囲気でです。霊脈から湧き出る魔力のその流動を感じて目の前の光景を立体的に脳内で再現していますわ。それでも、文字は読めませんけれど」

「え!?いや、だってさっき本を読むと……」

「文字ばかりは不可能です。ですから、わたくしの側近に読ませていました。その側近も、わたくしが10歳の時にいなくなってしまったのでわたくしはこうして外に出て、知見を広げているのですわ。いい側近でした」

「いなくなった……それは、仕事の都合上、ですか?」


 王宮なら人事の移動はそこそこあるだろう。だが、返ってきた答えは想像と異なっていた。


「処刑、されましたわ」





 ………………………は?






「無実の罪を着せられ、なんの裁判を行うこともなく、そしてわたくしに何を伝えられることも無く首を刎ねられました。その前の側近も、その前の前の側近も」

「な、んで……?」

「お父様がわたくしに知識を与えることを望んでいないからですわ。それでもわたくしは、知識が欲しかった。でも、3度目の側近が殺されるまで、わたくしは彼らがわたくしの所為で殺されていたことすら知らなかった。わたくしの欲望が、彼らを殺していたのですわ」


 知らない間に入れ替わる側近。それになんの疑問も抱かず、そして新しい側近にも本を読まさせていた。それが死のトリガーになっていたことも知らずに。その罪悪感は、想像に難くない。


「貴方に今日、これまでのルートを通らせた意味がわかりますか?」

「……気づかせる為、ですか?」


 俺が、神聖王国は最早狂っていると、気づかせるために……?


「30点です。あんな光景、この世界はどこもこんなものです。帝国も連邦も連合王国も、果てはドナウの辺りの大公国や、オストリア総督府、北方帝国、東の諸国連合、海向こうの大陸でさえ、どうせこんなものですわ。奴隷なんて当たり前のようにいるし、亜人はボロ雑巾のように扱われる。反抗的な人間はすぐ処刑、冤罪でも処刑、戦士の尊厳も踏みにじり、女は慰み者……多少の差はあれ、この大陸自体こんなものです。




でも、神聖王国の闇はもっともっと深い」


 レイラ様の雰囲気がガラリと変わる。展望台の柵に腕を置いて2人並んで景色を眺める。


「王都は、人が多いと思いますか?」

「……?え、えぇ、まぁ」


 あくまでこの世界基準なら、と都会生まれの俺は内心付け加えるが、レイラ様は静かに言った。


「嘘ですわよね?貴方のいた世界の首都は、こんなものではないはずですわよ」

「______ッ!?だ、誰からそんなこと……」

「それはどうでもいいですわ。この神聖王国はメルカトル大陸で一番大きな覇権国家。それならば、奴隷の数や流入する地方民はもっともっといるはず。それなのに何故、ここまで一見平和を保っていられるとお思いで?」


 それは、たしかに。道端でやせ細っているホームレスはいないし、川の下もいたって清潔。ただ、この郊外にあるスラムだけが、汚れた場所として忌避の対象と化している。あまりにもわざとらしいほどの平和。まるで、


「作りもののような、都市。大きな模型の中にいるような気分、そう思わないかしら?」

「……何が、おっしゃりたいのかわかりません」

「まだ分からなくていいですわ。きっと今晩か、明日の晩にはわかります。その時にでも、全てお話して差し上げますわ。


 さぁ、ガタリ、戻りますわよ。そろそろあそこのパンケーキ屋の限定おやつの時間ですわよ」

「ええ。てか、まだ食べるんですか……」


 そうしてスラムを立ち去ろうと再び歩き始めた。しかし途中で、


「おいにーちゃん、いい服着たガキ連れてんな。身ぐるみ全部置いていけや」


 目の前に立ち塞がったのは、見窄らしい格好をした大きな男たち。肌が煤で汚れていて、手には斧などの武器があった。


「イケメンなにいちゃん、お前もそこそこ金もってそうだからなぁ。ま、スラムをうろちょろしてんのが運の尽きだ」

「そこの高そうなローブ着てるガキはガキごと置いてけ。俺らが良いとこに売り飛ばしてやるからよ、へっへっ」


 10人、か。ギリギリって感じだが……。


「が、ガタリ……」


 後ろで震えるレイラ様が、俺の袖を掴んでいた。その顔は今にも泣き出しそうで、先ほどまでの凛とした姿とはまた一変していた。彼女を守れるのは、俺だけだ。ならば……!



「レイラ様、少しお待ちくださいね」



 彼女にそう、微笑んで言った。そして、


白蓮槍(びゃくれんそう)!スキル!《身体強化》《速度上昇》《槍術》!」

「なっ!?てめぇ!おいお前ら!こいつをぶっ殺してガキ攫うぞ!」

「おう!ウリャァッ!」


 出現させた白い柄の槍を握って構えを見せる。槍は、小学校の時の習い事の一つだった。今はもうやっていないが、それでも充分だ。


「ハッ!」

「グギャッ!」


 サーベルを手に襲いかかってきた大男の脛に槍の側面を打撃させ、弾き飛ばす。さらにその勢いで槍を回転させ、迫っていた2人の男の武器に直撃させた。


 カキンッ!


 と火花が散り、相手が怯んだところをすかさず相手の腕に手を伸ばして捻り、武器を落とさせる。


「グアァアアッ!いってぇえええ!」

「お、おい!ぐあっ!」


 隣で狼狽えていた男の鳩尾に蹴りを一発落とし、槍の柄の先で更に側面から斧を持って突撃してきた男に突く。


「ガハッ!!」

「おい囲め!!全員で行くぞッ!!」

「無駄だ、全部見切ってるぞ《白槍散開(びゃくそうさんかい)》」


 リーダー格の男が指示を出していたが、その前に詠唱し、俺は白蓮槍の柄に魔力を込める。すると、


「なっ!?分裂した!?」


 細かい切れが入り、槍はまるで鞭のようにしなる。柄の部分の内部に魔力が通り、細かい柄が何本も連なった状態で浮遊した。先端には白の刃が煌めいている。


「ハァッ!」


 白蓮槍を振り回し、まだ距離を保っていた男たちを絡めとり、壁に叩きつける。焦ったリーダー格の男は剣を握って突進してきた。


「ウォォォォォォオオオッ!!」

「固有スキル《白刃の先》ッ!!」


 アーチ状に浮いていた槍がカシンッ!という音を立てて繋がり、再び槍の姿へと戻る。そして先端が白く光り始めた。


「死ねぇぇぇぇぇええええ!!」

「残念」


 クルンと槍を回転させ、男の側を通り抜ける。次の瞬間、白刃の刃が男の剣と服を粉々に切り裂いた。


「な、ぁ、あぁ……」

「大人しく帰ってくれるかな?次は容赦しないよ」

「ひぃいいっ!!」


 逃げていく連中を眺めてため息をつく。対人戦ではここまで戦えるのに、魔族に対してあまり活躍できない……だが、


「ガタリッ!」

「うわっと!!」


 レイラ様が抱きついてくる。それも、泣きながら


「う、う、ぅううう!」

「大丈夫ですよ、俺がいます。俺が貴方を守ります。俺は、処刑なんてされません。貴方のそばにいます」

「ガタ、リ……」


 その言葉を聞いたレイラ様はとても複雑そうな顔でこちらを見ていた。何か、おかしなことを言ったつもりはないんだが……。


「約束、ですわよ……貴方は、わたくしの側にいてくれると……言いましたね。約束、ですわよ」

「ええ、勿論です」


 彼女が落ち着くように、頭を撫でながら慰める。そして手を握り、スラムを後にした。









 だけどこの時俺は、レイラ様の言った言葉の意味も、その重みも知らなかった。



……………


…………………………


 自室に戻り、今日のことを振り返る。とても楽しかった、充実していた。毎日がこんな感じなら、異世界での生活はきっと楽しかったことだろう。


「……そんな弱音を吐いてるようじゃダメだな、俺」


 そうだ。この世界の人々は、今も魔王復活に怯え、魔族の侵攻に耐えているんだ。俺たち勇者パーティーが、世界を救わなくてはならない。たとえ勇者があんなクズでも、俺はアイツをサポートして助けてやる義務がある。


「……また明日から個人練だ。今日の槍の動きはまだまだ改善の余地があるからな」


 そう呟いてベッドに潜り込む。そのまま深い眠りに落ちて、













 その時から、俺の運命は、180度狂った。

 ドタドタと鳴り響く足跡、ガチャガチャ鳴る金属の擦れる音、そんな音で目を覚ます間もなく、俺の部屋のドアが開く。外には、





 剣を構えた多くの騎士達がいた。





「………………………………………………は?」

「大罪人ガタリ・シラタカ!貴様を連行する。大人しくついてこい」


 え、は?え?


 なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ?


 頭が真っ白なまま、屈強な騎士達は俺の腕を掴み、拘束されてしまう。なんだ、コレ……。



「ま、って……………………なにかの間違い………………では………………?おれは、何も……………………」


 真っ白な頭を働かせて、口をパクパクうごかし、なんとか言葉を紡ぐが、騎士達は淡々と述べた。信じられないようなことを、述べた。




「大罪人ガタリ・シラタカ。貴様は、2名の主幹、1名の上級主幹を惨たらしく殺害した。これは万死に値する。大人しく縄につき、処刑されろ。来世では罪を犯さぬよう、フォルトナ様に祈りながらな」




 は?なに、それ……知らない……殺害……?処刑……?来世……?



 死……?



 いや、いや、いやいやいや、そんなこと、してない……。


「や、だ……」

「あん?」

「嫌だッ!!嫌だ嫌だ嫌だ!!やめろ!!俺は何もしてない!!信じてくれ!!」

「くそ、暴れるなッ!大罪人がっ!!我らがコモロー上級主幹をあんな無残に殺害しておいて、まともに死ねると思うたかァッ!!」

「そうだ!!早く死ね!!貴様がやったのはわかってるッ!!処刑台に上がるのだ、さぁこい!!」

「やってない!!やってないんだ!!がっ!!」


 頭に衝撃が走る。何か鈍器で殴りつけられたらしい。だけど、こんなところで……まだ……死にたくない……。


 無様に、涙を流して、足掻こうとするが腕を騎士に踏みつけられて動けなくなってしまった。


「や、だぁ………………しにたく、ない………………何も、してない……………………」

「貴様此の期に及んで!!!今ここで!その首刎ねてやろうか!?」

「ヒィッ!!そ、それでも、俺は!」

「黙れェッゴミがッ!!!」

「あ、あ、があああああああああああああああああああああぁああああああああああッ!!!」


 足に剣が突き刺さる。血が……痛い、痛い痛い痛い痛い!!


 ぼんやりする視界の中、俺は騎士達に引きずられて廊下に出されるところまでは認識できた……けど、もう視界が……。





 しにたく、ない……。





 そこで俺の意識は途切れた。

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[一言] 破天荒は前代未聞の偉業を成したことの意味 性格を表す言葉ではない。
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