2章34話:伊邪那岐機関
感想ください泣
〜透明の間〜
満月教会の自称本流たるフォルトナ信仰を掲げるフォルトナ派の総本山:マクスカティス大寺院の中心部は透明な宝石で装飾された一画がある。通常教皇と高位神官のみが入ることを許される区画であるが、この日神聖な間には多くの人が揃っていた。
一段の段差を挟んで玉座のような豪華な装飾の椅子に腰掛け、手をつく教皇:シャルルの前と異端審問官たちの間は紫の透明な御簾で遮られ、対して正面には黒髪の美青年が片膝を地面につけ、胸に手を当て傅いていた。
「まずは高位神官:大司教の称号を与えられたことを我らが創造神に感謝いたします。これより私は満月教会本流の全異端審問の首席として筆頭異端審問官ノルヴァード・マクスカティス・ギャレク大司教としてより一層の忠誠を誓わせて頂くことを申し上げ奉ります」
そう述べたノルヴァードはその口角が上がるのを抑えるので必死だった。
細かい口上について説明はしないが、これは高位神官の中で最も高い位にノルヴァードがついたということに他ならない。そしてその原因もまた、ノルヴァード本人の謀略によるものである。
教皇シャルルの下には数名の高位神官、そしてその下に実質的な武力である一等司祭たちが存在している。その一等司祭たちのリーダー格には【筆頭】の称号がつき、ノルヴァードは先日までその地位にいた。だがしかし、ある事情があって高位神官:大司教に昇格が決まったのである。ある事情とはつまり、
「大儀である。殉死なさったカルデヴァン大司教、トロンノワーズ大司教、以下5名に代わり一層の貴君の忠義に期待する。此度の忌まわしき事態には教皇様も心を痛めておられる。よいな?」
「はっ、畏まりました」
フードを被った男がそう述べると、ノルヴァードはすかさず了承し、一歩下がる。
5人の大司教の死亡が確認されたのが4日前、全員が病死。謎の病の流行とのことで、他数名のお付きの異端審問官の死亡も確認され、計23人が本日マクスカティス大寺院内で見事に遺体お焚き上げとなった。無論裏があるに決まってる。そんな簡単に上層部が悉く死亡するなんてありえない。あってはならないのだ。満月教会本流は神聖王国の知恵と叡智の結晶の集合体、その中心にあるべき存在。そんな中心部で未知の病などが発生すれば、それは神聖王国のどんな医師もお手上げである。
つまり謀殺だ。そしてこれは誰もが理解した上での謀殺だ。これでノルヴァードらを遮るものなどなくなった。
(古い思想の大司教様達には病死していただいた。これを16年前に行っておけば全軍投入して五華氏族など完全に滅亡させられたものを……まぁ、いいのだけどね)
異端審問官の武力の行き過ぎた使用を100年以上に渡って諌め続けてきた長老、功労者たちとその一派は火葬され骨も残っていない。そして新たに大司教として実働部隊の総指揮権を与えられたノルヴァードは教会の改革に乗り出していく。
高位神官とは元々大司教と神託者に分けられており、武力を担当していたのは9人の大司教だった。それが今回、ノルヴァードにその指揮権が委譲されたのである。
教皇と高位神官たちが奥の間へと戻ったのを見て、ノルヴァードは全員の前でこう述べた。
「諸君、私は新たな大司教として、また、諸君らの導き手として、この世界を主の御心の思す正しき世界へと戻すために尽力していく所存である」
この場にいる異端審問官たちが息を飲む。ある者はただ粛々と、ある者は無関心そうに、ある者は感激し、ある者は恐怖した。
「それに先立ち、これから【筆頭司祭】を任じ、私とともにバジリスの王宮に我らの機関を置く。我々は神聖王国と王室を尖兵として世界を動かすのだ。主が望む通り世界を1つに繋げる」
ただ淡々と、優しげな表情を浮かべながらノルヴァードは述べる。それが神:フォルトナの声を代弁しているかのように。
「13人の異端審問官と私が世界を1つに繋げる頭脳となる。その名も、伊邪那岐機関。さて、異議はあるかい?」
ノルヴァードの発言に数名の異端審問官が動揺するが、先頭に立つものがそれらを手で遮って声を発した。
「それらは貴君が独断で決めるのか?そこに主の御心はあるのか?」
黒の甲冑に身を包み、漆黒の大鉈を携えたその者からは金色の髪が覗き見え、紫の瞳はノルヴァードを睥睨していた。
「エトワール卿、これは君が言う通り主の御心の通りであるよ」
「巫女がそう言ったか?いや我輩としては一向に構わんが、そこはハッキリさせたかった。是非我輩を使い給え、大司教殿。今すぐにでも逆賊を、なんならラッカが仕損じた相手を我輩の剣の錆にしてくれようぞ!」
凛々しい女の声が響く。黒の大鉈を抜き放ち、天に掲げ勇ましい啖呵を切る女騎士のなんと凛々しきことか。
「無論君も13人のうちの一人だよ【ピッチカート・エトワール】一等司祭。だが仕損じたとは言えラッカも一応【筆頭】の名を持つ異端審問官だ。今は、まぁ残念なことになったけどね」
「そうか。まぁ我輩もラッカを弱者だと断ずるつもりは毛頭ない。して、他の者たちは?我こそは13翼の1翼たらんと確信しておる者はおるのか?」
女騎士:エトワールの目は一人の少女に向いていたのだが、その少女は虚ろな瞳で遠くを見つめていた。全てにおいて興味ないという表情である。
「そう退屈そうにしているが、君も13人の1人だよ」
虚ろな瞳がノルヴァードに向く。そして直後にチッと舌打ちの音が聞こえてきた。
「当然だろう?君は私の直属の部下なんだから。【ナワテ・デクレッシェンド】一等司祭」
ノルヴァードが少女のフードを取り払う。
そこにはまだ幼い顔の美少女がいた。艶やかな黒の長髪を後ろで2つに分け、前髪の横の髪の一部には青色のメッシュが入れられている。虚ろな瞳は片方は真っ黒だが、もう片方は青い炎がゆらめいているような青さだった。見た目14歳くらいと言ったところだろうか?一目見れば印象に残るようなビジュアルなのだが、何より特徴的なのが、その少女には右腕がないのである。右肩からぺったんこになったローブがだらんと垂れている。
「別に。あたしに決定権ないし。大司教殿のご命令とあればなんでもしますよ何でも」
どうでも良さそうに少女は答える。実際本人にとってはどうでもいいのだ。冷たい声には生気がないが、虚ろな目の奥には確かに青い炎が灯っている。
「君は私に次ぐ最大戦力だからね。それに事情も事情で特殊だ。今まで通り私の側に仕えてもらう」
「あっそ。いやホント超絶どうでもいいからマジで」
少女の態度をみて、ピッチカートは何か言いたそうに口を開こうとするが、ノルヴァードがそれを諌める。
「ナワテの態度は今に始まった事ではないさ。さて、明日の午後には国王陛下の前で謁見式がある。伊邪那岐機関の筆頭異端審問官に選出されたものは王宮に集まって欲しい。いいかい?」
…
…………
…………………
木葉がダッタン人の踊り攻略を始めた頃、王宮では謁見式が開かれていた。題目は今までマクスカティス大寺院から機関の拠点を移すことがなかった異端審問官が、遂に王宮に専門機関を置くことになったこと。これにより王宮とマクスカティス大寺院は一層癒着を強めることとなる。
(……これでいいんでしょうか)
神聖パルシア王国第一王女のマリアージュ・フォーベルン・エルクドレールは父の近くに座りながらそう感じる。目の前には12人の異端審問官。マリア姫にとって異端審問官とは、異端者という肩書きをつけられた人々を容赦なく殺す極悪人にしか写っていなかったし、そのイメージは今でも変わらない。だが父であるエルクドレール8世は王宮に、それも王国議会よりさらに強い権限をもたせて異端審問官の伊邪那岐機関の設置を認めてしまった。
(王室顧問が何かを入れ知恵したのでしょうね)
伊邪那岐機関のその目的は王国内外の異端者の殲滅と魔王の撃滅、及び王宮の守護。だが、その力が民のために振るわれることはない。
13人の異端審問官のうち1名が所用で欠席とのことだったが、それ以外の顔ぶれは出揃っていた。
マリア王女には生まれついての特別なスキルがある。それは『真贋』のスキル。発動させれば見たものの本質を色に見立てて見抜くという、上に立つものとしては最高のスキルだった。だが、
(お父様、お母様、配下の七将軍たち、数多くの将軍、上級主幹と主幹……そして伊邪那岐機関。そのいずれもドス黒い血の色をしてる……。私は、知らない間に王国の闇の中枢に迷い込んでしまってる)
マリアは知っていた。妹のレイラはマリアとは違うが特別なスキルを有し、既に王国の闇に抗うために同士を募って着実に自身の家臣を増やしていることを。だがマリアにはそれが出来ない
(私には……自分の本当に信頼できる家来がいない。近衛騎士団レガート・フォルベッサは信頼できるけど、私を常に守ってくれるわけではない……私は……。
あれ?)
異端審問官の中に、1人だけ特別な色を持つ人物がいた。それぞれが黒に近い色に支配されている中、王宮にも関わらず黒のフードを被った人物の真贋色は燃え盛る青い炎だった。
「こらナワテ。国王陛下の御前である。フードは取りなさい」
「…………………………」
フードを取るとそこには、マリア好みの美少女がいた。艶やかな長い髪が蠍の髪留めでツインテールに結ばれて、前髪には青色のメッシュの隻腕の美少女。マリアは、
アッサリ虜になった。
(な、なななななななな!!!なんと愛らしい少女なのでしょう!?前に王宮で見て、そして連れ去られてしまったあの可愛い女の子と同じくらい愛らしいですぅ!あ、あの見た目で伊邪那岐機関の異端審問官!?それもえっと、ギャレク大司教の隣ってことは相当な実力者!?ぇ、ええぇ!?)
「さて陛下。私たち異端審問官の専門機関を王宮において頂いたこと、誠に感謝いたします。つきましては我ら13名が、王宮並びに王都の守護をいたします。陛下や殿下を脅かそうとする連中の駆逐は我らにお任せください」
「大儀である。ノルヴァード・マクスカティス・ギャレク大司教。このうちの数名は予定通りに?」
「えぇ。ヴィーンのオストリア・ブダレスト総督府の王弟殿下へとつけさせます。いよいよリルヴィーツェ帝国・スロヴィア連邦・東方共同体との決戦に工作を進めさせたいので、3名は総督府の方へ派遣させます。こちらに残るのは10名、ですがいずれも一騎当千、いや万の兵に匹敵する強兵です」
そこに集うは間違いなく大陸の教会で最強の集団だった。異端審問官が手を地につけ臣従の意を示す。一人一人がそれこそ、魔王である木葉に匹敵する、そんな化け物集団だった。
とはいえ先程までのマリア王女の心配事は消え去り、今はもうあの少女のことしか頭に入っていなかった。この王女ほんまに大丈夫なんだろうか?
…
……………
……………………
「さてラッカ、居心地はどうだい?」
「ね、ねぇ、ノルヴァード……?嘘だよね?ま、まさかあてをこ、殺すの……?」
バジリス王宮内部の地下実験室で、ラッカが拘束台に縛られていた。両腕は存在せず、身体中ボロボロである。
「まさか?君はそこそこ優秀な異端審問官だ」
「な、なら、なんでこんな……」
「その腕ではもう役には立たないがね。だからその身体は再利用してやることにした。感謝してほしいね、君はまだ殺戮人形として役に立つことができるんだ」
「な、な、ぁ?」
「君の持ち前の人形たちは私が有効活用してやろう。ハレイ・ヴィートルート、ディラ・テルトリアと言った竜人族の優秀な人形も揃っててなかなか興味深いからね。さて、もうおやすみ。起きた頃には君は、もっともっと使い勝手のいい化け物になっているだろうけど」
「や、やだ、やだ、やだやだやだやだやだやだ!!あては、亜人族の誇りなんだ!!あては、あては!!あぁあああああああああああああああああああああああああ!!」
拘束台に電流が流れて失神するラッカ。その様子を眺め醜く笑うのは大司教:ノルヴァード・ギャレクと七将軍エデン・ノスヴェル。そして伊邪那岐機関の異端審問官たち。
「さて、あとは任せていいですか?エデン閣下」
「がははははは!!無論じゃ!!わしの力でコヤツを本物の化け物に変えてしんぜよう!本当なら、貴殿の手持ちの可愛らしい女子も使いたいのだが」
そう言ってエデンは後ろに控えていた異端審問官、ナワテともう1人の金髪を三つ編みにした美女を見る。ナワテは嫌そうな顔で舌打ちをした。
(ふむ、ガキの方はあと四年すれば上玉だろうな。女の方はなかなかの美女だ、欲しいな)
「ご勘弁を。2人とも伊邪那岐機関の最も優秀な異端審問官です。売ることはありませんよ」
「だがガキの方は片腕を欠損しているようだが??これで戦えるのか?がははははは!!」
「彼女はこの状態だからこそ、使えるのですよ」
「……?」
「ま、そこはいいです。ナワテ、コーネリア。君たち2人は外に待機させてある薬剤師を呼んできてくれたらそのまま解散です。エトワール卿はこのまま国王陛下護衛の任に向かって貰います」
「おーきーどーきー、デス。デハ、ノスヴェルさま、ご機嫌よう。マタお会いできることヲ楽しみにしてるンゴ」
三つ編みの女性の言葉遣いに思わず吹き出しそうになるエデン。片言な上に変な言葉を使っている。しかも表情に変化がない。
「またどこで変な言葉を覚えてきたんだい君は。ナワテ、彼女を送ってあげなさい」
「りょーかい。ほら、行くわよコーネリアさん」
「おおきに〜」
無表情の割に砕けた口調とトーンで喋るコーネリア。ナワテとコーネリアはこんな見た目だがノルヴァードを守護する史上最強の異端審問官でもある。
「これで駒は揃った。あとは王都政府の献身と努力に期待しようじゃないか」
これにて2章は終わりになります。色々謎を残して終わりましたね。3章で回収できるかなぁ……。
3章は前にも言った通り各陣営が交差する章になります。具体的にはクラスメイトと再会したり、真室ちゃんが登場したり、異端審問官サイドとの交流があります。が、とりあえずは2.5章をお楽しみくださいませ。