2章32話:魔女の宝箱
感想ください泣
「妾の負け、だな……」
そう言ってダッタン人の踊りは両手を挙げて降参のポーズをとった。少し拍子抜けである、もっと足掻くかと思ってた。
「妾は合理的な人間だからな。勝ち目が無くなればそりゃ諦めるのだ。カーッかっかっか!」
「なんで勝ち目がないなんてわかるのさ」
「わかるだろう?祖霊は地に帰り妾にはそもそも単体での戦闘能力がない。対してお前は味方2人が脱落しつつもその余力をまだ残している。まぁ仲間に頼ってる部分が多いが、それもまた魔王に必要な要素だ。お前は、紛れもなく魔王なのだ。三代目魔王」
その瞬間、何かがストンと心の中に落ちた。彼女が、初代魔王クープランの墓の腹心である彼女が私を三代目魔王と認めたという事実に、どうしようもない高揚感が沸き起こる。嬉しいのかな……?私
「一つ、聞いてもいい?」
「なんなりと、魔王」
彼女は膝と手を地面につき、服従の印を見せた。
「初代魔王は……クープランの墓は、感情が残っていた?」
「………………………………」
私の気になっていたこと。それは、魔王が私たちの世界の人間であるなら、どうして魔王たり得たのかということだった。ただの人間が魔王になる、それはどれほどのことなのか。そして、そもそも魔王とはなんなのか。
「それを説明するには、まずは落ち着かねばならんのだ。取り敢えず身体を休めたいだろうからな。後ろの2人を連れてついてくるがいい」
ダッタン人の踊りはそう、伏し目がちに言った。
…
…………
…………………
宮殿内部の地下にはローマの祭りと戦った時のように生活スペースが広がっていた。こちらは地上の宮殿と違ってかなり平原の民族風な内装が施されている。具体的には剥製がめっちゃ飾ってあった。
「ここ鹿とかいるの?」
「いやいや、この剥製は妾が初代から賜ったものなのだ。こんな砂漠に鹿なんぞおるまいて」
「ごもっともだ」
と軽口を叩いている間にちょっと豪華そうな扉の前まで来ていた。
「さて、三代目魔王。この奥に3人分のベットが用意された部屋がある。初代魔王様がこちらに訪れた際に寝室として使われた部屋だ。手入れはある程度は行き届いているから心配はしなくていいのだ」
「あの骸骨が寝たベッドで寝るのかあ……」
「いやならよいぞ?向こうに良い砂場があるからなぁ」
「……ベッド、借りる」
流石に砂場は嫌だ。しかし背中にロゼ、前に迷路を抱きかかえていると身体が持たないからさっさとベッドに寝かせることにする。
「これでひとまずは安心か……落ち着くまではここにいていいの?」
「急ぐのか?」
「いいや全く。寧ろ異端審問官やら、禊やらに追われて全然休めてなかったからね。1週間くらいはいようかなぁって」
「そうかぇ。ま、夕食になったら呼ぶのだ。それまで寝ておるとよい」
「飯でんの?何ここホテル?」
「魔王が夜伽に使っておった場所だから強ち間違いではないぞ?」
「……今のは聞かなかったことにする」
このベッドで500年以上前に何が起こってたとか想像したくない。キスして子供を作っていたのか、とか想像したくない、うぅ。
迷路をベッドに寝かせそのベッドに腰を下ろす。あれから流石に吸血の効果はきれたとは思うが油断はならない。休め、とは言われたものの知らない間に迷路が暴走するのもアレなので、ベッドに座って本を読むことにした。
「んん……この、はァ……」
寝言、だよね?顔は赤くない。媚薬効果がどれほど持続するかはわからないが、深層に押し込めたすくなにわざわざ聞くのもどうかと思うから特に気にしないことにした。
「幸せそうに寝てるな」
前髪を払いのけると瞼が現れる。迷路の寝顔は子供のようなあどけなさがまた可愛らしかった。
「ウゥン……このは」
「うん、ここにいる。だから、心配ない」
頭を撫でてやる。これでいい夢を見られるといいのだが。だがその後の反応は、全く予想したものと違った。
「はぁぁ……このは、ァ……
欲しいのぉ……もっと、もっとぉ……やっ、このはのえっち……あっ……」
「////////!!ど、どんな夢だよ!?」
恥ずかしかったので、やっぱり寝室から出ることにした。
…
………
………………
さっきの迷路色っぽかったなぁ。私もあれくらい大人の魅力が出ればいいのだが、いかんせん子供らしくていけない。
自分の見た目はそこそこ整っている方だとは自覚しているけど、可愛い可愛いと持て囃されるほどかというとそうは思わない。それこそ迷路やロゼの方が人から好かれるような見た目をしているとは思う。
それに私は、内面がとてもとても醜いから、きっと万人から好かれることはない。寧ろこれから多くの人間に嫌われることとなるだろう。
「ま、どうでもいいけど」
「おや魔王。寝ていても良かったのに。腹が減ったのか?」
「いい。それより2人が寝ている間に、さっきの話の続きがしたい」
「……わかった。そこのテーブルで待っていて欲しいのだ」
ダッタン人の踊りはキッチンの火を止めて、代わりに戸棚からいくつかおやつとお茶の葉を取り出し、お茶を入れ始める。
数分後、部屋にはフルーツの香りが漂い始めた。
「砂漠のオアシスで取れる貴重な果物なのだ。かーっかっかー!!よく味わうがよい、三代目魔王!」
「無理に明るくしようとしないで欲しいんだけど……あ、美味しい」
甘い香りが鼻腔をくすぐる。なかなか珍しい味わいだった。
「さて、早速だけど、魔王について知ってること全部教えてほしい」
「具体的には?」
「何故地球から来た人間が魔王となったか、王国はこれだけ人を召喚して何をしたいのか、魔女の宝箱はどうやってできたか、お前たち魔女は一体なんなのか、ってところかな」
そう考えると私は結構魔王に関して知らないことだらけだ。自分のルーツを探る、という点でかなり重要な話し合いであったりする。
「ふむ。ではまず一つ目から。だがこれはよくわからん。恐らく満月教会が深く関わっている筈だが、これについてはついぞクープランの墓は教えてくれなかった」
「んじゃ直接聴きたいからあのホログラムみたいなの出してよ」
「【分霊】か……あれはここにはないのだ。三代目はどこを攻略したのだ?」
「レスピーガ地下迷宮。ローマの祭りって魔女がいた。操られていたけどね」
「あぁ、あやつか……」
ダッタン人の踊りは、懐かしい名前を聞いたなとか言いながらクッキーを口に含んでお茶を飲む。遊牧民族少女にはあまり似合わない光景だった。
「まずそもそも理性が保たれていない魔女の元に魔王の分霊が置かれるのだ。妾は魔女の中では比較的理性が残っているからこそ、分霊は設置されておらん」
「あれ分霊っていうのか。理性、大分あるようにみえるけど?」
「こう見えて高笑いする以外の感情を持ち合わせておらん。良いことのように思えるかもしれんが、人間泣くことが出来なくなるというのはなかなかに辛いものだぞ?それに楽しいという感情もほぼない。羊を想像して幸せに浸るくらいしか、妾の娯楽は存在しないのだ」
「……」
「話が逸れたの。ローマの祭りはそもそも自我がない。魔女の中でもかなり欠損した魔女だ。故に魔女の宝石を継承する手段として、魔王様が特別に分霊を置いたのだ。妾は自分で宝石を攻略者に贈与できるから分霊は置かれなかった。
そうだな。分霊がありそうなのは、【ゴダール山】の【ジョスランの子守唄】や【マスカーニ湖】の【カヴァレリア・ルスティカーナ】あたりかの。ドナウやエルザはまぁ、理性残ってるだろう、多分」
ちょっと聞き捨てならないんだけど?今さらっと魔女の宝箱の在り処言いやがったよね?
「他の魔女を知ってるの?」
「当たり前だろう?魔女は初代魔王様が世界に打ち込んだ楔だからな。初代魔王様は妾たちと共に魔族の楽園を作ろうとし、そして死んだ。作られた場所は現在の書物では失念しただろうが、一応メルカトル大陸の霊脈に則った重要地点に配置されておる」
「れい、みゃく?」
「大陸の地下に眠る魔力の源だよ。大陸に流れる霊脈から湧き出る魔力を使って人間族・亜人族・魔族は魔法を使う。そして魔女の宝箱は霊脈が活性化するポイントを魔王が抑えた印に生み出されたのだよ。重要ポイントに莫大な魔力を使って永遠に消えない魔宮を生み出したことで、妾たちは500年もの時を生きる魔女と化した」
そういえばなんでこんな魔宮が出来たかについては全く知らなかったな。そしてどうやって人間が魔法を行使するかについてもだ。
「まぁ本来は魔宮全てを潰して霊脈の流れを正常にし、人間が本来の力を取り戻したところで魔王と決戦!というのが正しい流れだったんだろうが。誤算は初代勇者が魔女の宝箱の一つ:チャイコフ凍土を魔女ごと崩壊させ、宝箱攻略が1箇所だったにもかかわらずクープランの墓を打ち破ってしまったことだな。お陰で魔王様が死んだにもかかわらず、妾たちは無駄に生き残ることになってしまった」
「でも、その後も魔王は生まれ続けただろ」
「それはわからんよ。何故2代目魔王:亡き王女のためのパヴァーヌ、三代目魔王:月の光が生まれたかについては妾は全く知らぬ。次の迷宮できくがよい」
ふむ。だがまぁ、これで魔女の宝箱が出来た経緯とクープランの墓については知れた。魔族の楽園、か。確かジャニコロも似たようなことを言っていたな。メルカトル大陸に魔族のみが暮らす楽園を。それが魔族が私を担ぎ上げようとする目的なのか。
「初代魔王様と妾たちの関係は一応地球での知り合い……だとは思うのだが、そこの記憶は魔女になった際に消されておる。だが妾たちは初代魔王様が生まれたその後に御身の力によって魔女へと生まれ変わった。今のタタールの民としての記憶も、初代魔王様がプログラミングした記憶かもしれぬな」
「要は自分の好きなように人形を着せ替えた、みたいな感覚?」
「大いに正しい。魔王様によって直接膨大な魔力が注がれて霊脈の上に設置されたもの。それが妾たち『魔女』と呼ばれる存在だ」
魔女と魔王。じゃあ私がこの地で膨大な魔力を誰かに注ぎ込んだら、その誰かは魔女へと変化するということか。
「次はなんだったかね?王国や教会が何をしたいかだったか?んなものわからんよ」
「わぁ、ばっさり……」
「魔王の誕生はある意味呪いのようなものなんだろう。時々起こるそうした呪いを鎮めるために、『勇者』が生まれる。そんなところではないか?」
所詮勇者は対抗措置であって魔王が先……と。クープランの墓が生まれ、それを倒すために勇者が生まれた。確か15歳の少女が初代勇者と言っていたから、私の予想では彼女は地球人だ。そんな都合の良い存在がこの世界から生まれるとは到底思えない。
「同感なのだ。恐らく初代勇者は妾たちと同じ世界から来た。2代目勇者もそうと考えられる、3代目がそうだったのだから。2代目魔王についてはわからんが、3代目が地球から来たのだから、やはり地球から来たというのが妥当だ」
「この無限ループなんとかなんないのかなぁ……」
・500年前:クープランの墓誕生日→初代勇者を呼ぶ→撃破。勇者は生死不明。
・100年前:何やかんやあって2代目:亡き王女のためのパヴァーヌ誕生→2代目勇者を呼ぶ→両者死亡。
・6年前:15期生と呼ばれる日本の少年少女たちが召喚される。が、金山千都曰くほぼ全員が死亡する。
・つい数ヶ月前:16期生の私たちが召喚される。3代目魔王:月の光と3代目勇者が生まれる。
と、時系列を整理するとこんな感じだ。このまま私と船形荒野が死ねば、恐らく4代目の魔王と勇者が出現するのだろう。勘弁してほしい。
魔王が生まれてから、勇者が生まれるという流れならば6年前に勇者は生まれなかったのだろう。逆に今代は私という魔王がいたからこそ3代目勇者は誕生した。
「おそらく教会が何かを企んでいて、それに付随する形で神聖王国が手を貸しているのだろう。500年前から王国は戦争に戦争を繰り返し、大陸の版図を広げ続けているのにはそう言った理由があるはずだ」
話し終えるとダッタン人の踊りはすうっとお茶を啜った。私のフルーツティーはすっかり冷めてしまっていた。
「ま、こんなところかの。妾の知ってる情報はこれが全部だ。お茶を入れなおしてくる」
「待って。まだ肝心なことが聞けてない」
「何かね?」
「クープランの墓は、感情が残ってた?」
ダッタン人の踊りは目を細めると、フルーツティーのポットに茶葉を入れお湯を注ぐ。
「最初はそうでもなかったが段々と魔王らしくなっていった。だが、最後まで御身の意志は変わらなかった。それで充分だろう?」
「……そか」
クッキーをかじって甘さを噛みしめる。私のなすべきこと、やりたいことは変わらない。狂気になんて支配されない。それが分かれば今日はもう十分だった。
「そっか……」
最後にもう一度呟いた私の声には、嬉しいという気持ちが少し滲み出ていた気がする。
性格が冷たい・捻くれへと変わった木葉ですが、まだキスで赤ちゃんが出来ると考えるほど性知識が乏しいです。
その一方でメイロはどんどん淫れて行きますね……大体木葉のせいです、はい。
さてあと一話で2章が終わりますが、3章に入る前にクラスメイトサイドとして2.5章を挟みます。あんまり長くならないです。
3章ではいよいよ木葉たちとクラスメイトが遭遇しちゃいます。クラス転移の醍醐味ですね(ネタバレ)