2章30話:イーゴリ公・韃靼人の踊り攻略戦〜中編〜
この物語の舞台のモデル:フランスにも現在来ております。ご飯が美味しくて最高です!
感想お待ちしてます。
何者かの手によって引きずりこまれて目を開ければそこには、
「街……?」
砂漠の中には、古代エジプトを思わせるような肌色の石造りの建築物群が並んでいた。現代に残っていたら世界遺産ばりのものだろう。古代エジプトの国家をそのまま持ってきたかのような光景だが、人の気配が全くしなかった。
視界の奥には豪勢な宮殿が見える。そこは、現代には到底見られない筈の古代の楽園が広がっていた。
「これが、魔女の宝箱なの……?」
随分と手の込んだ歓迎を受けたもんだね。ローマの祭りと戦った時とまるで違う。あの時はあの時で、ギリシャの神殿のようだったけど、今度はスケールが全くといっていいほど異なっている。街一つ再現しちゃうとかほんと規格外……魔王の手には追えないんだけど。
「あ、2人は!?」
ふと周囲を見渡すと誰もいない。迷路とロゼは一体どこに……?
「かーっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっか!!!」
「誰!?」
瑪瑙を抜いて身構えるがあたりには誰も、
「おいおい愚民、妾に気付かぬか?かーっカッカッカッカッカ!!!」
上!?
上をばっと見上げるとそこには、少女。赤の装束に身を包まれた紫色の髪の少女がそこにはいた。遊牧民族を彷彿とさせる帽子から覗く紫色の前髪の下からは真っ赤な目がこちらを見下ろしている。真っ赤な、冬用の装束はどちらかといえば中央アジア風で、このエジプトのような景色には似合わない。
「おい愚民、今似合わないとか思わなかったか?なぁ愚民よ」
「いや思ってないけど」
「いいや思ったな!!そんなの妾が一番わかっておる!!いいか!?妾はかつて中央アジアの広大な大地を席巻した大部族:タタール人なり!!どうだ愚民、恐れ入ったか!!かーっカッカッカッカッカ!!」
「似合わなー」
遊牧民族の衣装なのに砂漠、大部族なのに少女というアンバランス感がこの場の特異性を増していた。
「むきー!妾とてこんな砂漠の地を魔王様に任されなければ今すぐにでも高原へと戻り、羊と戯れたい!!あのもふもふのもふを味わいに……」
「?」
あれ、動きが止まった?
「もふもふもふもふ!!あああー!!もふもふが恋しい!!もふもふー!!」
「え、ええ……」
体をクネクネさせながら何かトリップしてて、正直ドン引きである。だがそんなことも言っていられない。これまでの会話で気づいたことがある。まぁある程度は想定していたが。
「ねぇ、今タタール人って言った?」
「もふもふもふもふ」
「聞けよ」
「もふも……はっ、すまん!トリップしておった。妾は羊と戯れたりラム肉を食べないとやっていけないのだ」
「羊食べちゃうのか……」
「ええぃ!細かいことは良いのだ!そうだ、妾はタタールの民!誇り高きダッタン人!」
「それはつまり、私たちの世界の……」
そうだ。こちらの世界の歴史を読んだからこそわかる。こちらの世界にダッタン人など存在しない。ましてや中央アジアなんて言葉もだ。つまり彼女は私たちの世界の存在、そして彼女を配置したクープランの墓のまた、
「……私と同郷か」
「あ?なんか言うたか?東洋の島猿風情が!」
「可愛い顔して言うことほんとムカつくね」
しかしますます謎が増えた。私たちの世界から来た人間が始まりの魔王、そして三代目の魔王もまた地球人の私だ。この調子でいけば2代目も地球から来たのでは……?この世界は、なんでこんな歪な状況になっているんだ。
「まだ名乗っておらんかったな!妾の名はダッタン人の踊り。言うまでもなくわかることは思うが魔女だ!イーゴリ公は妾の父上の名だな、顔はまぁ見たことはないがきっと妾に似た美しい方だったのだろうかーっカッカッカッカッカ!」
こいつと話してると疲れるんだけど。
「で、そのお美しいダッタン人の踊りさまはクープランの墓の命令でここを守護していると?」
「そうだな!妾の宝箱はどこの宝箱とも違って、妾が相応しいと認めたものしか入れぬ。謂わば最大の難関がここだ。まずはおめでとう!」
そう言ってダッタン人の踊りは手を差し出し、ガッチリと私の手を握ってブンブンと振り回した。悪意がないから避けなかったとはいえ何してんのこいつ。
「で、なんで私たちは貴方のお眼鏡にかなったの?」
「言っただろう?人間は久しぶりだ!妾ウッキウキなのだ!」
「誰でもいいんじゃん……」
「いいや、愚民。お前だからこそ招いたのだよ。試練を与えるために、な」
「____ッ!?じゃぁ話の流れで聞くけど、ロゼと迷路はどこなのか教えてもらってもいい?」
ニヤッとダッタン人の踊りが笑ったのを見逃さなかった。瑪瑙を抜き放つが、もう遅い。
「お前っ!」
「さあ付いてくるがよい魔王様の後継者よ!」
そう言ってダッタン人の踊りの踊りは宙を歩き始めた。そのまま宮殿へと宙を走って行く。
「待て!くっ、《鬼姫》!来いっ、茨木童子!」
銀色の髪から黒いツノが生え、小さな歯は牙へと変わる。体全身を何かとてつもない力が巡って行く。街の中を走って行くがこの距離ではどう跳躍しても上昇して行くダッタン人の踊りには届かない。
「なんで空中を走ってる……いや、空中に道を作って……ッ!?」
突然、家の中から影のようなものが伸びてきてそれが人の形へと変化した。アラビア人ではなく、遊牧民族の戦士たちだ。
「ァァァァァァ」
「ァァァァァァ」
街中にタタールの戦士たちが弓を持って集い始める。走り続ける私の目の前には数十人もの戦士が弓を構えていた。
「さぁ!そいつらを躱してみぃ!今までの敵とは比べものにならんじゃろう!」
「「「「「「ァァァァァァ!!」」」」」
矢が一斉に放たれ、豪雨の如き勢いで降り注いでくる。こんなものっ!
「《鬼火》ッ!!りゃああああああっ!!」
真紅の刀で矢を薙ぎ払おうとするが、思った以上にその矢は強力だった。全てを焼き払うことができず、何本もの矢が此方に抜けてくる。
「なっ!?がっ!!」
肩と膝を矢が刺さり、頰と腕に切り傷を作ってしまう。っていうか……待って、これ、
いた、いたい……。
「ぁ、ああああああああああああっ!!!」
やばい、やばいやばいやばい……。その場に倒れこむ。激痛で視界がぼやける。全てを圧倒的火力で焼き払ってきた私は、こんな風に流血を伴う攻撃を受けたことはなかった。痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!
間違いなく私は初めて、戦闘でとてつもない痛みを伴った。
「が、ぁぁ……い、だぃ……ごぼっ……」
どうやら脇腹にも刺さっていたらしく、お腹から血が止まらない。だがこうしている間にも私の周りにはタタールの戦士たちが集まってきていた。冷たい目で弓をこちらに向けている。
死ぬ、死ぬ……いやだ。
「おい、おいおい三代目魔王!こんなものか?妾をがっかりさせるでないぞ?なぁっ!」
「がぁっ!!」
近づいてきたダッタン人の踊りが私の体躯を蹴り飛ばす。さらに矢が肉を抉り、ありえない程の激痛が体を走る。
「ああああっ!ぁぁ……」
痛い。こんな痛みは今まで経験したことがない。痛い、痛い。なんでこんなに痛い……なんでこんなに……私は……私が弱いから?
「これがレベル差を無効化する結界:モンゴリア・タタルスキヨークの力なのだ。のう三代目。痛いか?お前はこれほどの痛みを味わうことなくここまで戦ってきただろう?」
私の銀髪を掴んで顔を覗き込むダッタン人の踊り。口から呻き声が漏れる。少し目を開いて覗いた彼女のその顔は歪みに歪んでいた。
「お生憎なのだ、三代目。お前はまだ弱い。その力のポテンシャルはたしかに2代目、いや初代よりも高い。が、それは所詮芽だ。芽吹かなければなんの意味もない。わかるか?三代目?お前はがむしゃらに、力任せで全てをねじ伏せてきたかもしれないがそんなもので誇れる力など偽物なのだ!初代は、クープランの墓はもっと強かったぞ、なぁ!」
「くっ!」
ダッタン人の踊りは私を掴んだまま、宮殿に向かう。髪がちぎれ私の顔は砂まみれだった。全身の感覚が痛みを訴えていて、脳の処理が追いつかない。
ダッタン人の踊りは、その謎の空中歩行術で早足に進んで行き、気づいたらもう宮殿の中にまで来ていた。中からは、聞き慣れた声が耳に飛び込んでくる。
「木葉ッ!!」
「こののん!!」
「ふ、たりとも……」
「ああ、最後に会わせてあげたのだよ!感謝してほしいのう愚民ども!」
「ぐぁっ!」
ダッタン人の踊りの踊りによって私は宮殿のカーペットの上へと放り投げられる。ここはさっき見えた宮殿の中らしい。全身が痛くて仕方ないから、あまり周囲が見渡せないが、どうやらロゼと迷路は何やら十字架に繋がれているらしい。しかもその上には、
「ギロ……チン」
「ごめんなさい、木葉。不意を突かれて気を失って、気がついたらこんな……」
十字架に貼り付けられた2人の頭上には絶妙な位置ギロチンが設置されており、お互いに鎖を握らさせられていた。おそらくそれは、
「そうだ。お互いのギロチンの鎖を握っているのだよ。妾、なかなかいい趣味しているだろう?」
「ほんっと……悪趣味」
「どちらか1人、選ぶがよい」
「…………………………………………」
だと、思った。こいつ、本当に趣味が悪い。
「お前が、どっちかに、手を離してもう片方を殺せというんだ。そうすれば片方とお前は治療して、妾の宝石を授けてやろう。5分以内にな。どうだ?よい演出だろう?かーっカッカッカッカッカ!!!」
そう笑う彼女の姿は、はじめに思った『似合わない』という言葉を撤回させるくらいには、魔女の笑いだった。紫髪の幼女は醜い笑みで銀色の砂時計をひっくり返した。
「さぁ、選ぶがよい」
…
………
……………………
「僕を殺して、こののん」
ロゼが笑ってそう言った。
「それ以外の選択肢はないんよ。この十字架は僕達の魔法を封じてる。こののんはそんな状態で、多分逆らったら僕達2人ともギロチンが落ちてくる。それなら、当初の旅を続けるために、僕を殺すべきだよ、こののん」
「なに、を……言って」
「そうよロゼ!!貴方、自分が何を言っているかわかっているの!?死ぬのよ!?貴方が成し遂げるといった、復讐を成し遂げることなく!」
「でもね、めーちゃん。こののんのやることを邪魔して、それで復讐を成し遂げるなんて僕にはもう出来ないんよ。僕は、こののんに沢山のものを貰ったから。温もりも、優しさも、信じる心も、この身に流れる魔力も、沢山のものを……」
「だからって!!」
何だ、これは。なんで私は、2人にこんなことを言わせているんだ。私は……なんで、こんなことを……。
「残り3分〜」
容赦なくダッタン人の踊りは時間を宣告する。頭が追いつかなかった。私は、どうすればいい。どうすれば、どっちを選べば……。迷路とロゼは何か言い争っていたけど、そんなものはもう聞こえない。どっち、どっちを……。
迷路は私にとって初めて全て話してもいいと思えた大切な人。私を救って、引き止めて、抱きしめてくれた人。
ロゼも私にとって本当に大事な友達。同じ景色を共有して、温もりを感じて、私を信じてくれた大切な人。
どっちを選ぶかなんて……そんなの……。
「選べるわけ……ないっ!」
立ち上がって瑪瑙を抜くが、すかさず周囲から金色の矢が飛んできて体に突き刺さった。
「がぁぁっ」
「木葉ッ!」
「こののん!」
私が弱いから、守れない。私が弱いから迷路も、ロゼも、守れない。それは嫌だ……。
次々と体に矢が突き刺さる。ただただ地面をのたうち回り、そのうち痛みも感じなくなってきた。視界にはもう自分の血しか写っていない。これは、いよいよ死にそうだ……けど、死ねない。守らなくちゃいけない。それには覚悟も、力も足りない。
「ふん。丈夫さだけはどの代も凌いでいるのだ。お父様もこうやって初代をしごいたというけど、なんの因果なのだろうかのう、かーっかっかっかっかー!」
拳を握り、そして反芻する。私は弱い。ただ力任せの偽物の強さしか持ってないのなら、それなら戦い方を変える。この結界内ではレベル差が存在しないと言った。ならば、どれだけ工夫できたかが戦いの鍵だ。しっかりしろ、立て、櫛引木葉。
「わ、たしは……まも、るんだ……やっと見つけた、わた、しの……大切な、もの……」
スクナに頼らないって決めた。私の意志で、私の力で、その代わり私らしく。櫛引木葉らしく生きると。
迷路。
ロゼ。
大切な友達。大切な2人を危険にさらすものは、全て殺す。そうリヒテンで誓ったじゃないか。じゃあなんで這いつくばってるんだよ、私。
なんでどっちかを選ぼうとしているんだよ。私はなんだ?私はどんな存在だ?2人は私にとって、どんな存在だ?
決まってるでしょ。
私は魔王で、2人は私にとって大切な人だ。
2人とも必要だ。
2人とも、ウバワセタリハシナイ。
ワタシハ、ドッチモ欲シイ!!!
【シン・グリード追加に伴い、《鬼姫》に《吸血鬼》の降霊が解放されました】
……
…………
………………………
「《血操解放》」
「なっ!?」
溢れ出ていた血が一瞬で凝固し、ギロチンを、十字架を、その鎖を切り刻む!!
「え、うわっ、きゃあああっ!」
「うわわわわっ!」
そして、バランスを失って十字架から落ちてきた2人を抱き寄せた。
「木葉!」「こののん!」
私の髪には蝙蝠の髪飾りのようなものがつけられ、ツインテールが作られていた。背中からは真っ黒な翼が生え、腕には真っ黒な包帯がぐるぐる巻きになっている。そして、真っ黒なマントが風でなびいていた。
吸血鬼の降霊に成功した。
2人を抱き寄せたまま、周囲に紛れていたタタールの戦士たちに向かって血を飛ばす。血は空中で止まると、そのまま凝固してタタールの戦士たちを次々と貫いていった。
「「「「アアアアアアアアア!!!」」」」
そのままダッタン人の踊りに振り向いて言う。
「私は魔王だからさ、2人とも貰ってく。欲張りなんだよ、私」
2人とも欲しいんだ。2人がいてくれないと、私は自分が何のために生きているかがわからないんだ。だから、だから、
「2人を助けてお前を倒して、それでハッピーエンドだ」
「この、は」
「こののんかっこいいよぉ〜」
あの、セリフの決め時にハートマークの目でこっち見るのやめて……。
「はっ!それで!?まだ妾は自分の力を何も見せてはおらぬぞ!妾を倒してからでかい口を叩いてみい!」
ダッタン人の踊りは指をパチンと鳴らし何かを詠唱する。するとタタールの戦士たちの死体が宙に浮き、ダッタン人の踊りの近くへと集合していく。そしてそれらは青色の光に変化していった。
「さぁ、さぁ!!偉大なる祖霊よ!!我が体躯に、偉大なる魂を宿せ!!」
ダッタン人の踊りに青い光が集まって行く。それらは彼女の首元の銀の糸からだんだんと具現化していき形作られていった。一瞬の瞬きの間に、
「これは……」
私たちが次の瞬間対峙していたのは紫髪の少女ではなく、帽子を被った大きな大きな、そして禍々しいオーラを放った骸骨の化け物だった。
木葉は大分性格が捻くれた感じで書いてます。今の彼女をみたクラスメイトは何というかちょっと楽しみですね♪ それは三章の方で書いてますけど。
因みに結界の名前のモンゴリア・タタルスキヨークはロシア語を無理やりカタカナにしたもので、日本語では「タタールのくびき」というもの。タタール人によるロシア統治時代の概念です。気になった方は調べてみてね




