2章29話:イーゴリ公・韃靼人の踊り攻略戦〜前編〜
感想とかください。
「取り敢えず、当初の予定通りにボロディン砂漠を目指すよ。その後のことは、その後考える」
私の出した答えは、結論から言えば保留だった。ボロディン砂漠攻略は最初から目標ではあったし、教会と敵対といってもあくまで最終目標は魔女の宝箱攻略→現代日本への帰還だ。ロゼを助けて神聖王国を倒す、というのも確定事項ではない。つくづく私は卑怯者だと思う。
ということで私たちは泊まっていた宿を出て今あの馬車の中にいる。リヒテン市はまだ混乱おさまらず検閲は厳重に敷かれていたが、
「これを」
「あ、アンソン様からご依頼の冒険者でしたか!失礼いたしました!」
実はアンソンから通行手形を預かっている。ラッカを叩き潰した後やはり脅迫しておいて正解だった。それに、街で対処できそうになかった厄介案件を全部引き受けてあげたのは一応貸しということになっているらしい。銅月にしてくれただけでも十分なんだけどなぁ。
「あの襲撃から3日も経っちゃったね〜大丈夫かな〜?」
ロゼはいつも通りの元気を取り戻し、肌ツヤツヤの状態でクルミ入りパンをムシャムシャと食べていた。
「ロゼが元気になるまでは出発したくなかったからね。その調子なら大丈夫そうでよかった」
「こののんがずっと僕の相手をしてくれたからね〜!こののんに抱かれて、僕はオトナの階段を一歩登ったんよ〜!」
「ちょ、なんか誤解されそうなこと言わないで……って迷路はなんで氷剣なんて持ってるのかな?」
「木葉ッ!退きなさい!そいつ殺せない!」
「迷路って本当に異世界人!?」
まぁ昨日出発できなかったのは、私が気を失っていたというのもあるが。その後も色々なものの調達に時間がかかったというのもある。
まず私たちは迷路以外、誰かから常に追われている立場だ。つまり身を隠す装いをしなくてはならない。お面は戦闘時に付けるとして、基本はこの世界に溶け込むことから始める。とはいえメルカトル大陸では服装はかなり自由というか、現代でみたこともあるような服もあるので正直そこは気にしていない。私が服装として選んだのは、パーカーだった。
「これは……?」
「日本の、私の故郷の国の服だよ。黒パーカーは正義ってね、まぁ可愛いでしょ?」
女の子なので、そりゃ見た目とか可愛さには気を使ってるんだよ?今まで私一人称視点を作者が意図的に隠していたから、私の内心がわからなかっただろうけど。
少しお洒落な黒パーカー、その下は白いブラウス、そして黒のスカートとニーハイ。あとキャスケット帽子。
「これならある程度は今の特徴を軽減できるな」
「いや、これ可愛さ100倍アップよ……?」
「んなっ!?」
「ありえん可愛いんよ〜!こののんの髪色が銀髪で、目の色も真っ赤だからいい感じにバランス取れてるんよ〜」
なんか本末転倒になってしまった……?
「これは可愛いからアリなんよ〜!脱がしちゃダメだよ、めーちゃん!」
「貴方と意見を合わせたくないけどこれは同意よ、ガッテンだわ!」
「だああっ!変なとこで意気投合しないで!」
「パーカーもぶかぶかで萌えポイント高いんよ!」
「2人ともなんか楽しんでない……?」
ロゼなんか妙に生き生きしているし。
「それはこののんがとてもこののんらしくなったからなんよ〜」
「私、らしい……?私はそんなにらしくなかった?」
「正直前のこののんはちょっと完璧過ぎてたっていうか、出来過ぎてたかな〜。わざとらしいくらい、こののんは人間離れしてたんよ」
「……私今の方が人間離れしてるんだけど」
物理的に、というか肉体的には今の姿は人間より魔族に近い。今血の色を確認しろって言われたら赤色であると断言できないかもしれない。魔族は黒らしいから。
「のんのん!そうじゃないんよー!なんていうか、その、精神的なものがね〜!こののんはまるでお人形のようだった」
「にん、ぎょう」
「作り笑いを浮かべて、表面だけの自分をみんなに見せようとしてた。完璧ではないけどその欠点さえまるで仕組まれた、プログラミングされたかのような」
「……」
ロゼはやはり鋭い。あっさりと私とすくなの築いてきたこれまでの道筋を言い当てた……それも直感でだ。
真面目な表情になったロゼは、私の目を見て、馬車に背を預けてゆっくりと語り出す。
「僕は、今のこののんが好きだな。そりゃ、なんか冷たいというかストイックになったし、容赦なくラッカを殺そうとするほど倫理観は消え失せてるし、喋り方も少し乱暴になったし、刺々しくなったけどさ〜」
「……それが、私、だから」
「そう、それがこののんなんだ。今僕は、ちゃんと『櫛引木葉』という人間と話してるって実感できる。
今のこののんはね、前のこののんが僕にかけてくれた言葉より、重みがあるんだよ。こののんも辛い人生を送ってきたからこそ、同情じゃなくて心から僕のことを分かってくれる。こののんが僕の為に教会と戦ってくれるって啖呵を切ってくれた時、僕とっても嬉しかった」
「……………………………………」
そっと目を逸らしてしまう。私はまだこの期に及んで迷ってるのか?友達の為に、友達を守る為に戦うって決めただろう?何を躊躇っている?何が引っかかって……?
あ……。
ラッカを……殺せなかったことを、なの?
「こののん、人殺しは悪なんだ」
「ぁ、う……」
また、ロゼに心を読まれてしまった。
「今のこののんには保てるだけの理性がある。話しを聞く限りだと、今までこののんが何かの命を奪ってきた時って、理性がなくなってというか、自我が不安定になっていた時だったね」
「……」
「これからもしこののんが誰かと戦うとき、今回のようには行かないかもしれない。次は、本気で命を奪うことをするかもしれない。覚えておいてこののん。僕と来るってことは、そういうことなんだよ」
わかってる。
そう言おうとして、私は口を開けるのをやめた。私の意志は変わらない。ここでロゼを見捨てたら後悔する、あのときもし見捨ててたら確実に後悔していた。
けれど、人を殺すのは話が別だ。あれだけすごい啖呵を切っておいて笑えてくる。
結局私は怖いのだ。
魔王になっても、あのとき、もしも船方荒野を殺していたらなんて考えるとゾッとする。もし、ラッカを殺していたら、今頃私はどんな気持ちでここにいたのだろうか?
「その気持ちは大事だよ、こののん。さ、ご飯食べよっ!」
にへらっと笑ってロゼは誤魔化した。結局また有耶無耶……。でも私は、ロゼに、少なくとも今の私を肯定してもらえたことが少しだけ、嬉しかった。
…
………
………………
リヒテンの街道をまっすぐ東に抜け、そこから少し北に行くと世にも奇妙な異常気象地帯が見えてくる。アルペス山脈に砂漠地帯など本来ありえないが、これが異世界クオリティー。初代魔王:クープランの墓が大陸へと残した爪痕は随分と大きかったらしい。
「あの骸骨マジで粉々にしてやる」
「その骸骨から魔法を受け取らないといけないのを忘れないでほしいわね?」
馬車が進むに連れて、少し乾燥した地域に入っていくが、この辺まではまだ街が栄えている。
ここを進むといよいよボロディン砂漠だった。
「これが……ボロディン砂漠……」
目の前広がるはイメージ通りの砂漠。マジで砂漠。なんか向こうの方にサボテンとか見えるけど、それ以外はもう肌色の世界。そして、
「ら、ラクダだ!!」
「え、なんでそんなに目が輝いているのよ木葉!」
「いや何言ってんの迷路?ラクダ!ラクダだよ?初めて見たんだって!」
「そんな何回も連呼しなくても」
だって本当に初めて見たんだもん。お母さんは一度も動物園に連れて行ってくれなかったし。当然今はどこに行ったか分からないしわかりたくもないお父さんも、親戚の新興宗教にどっぷり浸かったババアは以ての外だし。
「木葉、なんか黒い顔してるわよ……?」
「ごめんちょっと嫌なこと思い出してた。うん、過去のことはどうでもいいな。今を大事に強く生きよう。よし、ラクダを愛でるぞ」
「魔女の宝箱は!?」
「後回しに決まってんじゃん」
「決まってないわよバカ!もたもたしてたら砂漠の日が暮れちゃうわ!そうなったらここ、滅茶苦茶寒いのよ!?」
う、そういえば防寒装備はあまりしっかりしていないんだった。
「じゃ、じゃせめてラクダに馬車を引かせよう」
「それ何車なのよ……」
「ラクダさんって遅いんだよね〜」
「ロゼはなんでラクダに乗ってるのよ!?」
いつのまにかその辺でラクダを捕まえたロゼがラクダに乗っていた。馬車との距離はどんどん遠ざかっていく。正直めっちゃ羨ましい。
「もう!どこから連れてきたのよその子!元の場所に戻してきなさい!」
「うわぁん〜、やだよお母さ〜ん!僕がちゃんと世話するからさ〜」
「誰がお母さんよ!そんな棒読みで私に懇願しない!」
迷路お母さんはなんとかロゼを宥めて、渋々ロゼはラクダを元いた場所に返していた。ってちゃんと所有者いんじゃん……ん?ラクダレース宿舎って?え、レースとかさせてんの?ラクダに?
「うぅ……カラドボルグがぁ……」
「いやその子ハナコって名前だから……さっき宿舎にそう書いてあったから」
「ハァ。地図の通り進むから、2人ともあたりを見ておいて」
フォレスト・カルメンが寄越してくれたボロディン砂漠の地図には途中のやばそうなポイントを避けるだけの十分な情報が記されていた。見れば砂の竜巻とか、砂地獄とかが点在してる地域なんかあったのでこの地図がなかったら流石に死んでたと思う。
てかよく考えたら女の子3人で旅してるんだよね私たち。
「そうなんよ!スキンケアが大事なんよ〜!」
「と思ってリヒテンの温泉街で化粧水とローションを買っておいたわ。王国No. 1の売り上げだそうよ、王女も使ってる最高級だわ」
「あー、それ私も持ってきちゃった」
「え、木葉も買ってたの?」
「いやアンソンを脅した時にちょっとね……」
昨日アンソンを脅して通行手形と一緒にいくつかリヒテンの名産品をいくつか横流しして頂いた。てか王女も使ってんのか。
「王女、ねぇ」
「そういえば木葉は何度かあっているんだったかしら?」
「え!?王女様に会ったの〜?すごーい!」
「王女って、ロゼが殺したがってるエルクドレール8世の王女なんだけど、なんでそんな目がキラキラしてるんだ?」
「ま〜子供に罪はないから〜。それに、王女様ってとっても美しい方らしいんよ〜、可愛い女の子に罪はないんよ〜」
よくわからないけど私のことを見て身悶えしていた王女。多分変人だとは思う。でもその話をしたら迷路とロゼは、
「まさか王女までライバルとは」
「う〜ん、父同様にぶっ殺してやるんよ〜」
と言い始めた。あれれおかしいな、可愛い女の子に罪はないんじゃなかっただろうか?
「てか別に王女様に何かされたわけじゃないし、なんでそうなるんだよ……。それに、ちゃんと会ったことは一度もないしさ」
「いや、こういうのはわかるんよ、また絶対近いうちにこののんの前に現れるんよ。女の勘ってやつなんよ」
「ちょ、それ最終決戦とかじゃないよね?」
王女様が王都の外に出る時ってそうないんじゃなかろうか?
「う〜ん、そうでもないかもしれないんよ。現に妹のレイラ姫様はよく王都の外に出ていると聞くし〜」
「あれ、そういえば妹いたんだっけ。話してないから存在を忘れてたなぁ……」
いたような、いなかったような。もう王都にいた時のことあんまり思い出したくないしな。
「レイラ姫様はちょっと変わっててね〜。側近を数人連れて各地を周遊しているんよ〜。あのゴミ国王も何も言わないし、結構そこんとこ面白い事情がありそうだよね〜」
どちらもそのうち出会いそうなフラグが立ち始めてるぅ。
夕日がまだ出ている時間帯、馬車が止まった。
「ここね」
砂漠の中心部。そこには、
「砂の……壁……」
巨大な巨大な砂嵐が巻き起こり、その竜巻は天高くまで登っていた。ここまで来るのも地図がないと100パー不可能だっただろうが、ここからが最難関だ。
「この中に入るの?どうやって……?」
そう呟いたその瞬間。
「かーっ、カッカッカッカッカ!!カーッカッッカッカッカッカッカ!!!」
少女の声が響き渡った。
「な、なに!?」
「女の子の、声〜?」
その声は、砂嵐の中から聴こえてくるようだった。
「よく辿り着いたな愚民ども。いいやぁ?我らが魔王様の後継者ァ!」
「……お前は、誰だ?」
「まぁ入ってくるがいい愚民!ここまで人間がやって来たのは久しぶりだから、なかなかに嬉しい!歓迎するぞ人間」
声が途切れた瞬間、
砂で出来た手が三つ、砂嵐から飛び出て来た。
「え」
それは瑪瑙で払う間も無く私の体をガッチリと掴んで、
「ちょ、うそうそうそ!嘘でしょ!?」
凄い力で砂嵐へと引きずりこんでいった。
「ようこそ!!!砂の監獄へ!!!かーっカッカッカッカッカ!!かーっカッカッカッカッカカッカッカッカッカカッカッカッカッカ!!!」
ヨーロッパ留学、なかなか新鮮で楽しいです。ご飯がとっても美味しいです。




