2章25話:無理だったのかな……?
感想くれたら嬉しくて泣きます。レビューくれたらもう昇天します
崩壊だった。
リヒテンの美しき街並みは破壊され、辺りには血、血の海。首のない人間は皆一様に何が起きたかわからないと言った状態で硬直し、地に這い蹲る。白磁の星々を象徴する彼らの白の装束は血に濡れ、細々と切り裂かれていた。
兎は笑う。
死体の山の上で高らかに笑う。
「あははははっははははははははははははははははははははハハハハハははははははははははハハハハハはははハハハハハハハハハハははははははは!!!」
その狂気を認めながらも、その側でギルドの冒険者、王国軍の騎士達は残党狩りを続けていた。
「ロゼ・フルガウドを発見するまでひたすらに白磁の星々の連中を晒し続けろ!首を刎ね、体は焼き、見せしめにしてやれぇ!」
1日前、リヒテンに潜伏していた白磁の星々の拠点である古びた教会跡が包囲された。メンバーはそれぞれ地下通路を使って街中に散開して脱出を図り、それを察知したラッカは直ぐに軍を使って街中で戦闘が行われた。その結果が、これである。
「くそっ、俺たちを殺せれば街の連中はどうなったって構わないのかよ!!」
「おい、前ェ!!」
「あ!?なぁ!?がああああああああっ!!」
白いローブに身を包んだ屈強な男を、掴み捻り潰すオーグ。ラッカのコントロール下にあるこれらの魔獣が街中に放たれ、瞬く間に被害は拡大していった。
「なに……これ……」
街に到着したロゼはこの無残なリヒテンの姿に驚愕する。ローブを脱いだ白磁の連中を見分ける手段などないため、軍はリヒテン市内を外出している人々を片っ端から攻撃するという最悪の手段に出ていた。
「きゃああああっ!!」
「お母さん!おかあさあああん!!」
「くっ、ハァアアアッ!!」
オーグに襲撃されている親子を救うために、ナイフを投擲し、オーグの頭を潰す。
「あ、ありが、とう、ございますっ!」
「いいから!早く屋内に避難して!」
(仮にも中立都市を謳うこの都市でなんでこんな大規模な攻撃を!?ここの主幹は何してるのさ〜!)
先日のテロリスト襲撃の件でリヒテンの主幹は死亡し、現在リヒテンの首脳部はトップのいないバラバラの集団と化している。無論トップ以下の権限が強いからこそ中立都市を保ってきたのだが、権力分散による指揮系統の分立が内部での騒動の鎮圧の遅れを招いていた。
「くっ、反応しない!これは……十中八九やられたかなぁ」
仲間との連絡用のブレスレットは既に機能せず、幹部級の連中は悉く掃討されてしまった。残るは指揮系統を失った哀れな下っ端達である。
「狙いはどう考えても僕かなぁ、これは一等司祭を倒さないと攻撃がやまない感じだよね〜」
そう呟くと、ロゼは覚悟を決めたように中央広間に向かって走り出した。
(別に白磁の星々も、街の人も見捨てて逃げればいいのに……なんでこんな……馬鹿だなぁ僕)
ロゼ自身きっと見捨てられないのはわかっていたし、ここで異端審問官とは戦わなくてはならないのはもうわかっていたけど、そう思わざるを得ない。無茶をするものだと、苦笑する。
(きっと、死ぬよ僕?未練ないの?)
そう問いかけるが、生憎木葉と違ってロゼは二重人格ではない。答えは出ない。それでもロゼは走り続けた。
(こののん、めーちゃん。もっと話したかったなぁ……)
…
………
………………
「あー、やーっと来たっすね!!」
目の前に積み重ねられた死体の山に上に、ローブを被った異端審問官らしき姿が見えた。いやそんなことは二の次だ。ロゼは、この声に聞き覚えがあった。
「待ちくたびれて数人街の女の子とヤっちゃったっすよ〜。次は君が相手してくれるすか?ロゼ・フルガウド」
「……お、まえ……里の襲撃の時の……」
「あぁ、お久しぶりっすねぇ……っていってもあては君のことは見てないんすけどねぇ……会ったのは、君のお友達だけっすよ〜」
「_______ッ!?僕の大切な友達は!?」
「あぁ、
あての玩具にしたっすよ。心がぶっ壊れた今でも可愛がってあげてるっぴょん♪」
それを聞いた瞬間、ロゼは火雷槌を異端審問官の首元に突きつける。が、横からそれを阻むものがいた。その顔を見て、さらに驚愕する。
「な!?でぃら!?ディラ……がなんで……!?」
「アハァ♡感動の再会って奴っすねぇ!」
黒色の髪の少女は左右のおさげを揺らしながら、サーベルを奮ってロゼを打ち返す。その目は、濁りきっていて何も見えていないようにみえた。
「ディラ!!僕がわからないの!?ロゼだよ!ロゼ・フルガウ……ぐぁっ!!」
「無駄っすよロゼ・フルガウド。これはただの器で、もう魂はソウルイーターに食わせたっすから。こいつはただ、魂のない人形に過ぎないっす♪」
後退してすぐ、ウィップで攻撃を浴びせかける異端審問官。小さな刃物が埋め込まれた黒い鞭が火雷槌にあたり火花が散った。
「あての名前は異端審問官ラッカ・ティリエ・ル・チェリーネ一等司祭。長いんでラッカでいいっす♪君のお友達は2人ともこんな感じにしてあるっすから、君でコンプリートっすよー!」
「ああああああああああああああああ!!!」
かつての友人への仕打ちに激怒したロゼが火雷槌の第2形態の効果である柄のない刃物を浮遊させ、構える。再び突撃しディラを避けてラッカに《感電》を付与した槍の先端を突き刺そうとする。しかし……ラッカは鞭を上手に引き戻し、防御形状に変化させて火雷槌を防いでいた。
「くっ!!《感電》!」
「無駄っす。《絶縁体効果付与》!」
「電気が、通らない!?その鞭の特性!?」
(耐久値の高い鞭ってこと?それなら)
「《ノイズキャンセル》ッ!そして、《感電》!」
ラッカの鞭に通っている魔力の回路にノイズを発生させて術式を狂わせる。これで電気が、
「通らない!?」
「だから、無駄っすよ。ノイズを消したっす」
「そんなことがっ!?」
(距離をとって、遠距離から攻撃を……!)
鞭の長さは精々7メートルくらいで、距離さえ取ればその攻撃範囲には入らない。だがそれさえラッカは予想外の力で攻撃してきた。
「甘いっすよ」
次の瞬間、鞭の長さが変化し、ロゼに凄まじい速度で鞭が接近していた。
「嘘!?ぐっ!」
ホノイカヅチをうまく使っていなすも、鞭が地面にリバウンドし、土煙が上がる。
「けほっ、けほっ……形状が変化した……?」
「そうっす。それこそがこの術具:【願いの五線譜】の力っす。本来の戦闘力はホノイカヅチに全く届かずとも、使用者の願望に応じて適切に変化するウィップは、『願い』を増幅させる願望スキルを持つあてにとって最高の相性っすよ!それこそ火雷槌を凌ぐ潜在能力を持ってるっす!」
「最悪の相性だね〜……ぐっ」
ラッカの鞭が伸び縮みしつつロゼを襲う。槍を回転させて攻撃を防ぎ続けるも、そこの隙を突いてディラがサーベルでの突きを行う。そしてロゼは未だにディラを攻撃することを躊躇っていた。
(ラッカ本体自体は対処できないレベルじゃない。でもッ!!)
「くっ!ディラ!」
「………………」
突然視界が空に切り替わる。ディラに足を蹴られ、体勢を崩してしまったのだ。ラッカの人形は人間の時だったものの元の能力もある程度を引き継いでいる。それはディラが強者だったことに他ならない。
「あてのコレクションの中でもかなり強い一品っすよ!君も、このコレクションの上位に食い込むような一品になれるっすっよッ!」
「ぐぁっ!」
体勢を崩す前に火雷槌を地に着き、後退するロゼにウィップが襲いかかる。
(今の魔力量じゃ、《武甕雷》は使えない。暗闇さんがダメージを抑えているけどそれももう限界だよっ……)
真下をみて、暗闇さんの様子を伺う。その耐久値にも限界が来ている。無論先のロードシリーズからの連戦が原因だ。
「ごめんね、暗闇さん……僕は貴方に、何も返せていない、ね……」
暗闇さんはボロボロになり、息を荒げて頬から伝う血を拭うロゼを無言で見ていた。
その時、ラッカの後ろからロゼに向かって声をかけたものがいた。
「ロゼッ!やめて!抵抗しなければラッカ様は貴方を殺さない!」
灰色の髪をおかっぱに切りそろえ、メイド服を纏った少女を直視するが、ロゼには生憎見覚えがない。
「うるさいッ!誰だかわからないけど、僕を気安く呼ぶなッ!」
「________ッ!わ、私!私は、ハレイッ!貴方の親友!!ハレイ・ヴィートルート!信じて!」
「うるさい黙って!ハレイはお前みたいな姿じゃないッ!!僕の親友の名前を語るなッ!!」
「______ッ!ロゼ!信じて!私は!」
「うるさいッ!!!」
ロゼが大きく叫ぶと、気圧されたようにメイド服の女は黙り込んだ。
(駄目だ……このままペースを崩されると本当にやばい。負けられない、負けるわけにはいかない)
「もう終わりっすか?ロゼ・フルガウド」
「まだ、やれる。僕がこの国を変えるんだ。こんな異端審問官如きに、僕の里を、友達を奪ったこんな奴に負けるわけにはッ!」
ロゼは暗闇さんの魔力量を使用し最大限の魔力貯めの時間に移る。空間が歪み始め、ラッカでさえもその視界の狂いに身体をふらつかせ始めた。
「なッ!?な、なんすかこれ……ぐっ、視界が……」
「うあああっ、気持ち悪りぃ!」
「なんだァこれ!」
ロゼを包囲し、戦闘の成り行きを見守っていた他の異端審問官や現地の騎士やギルドの冒険者たちの視界が一斉にぐらつく。
「ああああああぁああああああああああッ!!!」
(無理な魔力徴収!《波長合成》を無理やり使用して魔力を最大限に高めるッ!!!)
先端の黒い球体の先が点滅し、黒く大きな槍先が作られ、さらにその先端は分裂し、数十枚の柄のない黒の槍先が出現した。先の木葉との戦いで放ったロゼの必殺の一撃である。
「これで死ねッ!!!異端審問官ラッカァあああああああああああああああッ!!!」
「武甕雷ッ!!!」
ロゼが鬼の形相で火雷槌を構えて魔力放出を行おうとしたまさにその瞬間、
ラッカはニヤリと笑って鞭から何かを手繰り寄せてきた。
それが、泣きながら震える、小さな女の子だと気づいたのは、武甕雷を放つ直前だった。
「ぁ…………………………………………」
桃色の魔力が大量に放出され、リヒテンの中央広場を焼き払った。地面には電流が走り、包囲していた冒険者や騎士たちはその動きを一斉に止めて失神。また、魔力放出の先にいた異端審問官たちは膨大な魔力に飲み込まれ、消滅していった。
が、ラッカには届かない。
「ぁぁああ……」
全ての魔力を使いきり、放心状態で立ち尽くすロゼ。苦痛に歪んだ小さな女の子は目の前の惨状に口をパクパクとさせながらただひたすらに震えていた。
「甘いっすね、やっぱ」
ラッカは放心するロゼの首めがけてウィップを奮った。
(あ…………………僕、死んだ…………………)
なんて考える間も無く、ロゼの首が宙を舞う。
予定であった。
ロゼの首もとに鞭が到達した時、結界が発動し、バチッという音を立てて鞭が弾かれる。
「______ッ!?確かに致命傷のはず……あぁ、そういうことっすか」
「…………………………ぁ、くら、やみ、さん」
結界が破壊されたと同時に、背後にいた暗闇さんの存在が消えていっている最中であった。
「ぁ、あぁああ、やだ、やだよ、やだあぁあ……暗闇さん、やだよぉおお……ああああああああああ」
黒い蛇のような悪魔が目を瞑ったままゆっくりと消えていく。それを必死にロゼが掬い上げようとするが、黒い砂が手からこぼれ落ちていった。
ロゼの致命傷を身をもって防ぐ、完全防御装置の役割を果たした暗闇さんは最後まで無生物らしく反応なく消滅していったが、完全に消滅する直前……ロゼの耳には信じられない声が飛び込んできた。
「い き て ロ ゼ」
「………………へ?お、かぁ、さん……?」
涙を流し続けるロゼに、確かに飛び込んできた声。その声は、彼女が生まれてすぐに亡くなったというロゼの母親の声だった。脳裏に残った、彼女の幼い頃の記憶にある母親の優しい声だった。
「ぁああぁ……」
そして思い出す。母が居なくなって、そして暗闇さんが現れたことを。ずっとずっと、暗闇さんが守っていてくれたことを。ロゼは、全く1人ではなかったことに、今やっと気づいた。
「な、んで……?じゃぁ、ずっと僕を……?」
「こんなガキが代償なく中級悪魔を使役できるわけがない。ってことは、話は簡単っす。お前の母が己の寿命と体の形態を代償に、自らの魂を悪魔に売り渡して自らが悪魔と化す、そんな契約をしたんすよ。願いは、自分の死後の娘の保護ってところっすかね。
まぁ、その願いも今ここで無に帰すわけっすけど♪」
「そ、んな…………おか、あさん……おかあさん、おかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんッ!!」
「あー、聞いてないっすか。しっかし、その絶望顔……堪んないっすねぇ〜!美少女の絶望顔でご飯50杯はいけちゃうっす!」
目が濁り、壊れたように「おかあさん」と口にするロゼはもう明らかに戦意喪失していた。ラッカはそんなロゼから火雷槌を取り上げると、その顎を持ち上げて顔を覗き込む。
「火雷槌確保っとぉ。ふぅう〜!見ればみるほど美少女っすね〜。食べたくなっちゃうっす!」
ロゼの顔を舌で舐めるラッカ。しかしロゼは反応しない。幼い頃からずっと付き添ってくれた暗闇さんを失い、それが母の分身であったことのショックが、彼女の心を崩壊に向かわせていた。
「ぁ、あああああああ!こ、ろ、す」
「ん〜?何いってるかわからないっす〜。さて、その美味しそうな身体を堪能してから、息の根を止めてお人形さんにしてあげるっすよ。あっははははははははははははははははははははははははははははッ!!!」
意識が薄れていく。魔力切れを起こしたらしく、体が全く動かない。魔力を最後の最後まで使い切ってしまい、もはやロゼに抵抗する手段は残っていない。
「そんな!助けてくれるって約束じゃ!」
「五華氏族の末裔を助けるわけないじゃないっすか〜!あっはははは!!大丈夫っすよ、ちゃんと息の根を止めた後は、この体に術をかけて魂のないお人形さんとして、運用してあげるっす!
お友達3人揃ったっすよ?ハレイちゃん」
「ぁ、ぁああ……」
(何か喋ってるけど、もう聞こえないや。暗闇さんに、本当に何も返せなかった。めーちゃんやこののんにも。ハレイ、ディラ……2人にも何もしてあげられなかった、助けられなかった。僕には、何もかもが足りなくて、天才なんかじゃなくて……)
「さ、よ、な、ら、ロゼちゃん♪」
ラッカは鞭を首元めがけて大きく振るった。
(僕が国を変えるなんて……何も守れない僕が、国を守ろうだなんて……大それたことやっぱり……)
「無理だったのかな……?」
「諦めるのはまだ早いよ、ロゼ」
「……………………………………え?」
「な、お前ッ!?」
金属音がロゼの目を覚ます。刀と鞭がぶつかり合い、ロゼの前に銀髪の少女が立っていた。その背中は少し前に見た時よりも何故か大きく、頼もしく、強そうに映った。
「こ、ののん……なんで……?」
あまりにも以前と違った少女の雰囲気に気圧されるロゼ。そんなロゼを守るようにしてラッカの前に立ちふさがる少女は、とても冷たい目をラッカに向けている。
魔王:櫛引木葉の本当の姿が、そこにはあった。
ここから、ようやく 豹変する主人公のタグが意味を成してきます笑




