2章24話:さよなら、過去の私
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「そ、そうだ!日本人だ!なぁ、お前もそうなのか!?転移者だろ!?神聖王国に連れてこられた!」
(何を言っているんだ……こいつは。私達の前にも、異世界転移させられてきた人が居た……?)
「伝説の勇者だとか祭り上げられて!あの頭のおかしい王宮に強制的に戦わさせられて!」
(居ても、おかしくはない。むしろ私達だけ転移してきたなんて思ってた方がどうかしてる。そりゃ過去には居たんだろうけど、まさか、私と重なる時期に転移者がいたなんて考えたこともなかった……)
「貴方、名前は?」
「セント!金山千都ッ!な、なぁ、僕を助けてくれよ!見つかったら絶対殺される!だから憲兵やギルドに引き渡すのだけはやめてくれ!!!上は絶対僕ら『15期生』の口を封じたがってる!!」
「15期生……?全部詳しく話して!」
木葉にとって、全く聞き捨てならない内容が飛び出してくる。シャネルの指を凍結して止血したのち、彼を拘束した。そうこうしているうちにロゼも戻ってきていた。
「こののんが切り捨てていった人たちと、暴行されてた女の人たちの治療は終わったよ〜。も〜、躊躇なく切りつけちゃうからびっくりしたんよこののん〜」
「ごめんね、ありがとうロゼちゃん」
「……何か、あったの?」
「ううん。取り敢えずこいつと話がしたいの」
(怒る気持ちはまだある。というか消えないよそんなの。見ず知らずだけど、人が平然と辱められて殺されかけるところをみて頭に血が上った。
でもこいつは……日本人だ……しかも私たちと同じ境遇の。神聖王国は、魔王を倒すために前にも勇者を召喚していた……?そして、もしかしたら、『これからも』召喚する……?)
「貴方達はいつ召喚されたの?」
「6年前。私立:野薔薇高校の学生と教師の40人でだよ。魔王を倒して世界を救うために召喚されたって言ってた。今思えばその時はまだ魔王なんて復活してなかったのに……僕たちは訓練させられていた」
「なんで」
「決まってるッ!ただ僕たちを戦力にするためだ!生贄だったんだよ!きっと次の転移者、もしくはまたその次の転移者の戦力の糧にするためだけに僕たちは召喚された!」
「いけ、にえ」
反芻する木葉に構わず、シャネルはさらにまくし立てた。
「僕らのことを15期生って言ってた……他にもいたんだよ!僕らは……まず最初にクラスを仕切ってた『アイヅ』って奴が『悪魔召喚』の儀式の生贄に使われた!血が必要だのなんだの言って『バンダイ』さんも斬り伏せられたッ!あとは芋づる式だった。クラスメイトで殺し合いさせられて、僕も何人か殺った。あはは、あれは、結構楽しかったナァ」
おぞましい内容の話が語られる。勇者召喚後の彼らの悲惨な末路……そして、歪んでしまったセントの体験談。
(クラスメイトで殺し合い……私も……このままだと……)
俯く木葉。そして、それをみてロゼは複雑そうな顔をした。木葉の話は前から聞いていたから、彼女の今後の身の振り方の問題もわかっている。故に、ロゼは前からいざという時のことを決めていた。
「あの感覚が忘れられなくてナァ、そこからいろんな奴を殺してこの洞窟に住み着いたァ、アイツら元気かなァ」
「もういい」
だいたい理解した。というか最後の方はどうでもいい。
「さて、これどうしようかな」
「ギルドに引き渡して金もらってさっさと戻りましょう?そろそろこの視界が暗い状態ともおさらばしたいわ」
「ま、待て待て待て!やめて、僕死んじゃうッ!」
「知らないし。とはいえ王国に引き渡してアイツらがいい思いするのもなんか嫌だしな」
「……木葉、貴方そんな性格だったかしら?」
「へ?あ、あははは。まぁ、兎に角上に戻ろっか。そろそろ潜ってから一日くらい経ちそうだし」
「やめてくれよ!それに、今頃リヒテンの街は……」
「?」
と、その時、ロゼとティザが同時に反応した。ティザは誰かと通信していて、ロゼはブレスレットを眺めて目を見開いていた。
「な!?は、はい、すぐ戻ります!」
「……う、そでしょ?」
一気に雲行きが怪しくなってきたなぁとか思ってたらロゼが駆け出した。慌てて腕をつかもうとするも、振りほどかれてしまう。
「ちょ、ちょっとロゼちゃん!?」
「ごめんこののん!僕行かなきゃッ!」
「どこに!?わ、私も!」
「王国と戦う決意は僕の決意であって、こののんの決意じゃないッ!」
「え?」
ロゼが悔しそうに言う。そんなロゼに怯み、木葉は手を伸ばすも何も言えないでいた。
「ずっと考えてた。こののんやめーちゃんに出会えたのはすごく良かった。本当の友達ができたし、みんなでみた景色は今までで一番綺麗だった。まだまだ話したいこともやりたいこともいっぱいあるよ」
「いきなり何を……ろ、ロゼちゃん!!」
…
…………
……………………
(ずっと、これでいいのか考えてた。ここ最近のこののんはどこか様子がおかしかったし、多分何かを思い出そうとしてる。こののんにも、もちろんめーちゃんにも大事なことがあって、彼女たちは僕を強くするために付いてきてくれてる。)
暗がりの中、カンテラの光を頼りにひたすら前に走り続けるロゼ。彼女の中には、ずっと木葉と戦って話してから嬉しさと、そして罪悪感が残っていた。
(2人をこんなことには巻き込めない。僕は、絶対に成し遂げなきゃいけないことがある。立ち向かわなきゃいけないことがある。そのためには、こののん達と……)
上に向かって駆け出すロゼを追いかける木葉。
(いきなりどうしちゃったの!?私には、決意がないって……でもそんなの……)
あと数歩と言うところまで追いついたところで、ロゼが振り返った。
「ろ、ロゼちゃん、あのね、話を」
「さっきのこののんを見て思った。このまま僕と来たら、こののんまでなし崩し的に神聖王国と戦う羽目になる。さっきの奴が言ってたみたいにこののんの昔の友達と戦うことになるッ!!それでいいの!?」
「そ、れは……」
少し目をそらして、ロゼは続けた。
「リヒテンに異端審問官が来た」
「______なッ!?」
「狙いはきっと僕か、ヴィラフィリア兄妹。今僕の仲間が襲われてる。僕はこれから、神聖王国・教会と戦う。僕にはその決意も理由もある。でも、こののんにはそれがない!」
「理由ならっ!理由なら私は、ロゼちゃんを助けた……」
「助けたいなんて理由で自分を犠牲にするのはやめてよッ!」
ビクッと木葉が後ずさる。ロゼの気迫はそれほどまでに凄みがあった。
「ここに来て、ずっと思ってた。こののんは、自分を大切にしなさすぎだ。過去に何があったのかは知らないし、これは僕だって言えたことじゃない。でも、でもさ!こののんは普通の女の子だったんだ!僕なんかのために、友達と殺し合いなんてさせたくないッ!」
「わ、私は……」
なにも言い返せない木葉を尻目にロゼは踵を返し、再び走り出した。最後に一言、
「またね」
と言い残して。
…
…………
…………………
突然のことに呆然と立ち尽くす木葉に迷路が追いついてきた。
「木葉、不味いわよ……リヒテンが……」
「へ……?」
「リヒテンが破壊されてる。一等司祭の異端審問官がリヒテンに手当たり次第軍隊を使ってテロリスト認定したやつを炙り出して処刑してるわ。私たちも早く逃げないと……」
「ま、まって、ロゼちゃんが!」
「……木葉、貴方には神聖王国と戦う理由がない。それに戦いの先には貴方の友達との戦いがある。覚悟があるロゼを止めることは、私には出来ないわ」
「そ、んな……」
迷路にとって最優先は木葉と自分であるから、この発言は暗に自己保身に走るべきだということを示している。それに異端審問官がどれほどのものかわからないが、理由もなしに神聖王国や教会といった強大な勢力と戦うということのリスクは計り知れない。
「君」
ティザが木葉に話しかけてきた。そこにはライカや今回助けた女性たちがいた。
「本当に助かったよ。この外道についてはあとは私達に任せて欲しい。それと、洞窟外での非礼を詫びる。すまなかった!」
「……別に。それより、貴方たちはこれからどうするの?今リヒテンが結構やばいと思うんだけど」
「アタシらも直ぐ町のみんなを助けに向かう。異端審問官の強行主義にはウンザリしてるが、テロリスト共の一掃はリヒテンにとってプラスではあるからね。きっと飛竜の鉤爪を大動員して大規模な掃討戦になるわ!私たちも行かないと!」
「それで、ですね……えっとその、私の王子様!貴方にも来て欲しいというか……その……」
ライカがモジモジと恥ずかしがりながら木葉に協力を持ちかけてきた。けれど生憎、木葉にはそちらに協力する理由もない。
「お断りします。私には、戦う理由がない……から……」
その回答を聞いて、女豹のメンバーたちは肩を落とす。今回の木葉の鬼神の如き活躍を間近で見てきた彼女たちからすれば、木葉はさぞ正義の味方に映っただろう。暴走しなかった木葉の今回の行いはたしかに正義の味方そのもので、実際自分たちを虐げていた大罪人を見事に捕縛することに成功した。
「このままだと街のみんなが被害に巻き込まれるんだ!君が来てくれたら多分みんなを助けられる!それに、あまりこう言いたくはないけど、君たちだって怪しいことに変わりはないんだ。疑いを晴らすためにも同行して頂きたい」
「私たちはアンソンさんから仕事依頼を受けてるんだけど?」
「そのアンソンさんからの連絡だよ。五華氏族:ロゼ・フルガウドと協力していた疑いが君たちにある。時計台での魔術戦があった痕跡から辿って君たちを泳がせていたそうだ」
「……………………」
やってくれたな、と思う。最後に会った時にその痕跡を掴めていたかは定かではないが、これでギルド会館に戻ることも出来なくなった。速やかにこの街から脱出しなくてはならない。
「今、アタシたちに協力してくれればその疑いは晴れるんだ。それにアタシは君たちが結構好きなんだ。敵対なんてしたくない」
「わた、私もだいしゅきです!王子様っ!ですから、一緒に!」
(今、私がすべきことは何だろう……)
自分の心の奥深くに意識を集中させ、木葉は外界の音を隔離した。
(このままだと、ロゼちゃんは多分死ぬ。捕まって、酷い目にあってから惨たらしい死を迎える。でもそれを私が阻止すれば、私はいつかみんなと殺し合いをしなくてはならなくなる)
状況を整理し、やるべきことを模索する。
(どうしたらいい?どうしたら。何が正解で何が不正解なの……?私にはそれがわからない、わからないんだ……)
「正解を選ぶ必要はどこにもない」
すくなの声が頭に響く。そこは再びあの鉛色の空と草原の風景へと変化していた。
「こ、ここは……なんでまた……」
「ここはそういうところだから。このはが迷った時、すくなはこのはに幾つかの選択肢を提示するし、それを選択する時間を与えられる」
すくなが相変わらずの無表情で、歩み寄ってくる。
「ロゼの言い分は正しいよ。きっと彼女は同情とかいう気持ちで手助けしてくれるなんてこと望んでない。本気で自分を助けたいと思うなら、このはにも反乱側に落ちて欲しいと思ってる。そんなことして欲しくないからついてきて欲しくないんだろうね」
「でも、それじゃ……見捨てろっていうの……?」
「このは、このははどうしたい?」
「助けたいに決まってる」
即答だった。すくなが大事なことを木葉に問う時はいつも即答だ。すくなの表情が少し柔らかくなった。
「このはは、もっと以前のようにエゴイストであるべきだ。自分に忠実であるべきだ。そうありたい、自分自身で理性とか損得とかそういう面倒なもの関係なくやりたいと確信した時、このはは『木葉』自身を取り戻す。そのための感情は既に返還してある」
「自分の、やりたいこと……?」
「ロゼに『友達になりたい』と言ったあの言葉は嘘じゃないでしょ?このははもう、自分を押し殺して生きてきたこのはじゃないんだ」
思い出されるのは小学校の頃の自分。全てを笑顔で押し殺し、自分を偽ってきた木葉。
それをすくなに丸投げし、挙句に失敗して結局すくなに頼って記憶をロックした自分。
みんなを騙して、笑顔を浮かべ続けた高校生の自分。
「大事なのは『今』どうしたいかだ。未来のことに縛られて本当に大事なものを見失わないで、このは」
躊躇ってきた。
ずっと躊躇ってきた。
過去の自分を否定するようで、前に進むのを躊躇ってきた。
けど、
過去の木葉たちの記憶のプリズムが目の前でキラキラと光る。私は……そんなもの……。
「要らないッ!!!」
プリズムを瑪瑙で粉々に砕く。
前に進めなかった自分。
逃げ続けてきた自分。
偽り続けてきた自分。
誤魔化し続けてきた自分。
とても弱かった自分。
すくなに押し付け続けてきたそんな自分を全部事実だと受け止めて、その上で木葉は要らないと切り捨てる。
その瞬間、首に下げていたロザリオが光り始めた。
「な、なに!?」
「このは!?」
「ぁ、ああああぁあぁ!」
木葉の眼に映し出される膨大な量の数値。物凄い速度で行われる計算と、処理の最後に=に続いて
= Are you Ready?
と表示された。
口角を上げ、不敵に笑う。準備はできた。
(先のことはわからない。多分、私はクラスのみんなと敵対する。誰かを傷つける。それでも、そんな先のことに縛られて、私が今本当に助けたい存在を見捨てるなんて嫌だし、絶対後悔する。だから、)
それから、振り返って、砕け散ったプリズムを見て木葉は言った。
「さよなら、過去の私」
洞窟内に真っ白な光が広がった。




