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2章23話:シャネル

「……あ、ぇ?」

「さわるな」


 驚くほど冷たい声で、木葉はそう言い放った。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」


(もう、決めた)


 目の前の男の大絶叫を気にせず、返り血を拭って、木葉は前を向く。


(私は、櫛引木葉はこれからきっととても酷い、人として最低なことをする)


 抜いた瑪瑙を握ったまま、半歩先に足を出す。


(でもそれは、私が、私自身が自分を偽らず、それが正しいと信じたことだから)


 クラスのみんなの顔、お母さんお父さんの顔、これまで良くしてくれたみんなの顔が浮かぶ。そして過去と決別するかのように、瑪瑙を振るいそれらを断ち切った。


(ずっと考えてた。こんなことする私はきっと、みんなには望まれない。みんなはきっと優しい私を望んでる)


 過去の木葉がまぶたの裏に映り、『今』の私の手を引こうとする。木葉はその手を振り払い、まだ歩く。


(でも、もういいよ)


 過去の木葉は一瞬悲しそうな顔で私を見ていたけど、そのあとすぐ心からの笑みを浮かべた。


(頑張って!)


 そんな私を見て、私は肩をすくめた。そして、


「ありがとう」


 とだけ言った。



………


…………………


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもォオォォォッ!!!」


 先程木葉たちが聞いた絶叫の主、茶髪の女性が鬼の形相で地を蹴り、凄まじい速度で持ち前の大斧を振りかざした。

 しかし大きな刃は空を切ることとなる。


「あははははっ!!おいこんなもんかよ蒼月(そうげつ)級ッ!!お前ごときが紫月(しげつ)の僕に勝てるわけない、だろうがぁっ!」


 大斧を躱し、赤い髪の男は指先をこすってパチンという音を鳴らした。すると一直線に女性に向かって地面がえぐれていき、キラリと何かが光る。それは女性の肌の表面を裂き、女性の顔からたらりと血が滴れ落ちた。


「くっ!外道シャネルの不可視の斬撃…どこからともなく出現し襲いかかってくる刃物か!厄介だなチクショウ!」


 女性の名は【女豹】というチームを率いる蒼月級冒険者:ティザ。そして彼女のまわりには装備もボロボロに引き裂かれた仲間たちが控えていた。


「シャネルッ!貴様よくも私の仲間に悍ましいことをしてくれたなッ!その罪、その命を持って贖わせてやるっ!」


 大斧型の上級術具:ライトアックスを赤髪の男:シャネルに向け、怒りを露わにして吐き捨てる。シャネルはハァとため息を吐くと、指を鳴らした。すると周囲に待機していた女性冒険者たちの装備がズタズタに引き裂かれ、彼女らは素肌を晒すこととなってしまった。


「なっ!きゃあああっ!」

「あぁ、眼福眼福。いいよね、こういうの、ロマンっていうのかな?服だけ脱げる演出って超えっち(笑)」

「きっさまぁあああああああ!!」


 ニヤニヤと笑うシャネルに斬りかかるも、何故か刃は直前になって届かず、力一杯に押し続けるもティザの攻撃は完全に止まってしまった。


「な、んで……ぐうぅあああ」

「ムダだよ。君の攻撃は単調すぎる。だから蒼月なんだ」

「なんだと、ガハッ」


 シャネルに鳩尾を蹴られ、後ろに吹き飛ぶティザ。そのまま嘔吐し涙目のまま地面にひれ伏した。


「カハッ、ゲホゲホッ」

「いいねぇ、自信満々な女の人が涙目で倒れてんの、控えめに言ってエッチすぎでしょ!」

「アガッ!」


 さらに転がったティザを蹴り飛ばすシャネル。助けに入ろうとした女性たちにも指を鳴らして切り込みを入れていく。誰もシャネルを止めることはできなかった。


「君さ、あれでしょ?ギルド管理者アンソンの秘書に別のやつが指名されて焦ったんでしょ?ほんとはこんなはずじゃなかった、私が選ばれる筈だった、手柄立てれば認めてもらえるかも……ってとこかなぁ?可愛いなぁ!はっはは」


 シャネルの言葉にドキッとするティザ。何故そのことを知っているのだろう。それは彼女にとって苦い感情で、仲間である女豹のメンバーしか知らないはずで。


「ああ、拷問して全部聞いたよ。うん、あの子良かったなぁ。すごいおっぱいデカくてさ、触り心地最高だったなぁ」


 頭に血が上っていくのがわかった。こいつは、この屑は本物のゴミクズだと改めて確認できた。こいつの情報は嫌という程ギルドを通して聞いている。



 王都の同胞殺しの外道:シャネル。



「お前の、自分の仲間殺しといて平気な顔してるやつがどんな奴かと思えば、こんなガキが…ガッ!」

「粋がんなよおばさん。僕の故郷にもいたよーそういうの。年齢に任せて下のやつ見下す老害、もっと僕を認めてれば土下座して娼館に売り飛ばすくらいで済ませてやろうと思ったのに……ま、いっか」


 シャネルは近くに落ちていたライトアックスを拾い上げると染色魔法で銀色の斧を黒に染め上げていった。これは無論ティザにとって、かなり屈辱的なことである。


「きっ、さま」

「わぁ、いい色。僕やっぱ黒好きだなぁ。やっぱ主人公ってのは黒が似合う奴がいいんだよな。それなのにアイヅの奴、金色の鎧とかまじ笑うんだけど。なんでバンダイさんやフタバさんは、あんな奴の事が好きだったんだろ。ま、どーでもいいかアイツら死んだし」

「何を訳のわからないことを!」

「そりゃ分かるわけないよー。まぁ要するに僕こそ主人公に相応しいってことだよ、あっははははは!」


 ライトアックスを振り下ろし、ティザの右脚の骨を砕く。あまりの激痛にティザは呻き声を上げたが、そんなの御構い無しにシャネルは高笑いした。


「さて、僕のヒロインたちも待ちくたびれてるだろうし、そろそろ殺っちゃうかぁー!まぁ、安定の雑魚さだったな。あの世で君の仲間たちによろぴくー!」

「か、ヒューヒュー、こ、ろす……」

「無理だよ。だって、」


 シャネルはその歪んだ顔をティザに近づけて嗤う。


「僕が狩る側だよ女豹。君は所詮エサに過ぎないんだ」

「ぐ、ぐううぅああああ」

「バイバイ、雑魚おばさん」


 ライトアックスが振り下ろされる瞬間までティザは見ていた。ずっとアンソンに認めて欲しくて闘ってきたのに、最後は彼の目の届かないところで死ぬのだ。


(死ぬなら、アンソン様のお側で死にたかった。こんな、こんなところで…)





「……しにたく、な」





「死にたくないよね、誰だって」





「え?」





 黒い斧の先に、美しい刀が光る。


「なっ、お前、誰だっ!ウガァッ!」

「お前の敵だよ、外道」


 木葉は瑪瑙(めのう)を滑り込ませるように振るい、ライトアックスを薙ぎ払った。ライトアックスを失ったシャネルは後ろに大きく飛んで身構える。がしかし、木葉の方が数手早い。


「なっ!?」

「それ、糸だね。糸を束ねて盾をつくって、糸を滑らせて人体を切断する。そのまんまの翠月級相手だったら多分通用しただろうけど」


 刀身が赤く変化したかと思うと、赤い刀がそのまま陽炎のごとく揺らめく焔を生み出した。


「燃えて」

「う、うわぁあああ!」


 木葉の呟きとともに火力が増し、顔が爛れるような熱さに思わずシャネルは後退する。だが糸を伝って火は瞬く間に広がっていき、フロア内に張り巡らされていた糸は全て灰燼と帰していった。


「き、きみは」

「ティザしゃまーー!」


 状況が理解できていないティザの元に、三つ編みの少女が駆け寄る。先程木葉に助けてもらった少女だった。


「ら、ライカ!?無事だったのか!!」

「はい!ティザしゃま!!この人が、その、助けてくれて」


 ティザは尻餅をついたまま目の前の少女を見上げる。

 木葉はそんなティザを一瞥したあと、無表情で瑪瑙を握り、容赦なく、


「攻撃魔法:《燕火》」


 魔法を放った。


「あああああっ!!熱いっ!!なんでこんなことするんだ!!あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 炎がシャネルに直撃し、瞬く間に身体中に火がまわった。


「立てる?」


 木葉に手を伸ばされ、唖然としながらもティザは木葉の手を取った。何故かライカと呼ばれた少女も。


「お、おいライカ!なんでお前まで掴んでるんだ……?」

「嗚呼、こんなカッコいいお方がこの世の中に存在するとはおもわなかったでしゅ……」


 目がハートマーク……。


「よだれ、垂れてる」

「あっ、へい」


 よだれをふく少女ライカ。依然としてハートマークから目が戻らない、この現象何?


「先にこっちをなんとかしないとだよね」


 火だるまになって踊り狂っているシャネルだったが、なんとか必死に消火魔法を使用して全身の火を消し止めていた。しかし全身は真っ黒に焦げ、自慢の赤髪は色が落ちて黒髪になっていた。


「無抵抗の人たちに暴行を加えた外道、貴方の息の根を止めてあげる」

「な、なんなんだよ、なんなんだよお前!!関係ないだろお前ェェ!!」


 震えながら叫ぶシャネル。シャネルにはもう、目の前の少女との力量が見えていた。突然現れた理不尽的な暴力にただ恐怖することしかできない。


「お、おぃ!だれか居ないのかッ!?僕を助けろゴミ共ォ!おい!」

「来ないよ。斬ったもん」

「は?」


 シャネルは今の言葉を反芻する。


(僕には、僕には50を超える配下が……)


「ひ、ヒト殺し!」

「______ッ!?貴方が吐いていい言葉じゃ……」

「ひ、ヒィ!!」

「ないッ!!」


(術具:繰糸手袋ッ!!あの女の攻撃を防いっ)


「遅いッ!」


 瑪瑙がシャネルのはめた手袋を切り裂き、シャネルの指が何本か宙を舞う。


「あっああああああああああああああああっ!!ぃたい!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ!!指が、ああああああっ!!なんでこんなことォォオオオ!?」

「どの口が言ってるのかな。さて、いろんな情報を吐いてもらうけど」

「情報?」


 迷路が首をかしげる。


「何をしたらブラックリスト入りしちゃうのかは私も気になるからね。それに、コイツには何かがある」

「なんなんだよ、なんなんだよお前は!あ、あれ、その顔どっかで見たァ…ァァァあの、ネットニュースの……」


 その言葉を聞いた瞬間、木葉は凍りついたように動かなくなった。




「……………………………は?」





(今、なんて言った?)


「ネットでェ……ァァ……その顔、見たこと……ヒュゥヒュゥ……ある……」


「ねぇ、もしかして……」


「CMの、超絶美少女……なんでお前が、異世界にぃぃ……?」


 そのタイトルの記事をみたことがある。尾花花蓮(おばなかれん)が、昔私が出てしまったCMを見せてきたのだ。確か、6年前。お姉ちゃんが生きていた頃の話。なんで、こいつがそれを……?


「何を言って……貴方、まさか





日本人……?」

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