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2章22話:3人の始まり

 私は、思い出すためにここに来た。


 私が昔忘れた自分。


 すくなに押し付けてしまった自分。


 きっと今の私ではいられなくなってしまうであろう自分。それらを思い出すためにこの世界に来た。


 きっとそうしなければ前に進めない。いつまでも逃げてちゃ、夢の中で出会う女の子にきっと会えない。


 だから、今の自分にお別れをしよう。


 思い出して、そして本当の、本来そうあるべきだった私に戻ろう。それがどんなに私が嫌だと思う私でも、私にはそれを受け入れてくれる大切な友達が2人もいる。だから、だから、



 だから。




………


………………


 床が冷たかった。いや、床じゃない。水、水面、木葉は鮮やかなブルーの湖に浮かんでいた。目を覚まして自分が水の中にいることがすぐ分かった。そして、違和感を感じる。


(あれ?心がぐちゃぐちゃする)


 別にどこかをぶつけたわけでもないし、毒が回ってきたとかではない。寧ろこの水に浸かっていると、自分の身体の調子が良くなっていく感じがする。けれど、心が変だった。




(私、こんなに『感情』を持っていたっけ?)




 大丈夫だ、少しずつ確認していこう。水に浮かんだ状態でもいいから。


(私は櫛引木葉、15歳。私立満開百合高校に通う普通の女の子。そして、今の世界の魔王。うん、なんか一瞬で矛盾した自己紹介になっちゃったね、なんだこれ)


 普通の魔王とはなんぞ?


(なんというか、誰かに似てきてしまった気がする。私はもっと無機的な感情と、必要な分の喜びの感情、そして時々自身が思いもしないほど驚愕すること、ぐらいしか感情を持っていなかったと思うんだ。それが今では独白を……)


「どく、はく?」


 変な違和感は取り敢えずさて置き、木葉は現状どうすればいいのか思考を巡らせる。


(今さっき私は迷路ちゃんと、ロゼちゃんと一緒にクルクス洞窟の最下層に落下してきたはずだよね。そして、迷路ちゃんの防護術式で水面にバシッて叩きつけられないで済んだのかな)


 取り敢えず背泳ぎでスィーっと岩場まで泳ぎ、岩に登る。そういえばこの水はあんまり冷たくないから底冷えするような感覚は全くしない。とても心地よい水温だ。


「迷路ちゃーーん!ロゼちゃーん!」


 取り敢えず辺りを見渡して、呼んでみる。辺りを見渡してる最中に木葉の視界にとんでもないものが飛び込んできたが。


「う、うわ……」


 岩場を湖で挟んだ向こう側、尖ったブルーの鉱石がびっしりと敷かれた岩場に、ミノタウロス王が倒れていた。お腹からは大きな青い鉱石が生えていて、辺りにはミノタウロス王の血が飛び散っている。確実に死んでいるだろう。


「な、なんまいだーぶー」


 南無阿弥陀仏と唱えてみる。満月教が存在するこの世界の使者の弔い方について全く知らないのでまぁ仕方ないっちゃ仕方ない。


 すると背後に気配を感じたので、木葉思わず振り返った。


「迷路ちゃん!?」

「木葉!良かった……」


 木葉の姿を見て安心したのか、迷路は岩場にぺたりと座り込む。だいぶ可愛らしい座り方をしたので木葉は思わずふふっと笑ってしまった。


「な、何笑ってるのよ……」

「ううん、迷路ちゃん可愛いなぁって思って」

「!?ちょっ!貴方本当にすぐそういうこと言うわよね……全く」

「?」


 にしても迷路は本当に直ぐ顔を赤くする。赤面症か?


「ロゼちゃんは大丈夫なの?」

「僕もここにいるんよ〜」


 ロゼがひょっこりと顔を出す。その身体にはいくつかの打撲痕が残っていたが、本人は至って平気なようで、にへらっとした笑みをこぼしていた。

 少し安心……とホッとため息をつくと、ロゼは何か不思議そうに木葉を見つめてきた。


「どうかしたの?」

「ううん、何でもないんだけど……こののん、何か変わった?」

「へ?どこも変わってないよ?」


 湖面に映る自分の顔をみるが、どこも変わっていない。強いて言えば少し擦り傷があるくらいか?


「そっか。にしても、ここどこなんだろうね〜。ほらっ、とっても綺麗なんよ〜」


 ロゼが指す方向を見る。ブルーの湖と光り輝く結晶。どこまでも続くかのような青く輝く空間は、言葉では言い尽くせないような絶景で、きっと現実世界では見ることができなかった世界がそこには広がっていた。氷の国に迷い込んだような、そんなお伽話の空間。まぁ異世界自体がお伽話みたいなものだからというのは置いておいて。

 なんだか綺麗な水見てたらちょっとした悪戯心が芽生えた。


「それっ!」


 ザッパーーーン!!


「ちょ!?木葉!?」

「わー!こののんずるいんよー、僕も入る!とーぅ!」


 そこまで深くない湖。水から顔を出すと、一面の青の世界が目に映り込む。割と浅い。足がつくことを確認してから、片手で水をすくい上げて飛び込んできたロゼに向かって水をかける。


「きゃぁっ!!もう〜!こののん〜!」

「ふふっ、冷たかった??」

「ううん、心地いいよ〜、お返しっ!」

「ぴゃあっ!!」


 ロゼの水が顔にかかる。桃色の髪が水で濡れ、その頰は色っぽく紅潮している。彼女が顔についた水を拭う仕草に、何となくドキッとしてしまう。


(え、何この気持ち?)


「どうかしたの?こののん?」

「う、ううん!!何でもない!そ、それより迷路ちゃんも降りてこない?とっても気持ちいいよ!」

「そーだよ〜!めーちゃんもおいでよ〜、もしかして降りるの怖いの〜?」

「木葉とのイチャイチャを見せつけてから私を呼ぶとはいい度胸ねロゼ!!」


 安い挑発に乗っちゃった迷路。そのまま迷路は水に飛び込み、そしてそのままロゼに向かって、杖を向けた。


「《集結》&《発射》」

「うわっ!魔法はずるいんよ!!ぴゃああああああっ!」


 杖の先に水が溜まり、そのまま水鉄砲のように細い水が発射され、ロゼに直撃する。


「ふふん、これが私の必殺技、アクアリ……ぴゃああああっ!!」

「隙ありなんよ〜!!めーちゃんの厨二病的な必殺技は聞いててムズムズするからその口塞いでやる〜!」

「な!?一回も貴方の前で必殺技なんて言ったことないでしょう!?ていうか厨二病って何よ!?……なんか妙にしっくりくる言葉ね」

「こっちの世界だけの単語ってわけじゃないんだね……」


 取り敢えず陸に上がって一旦落ち着くことにする。一面湖で所々に岩が露出している空間だったが、奥に行くほどその光景は変化し陸が見えてきた。陸部分を目指して細い鍾乳洞の道を泳いで抜けるとそこは、


「わ、わあああぁあ……」


 感嘆の声が漏れる。そこはさっきの光景よりも一際ブルーが強調された世界。青の宝石があたりを覆い、岸壁には太古の生物のような化石が浮き彫りになっていて、この空間の神秘性を象徴している。


「すごいね……」

「えぇ」

「う、ん……」


 3人で顔を見合わせる。


 特にロゼは、目を大きく見開いて感動のあまり先程の言葉も掠れて聞こえた。





「……僕、3人でこの景色が見れて良かった」





 ロゼは、心の奥底からそう感じたように言葉を紡いだ。


「僕ね、多分生きることの楽しさを忘れてた。生きて成し遂げなきゃいけないこと、成し遂げるべきことだけ考えていればいいんだって、ずっと言い聞かせてた」


 胸に手を当ててロゼは言う。


「辛いことも、苦しいことも、悔しくてたまらなかった時もあったけど……僕は今、この瞬間に生きてて良かったって本当に実感できた。凄いことだよ、これ」


 声を震わせ、瞳からは涙が溢れでる。そして、木葉と迷路に両手を伸ばした。




 ギュッ




 っと温もりが伝わってくる。木葉と迷路はロゼに抱擁されていた。

 トクントクンと心臓の音が3つ分聞こえる。声を震わせ、涙を流すロゼ。この時やっと、3人が始まったという感じがして、


(なんか、心があったかい……こんな感情、私は持っていたんだ)


 そう思えるくらいこのひと時が木葉たちにとっての宝物で、転換期でもあった。



……


…………


 その後はもうただの掃討戦というか、ただの後始末、後日談のようにオマケの戦いだった。

 もぬけの殻となっていた21層を氷漬けにし、19層を根城に暴れていた火吹き蜥蜴を3分とかからず撃破し、実質先ほどの戦い以降はノーダメージで正規のルートを戻っていた。


「なんか拍子抜けだね〜。さっきの王系(ロードシリーズ)の魔獣は流石に手応えがあったし、めーちゃんやこののんが居なかったら勝てなかっただろうけど、これくらいなら僕も倒せちゃうな」

「クルクス洞窟の魔獣は私たちが倒してきた連中よりは結構マシな部類よ。ロードなんて大層な名前が付いているけれど、実際の魔力量は大したことないし、その気になれば蒼月級でだって倒せるわ」

「すっごい連携取れてたから手強かったけどね!うん、またあんな早い牛さんと戦いたいなぁ」

「「……………………」」


 ロゼが迷路を手招きして言う。


「こののんってこんな戦闘狂な感じだったっけ〜?」

「私も少し引いてるわ。さっきの戦いから、木葉の様子がどうもおかしいというか、なんかちょっと前の木葉らしくないというか……」

「お話聞いてる限りだとこののんの精神ってあんまり安定してないみたいだからね〜。でも……」


 ロゼには心なしか木葉が先ほどより生き生きと、自分らしく生きているような雰囲気を出していると感じられた。ただ歩いているだけでも、そこには造られたような表情じゃなくて心から楽しんでいるような、そんな雰囲気が滲み出ていた。


 それは本来木葉がもっていて、そしてスクナが取り上げていた木葉の感情であることを、まだ本人ですら知らないでいる。


「僕は前のこののんをそんなに知らないからな〜。めーちゃんだって、そんなに長いこと関わったわけじゃないんでしょ?」

「まぁ、ね……」


 迷路はそれでも思い悩む。思い出されるのはゴブリン戦の木葉の様子。ゴブリンを容赦なく殺戮する木葉の姿は『人間』と呼んでいい姿ではなかった。木葉の本性が実はアレで、普段の木葉はずっとそれを隠してきただけだったとしたら……?なんて考える。


(すくなのテコ入れだけじゃない。そもそもすくなだって木葉の一部なわけで、彼女も木葉だ。つまり、木葉は私たちが思っている以上に冷酷な人間ということになる。





そんな木葉と、私はどうやって接していけばいいの……?)





 と、考えていると不意に木葉が歩みを止めた。


「で、ここから上にあがるとシャネルっていう人がいるんだっけ?どんな人なのかなぁ?」


 迷路にとっては、今の木葉のくしゃっとした笑いでさえ、何か含みのあるものに見えてしまう。


黒月(こくげつ)級は、等級制度から外れた冒険者につけられる称号よ。ロゼでさえつけられてないくらい査定は厳しいもので、国家ですら干渉できない制度……それを賜ってるわけだから、余程のことをやらかしてるのよきっと」

「七将軍が管轄できないギルド機能の一つがブラックリストの策定だからね〜」


 ギルド連盟本部があるロンディニオン(連合王国首都)の連盟統括理事会の敷いた自動システムは各等級の昇格の目安を作成している。先に紹介した通り等級の昇格はその地の各ギルド管理者にその権利があるが、自動システムに登録する際に検閲がはいる。そして、登録の更新に伴い過去の罪状踏まえてタグカラーが黒に変化するものがいる。

 神聖王国の逆賊のロゼが白月(はくげつ)級でいるのは、タグを黒月に変化させる術が理事会に一任されているからである。黒月変化への条件は国家から理事会へと申請し、その申請が受理されたことで始めて行われる。まぁ無論神聖王国はロゼ及び、五華氏族などの黒月化を申請したが、国家反逆罪系統の罪状:つまり政治犯などは受理されないし、理事会の視察団の念入りな調査の元で査定が行われるために捏造も許されない。


「黒月になる大半の理由は人殺しを大勢の人間に目撃されたことだから、恐らくシャネルもそうね。つまり、要注意よ」


 そんなこんな話している間に18層のフロアに到着していたが、ここも雑魚魔獣がちらほら見えるだけで特に問題はなかった。木葉特製のラーメンを食べて再出発する。今日は豚骨だった。


「そのスープどこから入手したの?こののん」

「18層に豚がいたから切って燃やして筋を取って、スープにぶち込んだんだよ。なんか黒いお肉だったから食べられるか心配だったけど良かったよ」

「なんちゅうものを食べさせるのよ貴方。ウェエエ……嘘でしょ?」

「焼けばなんとかなるもんだよ、うん。結構美味しかったでしょ!」


 笑顔で言うものだから迷路もサッと目を逸らす。美味かったのである。


「不思議なお味だったよね〜。ほっぺが落っこちそうだったよ〜……めーちゃんなんで吐きそうなの?」

「魔獣の肉……魔獣……そんなものを私はおいしいと……?うぅ」

「そんなに吐きそうなほどなのかな?って……なんか変な匂いするね」


 17層に近づくにつれ、ムワッとした匂いが漂ってきていた。凄く嫌な匂いだ。とても人間的なもので、木葉はこれを最近嗅いだ記憶がある。


「ゴブリンの、拷問部屋と同じ匂いがする……」

「___ッ!?それって!」

「静かに」


 17層の出入り口はカンテラで照らされていて、人工的な灯りがフロアには満ちていた。フロアは段差になっていて入り口の方は見えないが、なにやら音がする。それに、先程から漂っているキツイ匂いも、この近くからであった。


「誰か、戦ってる?」


 と、木葉が集中しようとしたところで、フロア中に大声が響いた。





「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもォオォォォッ!!」





「なにっ!?この声……どこかで……」


 だがその声の主を考察する間もなく、カンテラに照らされたフロアの一室から影が飛び出してきた。


「いやっ、いやァァァァァァあっ!!!」

「イタッ」


 木葉にぶつかったのは、ボロボロになり髪が乱れた少女。布切れ一枚の服装からは無数の傷跡が見え、顔は痣だらけだった。


「だれっ!?いや、違う!だめ、早く逃げなきゃ……ぁ、あああぁあああ」

「ちょ、ちょっと落ち着いてよ!」


 半狂乱になりながら叫ぶ少女を抱きとめる木葉。だがまもなくその少女に向かって、閃光が飛び込んできた。


「______ッ!?《障壁》!」


 間一髪で閃光を防ぎ、部屋を凝視する。すると中からは数人の男たちが飛び出してきた。


「あぁ?新手か?わざわざ俺たちの玩具になりにきた酔狂な女共!あぁ?おいおいおい!めっちゃ可愛いじゃねぇか!」

「おほぉ!こりゃすげぇ!上玉だ!まだ幼げだが成長したら俺好みのいい女になるぜ?!これは変態に売り飛ばすのがいいな、高くつくぞ!」

「取り敢えずは奥の女騎士どもと同じで痛めつけてやらないとな。この世界で女が戦うってのがどういうことか、身をもって教えてやらねぇとなぁ!!」


 10、11ほどの数の男が各々の剣を持って部屋から出てくる。そのもう片方の手には、長い髪が絡まっていた。


「……何したの?」


 木葉は静かに問う。その声音が急激に低くなったことに気づいたのは迷路とロゼだけであった。


「あぁ?お前ら【女豹】の先輩たちに女としての扱いをしてやってんだよぉ!最初は暴れてたが、シャネル様のもってた薬打ったらすぐ大人しくなってよぉ!今じゃ俺たちの奴隷だ!お前の先輩、元は勇ましかったのかはしらねぇけど、みるかぁ?」


 男たちは剣を手にしたままじりじりと木葉に近づいている。木葉は少女の前に立ち、俯いたままだった。


「おら!俺様たちは、黒月級シャネル様の配下だ!死にたくなかったら取り敢えず服脱いで土下座だ。高い値段で売ってやるから感謝しろよ?」

「ありゃぁ、震えちゃってかっわいそうにぃ〜何もしなかったら痛い目見ねえから安心しろよ!ひゃひゃひゃ!」


 迷路とロゼは、先程から震えが止まらなかった。勿論、目の前の武器を持った男たちにではない。

 ただ只管、目の前に立つ木葉から溢れてくる殺気が、彼女らを恐怖させる。


「こ、この、は……?」


 前までの木葉とは違う。ちょっと前の木葉じゃない、吹っ切れたような殺気。純粋なまでの、


『怒り』


(木葉が怒るのを始めて見た……守れなかった、不甲斐なかったと悔やんでいるわけじゃない。ただ純粋に、目の前の存在に対して怒る木葉は、初めて見た……)


「なぁ、俯いてないで、こっちに」


 その洗練された殺気を感じ取れない男が、木葉に右手を伸ばした。そして次の瞬間には、






 


 男の右肩から先は、綺麗に消えていた。

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