2章20話:初めての共同作業
上手くいかなかった。
自分はきっと上手くやってるって信じてたのに。お母さんは何も喋らない私をさらに気味悪がった。ぶたれた。痛い。どうして?
「可愛げがない」
「何でも出来るなんて気味が悪い」
「子供らしくない」
「気持ち悪い」
「私の言うことを本当に聞いているの?」
「貴方ももっと熱心に拝みなさい」
「もっと○○様に敬意を」
「貴方が成長したらその身は教団に差し出すのよ」
やめて。どうしてそんなこと言うの?私は、ただ、
学校でもダメだった。
「私あなたのその『どうでもいい』みたいな目が前から大っ嫌いだったの」
そんなこと知らない。どうしてそんな目で私を見るの?どうして敵意を向けてくるの?私は、何もしてないのに。対立しないように静かにしてきたのに、なんで?
「じゃあ変える?」
誰?
「???はこのは。このはは???。このは。『何でも出来る遠い存在のこのは』がダメだったのなら、それを捨ててしまえばいい」
それで何か変わるの?
「このはが努力すれば。今度はもっと上手くやればいい。白鷹語李みたいに、愛想よくすれば良い。ひたすら自分を殺し続ければいい」
そんなの限界が来るよ?
「そう。だから限界が来るまでに強くなれば良い。いつか木葉が本当の自分を晒け出せるような人を見つけた時まで、自分を殺し続ければ良い。限界を迎えるまで、殺し続ければいい」
そんな人見つかるの?
「さぁ?見つからなかったらその時はその時。でも大丈夫。もしこのはが限界を迎えたらその時は、
???ガ代ワッテアゲルヨ」
そう言って声の主は私からゴッソリと「何か」を奪っていった。今思えばあれは"私の良くない感情"だったのだと思う。
〜櫛引木葉の独白より〜
…
…………
………………………
木葉の様子が変だった。
いや、あのゴブリン戦からずっと何もなかったと思い込んでいた。思えば自分は木葉のことを何も知らないと迷路は自嘲する。
何も違和感を感じていなかったけど、予兆はあった。
(時計塔で異端審問官が死んだ時、木葉は人の死を間近でみた。けれど木葉はソレに何の反応も示さなかった。それはなぜ?)
(鍾乳洞に入った時。あの子はもっとポワポワしてて、要領が良くなかったはずだ。何故真っ先にここに来れた?偶然?そんなはず無い)
(23層。人の骨を見てどうして何も思わない?こないだまで『死』とは遠い世界に居たはずなのに)
(何故、真っ先にミノタウロス王に飛びついた?そして、あの時の木葉の表情は、
嗤ってた……とっても楽しそうに……)
「めーちゃん!」
「……はっ!」
ロゼの声で意識が引き戻された。ミノタウロス王の大剣は目の前まで迫っている。
「もう充分!凍土の願い!」
太い氷の棘をいくつも出現させて大剣の直撃を防ぐ。粉々にされてしまったが、本領の発揮はここからだ。
「めーちゃん!!アレ!!」
ロゼが何やら叫んでいるが何かあったのだろうか。バックステップを踏みながらちらりとロゼが指差す方を見た。
「な!?」
ダークウルフ王。それからオーグ王とオーグの群れが出現していた。ということは、
「おびき寄せられたね〜。他ステージのボスが集合とかちょっと反則だよ〜」
「そんなこと言ってる場合じゃないっ!木葉は!?」
「孤軍奮闘なう〜って感じだね。だから、」
カキィィィィイイイインッ!!!
ロゼは火雷槌を回転させ、ミノタウロス王の大剣をはじきかえす。パチパチっと電流が走り、ミノタウロス王は思わず仰け反った。
「行って!ここは僕がやるんさ。めーちゃんはこののんを連れて戻ってきて!」
「______ッ!?貴方……」
火雷槌の周りに浮かぶ刃物がミノタウロス王の巨体に突き刺さっていく。
「一回態勢を立て直そ!こののんの様子が気になるのもわかるけどまずは状況をひっくり返さなきゃ!だからッ!」
跳躍。そして、
「《波長合成》!《範囲拡大》!そして、《感電》!!」
洞窟内に眩いほどの閃光が走り、次の瞬間周囲に凄まじい威力の電流が溢れ出る。間近で電流を喰らい、体勢が崩れたミノタウロス王に追い打ちをかけるよう、ロゼは火雷槌をその首筋に突きつける。鮮血。しかし浅い!
ミノタウロス王は凄まじい反射神経で仰け反り、後ろに一回転する。そして、大剣に魔力を貯め始めた。
「行って!!めーちゃん!!」
(悔しいけど、私じゃあの速度に対応できない)
迷路はギリッと歯軋りし、ロゼの提案を受け入れた。
「任せたわよ」
「おっけ〜、任されちゃうんよ〜!」
ロゼはいつものようなのほほんとした表情でニヘラっと笑った。本当に調子狂う、と溜息を吐く。
「さぁ、行かないと」
…
…………
……………………
罠。だけど、罠っていうのは、
「相手を仕留めるまでは罠は罠じゃない」
ズパッズパッ
血の匂い。木葉がさっきから積み上げてるオーグ達の匂い。
(弱いなぁ、弱い)
「おいでよ、王様なんでしょ?」
オーグ王はあいも変わらず部下ばっかりをこっちに差し向けてくる。平原とかでの戦略としては多分正しい。恐らく25層はとても広い平原か、見晴らしのいいところ。
(でも)
「囲めないよ」
オーグたちが群がって来るものの岩場を踏み台に他の雑魚を無視して移動する。イメージは、義経の八艘飛び。
「ギィ!!ギィ!!!」
オーグ王が何か指示を出しているけど他は対応出来てない。
(ほら……ここは平原じゃないんだよ)
「そんなところで踏ん反り返ってたら、死んじゃうよー?」
あと1メートル。あと、いちめ……。
「_____ッ!?」
気配を察知して右に逸れる。黒い針、ブラックウルフ王。
「邪魔だなぁ」
後ろから足音が聞こえる。恐らく迷路だろう。加勢なんてしなくてもいいのに、と木葉は思う。
「《鬼火》」
瑪瑙が風を纏い旋風は勢いを増して点火する。巻きあがる炎の柱が洞窟内を煌々と照らしていく。
「リャアアアアァっ!」
ブラックウルフ王が黒く太い針を発射するも、それを猛火で押し返し、周囲のオーグを巻き込んで跡に灰を残していく。
「この、は……?」
「あ、迷路ちゃん!どうしたの?」
迷路が一瞬呆然としてこっちを見ていたが、首を横に振ってそのあと木葉の元に駆け寄って来た。
「木葉!無事で良かったわ。一回撤退しましょう。s級以上の魔獣を三体同時に相手するのはキツイわ。それこそ銅月級冒険者チームがやるようなことよ」
「うーん、でも」
一度収めた刀に手をかけ向き直る。まだ生きてる。
「撤退、させてくれなさそうだよ」
「くっ!」
オーグ王の背後まで焼き尽くした筈なのに、オーグ王にダメージが蓄積されてるという感じがまるでしない。ブラックウルフ王もその機動力の高さで完全に回避している。
「私が足止めするから、その隙に木葉は」
「いいよ、迷路ちゃん。1人で出来る」
(やらなきゃ。私がやらなきゃ。期待を裏切りたくない、使えない子なんて思われたくない。
だから、やらなきゃ。
やらな……)
「木葉ッ!」
迷路が普段出さないほどの大声を出した。木葉は思わず振り向いてしまう。すると突然視点が洞窟の上へと切り替わる。
(へ?)
「ちょっ!迷路ちゃん!?」
突然迷路ちゃんが木葉を持ち上げ、そのまま所謂お姫様抱っこ、のような状態になった。
(え、え!?えぇぇえええ!?)
「ね、ねぇ!恥ずかしいよ!迷路ちゃん下ろして!」
「木葉、よく聞きなさい」
迷路のそんな瞳で見つめられたら黙るしかない。
(でも何故か、心臓のばくばくが止まらないよぅ!)
「腕……」
「ひゃぅっ!!」
「な!?な、なんでそんな変な声出すのよ!?いいから腕!」
おずおずと言う通りにする。
(あ、そうだ、忘れていた。針、刺さったんだっけ)
「貴方、ボロボロよ。毒も回ってきて興奮状態が続いてる。アドレナリンもここらで潮時でしょう?一度引くわ」
「で、でも、でも!私は!!」
「仲間」
「へ?」
焦っていた木葉に迷路は言った。木葉にとってその言葉は、その言葉は、
「私たちは仲間よ。貴方がそんな傷ついた状態で戦うのは見ていられない。貴方が傷ついたら私は悲しいわ」
「なか、ま」
なぜかその言葉は、木葉の中に一滴インクを落としたように広がっていった。胸の奥が熱い、さっきまでとは全く違う意味で。
「貴方は1人じゃないってこと。なんかあったら私か……まぁ癪だけどロゼを頼りなさい。1人で突っ走られたら正直迷惑よ」
「迷路、ちゃん」
「そうなんよ〜仲間、なんよ〜!友達なんよ!」
「ロゼちゃん!?」
「ちょ、貴方なんでここにいるのよ!」
「いやぁ、ちょっと心配になって〜」
これで中央に3人が集結してしまった。背後からはミノタウルス王、前方にはブラックウルフ王とオーグ王、オーグの群れ。
「囲まれ、ちゃったね」
「くっ……何としてでも撤退を」
「その必要はないんよ〜」
ロゼの落ち着いたクリアな声が小さく響く。横目に見たロゼの表情には大胆不敵な笑みが浮かんでいた。
「どうせだったらここで決めちゃうんさ。そのために、この状況を作ったんだから」
「どう、いう」
「ミノタウルス王は頑丈かつ機動力に優れた魔獣。正面から打ち合うのにはパワーがいるし、その素早さに対応する判断力がいる」
「ブラックウルフ王はその神出鬼没さと不意打ちの毒針で僕たちの動きを封じて分断、まだ何か隠し持ってる危険あり」
「オーグの群れとオーグ王はその集団行動の正確さ。オーグに対しては魔術攻撃の威力は半減するし、オーグ王もまだ実力を出しきってない」
「ロゼ、貴方……何を?」
「これらのことを踏まえた上で地形的に大技を繰り出すのが困難。となれば、こうやって背中合わせに戦うのが一番効率がいいんよ。そして、3人がそれぞれ一体ずつ相手するんじゃなくて、連携して『三体とも潰す』」
お嬢様のようにぽわぽわしていた彼女の大胆不敵な笑み、過信ではなくて勝利に貪欲に喰らい付こうとするその意志。ロゼがあの時木葉に向けた、『意志』の力が味方になるとここまで心強いのだと、木葉は凄く実感した。
「さぁ、初めての共同作業、いっちょやってやるんよ」




