2章18話:ラッカ・ティリエ・ル・チェリーネ
感想待ってまーす
死んだ。
こんなにもあっさりと、こんなにもあっけなく。私の目の前から、消えてしまった。
その時の記憶はあまりない。ただ、お姉ちゃんの写真が飾ってあること、そして久しぶりにお父さんを見たことだけを覚えている。
お父さんは私を一瞥すると、なんの興味など微塵もないかのようにその場を出ていった。お母さんは泣きながら大きな白い箱に縋り付いていた。その中にお姉ちゃんは居ないのに、みんなまるでお姉ちゃんがあの箱の中にいるかのように振舞っていた。
(気持ち、悪い)
その後はよくわからないけど親戚の誰かのお家に行ったのだと思う。あんまり覚えてないな。でもその時玄関で出迎えてくれたおばさんは今でも覚えている。
だってその人は、私にご飯を作ってきてくれるおばさんだからだ。おばさんの料理は美味しい。でも私はおばさんがそこまで好きではなかった。
なんで?
決まってる。そんなの、お母さんを『壊した』人だからだ。
おばさんは私のお家に変な人の絵と像を持ってきた。そして変な事を私たちに教え始めた。その時の記憶もあまりない。何も聞いていなかったのか、今意図的にその記憶にロックがかけられたのかはわからないけど、兎に角それ以降お母さんはその変な絵と像を拝むようになっていった。私にもそれを強制して、言うことを聞かなかったら……ここも記憶がないけど何か痛いことをされた気がする。
苦しかった。辛かった。それでも笑顔を浮かべ続けた。そんな私をみて、お母さんは気味が悪いと言い始めた。そのあたりも記憶がないけど、多分ずっと心は悲鳴を上げていたと思う。ずきんずきんって音。今にも割れてしまうんじゃないかと思ったその頃、
私はある夢を見始めるようになった。
〜櫛引木葉の独白より〜
…
……………
………………………
「はろっぴー!リヒテンの諸君!」
リヒテン市議会堂の大会議室にて無邪気な声が響き渡る。気味の悪い金色の装飾がつけられた、紺色のローブに身を包む兎耳の美女。
大会議室の席には、多くの人間が着席し沈黙を守っている。リヒテン市長、市長補佐官、リヒテンに駐在する王国軍主幹、主幹の武力たるリヒテンのギルド連合、その管理者:アンソン。リヒテンの錚々たるメンバーである。
「あはっ、いきなりの招集まじメンゴっすわ。今更自己紹介とかいらねーと思うけど、まぁ一応。あては満月教会フォルトナ派筆頭異端審問官:ラッカ・ティリエ・ル・チェリーネ一等司祭っすわ。どうぞよろぴく〜!」
ニッコリと笑って自己紹介するラッカ。何故かローブを脱ぎ捨ててセクスィーなボディを晒し始めた。ほぼ下着姿である。会議室内は凍りついたように静かだ。
「おんやぁ〜?静かっすね?まぁそれが正しいんだけどね、あっははは」
ラッカは高笑いするすると、いきなりその表情を変えて全員を見渡した。
「さてと、本題なんけどね。今リヒテンにはあてら4人の異端審問官がいるから全面協力して欲しいんすわ。まぁ1人連絡つかないっすけどね〜シュライゼ何やってんだろねー、死んだんすかね?」
「きょ、協力、とは?」
「お、やっと喋ったっすね主幹きゅん!でもま……」
その瞬間、ラッカがその場から消えた。そして、
「あ、あ、ああぁ」
「あて、まだ喋っていいとかいってないっしょ?」
主幹の首の皮には、短剣が突きつけられていた。
「ふぅ、危うく殺しちゃうとこだったっすわ……ん?なんか変な音が聞こえる」
市議会堂の外が何やら騒がしい。人が何やら上から降りてくる音がしたと思ったら、会議室に慌てた様子で兵士が入ってきた。
「し、侵入者です!数は確認できず!もうこの市議会堂内部に侵入して……ぬぐぁっ!!」
兵士の首にナイフが刺さり、身体がバランスを失って崩れ落ちる。
「おいおい、リヒテンの兵士ってこんなもんかよ。いや、騎士ならこの程度か」
ちょび髭の細身の男がナイフを抜き取って大会議室に入ってくる。それに続いて数名の覆面を被った男らが入ってきた。
「首領!監視室の制圧完了しました!」
「おっし、奴らをこっちに集めろ。んで、市長、主幹、ギルド管理者、そして、なんだあの亜人は?奴隷か?」
「おりょ?あてのローブ見て気づかないとか……あそっか、あてさっきローブ脱いじゃったんだっけか。あっはは」
笑いながらぴょこぴょこと耳を動かすラッカ。そんなラッカを見て、テロリストたちはニヤニヤとした笑みを浮かべる。
「おい、いい身体した奴隷がいるじゃねぇか。しかも兎か、これは泣かせ甲斐があるなぁ。あっははははは」
「うおっ、おっぱいでけぇ!娼婦かよ!」
「こいつら捕らえたらこの兎で楽しんじまうか!」
あいも変わらずニコニコとして主幹に短刀を突きつけ続けるラッカ。
「最近の若いのは血気が盛んでいいことっす。意外と楽しめちゃったりするんすかー?」
「おぅ!いっぱい泣かせてやるよ。ここにいる男たちの相手してもらうから覚悟しろよ嬢ちゃん」
「見たところ80人はいるすかね?ったく、リヒテンの警備薄すぎやしやせん?そこんとこどーなんすかアンソンー、あ、発言は許可してるっすよ?」
ニコニコしながらラッカがアンソンに尋ねる。アンソンは溜息を吐きながら答えた。
「恐らく下水道を通ってきたのかと。ついでに言えば市議会堂に冒険者を置かず、騎士のみを配置したのは王都の対応ですので我々に非はございませんね。是非とも王都政府に苦情を言ってください」
「かぁー、言うっすねー!まぁど正論っすわ。ぐぅの根もでねぇっす」
「ごちゃごちゃうるせえ!さぁお前ら!こいつらを捕らえろ!」
しびれを切らした首領がテロリストが号令をかける。
「さぁ!主幹に天誅を!」
「嫌だっ!!やめ、やめて、あがっ!ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
ラッカが主幹を放り投げると、その主幹にテロリストたちが群がっていく。当然抵抗しようとするも圧倒的な数の男たちに押し潰され、瞬く間に喉元を掻き切られて絶命した。
「ひゃははっ!殺したぞ!主幹を殺したぞ!」
「次はお前だ奴隷!」
「あーあっ。よっわ。まぁ賄賂で就任しやがったゴミ主幹だし当然っすか。さてと」
ラッカに群がろうとするテロリスト。しかし彼らは、その2メートル圏内に入った時、強烈な怖気に襲われることとなる。
「ゴミ掃除でもしまっしょ」
「あ、ぇ……?」
ラッカのその手には鞭、それも所々に刃物が埋め込まれた戦闘用ウィップ。それを動かすところを誰も見ることができず後に残されたのは、
残骸。人間の残骸。残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸残骸。
目の前の光景に、首領は戦慄した。何だこれは。何だこの状況は。
「あ、今呑まれたっしょ?」
「は?」
その刹那、首領の目の前に突然ラッカが姿を現した。
「あて、貴方を殺したいって願ったんよ。だからあてはここにいる。わかる?」
「ぁ、あぁ」
「脳が追いついてないっすね。もうあれから3秒経つのに。人間はつくづく欠陥品っすわ」
ザシュッと首領の後ろで嫌な音がした。後にはポタポタと何かが垂れる音と、鉄臭い何か。
「ほら、貴方が沈黙していた5秒間で後ろのお仲間全員殺しちゃったっすよ?あーあー、市議会堂くっせくなっちまったっすね」
「な、にもの。おまえ、は……?」
「動けないっすか?人生最期の瞬間がそんな顔でいいんすか?せーめて表情くらい動かせると思うんすけど。あぁ、あての名前聞いてたんすよね。あては異端審問官。貴方は異端者ではないっすけど」
その首が落ちるのに、多分1秒もかからなかった。
「あての邪魔しやがったし、死ね」
男の手だった部分がアンソンの前まで飛んでくる。当然、アンソンも足がすくんで動けなかった。市長達などもっての他である。
「さてと。残りは今呼んでるあての部下に任せるとして、会議再開といきまっしょ!ん?どうしたんすか?静かっすね、発言を許可するっすよ?」
不思議そうな顔をするラッカ。やっとの思いで緊張を解いたアンソンは、内心恐怖心で満たしながら、ラッカに尋ねた。
「な、何のご用ですか?」
「会議ってゆーか、まぁ一方的な通告っすね。この街……まぁ今のはただの統率の取れてないテロリストだったっすけど【白磁の星々】やロゼ・フルガウドらテロリストの巣窟になりかけてるんすわ。ってことで、見つけ次第すぐホウレンソウ!!あとは……」
ヒュンっとウィップを動かし、地面に叩きつける。バシンという音が鳴って、会議室内が震えた。
「こーゆーゴミどもをさっさと掃討しろや。今回はチャラにしてやんよ」
「おやおや、掃討完了っすか?乙ー」
大会議室を出て監視室に通りかかったラッカは他の異端審問官と合流していた。
「お疲れ様です。ラッカ様、質問なのですが、何故主幹を殺したのですか?」
「ん?あー、あれ?ちゃんと命令で殺したんすよ?あて、無駄な殺生は割と嫌いなんすよ」
そうやってニヒヒと笑うラッカの姿は悪魔そのものであった。
「さて、まずは白磁の星々から潰していくっすよ。デザートは最後にとっておくっす!どーせヴィラフィリア兄妹はこの街には来てないだろうしー?」
兎による狩りの始まりである。




