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2章16話:譲れない意志

 しくじった……。

 暗い洞窟の中でポツリポツリと何かが滴る音が響く。地を這うような冷気が身を震わせ、見えない恐怖のその対象への畏れを助長させる。


 はやく、遠くへ……他のみんなはもうダメだ……ハヤクハヤク……。




「アハァ、まだ逃げる気かな?」




 ずぶり、という鈍い音が聞こえたと同時に、全身が熱を帯びるのを感じた。痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!


「あれれ?手加減したんだけどなぁ。ごめんごめん、足、うっかり切り落としちゃったねぇ。ふはははっ」

「あ、あが……」


 コヒューコヒューと、喉から嫌な息が漏れる。馬鹿な……もうこんな所まで……。


「僕から逃げようなんて無駄だよねぇ。僕ほら、一応元紫月級だしぃ?お前ら有象無象なんかよりはよーっぽど強いわけ?わかる?お前みたいな低脳ウジ虫野郎でも理解できりゅよねぇ?」

「あ、あ、しゃ、ねる……」


 気障ったらしいサラサラの赤髪をかきあげて、男は嗤った。その真っ赤な口を三日月のように歪めて。


「そうそうシャネル様だよ。お前ら弱い犬共とは違って、上に立つ優秀な人間さ。もっと崇めたまえ?」

「ころ、す」

「あぁ?蒼月風情がなんだって?ギルド飛竜の鉤爪の準筆頭チーム:線雷(せんらい)の剣がこんなもんかぃ?よっわぃなぁ」


 シャネルがその手を振り下ろす時、それが彼の最期の時であった。こんな、こんな奴が……こんな。









「うわぁきったねえ。僕の服に血がついちゃったじゃないか。さて、このゴミ共の証言で次に来るのは女で構成されたギルドチームだってわかったし?久し振りに楽しんじゃおっかなぁ。可愛い子モトム!なんちって!!あっはははは」



…………


…………………………


〜リヒテンの町外れ〜


「は?先にどっかのチームが依頼受けた?貴方それでもギルドマスターなのかしら?」

「いや本当にすまない……そういえば忘れていた。ウチのギルドのチームが何組かあの洞窟近くに向かっていてね。周辺調査だけを命じてたんだが、どうも連絡がつかなくて……」


 溜息をつく迷路。あの氷の馬車でリヒテンを闊歩し、ようやく郊外に出る門へとたどり着いたのだがその矢先にこの念話である。ちなみになんで門に着くのが遅れたのかというと、


「やっぱ温泉街なら温泉饅頭だよねー」

「おぉ〜それな〜だよ〜!このふわふわがたまんないんだぜ〜」


 というわけだ。アイテムの補充のために街に出たのは良かったのだが、ロゼと木葉の食欲は誰にも止められない。


「はぁ……それで?私たちはそのアホ共を連れ戻すのも仕事に入るわけね?」

「ほんのついででいい。ウチのギルドの手練れが大勢いるから、力量間違えて洞窟の奥深くまで行った、なんてことは考えにくいからな。だからまぁ、見つけたら注意しとく程度でかまわない」

「似たようなことよ、めんどくさい。あぁもう、口にあんこ付いてるわよ!」


 木葉の口をゴシゴシ拭く迷路。子供か……。


「むぅ、めーちゃん、めーちゃん、僕も拭いて欲しいんよ〜」

「貴方は自分で拭きなさい」

「うわーん、めーちゃんの意地悪〜」

「こっちはこっちでめんどくさいわ……」


 馬車を再び動かし、洞窟を目指す。そろそろツッコミ役がもう1人欲しいと思っている迷路の苦労など知らず、ロゼは幸せそうに温泉饅頭を口に放り込んでいた。


「むぐむぐ、それで、その2チームは洞窟に入っちゃったの〜」

「貴方、あれだけ騒いでて聞こえてたの?」

「僕の頭の中では必要な情報とそれ以外とを分ける機能がなんか凄い働いてるらしいんよ。だから意識せずとも必要な情報は頭の中、それも取り出しやすい所に蓄積されていくよ〜」

「……やっぱり貴方天才ね。普段からそうしていればいいのに」

「普段から天才っぽくしてたら、大事な時にパターンを読まれちゃうからね。本当の天才は自分にいくつもの引き出しを持ってて、尚且つそれを上手に隠すことの出来る人間なんよ〜」

「そう、心に留めておくわ。で、さっきの質問だけど……おそらく1チームは入ったとは思うけど、もう1チームは微妙ね」


 アンソンが言うには最初に洞窟付近を調査していたチームは精鋭らしいのだが、次に向かったチームはどうやら独断というか、かなり強引に洞窟へと向かったらしい。なんでも女性で構成されたチームらしく、リーダーがかなり負けず嫌いで有名なんだとか。


「あ〜、戦場で真っ先に死ぬタイプってことか〜」

「そのようね。猪突猛進型というかなんというか。この馬車の速度を考えれば多分洞窟前で追いつけるとは思うけど……説得するの本当にめんどくさいわね」











「あれ?誰かなんか旗振ってるよ?」


 寝ぼけてた木葉が何かを見つけたようだ。


「女の人……がたくさん」

「はぁ……あれがクルクス洞窟ってことは、まぁ一応追いつけたみたいね」


 何やら馬車の車輪がぶっ壊れたらしく、女性たちがわちゃわちゃ騒ぎながら旗を振ってるというなんともシュールな光景を目の当たりにしていた。


「おーい!其処の綺麗な馬車の人ー!おーい!」


「なんか叫んでるね」

「大方ボロ馬車でも借りた結果大破したのでしょうね」


 壊れた馬車の近くまで氷の馬車を近づけて、停止。木葉はゆっくりとドアを開けて草原へと降り立つ。


 そんな様子を何やら驚いた表情を浮かべて眺める女性冒険者たち。そして、


「か、かわいい……」

「な、なになに!?もしかして貴族!?」

「や、やばたにえん!何この子可愛い!!」


 ラクルゼーロ大学の女学生と同じ反応をし始めた。


「え、えっと……ギルド飛竜の鉤爪の冒険者さんですよね?あの、私アンソンさんに頼まれて貴方達にちょっと警告を」

「あぁあああ!そこの美少女よ!みなまで言わなくてもいいわ!」


 先鋒に茶髪短髪の女性が躍り出る。


「援軍ね!アンソンさんも人が悪いわ!アタシたちに『可愛い成分』を補給させるためにこんな可愛い女の子を!ヨゥッシ!これは何が何でもクエストを達成し、アタシらがアンソンさんの右腕となるのだー!」

「はへ?」

(え、え?なんか一人で盛り上がってる?)


「あのぅ……私たちここの洞窟の攻略もあるので素直に警告に従って欲しいといいますか……なんといいますか」


 木葉がおずおずと切り出そうとするが、目の前の女性はそんな木葉を手を取って目を輝かせる。


「大丈夫!名も知らぬ美少女!アタシたちがかっこよーく闘う所を側で見てるだけでいいわ!その雄姿をアンソンさんに報告すればオールオッケーよ!」

「え、あの、その」

「さぁ、みんな行くわよー!えいえい!」

「「「「おおーー!!!」」」」


「ま ち な さ い。スキル《氷結》」


 迷路の合図と同時に杖から冷気が噴射し、あたりに霜が降りる。


「にゃああああ!!しゃむいいぃ!」


 特に先鋒の女性には多量の冷気が噴射され、全身は真っ白な雪で覆われていた。その女性につかつかと歩いて行った迷路は女性に胸ぐらを掴んでその心臓に杖を突きつける。


「な、なにを!?」

「煩い」


 迷路の雰囲気に呑まれたのか、次第におとなしくなる女性。


「いいかしら?一度しか言わないからよく聞きなさい?私たちは依頼の『ついで』で貴方達に戻るよう警告しに来たの。時間は有限、私たちの時間を無駄にしないためにもバカみたいな茶番はやめてさっさとリヒテンに引き返して貰えないかしら?あぁ、それと……」


 木葉の手を取り、自分の体にその細い体躯を引き寄せる。


「ひゃっ!め、迷路ちゃん?」

「私の木葉に手を出さないでくれるかしら?とても不愉快よ」


 サファイアのような瞳がギロリと動く。身体中から溢れ出る冷気が、迷路の怒り具合を表していた。


「めーちゃん、少し落ち着いて?」


 いつのまにか馬車から降りていていたロゼが迷路の手を取り、女性を解放する。


「この人たちが強引だったのもあるけど、一回落ち着こ?こんなんじゃ話し合いもできないんさね〜」

「……そう、ね。悪かったわ」


 座り込んだ女性が咳き込む。


「リーダー!」

「大丈夫ですか、リーダー!」

「かはっ、かはっ……いてて、一体なんだって言うのよ!」


 女性はキッとその目を細めて迷路を睨みつけた。敵愾心丸出しである。


「アンソンさんの使いの人?でもお生憎様、アタシらは引き返すわけにはいかないんだよ!あんたらこそ!ここはか弱い女の子が来る場所じゃないんだよ!?」

「いきなり強気になったわね。どうしたの?安そうなプライドでも傷つけられたのかしら?」

「_____ッ!?このっ!」


 迷路に掴みかかろうとする女性を、メンバーたちが必死に止める。一方の迷路も、木葉が袖を引っ張ることで沈静化していた。


「迷路ちゃん、喧嘩は駄目。ごめんね、私のために怒ってくれたんだよね。ありがと」


 少し潤んだ瞳で、木葉は微笑む。その瞬間、迷路の暗かった瞳に一気に光が灯った。一瞬ハートマークになったのは気のせいですかね?


「木葉……わかったわ。だからそんな泣きそうな顔しないで?」


 そっと木葉の目元に手を当て、涙を拭う。迷路が微笑むと、木葉も嬉しそうに微笑んだ。


「わー、イチャイチャご馳走さまなんよ〜。さて、そっちの人も落ち着いたかな〜?」


 女性はフードを深くかぶったロゼを暫く警戒していたが、その声がまだ少女のものであると分かると警戒を少し緩めた。


「白月級がアタシに指図する気?」

「僕まだ何も言ってないんだけどなぁ〜、人の話はちゃんと聞いた方がいいんさよ〜?」

「悪いけど、アタシは自分より下の人から指図は受けないし、アンソンさんの言うことを素直に聞く気にもならない。何が何でもアタシらは進まないといけないんだ」


 その瞳には強い意志が宿っていた。ここまで言われてそれを止めようと言う気力はもう迷路たちにはない。というか正直怠い。


「警告はしたわよ?それにこの先は今本当に危険な状況。これから進む私たちの邪魔だけはして欲しくないのだけど?」

「ふん。行くよ、みんな。ジラたちの行方を探さなきゃ……」


(聞く耳持たず、ね。)


 先頭の女性は踵を返して再び洞窟に向けて歩き出した。他のメンバーたちもぞろぞろとついて行くが、何人かは名残惜しいのか、それとも罪悪感からか木葉に手を振って来た。


「別に、振り返す必要なんてないのに」

「そこがこののんの良いところだよね〜」

「貴方、悔しくないの?あんな風に言われて」

「タグで優劣を付けるのはある意味普通の反応さね。ああいうのは今までも結構あったから特には気にしてないんよ〜?もっと酷い理不尽を、僕は沢山見て来てるからね……」

「あの人たち、根は悪い人じゃないんと思うんだ」


 手を振り終え、木葉が振り向いてそう言った。


「多分何か譲れない思いというか、信念があってそれを邪魔されたくないって一心で熱くなっちゃったんだと思う。だから、多分ふつうに話せば良い人達だと思う、そんな気がする」

「木葉……」

「私たちも行こっか!日が暮れる前にある程度洞窟の状況も見ておきたいしね!」


 満面の笑みを浮かべる木葉。それに毒気を抜かれたように2人も馬車に乗り込んで行く。

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