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1章3話:ツクリモノの笑顔

クラスメイトの名前はそんなに覚えなくていいです笑

 櫛引木葉の役職。それは、


「ま、おう……?」



【櫛引 木葉/15歳/女性】

→役職:魔王 (月の光)

→副職:剣士

→レベル:??? (計測不可)

→タグカラー:

HP:2805

物理耐久力:1237

魔力保持量:5490

魔術耐久力:3278

敏速:1670

【特殊技能】《捏造》《鬼姫》→

両面宿儺(りょうめんすくな)

茨木童子(いばらきどうじ)

【通常技能】《言語》

・強化技能:《身体強化》《精神汚染耐久+》《自動回復力強化》《切断力強化》

・剣術技能:《居合》《切断》

・防護技能:《障壁》

・回避技能:《察知》《奇襲回避》



 何度見ても、この表示は変わらなかった。

 咄嗟に木葉は周りを見渡した。みんながみんな、自分のステータス画面に夢中で木葉を見ている人はいない。だが木葉の心は全く穏やかではない。だって、


「……ど、どうしよう。だって、ま、魔王って」



 ーー倒すべき敵。



 ゾクっとした感覚。また血の巡りが早くなった気がした。木葉はひとまず深呼吸して、対応を考える。


(でも、私が魔王なんて言ったら、私どうなっちゃうのかな? みんなに……こ、殺される?)


 魔王は敵。この世界における悪。魔族の頂点にして亜人族の暴走の原因。という風に説明を受けた。ということは、魔王という存在はやはり神聖王国にとっては倒さなくてはならない相手なのだ。


(……いや、だ。私は、花蓮ちゃんや、千鳥ちゃん、樹咲ちゃん、クラスのみんなに、倒されたくない。戦いたくない……)


 動悸が早くなる。


(どうすればいい? 考えろ、考えろ木葉! 私が私でいるために、櫛引木葉でいるためにはどうすればいい!?)




 不意に、ステータス画面のある一部分が目についた。




 ーー特殊技能:《捏造》




 という表示。捏造? 捏造ってなんだろう? もしかして、『表示の捏造』? そんなまさか? でも、それ以外に捏造とはなんだろうか? 


(やってみるしかない!)


 木葉は決意した。


 ーー隠し通そう。


 自分が魔王だなんて知ったら、きっとみんな悲しむ。それどころか、自分を敵としてみなして殺そうとするかもしれない。クラスの人がそうしなくても、神聖王国が自分を殺そうとするかもしれない。まだ死にたくない、と木葉は強く思った。


(すきる? とかいうものの使い方は知らない。でも、お願い!)


 息を吸った。心臓の鼓動がうるさい。なにも聞こえない、なにも見えない、なにも感じない状況を作り出す。イメージしたのはあの夢の中。あそこなら、誰にも邪魔されない。

 鉛色の空、影のついた草原、深い霧。だけど、これは夢じゃないからその草原に女の子はいない。でもそれでいい。

 木葉は初めて、この場所に1人で立っていた。


(よし、やろう)




「特殊スキル:《捏造》!」




 その瞬間、木葉の目の前に数列が現れた。全く意味のわからない数字の列に、たじろいでしまう。木葉は数学が大の苦手だった。


(とにかく、普通のステータスにしたい! 捏造だけど、其の場凌ぎにかならないかもだけど! それでもッ! 


私はみんなに嫌われたくない!)


 木葉の願いを受けて、数列がだんだんと文字に変わっていく。木葉が手を伸ばし、その数に触れようとするも、数字は次々と文字を形成していった。


(お願いッ!)


 目を瞑って嘆願する。血の巡りが早くなり、呼吸が荒くなる。これが、魔法を使っているという感覚なのだろう。幸い先ほど見た時の木葉の魔力量は5400もあった。この分なら一度のスキル使用で枯れるようなことはあるまい。

 木葉が目を開くと、そこには捏造済みのステータス画面が完成していた。



【櫛引 木葉/15歳/女性】

→役職:料理人

→副職:家政婦

→レベル:1

→タグカラー:

HP:10

物理耐久力:12

魔力保持量:15

魔術耐久力:10

敏速:7

【特殊技能】《キレイキレイ》

【通常技能】《言語》



「うわぁ、弱そう……」 


 数字だけ見れば凄まじい退化である。


 それでも木葉は安心した。これで『普通』だ。もしかしたらみんなの役には立てないかもしれない。けれど、みんなと戦うよりよっぽどいい。

 安心したら突然目の前の景色が変わってしまった。草原から、先ほどの運動場へ。どうやらみんな大体確認し終えたようだ。


(花蓮ちゃんたちはどうなったかな? ていうか、私本当にバレないよね? 隠し通せるよね? うぅ、心配だなぁ)


 すでにレガート団長の元に数人並んでおり、ガックリと肩を落とす者、喜びに打ち震えている者と反応は人それぞれだった。


 木葉は樹咲の後ろに並んだ。


「お、木葉! なぁ、どうだった?」

「料理人」

「へ?」

「料理人だよ! 樹咲ちゃん!」

「え!? ええぇえ!? うっそだぁ!」

「ちょ、声が大きいよぉ!」


 木葉は心の中の恐怖を押し殺そうといつもより大きい声で、元気を装って接した。周りの子たちもびっくりしていた。樹咲の声の大きさにだ。


「いや、だって、えぇ!? うそぉ。木葉が?」

「うん!」

「まぁ、その……なんだ、気にすんな……ってあれ? なんか木葉喜んでないか?」

「うん! これで樹咲ちゃんたちに美味しいご飯作ってあげられるよぅ!」

「な!? て、天使かこの子は!」

「ラーメン作りなら任せてね!」

「なんでラーメンなんだ?」

「私、ラーメンしか作れないんだぁ」

「本当になんで料理人なんだろ……」


……


…………


……………………


 レガート団長にステータス画面を見せた時は異常に驚いていた。それもそうだろう。レガート団長は、クラスの影響力も考慮して白鷹 語李か櫛引木葉が勇者だと考えていたのだ。それも櫛引木葉が鍛えていることも見抜いていた。その勇者最有力候補のうち、特に勇者らしいと考えていた少女がまさかの……。


「櫛引木葉……料理人……」

「え!? ええええええええええ!?」


 クラスのみんなは木葉の剣の腕を知っている。それだけでなく普段の身体能力の高さや頭の回転の速さ、いざという時の決断力とみんなを率いる統率力も知っているのだ。それがこんなモブみたいな役職を与えられたとなれば、憤慨する人はするだろう。主に尾花花蓮が。


「な、納得できません! どう考えてもこのクラスでは木葉ちゃんが一番強いはずですッ! やり直しを! ちぇえぇんじ!!」

「お、落ち着いて花蓮ちゃん! 私料理人で良かったと思ってるよ? ほら、料理苦手だったからこれを機に覚えたいもん!」

「初心者なのか……ますます訳がわからない。これほど見合ってない役職が与えられることなど、普通はないはずなのだが……」


 これにはレガート団長も弱ってしまう。しかも副職が戦闘職なら兎も角、


「家政婦て……」

「お、お嫁さん! お嫁さん修行だよ! 多分!」

「いけません! 木葉ちゃんがお嫁さんなんて!! どこのどいつに嫁ぐの!? 私そいつ殺さなきゃッ!!」

「花蓮ちゃん!? 嫁がないよ!? 修行するだけだよ!」


 花蓮の暴走が止まらない。これには流石の木葉も苦笑いである。


「で、勇者は誰だったんだ?」


 天童(てんどう) 零児(れいじ)が尋ねる。実は初めに有力候補の白鷹(しらたか) 語李(がたり)に尋ねていたのだが、


「俺は槍使いだ。てことは、他の奴かな?」

「うっそ、語李くんも勇者じゃないの?」

「俺絶対木葉ちゃんか語李か零児だと」

「因みに零児は?」

「武闘家……」

「あぁ、似合うわ」

「うるせぇ!」

「んじゃ、結局誰が」




「俺だ」




 突然団長の前に立った少年。


「うっそ……」

「終わったな……」

「うわぁ……」


 黒髪のDQN、船形(ふながた) 荒野(こうや)だった。戦闘向きといえば戦闘向きだが、ガチの不良である。それも、評判の悪い筋金入りの不良だ。他クラスの奴らをパシリに使って苛めたり、酒タバコに浸り、喧嘩ばかりして、裏ではドラッグを持っていたりなんて噂も出ている。みんなは触らぬ神に祟りなしといった感じで関わろうとしなかったのだが。


「ふむ、お前の名は?」

船形(ふながた) 荒野(こうや)

「ステータス画面は……あぁ、たしかに勇者だな」



船形(ふながた) 荒野(こうや)/15歳/男性】

→役職:勇者

→副職:火薬技師

→レベル:1

→タグカラー:

HP:120

物理耐久力:120

魔力保持量:120

魔術耐久力:120

敏速:80

【特殊技能】《破壊》《光射》

【通常技能】《言語》

・強化技能:《身体強化》

・攻撃技能:《反射》《爆破》

・状態技能:《移動緩和》《魔力対抗》



「つーわけだから、勇者:荒野様でやってくんで! 頼むわ団長さん、ギャハハハハッ」


 団長の肩をポンポンと叩いて不快な笑い声を上げたのち、振り返って、


「あー、テメェらも勇者である俺に偉そうな口聞いたらぶっ殺すからな? 特にさっきのキモオタ、勇者になりてえって想像してたお前だよゴミ!」

「し、してないです」

「あ"? 聞こえねぇな、はっきり言えよ」


 勇者が誕生した瞬間だが、みんなの反応は芳しくない。頼むから語李(がたり)か木葉が良かった……と団長を含めこの場のほぼ全員がそう思ったのだった。


……


…………


……………………


〜晩餐会会場にて〜


 案の定、勇者は大暴れしていた。


「ぎゃはははっ! おい酒を寄越せ! 女も連れてこい! あん? てめぇなにジロジロみてんだよクソオタクが」

「み、みてないっす……」


 それを遠巻きに眺めるクラスメイトたちは、内心神聖王国終わったな……と結構真面目にそう思っていた。


「よりによって船形(ふながた) 荒野(こうや)はねぇだろ。ふつうに語李(がたり)で良かったのに……」

「俺にはそんな責任感はないさ。こうなった以上荒野を全力でサポートしていくしかないな」


 天童零児と白鷹語李(しらたかがたり)はお互い溜息を吐きながら会話する。さて、彼らのステータスは以下の通りである。



天童(てんどう) 零児(れいじ)/15歳/男性】

→役職:武闘家

→副職:鍛冶屋

→レベル:1

→タグカラー:

HP:80

物理耐久力:130

魔力保持量:60

魔術耐久力:60

敏速:20

【特殊技能】《鉄拳》

【通常技能】《言語》《パワー向上》


………………………………………………………………


白鷹(しらたか) 語李(がたり)/15歳/男性】

→役職:槍使い

→副職:探窟家

→レベル:1

→タグカラー:

HP:80

物理耐久力:100

魔力保持量:100

魔術耐久力:80

敏速:70

【特殊技能】《白刃の先》

【通常技能】《言語》《身体強化》《槍術》



「やはり、勇者の初期ステータスには届かない。これからもっと離されるんだろうな」

「でもさ、さっき聞いた話ほんとなんかな。勇者が死んだら、その役割が誰かに引き継がれるって。これってもし王国に不都合なことやったら荒野のやつ消されるってことっしょ? やべぇ……血を見るべ、これは」

「不謹慎なこというな。あいつだってクラスメイトなんだ。話し合えばきっと分かってくれるさ」

「だといいけどなぁ」


 晩餐会での勇者の素行はともかく、王女や王子が出席するとのことで、みんなは興奮を隠しきれなかった。

 サラサラの金髪と真っ白な肌、絵本の中で見たような本物のお姫様を前にクラスのみんなはカチコチである。流石に荒野も王族に対してはわきまえているよう……あ、嘘ごめん全然わきまえてない。めっちゃ腕組んでる。ゴミみたいな態度である。


「貴方が勇者ですか?」

「あぁ、船形荒野だ。これから頼むぜ」


 まさかのNO敬語に、一瞬たじろぐマリア王女。だがすぐにその顔を柔和な表情へと戻す。


「私はマリアージュ、この国の王女です。王国のこと、頼みましたよ勇者」

「おう、任せろよお姫様ぁ」


 マリア王女は非常に嫌そうな顔をしそうになって、すんでの所で押し留めた。その後何故かキョロキョロし始める。


「それで……その、あの」

「どうかされました? 王女殿下」


 語李が尋ねる。彼は敬語を使うのに慣れているようだ。普段の素行の良さ故である。


「あの、茶髪の可愛らしい少女は、何処でしょうか?」


 顔を赤くしながら、マリア王女は尋ねた。これを見たクラスメイトたちは、嗚呼毒牙にかかりかけてる、と察した。ちょろい、ちょろいぞ王女殿下。


「あ〜、そのことなんですが……木葉は体調が悪いらしくて……少し経ったら来るとは言っていたんですが」

「具合悪そうだったもんな。無理ねぇよ……だって料理人と家政婦だぜ? 流石にちょっとショックだろアレは」

「ああ、顔色も悪そうだったな。気に病むことはないと励ましてやらないと……」

「そ、そうですか。では来たら教えてください。可愛がりたい……じゃなくて、お話したいことがあるので。ではご機嫌よう」


 言ってた、言ってたぞ王女殿下。願望ダダ漏れじゃないか。


 とは言え木葉については多くのクラスメイト達が心配している。勿論彼女の友人達はその筆頭格だ。


「木葉ちゃん、大丈夫かしら? やっぱり私も晩餐会を休めば良かったわ」

「そりゃ駄目だろ。なんたって副リーダー様なんだから」


 クラスのリーダーは勇者である船形荒野として、その船形の暴走を止めるために副リーダーも設定されることとなった。それが、尾花花蓮と白鷹語李である。花蓮が選ばれたのは、そのステータスの高さと能力面でのことだ。



尾花花蓮(おばなかれん)/15歳/女性】

→役職:弓兵

→副職:召喚術士

→レベル:1

→タグカラー:

HP:100

物理耐久力:40

魔力保持量:100

魔術耐久力:70

敏速:30

【特殊技能】《閃光》

【通常技能】《言語》《命中率向上》《魔力向上》



「まさか副職まで攻撃職とはねぇ。良かったじゃないか。弓道習ってるから弓は慣れてるだろう?」

「えぇ、そうね。千鳥ちゃんも剣士でしょう? これからもよろしくね」

「ああ、こちらこそ」

「アタシも守護戦士だから前衛だな。よろしく頼むぜ!」

「勿論よ樹咲」

「ああ!」


 一応、二人のステータスも紹介しておこう。



鮭川(さけがわ) 樹咲(きさき)/15歳/女性】

→役職:守護戦士

→副職:建築士

→レベル:1

→タグカラー:

HP:90

物理耐久力:120

魔力保持量:10

魔術耐久力:60

敏速:20

【特殊技能】《全面守護》

【通常技能】《言語》《防壁》


………………………………………………………………


鶴岡(つるおか) 千鳥(ちどり)/15歳/女性】

→役職:剣士

→副職:勘定人

→レベル:1

→タグカラー:

HP:70

物理耐久力:110

魔力保持量:10

魔術耐久力:50

敏速:60

【特殊技能】《刺突》

【通常技能】《剣術》《言語》



「はぁ、3人とも割と向いてる役職だったのに、どうして木葉ちゃんだけ……」

「料理人はねぇよなぁ。木葉、今回完全に戦力外になっちまった」

「木葉ちゃんの分まで僕たちが頑張るしかないね」

「んじゃぁ、とりあえず食うか! 木葉もそのうちこっち来るだろ!」

「そうね、食べましょう」


 晩餐会はつつがなく過ぎて行く。


……


…………


……………………


 暗い部屋。その中で、灯りもつけずに木葉はベッドに横になっていた。ステータス画面を開く。


「……ぅぅあ。くぅぅ、ひっく……なんで、私……ううっ、グスッ……」


 そして表示を見て涙をこぼす。何も変わらない表示。

 捏造スキルを解いて確認した結果、やはり変わってないことに気づいたのが先ほどのこと。一時的には隠しきれたものの自分が魔王であるという事実を隠していかなくてはならないということに不安を覚え、その事を誰にも相談できないことがさらに木葉を苦しめた。


 コンコン。


 部屋に響くノックの音。続けて優しい声が聞こえてくる。


「櫛引さん、いますか?」


 最上笹乃の声。信頼する大人がお見舞いに来てくれた事実に、少し安心した木葉は躊躇うことなくドアを開けた。


「ああ、良かった。具合はどうですか?」

「うん、大丈夫だよ先生。心配かけてごめんね?」

「いいえ、無理もありません。櫛引さんだってみなさんの役に立ちたいって思ってたでしょうに……」


(そっか、私がこの役職だとみんなの役に立てないって悩んでると思い込んでるんだ……。これは好都合……なのかな?)


「ううん。大丈夫。それに、料理人だってみんなに美味しいご飯作ってあげられる訳だし、役に立たない訳じゃないよ! だから……あれ?」





 ぽろぽろと、涙が零れ落ちた。





 なんで? と疑問に思ったが、それが先生に抱きしめられたからだと気づいて、感情の抑えが効かなくなってしまった。


「無理しなくていいんです……木葉ちゃんは、例え戦えなくてもクラスの一員ですから。だから、今は泣いてもいいんですよ?」


 完全な勘違いである。木葉が泣いていたのは魔王であることを誰にも相談できずにいたところ、先生が抱きしめてくれたからそれに安心して溢れた涙だった。でも、


(でも、それでいいんだ。勘違いだけど、今はその勘違いに甘えて、温もりを感じていたい。だから少しくらい、いいよね?)


「う、うぅうぁ、あぁ、うわぁぁぁあん! せん、せい……うぅぅ、グスッ、グスッ……」

「大丈夫、大丈夫ですから……ね?」

「うん……うん! ありがとね、先生」


 木葉は泣いた。自分が役に立たないからではない。自分がみんなの敵になってしまうかもしれない、みんなに敵意の目で見られるかもしれないという恐怖を心のうちに抑え込むことができなかったが故の涙。結局木葉は魔王であることを打ち明けられなかったけど、今はそれで良かった。


 暫く泣いていた木葉だったが、落ち着いてきたのか笹乃から離れた。


「落ち着いた?」

「うん、先生ありがと……えへへ」


(か、可愛い! あぁダメね私、櫛引さんを贔屓目で見てしまっているわ、教師なのに。でも櫛引さんが可愛いのがいけないのよ! うん、そうよ!)


 木葉が安心したのは事実だ。だから、そこでやめておけば良かったのに、





 笹乃は要らないこと、言ってはならないことを言ってしまった。





「大丈夫。きっと直ぐにみんなが魔王を倒してくれるわ! 魔族が人々を襲っているのは魔王が原因なんだから、魔王さえ倒せればそれでみんな帰れる。私だって非戦闘系なのよ? 一緒に、みんなの頑張りを見守りましょう、ね?」


 木葉は、これを聞いて目の前が真っ暗になる思いがした。笹乃に悪気はなかったのだ。だってまさか木葉が魔王であることなど、予想だにもしなかったのだから。でも笹乃のその言葉は、木葉のこれから突き進む運命(・・)を決定づけてしまった。


「そ、そうだよね。えへへ、先生は優しいなぁ」


 木葉は、咄嗟に"ツクリモノ"の笑顔を浮かべた。木葉の得意な、人工的な貼り付けたような笑みだった。


(……そうだよね。やっぱり魔王を倒さないと、魔族の侵攻が止まらないんだよね。今だって、何千人という人が魔族の侵攻に苦しめられてる。だからこそガタリくんや花蓮ちゃんたちが戦う気になったんだけどね……けれど、私は)


 明るい表情とは裏腹に、木葉の心はどんどん暗くなっていく。

 木葉は昔から感情を押し殺すのが得意だ。それは6年前に姉がなくなった頃からさらに悪化したと言っていい。みんなを元気付ける性格をしているのに、自分のことはあまり話したがらない。親友の花蓮でさえ、木葉のことをあまり深く知っているわけではないのだ。


 だから、みんな木葉が『あんなこと』になるまで、誰も彼女の心の闇に気付くことが出来なかった。

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