TIPs:エガオノウラの本質
俺のクラスには、不思議な女の子がいた。
その子はとても頭が良かった。テストの成績は常に100点満点。いつも大人たちと何やら頭の良い会話をしていて、色んな分野で賞状をもらっていたのをよく覚えている。全校朝会の賞状授与の時にはいつも彼女を呼ぶ声が響き渡って、俺は幼心に嫉妬したものだった。
その子はとても大人びた子だった。あまりクラスの輪に入らず一人で難しそうな分厚い本を読んだり、絵を描いていたりしていて。そうだな、彼女と遊んだのはクラスで定めたお楽しみ会の時くらいだっただろうか?
俺、白鷹 語李は小さい頃から恵まれていたと思う。両親は日本の財界を動かすほどの大企業を経営していて、俺自身色んな教育を受けた。いわゆる、英才教育とかいう奴だろう。礼儀作法は勿論、乗馬やバイオリンなんて、まるでアニメにでも出てくるような金持ちのボンボンのような教育まで受けさせられた。
小学校4年生になる頃にはもう同年代に様々な点で差をつけていた。こんなことを言うとまるで嫌味のようであるが、正直俺と渡り合うような同級生はいなかった。それでも俺はそんなくだらないことで同級生を見下したくなかったし、彼らが持ってるゲームソフトで遊んだり校庭でサッカーをするのは本当に楽しくて……。それでもどこかで自分だけが彼らの年代じゃないような気がして、少し寂しかった。
クラス替えをして5年生のクラスに入った時、とてもとても可愛らしい女の子に出会った。その女の子は、確かに前から可愛いことで有名で人気だったのを覚えている。けれどそれだけだった。クラスも違ったことだし、俺はその子とあまり関わったことがなかった。容姿を除けばどこにでもいるような普通の子。そんな認識程度だった。しかしクラス替え後の5組で、俺はその認識を改めなくてはならなかった。
文武両道、才色兼備でクールな女の子。小学生女子にはまるで相応しくない肩書きこそ、彼女にはふさわしかった。勉強、絵、習字、運動……。特にすごかったのは剣道だ。彼女の太刀筋には一欠片の乱れも感じない。まるでロボットのように、無表情無感情で竹刀を振り回して相手を薙ぐ。そんな彼女が、小5の俺にはとても美しく映った。
その一方で少し冷たい面が目立った。やはり誰とも話さず、話しかけられても「そう……」と言ってそこで会話を途切れさせてしまう。小4時の彼女のクラスメイトが話しかけても答えは同じ。まるで同年代など興味ないと言わんばかりの仕草で、彼女は瞬く間に孤立していった。
後から小4までの彼女のクラスメイト達に聞いた話なのだが、小5に上がる少し前に彼女の性格はガラリと変わってしまったらしい。そんな彼女をクラスメイトは恐れ、先生まで次第に気味悪がるようになった。
それでも俺は彼女のことがずっと気になっていた。小5のある日、日向ぼっこをしている彼女に話しかけたことがある。
「○○さん。何しているんだ?もうすぐ昼休み終わっちゃうよ?」
彼女は虚ろな瞳でゆっくりとこちらを見た。美しかった。まるでこの世の存在ではないかのような、触れたら消えてしまうような、なんとも形容しがたい儚さが確かにあった。そんな彼女にドキッとしながらも、それを悟られぬように俺は彼女を見つめた。だが、彼女が次の瞬間口にした言葉は、俺を驚愕させるには充分なものだった。
「同じだ」
「へ?」
「私と同じ。君、とっても寂しそう」
言葉を失った。ずっとずっと、悟られないように、笑顔を貼り付けて生きてきたのに……友達の誰も気づかなかったのに。この子は……?
「同年代相手はつまらない?いや、違うかな。その感情は他人ではなくむしろ自分に向けたものか。そんな風に寂しさを覚えている自分を嫌悪してる。君は良い人だから、同年代と少しだけ違ってしまった自分が嫌い……か。難儀だね、お金持ちのお坊ちゃんって」
俺の、本質を全て言い当てた。全く子供らしくないゾッとするような声音で、口調で。まるでそっと歌でも歌うかのようにすらっと言ってのけた。
「ど、どうして……」
「んー、強いて言えば作り笑いの道には上があるってことかな。寂しさという感情を、完全に表情に出さないなんて芸当は難しいからね。私の場合は、まぁ、その感情は死んだって言った方が正しいのかな?」
意味がわからない。彼女は何を言っているんだ?そう思考しているうちに、彼女はゆっくりと立ち上がって言った。
「昼休み終わっちゃうね。いこっか、語李くん」
立ち上がり、同じ目線になって気づいた。彼女の目は、覗き込んだら吸い込まれてしまうほど綺麗な瞳をしている。けれど、その目には光が灯っていなかった。
…
………
………………………
あれから少しだけ彼女と話すようになった。まぁ、本当に少しだけだが。相変わらず彼女は孤立していたし、同級生たちは彼女を恐れ続けた。それでも彼女は様々な分野で活躍し続けた。だから俺もそれに負けじとより一層色んなことを頑張ってきた。
卒業式が近づく小6の冬だっただろうか。ある日、事件が起こった。
彼女のちょっとした態度にイラッときたのか、はたまた有名私立中学を受けるライバルだったからなのかは知らないが、クラスの女の子が彼女に突っかかり始めた。その子はクラスの女子の中心で、その子に味方する子は多かった。
「ねぇ○○さん、私あなたのそのどうでもいいみたいな目が前から大っ嫌いだったの。聞いてるの?」
「……そう」
「___ッ!このっ!」
彼女に相手にされていないとわかったその女子は、激昂して彼女に掴みかかった。元から自分たちを相手にしていない彼女に対して不満があったのか、まわりの女子たち、果ては男子たちも彼女を非難し始めた。彼女はというと、あいも変わらず無愛想に窓の外を見つめているだけだった。
結局この事件は先生が駆けつけたことで直ぐに解決したけれど、彼女とクラスメイトたちの不仲を決定的にしてしまった。それでも俺は、彼女のどこか人間離れした雰囲気が好きだったし、尊敬していた。
だから、中学に上がったとき、驚いたのだ。彼女のあまりの変貌ぶりに。
「あ!語李くん!そういえば小学校の同じクラスで一緒の子は語李くんだけだったよね!!良かったぁ、知ってる人がいて!」
チガウ……誰だ、こいつは?
目の前が真っ白になる思いがした。目の前の少女、私立中学の可愛らしいブレザーに身を包み微笑んでいる彼女は間違いなくあの○○さんで、奨学金を勝ち取ってこの中学に通うと噂になっていたあの○○さんで……?
「ねぇ!!○○さん!あのかっこいい人誰!?」
「えへへ、えっとね!同じ小学校の白鷹……」
何だこれは……?まるで別人だ。本当に○○さんか?いや、顔は同じだ。中学生になってさらに可愛くなった彼女にはかなり心が揺れ動いたが、それとはまた違う感情が俺の心を支配していた。
ふと、あの日、事件の日に彼女と話した時のことを思い出した。いつか彼女が日向ぼっこしていたあの場所で、彼女は少し切なげにこう言ったのだ
「やっぱり、私のやり方はあまり上手なものじゃないね。自分では結構上手くやってると思ってたんだけどなぁ。ねぇ、語李くん。
私って、貴方の目にはどう見えてる?」
あの時なんと答えたのだったか、どうしてか思い出せない。けれど俺は、きっと正解に辿り着かなかったのだろう。俺がいつぞやの言葉をお返しするようなら、今の彼女に対してこう言うだろう。今の、違和感ある笑いを浮かべた彼女に、こう言うだろう。
「作り笑いの道には上がいる。けれどやはり君は、作り笑いが上手ではないよ。少なくとも俺が見た限りじゃ寂しさが露呈してる」
中学の校舎を夕焼けが染めていく。教室で2人きりだというのに、俺はやはり彼女に対しては畏敬の念が強いらしい。作り笑いを浮かべ続けていた彼女の表情からふっと笑みが消える。その瞬間、俺はゾッとするほど恐ろしい何かに相対しているような錯覚に陥った。
「そっか、へぇ、そっか」
そうやって俺を見た彼女の、いや、櫛引木葉の瞳は、おぞましいくらい冷たいものだった。
俺は知っている。彼女は優しくて、努力家で、友達思いな反面、
「利己的で打算的で冷酷、かな?あぁ、でもみんなには黙っててね?意外と今のこの状況、私結構気に入ってるんだよね。だからさ」
そして、俺は知っている。
「これからも、よろしくね?語李くん」
彼女は、そんな風に笑うこともできる人間だということを。




