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TIPs:社畜!レガート・フォルベッサ

「雲行きが怪しくなってきたねぇ」


 黒雲立ち込める鉛色の空を眺めながら、ティーポットでカップにお湯を注ぐ老婆。薔薇の絵が描かれたティーカップには高級そうな紅茶が注がれていく。部屋には紅茶の香りが立ち込め、ソファに腰掛ける男性は自分の心が落ち着いていくのを感じていた。


「窓、閉めましょうか?お祖母様」

「そうだねぇ。お客さんにも悪いからねぇ」


 紅茶を淹れる老婆の名はフォレスト・カルメン。前国王エルクドレール7世の宰相を務めた人格者。その側には孫娘:トゥリー・カルメンが控えている。王国屈指の名門ラクルゼーロ大学の生徒会長的なポジションに位置しており、全学生から絶大な支持を得ている完璧美人だ。


「あぁいえ、お構いなくカルメン卿。しかし良いお茶ですね。連邦、いや東国の方のお茶でしょうか?香りが独特だ」


 お茶の香ばしい香りを楽しむ赤毛の男性はパルシア神聖王国の近衛騎士団団長:レガート・フォルベッサ。王国中の若い女性から絶大な人気を誇るイケオジである。


「連邦の東、メルカトル大陸と海を隔てた大陸の国のお茶だよ。最近連邦経由でなんとか手に入ってねぇ」

「なるほど。短距離ルートたる帝国とは貿易していませんからね」

「今の国王がどれだけ戦争を上手く進めているかは知らないけどね。さて、レガート。お前さん一体どんな用事でココに来たんだい?」


 フォレストが問う。レガートは昔フォレストによく世話になっていたため2人は割と長い付き合いである。フォレストが王宮を退いてからも私的な交流は続いていた。


「はは、意地悪言わないでくださいよ。単に世間話をしに来ただけです」

「こんな物騒な世間の話なんかあたしゃ聞きたかぁないねぇ」


 フォレストはカップを持ち上げ、紅茶を一口。鼻腔を突き抜ける香りに上機嫌になるフォレスト。その様子をみてレガートは苦笑いしつつ、焼き菓子に手を伸ばす。


「ハザールド反乱軍のことですか?確か風切りの乙女とも交流があったとか?」

「うちの大学の生徒ではないけどねぇ。カディーとは時々話す仲だった。それに、あたしゃハザールドにも何度か行ってるからねえ」


 レガートは目を細めて考え込んだが、トゥリーが睨むと苦笑してまた焼き菓子に手を伸ばす。


(上からはカルメン卿の動きを見てこいと言われたが……カルメン卿に謀反の意思などないことは明白だ。しかしこう謁見にも来ないと叛意を疑われても仕方がない)


「で、レガート。魔王討伐についてはどうなっているんだい?」

「そちらに興味がおありでしたか」

「一応国の危機だからねえ。政界に戻って死ぬ気はなくとも、国を憂う気持ちくらいはある」

「なるほど。現在勇者のレベルは紫月級に到達する勢いです。ただしパーティーの不仲が目立ちます。1人の生徒が使い魔に連れ去られてから、その精神的ショックが抜けていないものも多く……」

「あぁ、そういえば1人連れ去られたんだったねぇ。気の毒なことだよ。あれからたった日数も考えれば、生きている確率はゼロに等しい」

「えぇ。ですが、ラクルゼーロ大学の学生が戻ってきたという話を耳にしました。フォレスト卿のお力があれば、と考えているのですが」


 フォレストの目が鋭くなる。


(なるほど。その話を聞いてのラクルゼーロ視察か。いや、アタシの叛意の有無の確認も兼ねている。私事で来たのも事実じゃろうが、上からの命令は厳守する。まったく変わっておらぬなこの誠実さは)


「ラクルゼーロ大学の学生が戻ってこれたのは、とある冒険者の力添えあってのことだ。別にアタシは何もしていないさ」

「とある冒険者、とは?」

「最強の剣士と魔法使い、とだけいっておこうかね。お主らの耳にも入っているのではないのかい?」

「初耳ですね。実力のほどは?」

「ゴブリン王、並びに500近いゴブリンを易々と殲滅してみせた。これだけでも紫、いや銅月級にさえ匹敵するかねぇ。まだまだ本気を出しきっていないから、ひょっとすると銀月級くらいの強さはあるかもしれないね」


 フォレストは笑って答える。まさかの回答に、レガートは驚きを隠せない。


「銀月!?それならば直ぐにでも魔王討伐戦力に加える必要があります!何故そのことを報告なさらないのですか!?」

「タグカラーはまだ翠月級。焦ることもなかろう?それに、今は色んな所をぶらぶら旅しとるだろうから、あまり呼び止めるのも可哀想だしねぇ」

「国家の危機ですよ?」

「お主らも銀月、銅月の冒険者を魔王討伐に当てるんだろう?勇者もいることだしねぇ。銀月級のやつらはなんとか集まっているかい?」


 王国には数名の銀月級、銅月級が存在している。国家の危機の際彼らは動員されて王都に集結する。とはいえ、銀月級くらいにもなれば変わり者が多いらしくなかなか連絡が取れないなんていうパターンは多い。


「勇者パーティー26名と補欠を主体に、ノスヴェル閣下の第2師団、近衛騎士団、銀月級冒険者率いる冒険者連合といった大パーティーになりそうです。銀月級冒険者には現在声かけを行なっておりますが、【アリエス主幹】のみが参加を表明しているという状況です」

「芳しくないねぇ。ピラーエッジ家のクソガキにそんな大役が務まるとは思えない。あのクソガキは喜んでやりそうだけどねぇ」

「本人はやる気ですよ。正直不安が残りますが」

「任せるなら【クエストライト卿】か【シルフォルフィル】の可愛らしい嬢ちゃんかってところだね」


 銀月級冒険者。彼らは人々に英雄として讃えられることが多々ある。過去存在した銀月級冒険者の英雄譚はこの時代にまで語られているし、なんなら教科書にも載っている。歴史の教科書は王都政府が検閲しているため、そこにはいくつか闇が存在しているが。

 例えばロゼが挙げた五華氏族の件。2人の勇者の件。そして、魔王に関する情報。


「国内外の反政府組織の動きも気になるので、あまりこちらにばかり戦力を割くわけにもいきませんからね。特にクエストライト卿には、南方大陸を抑えていただくという役目がありますし」

「国内外。あー、フルガウドの姫が目撃されただので懸賞金が出てたねぇ。フルガウド姫は目下、政府にとって最悪の逆賊だろう?」

「パルシア王の秘宝たる魔槍、あれの回収には異端審問官が向かってますよ。問題は【白磁の星々】それに【(とぶひ)】です」

「前者はヴィラフィリアの坊ちゃんが率いる反政府組織だったかね。後者はあれかい、政府になにかと反抗的な冒険者集団。まぁ、問題は前者だろうね」


((とぶひ)はいざ軍が動けばすぐ滅ぶ。でもヴィラフィリアの方はそうはいかないだろう。魔王も絡んできたし、そろそろお終いかねぇこの国は)


「ヴィラフィリア兄妹の行方は近衛が捜索中です。連日働き詰めですよ、我々は」

「そこは変わらんな、お主。昔から働きすぎでクタクタになった顔しか見たことがない。たまには休むのも仕事のうちじゃぞ?」

「はは、考えておきますよ」

「それは休まん奴のいうセリフだ」



……………


……………………


 さて、どうしたものか。

 大学内をゆったりと歩く。先のカルメン卿との話は、やはり殆ど取り止めのない話で締めくくられてしまった。まぁこれで仕事は終わったようなものだが。


「久しぶりに会いたい奴もいるしな」









「久しいな、シド。南部解放戦以来か?」


 ギルド会館では見知った奴が武器を磨いていた。ギルド:餓狼の巣穴のギルドマスター、シドである。シドとは年が離れてはいるが、これまた結構長い付き合いがあるのでラクルゼーロによる時はここに立ち寄るようにはしている。


「おい、ほんとに久しぶりじゃねぇか、レガート!んだよ、また一段と逞しくなりやがって。今日はなんでここに?」

「カルメン卿に用があってな。それより聞いたぞ?ゴブリン戦でかなり打撃を被ったらしいじゃないか。大丈夫なのか?」

「あぁそれか。まぁ、今なんとか立て直してる最中って感じだな。最悪全滅する可能性もあったわけだから、そこは嬢ちゃんたちに感謝だぜ」


 ん?今、シドはなんと言った?嬢ちゃん?


「あ?王都の耳には届いて……ってそうだった。あいつら自分の情報は消してたな」

「なんの話だ?」

「あー、これはお前を信用して話すけどな?笑うなよ?」

「シドの真面目な話を笑ったことなどないだろう?」

「ま、そうだな。今回のゴブリン戦、異例のA+級ゴブリン王を打ち破ったことで終結したって報告にはなってるんだが……」

「あぁ、そう聞いてる」

「そのゴブリン王を打ち破り、500近いゴブリンを討ち取ったのはな、2人の20歳にみたねぇ女子なんだよ」


 やはり、カルメン卿に聞いた通りか。


「何者なのだ?その女子2人。念のため聞くのだが」

「五華氏族関連じゃねぇぞ?烽も関係ねえ、そこは保証する」

「シルフォルフィル卿に関係する女子ではないか?もしくは年齢も考えて、本人なんてことは……?」

「シルフォルフィルってーと、あぁ、銀月級冒険者チーム【天撃(てんげき)(ほこ)】のリーダーさんか。いや、彼女のことは俺も知ってるから間違えたなんてこたぁねぇさ。まぁ彼女もあの美貌と若さであの恐ろしさだから、案外それに近いのかもしれねぇが」

「……名前は?」

「ヒカリとメイロだ。ま、あんだけ強えんだ。いずれお前も会うだろ」


 ヒカリ、メイロ。何か引っかかる。まぁいい。今はそちらにかまけている場合ではない。


「そうか。あぁ、悪いが私はここでおいとまする。頑張れよ、シド」

「おい、もう帰るのか?茶の一杯くらい」

「すまんが、王都の仕事が山積みでな。勇者の育成やら何やらで大忙しだ」

「わぁったよ。顔だしてくれただけでも嬉しいぜ。またな!」

「あぁ」


 ヒカリとメイロ。


 調べる時間はないが、一応心に留めておこう。いずれ会う時が来るやもしれない。それが果たして味方としてか、それとも敵としてかはさておきだ。

 私はまたコノハ嬢のような悲劇を起こさないためにも、やるべきことが残ってる。そして、願わくばまだあの子が生きていると信じて。


「さて、また仕事だ」

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