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2章6話:殺さなきゃ

〜ギルド連合後方にて〜


「きゃっ!」


 木葉向けて飛んできた矢が突然逸れる。


「矢避けのスキル?ちょっと意識しただけで逸れるんだね。あ、それより!!」

「えぇ、木葉は砦の方をお願い。多分そっちに強いのがいるわ。私は後ろのゴミ掃除をしてからそっちへ!」

「うん、了解!」


 そうして、木葉は走り出した。ぬかるんだ泥道をかける。その道中には、


「あっ!」

「う、ぅぅぅう!」


 形見のローブを身につけていた女の子、道中で友達となって少女の肩に矢が突き刺さり、苦しそうに呻いている。


「待ってて!今助けるから!」


 回復ポーションと状態異常のポーションを少女に飲ませる。顔色は依然として悪いが、これで少なくとも最悪の事態は防げたはずだ。


「くっ!誰かが下山させないと……あっ!」


 目の前には今にもゴブリンによって殺されそうになっている男の冒険者がいた。その手には既に抗うための武具がなく、恐怖で動かないでいる。


「や、やめ、やめろ!いやだ!!いやだぁぁぁあ!」

「はぁあっ!!」


 ゴブリンの首を刎ねる。鈍い音とともに血飛沫が飛び散り、木葉のお面を赤に染めていく。


「大丈夫ですか!?」

「ぁ、ぁぁ。女の、子?あぁ、さっきの!!すまねぇ、本当にすまねぇ……」

「大丈夫です。それより、ほかのベテラン組は?」

「殆ど前に出ちまった。お陰でこの辺の駆け出し組は……殆ど」

「_____ッ!生き残った駆け出し組を連れて脱出して!友達が後方を切り開いたから、多分今なら下山できるはず。貴方はそこの女の子を運んで!!」

「じょ、嬢ちゃんは?」

「私は残ってみんなを助ける。償いは、しなきゃ」

「無茶だ!!まだゴブリンは目視で500以上……ぁ、あぁ、あああぁ」


 ここら一体の冒険者の集まりに、ゴブリンの群れが向かってくる。崖の方にはゴブリン弓兵がずらりと並び、今にもこちらに矢を射かけんと醜い笑みを浮かべていた。


「ダメだ……母さん……」

「いやだ、いやだいやだいやだぁぁ!」

「フォルトナ神よ……」


(私が今できる償いは、仇を取ること。だったら!)


 瑪瑙を抜きはなち、構える。切っ先に想いを込めて、じっと目の前の崖を見据える。


「《斬鬼》ッ!!」


 振り下ろす鋼鉄の刃から、不可視の斬撃が放たれる。それは真っ直ぐと崖に向かっていきそして、


「「ぎぃぃぃいああああああああ!!!」」


 一度に20近いゴブリン弓兵を屠った。それだけではない。崖が崩れていく。それによって上のゴブリンが全滅しただけでなく、その崖下で待機していたゴブリン兵は落石によって潰されていった。


「きぃぃい!!」


 茂みに隠れていたゴブリン兵が木葉に矢を射かけるが、それを矢避けのスキルが防ぐ。背後に迫ってきたゴブリンをも察知し、振り返ることなく剣をふるってその首を刎ねた。


 パシャッ


「《察知》のスキルは万能だよね。さて、残りも殺らないと」


 冒険者たちは黙ってその蹂躙劇を見ているだけしかできなかった。先ほどまで嬉々として自分たちを襲っていた醜い小鬼たちが、自分たちと10以上も年の離れた少女に次々と斬殺されていく。少女は驕ることなく、戦いに狂うことなく、ただひたすら無表情でゴブリンを殺していく。

 前方から100体近いゴブリンの群れ。ニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべるゴブリンたち。しかし木葉は駆ける。

 矢を避けながら凄い速さで駆ける木葉に対し、ゴブリンが怯み始める。ゴブリンの槍の射程範囲に入るギリギリのところで、木葉は跳躍した。


「ぎぃぃ!?」


 木葉には躊躇や遠慮などない。ただ目の前のゴブリンを『悪』だと断定し、それを屠るだけの簡単な作業。それを粛々とこなす木葉は、やはりどこか『壊れて』いるというべきだ。

 盾を手放して逃走し始めるゴブリン。


「おいで、《茨木童子》」


 木葉の髪が白銀に染まっていき、長く伸びていく。真っ赤な瞳はゴブリンを捉えて、下級ゴブリンはただ立ち尽くすことしかできない。まさに魔眼である。


「私、ちょっと怒ってるんだ。ねぇ、あなたたちは、悪?」

「ぎ、ぎぃい」

「ガガ……」

「うん、通じないよね。ごめんね、ばいばい」


 パシュッと首が飛び、草むらに転がっていく。その切れ味は留まるところを知らない。

 尚も逃走するゴブリンに向かって、木葉は剣をふるった。


「鬼火ッ!!!」


 木葉の切っ先から太陽のような輝きが発せられると同時に、炎の柱が巻き起こった。パチパチと火の粉が爆ぜて、周囲を照らしていく。


「ハァァァァアッ!!」


 木葉にとっての『悪』のみを焼き尽くす浄火の一撃。爆炎が一瞬でゴブリンの群れを飲み込んでいき、その身体を骨すら残さずに焼き尽くしていく。


「ぎぃぃぃいああああああああ!!」

「ギィギィギィッ!!」


 後に残るは彼らの灰。そこに弓兵も妖術師も関係なく、ただ一様に悪は滅ぼされていく。

 業火の柱を見て、冒険者たちはやはり呆然と立ち尽くすことしか出来ない。自分の娘と同じくらいの歳の少女が、自分より遥か高みの位置にいる。圧倒的な力に、冒険者たちは次第に希望の光が灯りはじめた。


「今ここにいる人たちは下山して。荷馬車も全部置いてひたすら下に!早くッ!」

「わ、わか、りました!」


 冒険者たちが下山していくのをみて、木葉は歩みを早めた。道中は無残な死体が多数転がっている。彼らに祈りを捧げながら木葉は進む。


(まだ助けられる人がいるなら、助けなきゃ)


 と、木葉の前方から1人の男がよれよれになりながら歩いてくる。


「あれは……エゼルさん!?生きてたんだ!」

「たす、けてくれ。あぁ、コノハちゃん、君も逃げなきゃ……ぁ、あぁぁあああ!」


 その時、草むらからゴブリンが飛び出してきたが、慌てることなく太刀を振るい、落ち着いてその首を落とす。

 亜人は基本、単独ではレベルの高い冒険者に挑むことはない。故に集団となって自信をつけて襲ってくるのだ。特にゴブリンの恐ろしさはここにある。


(集団心理的なものなのかな?みんなで渡れば怖くないみたいな感じで、集まって互いを鼓舞してる。だから集団になると強くなる。それにこれだけ統率のとれた動きをしてるってことは、やっぱり指揮系統が存在するってことかな。じゃあ、それを潰さなきゃ)


 木葉がじっと考え込むのをエゼルは驚愕に満ちた表情で眺めていた。


「エゼルさんは先に下山して!後は私がなんとかする」

「へ、あ……え?」

「いいから行って!!」

「わ、わかったよ!!すまない、恩に着る」


 エゼルが駆けていくのを見届けると、木葉は再び歩みを進めた。そして木葉はゴブリン王に襲われているシドを発見する。時系列が戻った。



…………


…………………………


「何者ダ」


 シドとゴブリン王の間に割り込むようにして立つ木葉。切っ先をゴブリン王に向け、強くその姿を見据える。


「冒険者:木葉。貴方は、悪?」

「ホウ、女カ?見タトコロカナリ若イナ。丁度良イ。女二飢エテイタトコロダ。壊レルマデ孕ンデモラウトスルカ」

「……うん、悪だね。じゃあ遠慮なくていいや」


 ゴブリン王はその爪を出し、木葉に襲いかかろうとする。まずは一撃を与えてそれから捕らえよう、そう思ったのだが


「《居合》!」


 漆塗りの鞘から白銀の一閃が放たれ、次の瞬間にはゴブリン王の爪は粉々となっていた。


「ウグァァァァァアッ!!」


 後ろによろめくゴブリン王。その隙に背後へと回り込んだ木葉は、その背中に一太刀を浴びせる。


「サセルカッ!」


 素早く振り向いてその自慢の剛腕で抑えようとするが、瑪瑙はそれさえ物ともせず、醜い腕を切り落とした。


「ガァァァァァァァァッ!!!」


 血飛沫が上がり、ゴブリン王の視界が赤に染まる。その瞬間にも木葉は接近してゴブリン王の腹に瑪瑙を突き刺した。だが……


「ソレクライデハ、死ナヌッ!!」

「ッ!!きゃあっ!」


 ゴブリン王の蹴りが炸裂し、咄嗟の障壁にもかかわらず木葉は吹き飛ばされ大木に身体を打ち付ける。スキル:障壁は無意識でも発動するため、そのダメージは大分抑えられるがそれでも大きなダメージであることに変わりはない。


「フ、フグゥ、フハハ、手コズラセテクレタナ小娘。ダガ、モウオワリダ。ドレダケ強カロウト、オマエハコレカラ我々ノ家畜ダ。ソノ尊厳モ自信モ全部打チ砕イテ、死ヌマデ孕ラマセテヤル」

「………………」


 目を閉じる木葉。気を失ったのかと、ゴブリン王は思案し、その身体に手を伸ばそうとする……が、




「スキル《氷結》!」

「ナ!?」



 ゴブリン王の足が急激に凍りついていく。驚いて後ろを振り返ると、そこにはサファイアのような深い青の髪を持つ少女が氷の杖を向けていた。


「新手カ?オマエモ家畜ニ」

「なる気はないわ。《凍土の願い》!!」


 攻撃魔法:凍土の願い。凍りついた大地から、さまざまな固形物質を作り出し、操る技。氷の鎖がゴブリン王を捉え、雁字搦めにする。


「ヌゥァアッ!!」

「コノハを蹴り飛ばした罪は重いわよ?死ね」


 氷の槍が生成されていく。クリスタルのように輝くそれは、微かな冷気を放ちながらだんだんと形作られていった。


「さよなら」


 ヒュンッと風を切る音がしたかと思うと、二本の槍がゴブリン王の顔に突き刺さった。一本は目、一本は口、人間ならば致命傷だ。


「アガッ!」

「まだ生きてるのね、見た目通り頑丈なわけ。じゃあもう一本」


 さらに一本の槍がゴブリン王の心臓にめがけて放たれ、その体躯を吹き飛ばす。槍はわずかに心臓を逸れたが、肺を貫き、そのまま身体ごと大木に突き刺さった。ドシンという大きな音をたてて、ゴブリン王は大木に打ち付けられる。まるで呪いの藁人形のようだ。


「木葉ッ!」


 すかさず迷路が木葉に駆け寄る。木葉は少し微笑んで、迷路の手を取った。


「ごめん、ちょっと詰めが甘かったみたい。イタタタ……」

「まってて!今回復魔法を!」

「あ、ポーション飲むから大丈夫!心配しないで!」

「そう。ごめんなさい、遅くなったわ」


 ポーションの蓋が開けられなかった木葉の代わりに、迷路が回復ポーションを取り出し、木葉に飲ませる。


「むぅ、なんか子供みたい……」

「今は甘えておきなさい。貴方はまだあまり戦闘に慣れていないのだから。訓練が必要ね」

「うん、ごめんね。で、どうしよっか……」


 ゴブリン王にはまだ少し息があったが、身体が槍で括り付けられて動けないだけでなく、もう内部の血液も少なくなっていたため生命活動が維持できなくなり始めていた。


「助ケテ、クレ」


 ゴブリン王が命乞いを始める。


「反省シテマス。モウシマセン。タダ、生キルノニ必死デ、仕方ナク」


 それをみて木葉は迷う。


「………………………………」


 ゴブリン王は密かにほくそ笑んだ


(ヤハリ、コノ手ノ女ハ情ニ弱イ。回復シタラソノ身体ヲ痛メツケ、首ヲ晒シテヤル)


 木葉は戸惑う。いざ冷静に対峙すると、殺すことに抵抗を覚え始めたのだ。だから、


 





「分かった……私は……」







(このは)


「え?」


(このは、だめだよ?これは悪。やらなきゃ)


「すく、な?」」


 唐突に喋りかけてきたすくな。木葉の使うスキル:鬼姫の2つ目の力である。

 すくなは木葉の身体の実権を少し握って、されどその意識は木葉に残す。木葉は瑪瑙(めのう)を握りしめた。


(いい?これは悪。悪は殺す。殺さないと他の人が殺されちゃう。このははそれでいいの?)

「わた、しは……」

「どうかしたの?このは?」


 迷路が心配そうにしているが、もうそれは耳に届かない。


(さぁ、怖がらなくていいの。瑪瑙をしっかり握って、相手を見て。これは悪。殺してもいい奴なの。さぁ、構えて)

「あ、ぅ……」



 木葉の脳内が黒い何かに侵食されていく。大丈夫、これは悪。悪。悪は殺す。殺さなきゃ。殺す。殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ。










「こ、木葉!?」


 迷路は驚愕する。木葉が楽しそうに笑みを浮かべて、瑪瑙を構え、ゴブリン王に切っ先を向けているからだ。


「ヤ、ヤメテ。反省シテル、ヤメロ、ヤメ」

「煩いよ♪」

「ナ!?ゴメンナサイ、ユルシテ、ゴメ」


 ズパッ


 鈍い音がしてゴブリン王の首が落ちた。木葉は満足そうに少し微笑むと、その首を拾い上げて持ってきた袋に詰め込む。まるでおもちゃを玩具箱にいれるかのように楽しそうなその表情に、迷路は戦慄した。


「ふぅ。じゃあ、最後までやろっか♪」

「や、やるって……何を?」

「まだそこの洞窟、いるよ?」

「へ?」


 奥にはゴブリンの巣穴と思われる洞窟。そこにはたしかに複数の気配を感じる。


「洞窟にお宝を探しにいくのってワクワクするよね〜!!何かないかな!!」

「こ、木葉?」

「ん?どうしたの?迷路ちゃん」


 その瞳には、光が灯っていなかった。炎のように揺らめく赤い瞳は、その奥がどす黒く染まっているように見える。


「いこ!迷路ちゃん」

「えぇ……そう、ね」


 木葉は楽しそうに洞窟へ入っていく。その様子を横目に、迷路はただ只管に思う。


 櫛引木葉は、もう既に狂っていると。

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