1章20話:魔女は嘘と退屈が嫌いなの
王の間にて、木葉と迷路は少し厄介な問題に直面していた。
「きゃぁぁあ! 可愛い可愛いまぢ可愛い! 何この子ほんとカワたん!」
「ずるいわ! あたしも撫でる!」
「じゃあほっぺは頂きよ!」
「むぎゅっ! く、くるひぃです……」
「は、な、れ、な、さ、い! 木葉から離れなさい!」
生贄予定となっていた30名の少女たち。彼女たちの命の恩人にあたる木葉は今、彼女たちによって圧殺されかけている。主にそのおっきなお胸によって。
さて何があったかというと、時間軸はおよそ数ヶ月前にさかのぼる。
え、数ヶ月? え?
…
…………
……………………
直ぐに少女たちを帰してあげたいと提案した木葉だったが、その提案の実現は中々に困難だった。その理由の一つに、この魔女の宝箱周辺地域が魔獣の群生地となっていることが挙げられる。
「彼女たち単独で脱出させた場合、全員仲良く魔獣のおやつになる確率が高いわ。一番確実なのは中立都市:リヒテンまで護送することね。で、その為には本格的に馬車が必要になってくる。なので……」
「野生のお馬さんをゲットしに行くんだね!」
「あれはジョークよ」
「あ、あれ?」
割と本気で捕まえに行くと勘違いしていた木葉。ポニーとしか触れ合ったことがないので少し楽しみにしていたらしい。
「なので馬車は作るわ。さっき手に入れた特殊スキル:《魔笛》を使ってね」
「あー、あれ結局なんだったの?」
「無生物に生命を吹き込む魔法よ。使い魔を使役するのに近いわね。だから『魔笛』なのかしら」
使い魔とは、使用者本人の魔力が込められた存在だ。それは生物・無生物を問わずに、魂の一部を吹き込むことによって生成されるという。使い魔一体つくるのにも凄まじい魔力が必要で、召喚術師でもない限り長いこと使い魔を現界させておくのは難しい。召喚術師でも2、3体が限度だろう。
一方魔女の場合は、本人の魔力がかなりチート級だったためかなり長い間現界させていられたが、それでも3体が限度だった。
「この《魔笛》はね、魔力保持量とか関係なしに使い魔を現界させ続けるのよ。いわばホムンクルス作り放題の状態ね。『形』は私が氷で馬を作るから、あとはそこに魔笛で魂を入れる。これで私のいう事を聞く馬車ができるはずよ。当然難しい運転技術も必要ないわ」
「おお〜! 完璧なあいでぃあ!」
「で、馬車の制作にかなりの時間をかけるとして、あと服やら何やらの調達も必要ね」
「もしかして出発まで結構時間かかるかな?」
「焦らなくても良いわけだし、1ヶ月は取ろうかと考えているわ。星空の間にあった書物にも興味がある。なるべく読破してから出発したいわ」
クープランの墓との対面後、何かの弾みに変なスイッチを押してしまった木葉。すると狭かった部屋が開けて、なんと巨大な生活スペースが出現したのだ。クープランの墓の遊び心が満載である。
図書館に大量の本が蔵書されているだけでなく、食材やお風呂まで用意してある始末。食器もなかなか良いのが揃っていたのでいくつかくすねて行く予定だ。
「うぅ、本読みたくない……」
「これを機会に読みなさい。魔族が置いてったのか知らないけど結構最近の本とかがあったわよ」
「うへぇ。あ、玉座の間に置いてきてる人たちは?」
「とりあえず仮死状態にしてこっちに運び出すわ。浮遊魔法でパッと運んで来るつもりだけど、魔力が足りなくなるかもだから手伝って欲しいの」
「まっかせて! 馬車作りはじゃあ任せちゃって良いかな?」
「えぇ、芸術作品に仕立て上げて見せるわ」
それから約1ヶ月半のことを説明とダイジェストでお送りしよう。
先ずは次の目的地。近いということで、中立都市リヒテンを目指すこととなった。観光名所としても有名なので、木葉はかなり興奮気味である。
【魔女の宝箱】については書物で記述を発見した。既に判っているものとしては、
1.【シュトラウス氷河】の【美しき青きドナウ】
2.【ゴダール山】の【ジョスランの子守唄】
であったがそれに追加して、
3.【ボロディン砂漠】の【イーゴリ公 ダッタン人の踊り】
が目的地に加えられた。一番近いのはボロディン砂漠なので、そちらから攻略していこうという算段である。
次に木葉は書物を読んで《基礎魔法》をいくつか習得した。日常生活に必要なものは粗方かじることとなる。中でも浮遊魔法はかなりお気に召したようだ。
「浮いてる!! 浮いてるよ迷路ちゃん!」
「貴方さっき魔女との戦いでとんでもない跳躍をしていたのになんでそんなことで興奮してるのよ。というか習得早いわね。こういうのって学校に行って6年くらい勉強しなくちゃいけないはずなんだけど……」
「ぉぉお! アップ〜、ダウン。浮いてます浮いてます〜これがマジックです〜」
「怖いくらいハイテンションね」
基礎魔法を習得するついでに、《裁縫》というスキルの獲得にも挑戦することとなる。というのも、実は異世界に来て木葉たちは現地の服を着ていたのだが、どうしても下着は元の世界とは異なっている。そのため、副職で『裁縫職人』を持つクラスメイトがみんなの下着を製作していた。無論男女担当者は分かれている。
ところが今の木葉の持ち合わせの量では正直心許ない。何せ十月祭に無理やり連れてこられたため、ステータス画面のアイテムボックスに下着を詰め込む余裕などなかった。
と、言うわけで魔王はスキルを覚えやすいというチート特性を生かして裁縫の練習をずっと行なっている。
「そう言えば、木葉の着ているその服は何かしら?」
「あー、和服だよ! 着物! って言っても分からないよね。えっと、私の国の民族衣装みたいな感じ」
特殊スキル:鬼姫の副作用として、木葉は黒くなんか高価そうな和服を着ていた。かなり気に入っているため、裁縫スキルで着物の量産も試みている。材料はドロップしたアイテム:火衣の布だ。
1ヶ月もすれば裁縫スキルはまぁまぁ練度が上がってきた。既に木葉がいつも着用しているような下着の生産には成功しており、着物や普通の私服も何着か生産してある。流石に凝ったものは作れなかったが。それに、木葉は木葉で異世界の服も気に入っており、
「中立都市に着いたらショッピングするんだ〜」
と意気込んでいた。要はバランスである。
次に食事については全く問題なし。木葉の料理スキルは益々向上していった。師匠に感謝! ここにある食料も詰め込み、当分は問題ないとのこと。ただし、アイテムボックスがそろそろ満杯なため、これも中立都市で拡張アイテムの調達が課題となった。
次に寝具だが、これも問題なし。基本は裁縫スキルで対応可能なので当分の旅路はなんとかなりそうだ。抱き枕がないと寝れない木葉は自作のアザラシ抱き枕を作り出していた。超絶すべすべふわふわである。
そして最後に馬車。何故か迷路がその製作に凝ってしまい、1ヶ月後とんでもない芸術作品が出来上がった。クリスタルのように輝く氷の馬車と馬。外側にスキル:結界を張ることで、太陽熱で溶けてしまうことも防げてしまうため、移動式住居としては完璧だ。バッチリ30人を運べるような荷台も作ってある。
「できた……」
「迷路ちゃん」
「なにかしら?」
「私と一緒に札幌雪まつりに出てくれないかな!」
「なんの話よ……」
凝り性という迷路の可愛らしい一面がまた発見されたところで、準備は最終フェイスへと移行する。
馬車の完成から2日後、木葉たちは陽の当たる所へ出ることとなった。
…
…………
……………………
で、冒頭に戻る。
「はぁはぁ、お姉さんこんな可愛い妹が欲しかったのよ!」
「うきゅぅ……ぐるじ……」
生贄予定だった少女たちの一人が木葉をぎゅーっと抱きしめている。
というのも、いざ馬車に乗り込ませるため仮死状態を解いた際、事情を説明することとなったのだが…。
〜回想〜
「えっと、それで皆さんを送り届けたいの。だから、この馬車に乗って欲しいんだ。連れ去られて怖い思いをして、信用できないかもしれないけど……それでも私を信じて……ぷぎゅっ!」
「こんな可愛い子が言ってるんですもの! 信じる、信じるわ! それに、貴方は私たちの恩人なのでしょう? 寧ろ何から何までありがとうと感謝を言いたいわよ!」
先頭の女が木葉を抱きしめる。たゆんたゆんのおっぱいが木葉の顔に直撃し、とんでもないクッション性を発揮していた。
「どうやって恩を返せばいいのかしら」
「そうね〜」
「むぎゅっ、ぷはっ! あ、あの、そんな恩返しとかはいいんです! 私は別に見返りがほしくて助けたわけじゃなくて」
「「「「私たちが返したいのよ!」」」」
「え、えぇ〜……」
生贄となっていたのは17〜19の少女たちが大半で、殆どが木葉より年上だった。故にこの圧倒的な安心感。
「そうだ! 私の家に招待するわ! 妹として一生養ってあげるくらいウチは裕福なの! ていうか妹になってください!」
「あ、ずるいわ! アタシのとこにも!」
「あ、あのそんな、一家に一台みたいな感覚で……むぎゅぅ……」
「私が!」「いやアタシが!」「ウチが!」「おいどんが!」
〜はい、回想終わり〜……おいどん?
「スキル《氷結》」
迷路が杖を振って、その場の温度が一気に下がる。木葉はおっぱいクッションの保温性でノーダメージだった。
「文字通り頭を冷やしなさい。これは木葉の善意なの。恩返しとかは後で考えなさい。今は早く陽の光を浴びたいわ」
「あはは、迷路ちゃんご機嫌斜め。っと、そういうわけなの! 気持ちは嬉しいんだけど、今は脱出が先かな。なので、ほら、乗って乗って!」
少し残念そうに馬車に乗り込んでいく少女たち。前途多難だ。
「ありがとね、迷路ちゃん♪」
「別に。何故か少しイライラしただけよ。さて、貴方も乗りなさい。運転は私がするから」
「うん! 頼りにしてるね、迷路ちゃん!」
「任せなさい。私のドライブテクを見せてあげるわ」
「オート式って言ってたじゃん……」
2人は顔を見合わせて、それから可笑しそうに笑った。木葉はその朗らかな屈託のない笑みを、迷路はクール且つ不敵に笑みを浮かべる。
木葉は手を差し出して、迷路に言った。
「これからもよろしくね。これからもっと楽しくなる。もっと楽しくする。一緒に来て、くれる?」
疑問形だが、木葉のそれは最早確信だった。それに答えるようにして迷路は迷わずその手を取って言った。
「当然。魔女は嘘と退屈が嫌いなの。ちゃんと一緒にいてあげるわ、木葉」
再び2人は笑みを浮かべた。2人なら大丈夫、そんな確信を胸に秘めて、出口の方を向いた。
「じゃあ、行こう! 太陽の下へ!」
取り敢えずこれにて一章の木葉サイドは終了です。さて次は影の薄い勇者サイド、柊ちゃんがどう動くかについてです!!