月をころして食べた少女
最終回です。
こうして飛騨の民の物語は幕を下ろした。フォルトナは消滅し、すくなは木葉によって食べられ、木葉は新たな両面宿儺となった。
すくなを食べた代償は大きく、それによって木葉と迷路は暗く深い涅槃を彷徨うこととなっている。
「うーん、何日経った?」
「何年、かもしれないわね」
この会話が毎日……もう時間の感覚がないから一定周期で繰り返されている。
彷徨えど彷徨えど、出口はない。フォルトナが500年も閉じ込められていたような世界だ。もしかしたらこのままずっと閉じ込められるのかもしれない。
「相変わらず静かだよね」
「偶にヤバそうなのに出くわすけどお互い不干渉だし、結構退屈よね」
だが希望がないわけではない。ノルヴァードは召喚した悪魔を何らかの方法でフォルトナに食わせていた。つまり満月の世界ーー外界と涅槃を繋ぐ道はあるのだ。
とは言えそこからフォルトナが出ることは出来なかった訳だから結局別の方法を探すしかないのだが。
「はぁ、疲れた。『休みましょう』」
「ーーっ、う、うん」
これは合図だ。時間感覚は分からないが、兎に角歩き続けて疲れたら2人で『休む』ことにしている。
「んっ、んむ、んん! あっ、んん」
「んん、ふふっ、見えない方が官能的よね」
「はぁ、はぁ……もっと、もっとほしい……」
誰もいない世界。2人だけ。何も見えないけど、確かにそこに息遣いを感じられる。互いを求めるからこそ2人はこの涅槃で生き続けることが出来た。
毎日身体を求め合う。身体を重ね、唇を重ね、想いを重ねて生きる。生き続ける。
「ふふ、私だけの木葉。永遠にこうしていたい。誰にも邪魔されず、誰にも何も言われず、ただ2人永遠にここで」
「ここからは出たいけど、この時間も悪くないから、んんっ、あっ///」
絡み合って混じり合って、溶けいらないようにお互いを確かめ合って、時間が過ぎていく。
永遠に続く快楽。今日も彼女達は深く長く互いを求め合って……。あれ、包み込まれて……ん? なんか明るい……。
「おいコラ、いつまで盛ってんのよ百合姉妹」
「せ、せっかく見つけたのに! やっぱり破廉恥です!!!」
え、あ、あれ? と木葉は周囲を見渡した。薄暗い、が涅槃よりは暗くない。それにこの声、もしかして……。
「なわて、と、ささの?」
「そーよなわてと笹乃よ。まずは服着ろ」
「え、あ……」
おかしい。涅槃に入った時は服を着ていたのに。涅槃の中に落としてきたのだろうか? あのパーカーお気に入りなのに。
「多分アレね、あの場だと誰も見てないから行為の時に脱いでそれっきりだったのよ」
「おお、納得納得」
「納得してんじゃねーわよ」
久しぶりにみるなわて。見た目は全然変わっていなかった。
「涅槃の入り口に蠍の悪魔を突っ込んで、同じ波長の存在を探させたらビンゴ。あとは引っ張り出すだけ、回収完了。あたしマジで神」
「え、と……ここ何処?」
「フランス・スペイン国境、ピレネー山脈。こんなヨーロッパの奥地にまできたせいで、あんた引っ張り出すのに3年もかかっちゃったじゃない」
「逆に3年で出れたんだ……」
何十年もいた感覚だったから、3年で済んで良かったなぁと思う。
「はぁ。……おかえり、木葉、迷路。アンタらのこと、ずっと探してたんだから」
「木葉ちゃん!!!」
笹乃によって抱きしめられる木葉。ああ、戻ってきたんだなぁって胸の奥がじーんとなった。
「………うん、ただいま」
「ありがとう、なわて、笹乃」
その後、木葉は自身の力を試すべくピレネーの山々に向かって瑪瑙を振るった。
「山……崩れたわね」
「あー、うん……」
「両面宿儺としての力は健在ってこと、か。あんたどうすんのよ、これ」
「好きに生きるつもりだよ。私の人生長そうだし。それに、まだやり残したことがある」
「満月の世界よね?」
笹乃もなわてもわかっている。木葉は満開百合高校に戻らない。両面宿儺として満月の世界を見届ける義務がある。
「うん。どこまで干渉できるか分からないけど、救いに行かなきゃいけない子がいるんだ」
「ロゼね。最後、酷い顔してたわよ。会ったらまず土下座して来なさい」
「……そのつもり」
なわては満月の世界から木葉を探すようにロゼと約束したが、あの時の暗く深い闇の底を見るようなロゼの瞳は忘れられない。
「てかその前に! 日本に戻るわよ」
「へ? なんで?」
「実は1週間後、同窓会があんのよ」
「わぁお、じゃあ私サプライズだ」
「ソユコト。レイラ姫が腰抜かすとこ見たいと思わない?」
「うお、見てえ……」
木葉も迷路もなわても笹乃も、楽しそうに計画を練り始めた。
……
…………
………………………
「そんな楽しそうな回想を聞きたいわけじゃあないんだけどな〜」
「う、ごめん……」
ロゼの脚を舐めながら木葉は謝罪の言葉を口にする。
「で、日本に戻ってそこから満月の世界に渡ったと」
「両面宿儺の力をフルに使って満月の世界にアクセスしたんだけど、なんか現世に干渉出来なくてさ。だから現世と切り離された場所に村を作ったんだよ」
木葉の周囲には日本の田園風景を思わせるような村が広がっている。ロゼが竜になって探しに来た時、本当にここが満月の世界なのかと疑ったものだ。
「お陰で僕から探しに来ないと会うことも出来ず、ずーっと世界を見てたんだ〜」
「ごめん……まず時間軸を上手く合わせるのが難しくて……」
「言い訳は聞きたくないなあ〜。僕見た目は16歳くらいのままだけどアラサーだよアラサー? こののんが貰ってくれないとお嫁さんになれないんよ〜」
「や、結婚してたじゃん……めっちゃ綺麗なドレス着てたじゃん」
「見てたの!?!?!?」
「見てたよ、舌噛みちぎろうかと思った」
現世に干渉出来ずに隔離された空間で世界を眺めていた木葉と迷路。男にロゼを寝取られた、と脳が焼き切れそうであった。
「ん〜……まぁコードさんは僕の1番がこののんであること前提で結婚してるし、その辺は色々複雑な事情があるんよ〜……詳しくはロゼの章で確認してほしいんよ」
「誰に向かって喋ってんのよ……」
もうちっとだけ続くんじゃ。
「でもこののんの1番になりたくてここに来たのは本当だよ。ここ凄いね、神様の世界って感じ」
満月の世界は既に両面宿儺の手を離れている。そう世界が認識したからこそ、新たに誕生した両面宿儺の干渉を拒んだ。よって木葉は今後と満月の世界に干渉することは出来ない。それこそ悪魔の力を保有してその波長から辿ってこれるようなロゼが例外なだけなのだ。
「3人だけの世界だからね。今後も増える予定ないし。干渉出来たら子雀とかも連れて来たかったんだけど、まぁアイツはアイツでやること出来たんだろうしなぁ」
「うん、ライブまだやってるよ〜。あはは〜……」
笑顔を浮かべようとして、ロゼは黙り込んだ。どうしたんだろうと木葉が下から覗き込むと、
ロゼは泣いていた。
「さみし、かった」
「……………うん」
「苦しかった。怖かった。辛かった。逃げ出したかった。……でも頑張った」
「そうだね、ロゼは頑張った」
「………………泣いていいかな」
「うん。おいで」
木葉と迷路、2人でロゼを抱きしめた。ロゼは大声を上げて泣いた。13年分の想いを木葉と迷路にぶつけて泣いた。
「置いてった!!! 置いてった!」
「ごめんなさい……」
「許さない!」
「許してなんて言えないよ」
「絶対に、絶対に許さない、ぁ、あああ、うああああああああああああああ!!!」
泣き疲れてもまだ叫び続けるロゼ。そんなロゼを見て木葉は共に涙を流し、迷路は我が子をあやすように頭を撫でていた。
満月の世界は木葉とすくなと迷路で始めた。けれど、この冒険は木葉と迷路とロゼで始まったのだ。それが今、漸く終わりを迎えた。
櫛引木葉の物語は続く。
ようやく安寧の時を得ることのできた彼女は、時には鬼神としてロゼと迷路を連れて日本に遊びに行き、時には神として満月の世界を見守った。
そして櫛引木葉が居なくても歴史は続く。人々が紡いできた思いが、悠久の時が幾千の物語を作っていく。私たちはその時代を生きた人々の軌跡に想いを馳せ、そして今を生きていくのだ。
これはそう、そんな物語の1つ。
月をころして食べた少女の物語。
5年にわたる長期連載。お付き合い頂きありがとうございました!ここまで書き続けられたのは、ひとえに読者の皆様のおかげだと思っています。ここまで長編の作品を描くことは今後あるのでしょうか、と思うくらい長い長い作品になりました。描きたいことも全て描けましたし、何より自分で始めた物語をきちんと締める事が出来たという事実が、私に充実を与えてくれました。
この物語は一旦終わりを迎えますが、のちほどロゼの章を投稿したいと思います。
そちらが落ち着いたらぼちぼち新作でも投稿しましょうかね。
ではまた、お会いしましょう。
ただの理解より
ps.最終話を迎えたということで、レビューや感想待ってます!たくさん書いてくれると嬉しいな!




