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6章24話:紡がれていく歴史

 その後の世界の話をしよう。

 満月の世界はその日から大きく変化した。


 ーー魔王が消えた。


 そのニュースは大陸中を駆け回り、パワーバランスにも変化が生じる。だが木葉が作り上げた『メルカトル協定』は、後におこる世界大戦後設立された『国際連合』へと至るまで平和機構としてなんとか機能することとなった。


 魔王の消滅、フォルトナの消滅により、世界は本来あるべき姿を取り戻した。魔王も勇者も神も悪魔もいない世界。人間がいて、亜人がいて、魔族がいる。けれど彼らの差は『人種』というものに置き換わり、共存の未来が訪れることとなった。


 後世の歴史書には魔王のことは多く記されていない。それ故に歴史家たちはこぞって魔王の研究に勤しんだ。

 3代目魔王:月の光。その姿は絶世の美少女だったとされている。

 パリスパレス国立美術館に寄贈された『翠玉楼の美姫』と呼ばれる作品、そしてヴィラフィリア家に伝わる魔王の記録から凡その像は掴めており、現在では最も人気な歴史上の人物となっている。


 魔王は同性愛者であり、その寵愛を受けたもの達は悉く歴史上に名を残した。『魔王の愛した人』と呼ばれる女性たち。その1人が『子雀』だ。


「ちゅんのライブに来てくれてありがとう!!! まだまだ行くよ的なー!」


 世界的な歌姫として後世に語り継がれる美女:子雀。彼女は魔王に娼館で拾われ、そこから歌の才能を開花させた。後にリタリー王国、リヒテン龍神国、第一共和政パルシアの国家元首との絵が描かれており、平和の立役者となったのは疑いようがない。

 晩年は亜人族の地位向上活動を行い、世界的な人権活動家として名を馳せる。生涯独身を貫いたが、一方で各地に女性の愛人を囲っていたとの伝承も残る。享年82。





 2人目が『ルーチェ』。深緑色の髪を持つ狐人族の姫。彼女もまた、魔王の寵愛を受けた人物とされている。本人の記録では、


「我はあいつと肉体関係を持ったことなどないわ!!!」


 と否定されていたが、後世の歴史家達は魔王の愛人と見做している。

 ルーチェは現在もメルカトル大陸屈指の大国として君臨する:リタリー聖王国の初代国王である。ロゼ・フルガウドによって平定されたリタリー半島、そこに国家元首として君臨したのが彼女であった。

 魔族・人間族・亜人族の人種が入り乱れるリタリー半島を統一し、国王として彼の地を統治した彼女の手腕は高く評価されている。一方でリタリー制圧を行ったのがロゼ・フルガウドであり、ルーチェとロゼは友人であったことから、ロゼに取り入り狐のような狡猾さで地位を得た為政者という評価もある。

 いずれにしろ大きく名を残した彼女は晩年、パルシアとの関係改善に努めた一方でリヒテンとの同盟を絶やさなかった。リヒテンを絶対的な国家とした後、若くしてこの世を去った友:ロゼ・フルガウドに報いた形となる。


「ロゼもコーネリアも我を置いてさっさと先に逝きやがって、愚か者が。……ほんとに、愚かものどもめ」

 

 彼女もまた、生涯独身であり続けた。彼女亡き後、養子としていた狐人族の女が後を継ぎ、リタリー聖王国は繁栄の絶頂を迎えるのである。享年不明。





 3人目は『テレジア・フォン・テグジュペリ』。金髪縦ロールの貴族である。彼女もまた、『魔王の愛した人』として名を残した。商業候:テグジュペリ家として神聖パルシア王国の物流を担った彼女は、20代を内務省の高官として過ごす。

 後に起こったパルシア革命によりパルシアが共和制国家に移行すると、貴族制度は廃止された。しかしテグジュペリ家は資産家として莫大な富を保有したまま共和政パルシアの高官として残り続け、国政に参加し続けた。

 最終的には共和政パルシアの内務卿となり、同じく『魔王の愛した人』であり共和政パルシア宰相:トゥリー・カルメンと共に、革命と内戦によってガタガタになったパルシアの立て直しに尽力した。


「木葉に見られて恥じないような国づくりをしていきますわ! おーっほっほっほ!!!」


 テレジアが革命後も地位を保っていられた理由として、月光事変の折に各地に支援物資を届けて民衆の支持を得ていた、というものがある。富裕層ではあれどその金を上手く使って富を分配し、困っている民を救うという姿勢は多くの民に慕われる要因となった。

 彼女の残した財産は途方もない額であったが、彼女の跡を継いだテグジュペリ家当主達はいずれも彼女の言葉に従って『ノブリス・オブリージュ』の精神を崩さなかった。

 多くの人間に慕われ、多くの子や孫に恵まれたテレジアはパリスパレスの病院で静かに息を引き取った。享年83。






 そして4人目、先程述べた『トゥリー・カルメン』だ。エルクドレール7世・マリア女王の治世下にて宰相であったフォレスト・カルメンの孫娘にあたる彼女は、フォレストの死後も法務省の高官として活躍した。

 パルシア内戦、パルシア革命を経て共和政パルシアの実権を握ったラクルゼーロ学閥と呼ばれる派閥。そのリーダーであったトゥリーは、テレジア・フォン・テグジュペリと共にパルシアの改革に着手。その功績により40代の若さで宰相に就任し、その座を退いてからも国に尽くし続けた。


「木葉ちゃんが作った平和を、私が守るんだ」


 晩年、魔王の記録を保存・収集することに拘った結果、彼女のお陰で文化保存が促進された。現在もパルシアが文化・芸術の国と呼ばれるその礎はトゥリーによって築かれたものである。享年80。






 5人目は『マリアージュ・フォーベルン・エルクドレール』。エルクドレール8世の死後、神聖王国の女王となった人物だ。

 彼女もまた、魔王と肉体関係にあったことは否定している。


「私は……その、片思いです、はい」


 マリア女王はロゼ・フルガウドによる皇帝位戴冠までの7年間、パルシアの国家元首であった。しかしこの7年はパルシアにとって激動の期間でもある。後世の歴史家はマリア女王のことを、君主の器ではなかったとした。その理由は単純で、彼女の在任期間中に彼女にほぼ実権がなかったからである。

 特に魔王の消失後、パルシアは7年間ロゼ・フルガウドの軍事独裁政権と化していた。ロゼによって神聖王国はエルクドレール8世以上の版図を獲得したものの、国内はフルガウド家一色に染められてしまい、エルクドレール朝滅亡の遠因を作ったのがマリアとされている。

 

 ロゼ・フルガウドとメイガス・シャーロックの対立を止めることができず、結果として反乱を起こしたロゼによってパルシア軍が壊滅させられたこと、ロゼによるリヒテン龍神国の独立を皮切りにイスパニラ、リタリー、ダートなど各地の独立を許してしまい、それらが後のパルシア内戦とパルシア革命に繋がっていく。

 以上の点から見てもマリアは大国の統治者としては失格であった。しかし彼女はそもそも上に立つつもりがなく、その後は教皇:フィンベルとともにマクスカティス教皇国の設立に尽力してそこで余生を過ごしている。

 彼女が根っからの同性愛者であったことは有名であり、女王の座を追われたことで結婚の必要がなくなったマリアはマクスカティス教皇国への亡命後、多くの女性を侍らせて豊かな生活をしていたそうだ。


「ああ、女の子……女の子ハーレム最高ですぅ……見てますかレイラ、私すっごく幸せですよー!!!」


 エルクドレール朝を滅亡に追いやりながら百合ハーレムを築いて幸せに暮らしたというその開き直りっぷりから、暗君であったものの昨今の若者から大人気の歴史人物である。現在のパルシアの紙幣には彼女の顔も描かれており、何故か国民から愛されていた女王であった。亡命後も彼女に恋愛相談しようとしてマクスカティス教皇国に訪れる女性が後を立たず、その親しみやすさが見て取れるエピソードも数多く残っている。享年90。






 6人目、7人目、8人目は『フィンベル』と『カデンツァ』『ピッチカート』である。彼女らは魔王の愛人ではないが、『魔王が愛した人』にカウントされてる場合が多い。なぜだろうか。

 フィンベルはフォルトナ派が消えた後の満月教会の教皇であり、カデンツァはその司教である。

 ロゼ・フルガウドによるパルシア軍事政権下でマリアの手により宗教国家として独立したマクスカティス教皇国の初代国王となったフィンベル。ロゼが認めたことでマクスカティス教皇国は現代まで残る最大の宗教国家となった。


「カデンツァ司教、エトワール司教がいるから私は大丈夫です。もう2度と、あんな暗い時代を作ってはいけません」

「私は、フィンベル様と共に新たな時代を……夢の続きを……」

「我輩が犯した罪、猊下に仕えることで清算していこうと思います」


 フィンベルを支える2人の司教。カデンツァとピッチカート。彼女らは王政時代末期に活躍した人物たちだが、人が変わったように教皇国に尽くした。昔の彼女らを知る人物達は目を疑ったものの、2人とも幸せそうな顔をしていたという。

 教皇国は現在も不明な点が多く、3人の享年も不明となっている。だが現在教皇庁では3人の聖人へ祈りを捧げる式典が毎年開かれており、その信仰は世界中に拡大しつつある。





 9人目は『アカネ』。リルヴィーツェ帝国、ランガーフ3世に仕えた陸軍軍人である。

 彼女もまた魔王と肉体関係にはなかったが、『魔王が愛した人』に数えられている。


「陛下と共にまだまだ突き進むヨ!!!」


 魔王消失後、リルヴィーツェ帝国は穏便な形で版図の拡大を狙った。しかしロゼ・フルガウドとの拡大競争に負け、一時は下火となる。

 ロゼがリヒテンに退いた後、リヒテン龍神国に侵攻するが返り討ちに遭い、これを理由にリルヴィーツェはリヒテンの『永世中立国』化を承認する。

 アカネはその後アカネ騎士団を率いて東に勢力を拡大し、また魔族がひしめき合っていたライン地方を攻略する。軍事大国リルヴィーツェ帝国の礎を築いた恐るべき天才軍略家であるが、本人はやはり自分より恐ろしい存在として魔王の名をあげている。


「木葉はやばいヨ。とにかく強い。だから木葉との約束は守ル。リルヴィーツェは理不尽な殺生や虐殺は絶対にしない!」


 そう配下のものによくいって聞かせていた。晩年は剣術指南としてゆるゆると後継者を育成し、享年70でこの世を去った。

 しかし彼女の死後、魔王の恐怖を忘れた帝国は版図の拡大に躍起になり、それがやがて『総統(ヒューラー)』と呼ばれる人間を生み出し、リルヴィーツェは人類史上最悪の戦争:世界大戦と大虐殺の道へと突き進んでいくこととなる。

 






 こうして『魔王の愛した人』は世界に大きな影響を与えつつも幸せな余生を過ごした。      

 一方で魔王が最も愛した人物でありながら、その後に苦難の生涯を歩んだ悲劇の英雄を忘れてはならない。


 10人目、『ロゼ・フルガウド』の存在である。


 世界史において絶大な人気を誇る英雄。実態が掴めない魔王と異なりロゼを記した文献は非常に多いため、彼女は世界史上最も有名な人物として名を残した。

 音楽、絵画、演劇、文学など彼女の影響を受けた作品は数多く、現代ではサブカルチャーにおいて圧倒的な人気を誇っている。彼女が生を終えたリヒテン龍神国は現在も世界最高クラスの観光大国であり、ロゼ・フルガウドの墓碑には年間およそ500万人が訪れる。


 人々はその天才的な戦略眼に、その圧倒的な美貌に、カリスマ性に、その苛烈な性格に、神聖さに、そして悲劇的な物語に胸を焦がす。ロゼ・フルガウドの物語は魔王への恋から始まり、魔王への恋に終わる。

 彼女の物語については後ほど語るとするが、後世の演劇から引用するならば、彼女の人生は『悲劇』以外の何者でもない。


「僕の邪魔をするなら全員殺す」


 愛する魔王を失った少女は、ただ1人この世に残される。しかも悪魔を保有したまま。弱冠16歳にして元帥となった少女は、まず軍部の粛清を開始。そして月光事変によって崩れた覇権国家としての地位を奪還すべく、各地の平定に乗り出した。


満月歴:1002年:オストリア征伐

満月歴:1003年:シナイ事変→東方共同体解体

満月歴:1004年:南方大陸征伐

満月歴:1006年:対連邦戦・ブルテーン戦

満月歴:1007年:リタリー半島

満月歴:1008年:マリア女王を廃し、ロゼ自らパルシアの皇帝位を戴冠


 彼女の活躍に人々は歓喜し、元より現人神として信仰を集めていた彼女はより一層神聖視されていくこととなる。そのことを危険視したメイガス・シャーロック率いるパルシア政府と対立することとなり、ロゼは文官を粛清してマリア女王を軟禁。軍事政権への移行が始まった。


「僕に逆らう奴は皆殺しにしていいよ。で、集めたお金を民にばら撒いて。パルシア王家の権威失墜と僕への支持上げを同時に行う」


 自らの権威を上げるべく、マクスカティス教皇国の建国を容認し、フィンベル教皇によってロゼは『神聖パルシア帝国』の『皇帝』へと君臨する。

 見事な闇落ちをぶちかまして覇権国家の皇帝となったロゼだったが、ある日彼女は冠を投げ捨てて宣言した。


「リヒテンに僕の国を作る。つまり、おうち帰るね」


 王家の国庫を民に配ってそこから多くの家臣団を連れてリヒテンへと向かうロゼ。それを追撃せんとメイガス・シャーロック将軍とロゼによる内戦が勃発するが、結果的に王都軍は壊滅。パルシアの弱体化は決定的となり、『リヒテン龍神国』の建国を認めざるを得なくなった。

 リヒテン龍神国、そしてルーチェを使ってリタリー聖王国を建国したロゼは、ついでとばかりにヴィラフィリア兄妹を使ってダート王国、エカテリンブルク公爵を使ってイスパニラ王国を独立させるなど、徹底的に嫌がらせを行った。


「あとは頑張ってね、トゥリーさん、テレジアさん」


 パルシアを見捨てたロゼだったが、全世界から竜たちが集まり、魔族と亜人族と人間族と竜が暮らす国家を建国・運営していく。

 その過程で側近であったコード・ヴィートルートと婚姻し、子を成した。 


 その後の記録は割と穏やかなものだったが、記録上ロゼは建国の6年後、29歳の若さでこの世を去ったとされる。

 あまりに突然の死であったため、人々は、彼女は竜になって空の向こうへ魔王を探しに行ったのだと噂した。現に彼女の墓からはその遺体は発見されず、彼女の行方については専門家の間でも様々な説が飛び交っている。






 

   



「ってことになってるんよ、僕闇落ちしたんよ、どう責任取ってくれるのかな、こののん?」

「………うん、ほんとすいません」

「全然足りないんよ、足舐めて欲しいんよ」

「あ、はい、なめます」


 ぺろぺろぺろ。


「木葉!?」

「あ、めーちゃんも舐めてほしいんよ。何年間もこののんを独り占めしてた罰なんよ」

「こ、こいつ、少し見ない間に独裁者らしくやってやがるわ……」

「さぁ、早く舐めるんよ」

「く、くぅううぅう!」


 木々が生い茂り、小川が流れる。上を見ればどこまでも澄んだ空が広がっており、空気が美味しかった。

 ロゼは目線を下に下げる。そこにはロゼの足をぺろぺろと舐め続ける2人の美少女の姿があった。征服欲が満たされて思わず昂るロゼ。13年ぶりの再会で言いたいことも沢山あるのだが、それより何より、


「あー、絶景絶景なんよ〜」

「ぺろぺろぺろぺろ」

「く、くううう、ぺろぺろ、くうううう……」


 この絶景を1年間は眺めていたいと思った。

あと1話続きます。

木葉がいないせいでロゼが闇落ちしました。

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