6章23話:天下取りましょう
生徒たちの話をしよう。
彼らは全員、あの災害の被害者ということになっている。事件後、みんな白鷹家の用意した病院での入院生活を送っていた。
「よ、花蓮」
「零児……」
病院のソファに腰掛けていた花蓮に声をかける零児。あの災害から2週間が経ち、特に怪我とかもないのだが未だに何もする気が起きない彼らは入院生活を続けていた。
「ここから出たら俺たち、どうすりゃいいんだろうな」
あの約2年の戦いは、当然こっちの世界ではなかったことになっている。満月の世界と日本では時間軸が異なっており、花蓮らはただ授業後に災害に巻き込まれた哀れな被害者というだけになっていた。
「俺たち、世界の滅亡を救ったんだぜ? それがこの結末かよ」
「救ったのは満月の世界だもの」
「それなら満月の世界に残るべきだったな。はぁ……」
結果的に、彼らは異世界に行って色んなものを失った。けれど、
「私はあの世界に行けて良かった。きっと日本にいたら気づけなかったことに沢山気付けたんだから」
「花蓮……」
「私、退院したらやりたいことがあるの」
「へぇ、なんだよ?」
「……飛騨の民の記録をまとめたい」
細かな文献の残っていない飛騨の民に関しての記録。その全てを何としてでも知りたかった。
「きっとそれをすることで、あの世界を近くに感じることが出来るから」
「……そっか。俺はなにしよっかなぁ」
「零児はやりたいことないの?」
「ゲームしてえ」
「……………」
日本に戻ってきて良かったなと思えたのは、入院中に両親が差し入れで持ってきてくれたゲーム機で遊んだ瞬間だった。
「そういや、語李が明日院長室に来てくれって言ってたぜ? なんだろうな」
「白鷹家ってこの病院の経営としてるんだっけ? 恐ろしいわね……」
翌日、院長室を訪れたのは1-5の生徒達。その中でも比較的軽傷で、最後まで戦いに参加していた者だった。鶴岡千鳥含めてその大半は精神的に病んでしまっており、長期の入院が必要となっている。この場に集まったのは真室柊、尾花花蓮、天童零児、新庄梢、鮭川樹咲、米沢瓶子、その他5名に、白鷹語李の計12名。
「来てくれてありがとうみんな。まずは中に」
院長室に入る生徒たち。そこには、
「れ、レイラ姫!?」
金髪碧眼の美少女、レイラ姫が院長机でコーヒー片手にくつろいでいた。
「皆さんお久しぶりです。元気してましたか?」
「や、いるのは知ってたけど……馴染み方がすごい……」
「てか、日本語使えてる……」
「はい、覚えました」
「はやっ……」
まだ13歳にして突出した才能を見せる傑物。優れた美貌をフルに生かすべく、ロリータ風のワンピースに身を包んだ彼女は、とにかく浮世離れしていた。
「実に興味深いですね日本という国は。成る程この国に居るとあなた達のような性格の国民が醸成されていく様もよくわかります」
「え、あ、はい……」
「そして何より、優れた医療技術。魔法では治せなかったわたくしの目を、なんと治せるかもしれないとのことです」
魂の操作まで出来る魔法という技術。だがそれは、遺伝子的なものに非常に弱い。生まれつき目が見えないレイラ姫を治す手段はなかったのだが、この世界ではそれが可能とのことだった。
「え、と……」
「レイラ様、みんな困惑してます」
話が逸れてしまっていることを指摘する語李。ああそうでした、とレイラはコーヒーカップをソーサーに置いた。
「単刀直入に言います。わたくしの元で働いてくれませんか?」
目が点になる生徒達。何言ってんだこの人……。
「わたくしは白鷹家に事情を話しました。異世界の技術、言語、知識、目に見える形を提示すればそれを信じさせるのは容易い」
「え、てことは、異世界の存在を信じたってことですか!?」
「ええ。それにわたくしの利用価値も。今わたくしは白鷹家に客人の身分で滞在させて頂いてます」
「この人やっぱやべぇわ……」
たった2週間で別世界に馴染んでしまう少女の豪胆さに度肝を抜かれる生徒達。
「で、アタシらに何させようって?」
柊がジト目でレイラを見る。レイラは相変わらず涼しげな表情だ。
「ですから、働いてもらいます。わたくし達で天下取りましょう」
「マジでわけわかんねぇ……」
「異世界知識で無双してやりましょう、という話です」
「乗った!!!」
「零児!?」
その手の話にとにかく弱い零児。真っ先に手を挙げていた。
「皆様は私たちの世界に来て『普通』でいることを奪われました。今後『普通』に生きていくのはきっと難しい、違いますか?」
推し黙る一同。事実その通りだ。みんな、あの世界で悍ましいものを見た。沢山の死を経験した。きっと一生忘れられない、一生この傷を背負ったまま生きていく。
「ですがわたくしは皆様に感謝しています。櫛引様たちと皆様の手によってわたくしの世界は救われた。少なくとも、神が決めるのではなく人類が秩序を作ることのできる明日がやってくるようになりました。そして、同時に罪悪感も覚えています」
平和に暮らしていたみんなを、突然異世界に呼んでしまった。レイラは満月の世界を代表して責任を感じているのだ。
「わたくしは、皆様を不幸にさせない義務がある。ですから、満月の世界に来たことを無駄にさせたくないと思います」
「無駄に、させない……」
「ええ。わたくしの全てを皆様に提供します。皆様が望む未来の実現を、わたくしが全力でサポートしたいのです」
世紀の傑物:レイラ。彼女が5組の生徒達の為に力を貸してくれる、というのだ。それはなんというか、
「ぐ、具体的には……?」
「スキル、についてどこまで覚えていますか?」
スキルというのは魔法を入れておくフォルダのようなものだ。そして人は特殊スキルと呼ばれるスキルを保有している。
転移者に与えられたスキルは借り物のスキルみたいなものなのでこの世界に戻ったら消えてしまう。だが、生まれた時からスキルを持っていたレイラは違う。
「はい、まずドン」
「え……」
「競馬とやらで勝ちました。《未来予知》のスキルはこちらでも使おうと思えば使えるみたいですね」
積み上げられた大金。さらに、
「それを投資してさらにお金を増やしました。昨日から会社も立ち上げてみたのですがこれが結構面白い」
「わ、わぁ……チートだぁ……」
恐らくその能力を使って白鷹家と交渉したのだろう。
「そんな感じで数年後には政財界にも進出してみるつもりです。どうです? わたくしと天下取りませんか?」
「え、と……」
確かにその申し出は有難いが、後ろめたさが……。
「皆様がやりたいことがあれば、それにじゃんじゃん投資します。援助は惜しみません。要するにそういうコミュニティを作るという話ですよ」
「レイラ様、ちゃんと言わないとわからないと思いますが」
「………………つまり、その、友達になってください」
知り合いがいない世界というのは寂しい。それならば満月の世界でできたお友達と、日本でも繋がっていたいというのが心情だ。そして、そんな彼女の可愛らしいお願いを断る人間は誰1人としていなかった。
「最初からそう言ってください……。もちろんですよ!」
「知識チートも魅力的だけど、まぁ単純にレイラ姫と友達になりたいってのはあるからな、うん」
「そんな大金ちらつかせなくても、普通に友達になりますよ」
「みな、さん……」
珍しくレイラの目から涙が溢れていた。
「あ、あれ……こんな、はずじゃ。もっとなんか、余裕って感じで、あれ、あれれ」
「良かったですね、レイラ様」
「が、語李、今顔崩れてるんでみないでください! き、キッシュ、キッシュください!」
「それは料理です……ティッシュですね、はいはい」
「日本語難しい!!!」
完璧に見えた少女の可愛らしい一面を見て笑う一同。恥ずかしそうにしているレイラだったが、とても幸せな気持ちだった。
(お姉さま、わたくしは今、幸せです。お姉さまもどうか、お幸せに)
……
……………
………………………
取り敢えず学校に復帰しようという話になり、満開百合高校に復帰した5組。レイラ姫からは毎日メールが送られてきて、お茶したいだの山登りたいだの、農園でブルーベリー育ててるだののお誘いが来ていた。……ていうかいつのまにか農園の運営まで始めていた。
「なんか……悩んでるのがバカバカしくなってきたわよ……」
「だな……。でもまぁ、取り敢えず安泰だな、うん……」
「謎の安心感を得てしまった故になんかモヤっとするなぁ」
花蓮、零児、柊は複雑そうだった。
「あー、そういえば俺たちがいない間になんか面白いことになってるらしいぞ」
「へ?」
語李の誘いによって廊下に出てみると、
「俺たちは異世界に行ってたんだ!!! 本当だ!」
「凄かったんだよ、お城とか!」
「あたしのサバサバ大活躍(以下略」
なんか異世界武勇伝を話そうとしている4組の連中がいた。
「うわぁ……」
4組の連中は大半が不登校になったが、例の3馬鹿はなぜか登校していた。ただ異世界に行っていた云々の話は誰にも信じてもらえなかったらしい。
「あとなんかグラウンドも騒がしいな……」
「ごのはぢゃああああああああああああん!!!」
「うおおおおおおおお!!!」
「うわああああああああああ!!!」
グラウンドで木葉のおっきな写真を飾り、そこで泣き叫んでる人たちがいた。剣道部の先輩方だった。
「このはちゃんこのはちゃんこのはちゃんこのはちゃんちゃんこのはちゃんちゃんこのはちゃんこのはちゃんこのはちゃんこのはちゃんこのはちゃんこのはちゃんこのはちゃんこのはちゃんこのはちゃんこのはちゃんこのはちゃんこのはちゃんこのはちゃんこのはちゃん」
「神よ……我が女神を返しまえ……」
「神は死んだ」
木葉の行方不明のニュースは全校中を駆け巡り、何週間か授業どころでは無くなっている。全校生徒の何割かは頭のネジが外れてようになっていた。
「あの人達のケアもレイラ様に頼んどこうぜ……」
「木葉ちゃんの影響力デカすぎる」
「木葉ちゃん……」
梢が俯く。梢も本来あっち側なのだが、彼女の最後を知っているが故に複雑な思いだった。
「なわてさん曰くいつか帰ってくるらしいけど……」
「待つしか、ないわよ」
(木葉ちゃん。これでサヨナラなんて思わない。私は、私は信じてる)
「クヨクヨしてても始まらないわ! さ、まずは週末、レイラ様の無茶振りにどう付き合うか考えるわよ!」
「花蓮……」
「そう、だな。……馬主になったとか言ってたけど、嘘だよな……? うちらで経営やるとか冗談だよな……?」
「多分ガチだろ……」
お姫様の我儘に振り回されつつ、彼女たちは前を向く。
(木葉ちゃん……また、いつか)
世界を救ったとて、それぞれその後の生活がありますからね。
感想あれば是非!




