6章22話:ごちそうさまでした
感想など頂けたら嬉しいです。
御母衣湖。ここは来たことがある。かつて、自分はここでよく遊んでいた。1000年以上前に、誰かのお使いでここにきた気がする。
(すくなは、フォルトナを滅ぼしたら、死のうと思っていた)
フォルトナによる虐殺で満月の世界は酷いことになった。でもいつかそのフォルトナを滅ぼすことが出来たなら、自分は安心して眠りにつける。いや、眠りにつくだけじゃだめだ。こんな悲しい物語に幕を下ろすには全てを終わらせる必要がある。
ーーじゃあ、すくなが死ねばいいんだ。
でもどうやって。ああ、すくながフォルトナ以外に食べられて仕舞えばいい。あれ、でも、
(すくなを食べた人は、両面宿儺になる。それじゃあその子に全部押し付けてしまうのかな。それは……嫌だな……)
こう思っていたはずなのに、気づけば自分は木葉にこの役目を押し付けることばかり考えていた。
(もう疲れたんだ。すくなはもう、生きることに疲れたんだよ。けどそれは、このはを犠牲にしていい理由にはならない。じゃあすくなは今、一体何をしているんだろう)
広い草原。濃く立ち込める霧。小川の水の音。その水を堰き止めている細木に水がチャプチャプと跳ねる音。少し冷たい、湿った風。淀んだ空。真っ黒な雲。
(満月の世界の始まりは、ここがモチーフだった。全てをヤマトの民に奪われて、それでも全てを憎みきれなくて、そのどうしようもない感情がこの世界を生み出したんだ)
打ち付けるような雨によって現実に引き戻される。ロゼとなわてが突き刺した部分がじくじくと痛む。また沢山傷つけた、殺した、生を終わらせた。そんな自分にはきっと、もう救いなんて……。
「ここがモチーフ、かな。懐かしい感じがする」
声のする方向を見る。
そこには、銀髪赤眼の魔王が、すくなが魔王にしてしまった女の子が立っていた。
「実はお爺ちゃんが一度連れてってくれてるのよね。あんまりおぼえてないけど」
その後ろからは、すくなのせいで何年も囚われてしまった青みかかった黒髪の少女もいる。
「このは……あお」
臨戦態勢……はもう取らない。すくなはここで討たれることを望んでいた。始まった場所で、終わりを迎えたい。
「沢山殺した。沢山壊した。さぁこのは、すくなを………………………あぁ、だめだ、違うよ、違う。このはに全て押し付けるのは嫌だ。だめだ、滅ぼさなきゃ、すくなを滅ぼさなきゃ」
すくなはもう、自分のことがわからなくなっていた。もう終わりにしたい、けれどそれを誰かに、このはに押し付けたくはない。なんとかして自分1人が消える方法を探そうと、フォルトナとの決戦を木葉に任せて自分は1人で日本に来ていた。
フォルトナはきっと木葉が倒してくれる。それなら自分は、消える方法を考えれば……。
「なかった、なかったんだよ……ここまで大きくなった怨念を、なんの代償も払わずに消し去る方法なんて……」
すくなの黒い感情に比例するように、木々は薙ぎ倒されていく。黒い炎は大雨の中でも威力を発揮し、周囲の環境を破壊していく。
「それでもすくなは、すくなは!!!」
「もういいよ、すくな」
暖かい。暖かい手。銀色の髪がさらりと触れる。木葉だ。木葉はすくなを抱き締めていた。
「ぁ、ああ、あああ……」
すくなの感情に比例して雨が弱まる。後からもう1人、迷路もその腕を伸ばして黒い体躯を抱きしめてくれた。
「もういいよ、すくな。全部背負うって言ったでしょ。1人じゃない、一人じゃないんだよ」
「この、は……」
「私と、迷路と、すくな。3人で始めたんだ。だったら、3人で終わらせよう。今度は私の番なんだ。すくなは私の苦しみを代わってくれた。今度は私が……ううん、私たちが」
「私も背負う。すくなの想いを全部知ってるから。それに、木葉だけには背負わせない」
「このは、あお……なんで……」
すくなはいつの間にか小さな姿になっていた。真っ黒で小さな、こびとのような姿。そんなこびとの姿でも大粒の涙が溢れる。
「家族だから。だから背負う。すくなが疲れた分は私と迷路が」
「かぞ、く……」
「私たちは家族よ。貴方が苦しんでいるのなら力になりたいし、貴方が疲れたのなら寄り添ってあげたい。だから、もういいの」
すくなから大粒の涙が溢れて止まらない。あの日、1000年以上も前に失った家族という存在。それをすくなは再び得ることが出来た。優しい、優しい女の子が2人。この2人が一緒なら、きっと……。
「すくなを食べて。すくなも一緒がいい。このはと、あおと、すくな。ずっと一緒がいい……」
「わかった。それでいいかな? 迷路」
「ええ。それでいいわ」
木葉を迷路が討ち、世界から両面宿儺が消える。そんな展開とは程遠い結末だけど、それでもこれでいいのだ。
「すくなを食べたらきっと、大きな代償がやってくる。恐らく、暗い暗い涅槃を彷徨うことになる。それでも、いいの?」
「凄い嫌だからさっさと抜け出すよ。何年かかるか分からないけど、私はまだあの世界でやりたいことが沢山あるんだ」
「3人いれば特に問題はないけど、まぁ私もその状態は嫌だからさっさと抜け出すわよ」
「あは、あはは、メチャクチャだよ2人とも」
代償免除は木葉にも備わっていたが、それでもすくなという大悪魔を食する以上、木葉は暗い暗い涅槃で過ごすという大きな代償を負うことになる。
だが、それがわかっていても2人は笑っていた。
「めちゃくちゃでいいんだよ、悪魔と魔王と魔女だよ? めちゃくちゃじゃない方がおかしいよ」
「言えてる。カニカマが嫌いな魔王と、ヤンデレズな魔女と、泣き虫な悪魔。めちゃくちゃね」
「ヤンデレズなのは自覚あったんだ……」
「ぷ、あは、あはははは!」
いつか見たあの日の光景。何年経っても変わらない光景。だからきっと、これからも変わらない。3人いっしょ。
「みんなのことはどうするの? 特に、ロゼ」
「……………………いつか、必ず迎えにいく。何年かかっても絶対に。だから今は、どうか生きて欲しいんだ」
迷路も同じ気持ちだ。ロゼのことは心配だけど、それでも木葉やすくなが生きることもまた重要なのだから。
「それじゃ、涅槃で」
「涅槃で」
「また後で」
「ごちそうさまでした」
……
……………
…………………………
晴れ渡る空を見た時、全てが終わったのだと悟った。それと同時にロゼは愛する人たちの結末を悟り、青ざめる。
「ぁ、やだ、やだやだやだ!!!」
周囲を見渡す。倒れた巨木。ここに叩きつけられて気を失っていたらしい。全身がとても痛い。けれど確かめずには居られない。
「どこ、どこなの! ねぇ、こののん! めーちゃん!」
知らない世界を走る。嵐がさった後の山はぬかるんでいて、ロゼは何度も何度も転んだ。それでも走る。
泥だらけになってようやく辿り着いたのは湖だった。見たこともないような文字で湖の名前が看板に記されている。
「この、のん……?」
大きく捲れた大地。荒れた後のある湖には木々が散乱している。
何か、何かないか、なんでもいい。彼女たちを感じることのできる何かを……。
「あ……」
草むらの中に陽の光に反射してキラリと光るものを発見する。3枚の時計のギアが組み合わさり、宝石のようなものが埋め込まれたストラップが2つ。
「こののん、めーちゃん……」
リヒテンで初めて2人に出会った日、お土産屋さんで買ったお揃いのストラップだ。あの時、ロゼは偽名である『リズ』の名前で名前を掘ってもらっており、実は後ほど『ロゼ』の名前を別のギアに掘ってもらっていた。
『木葉』
『迷路』
ストラップに彫られた文字はこれらが間違いなく彼女らのものであることを示している。
「なん、で……」
溢れ出る涙を拭いながら、ストラップを掌で包み込む。その時の感触に違和感を覚えた。
「メモ、書き……?」
丸められたメモ書きがギアの間に挟まっていた。ゆっくりと開くとそこには、
『いつか、必ず迎えにいく』
木葉の字だった。それを見た瞬間、ロゼは崩れ落ちて泣いた。
「僕も、僕も一緒に……いっしょに行きたかったのに、こののん、めーちゃん! あ、あああ、うあああああああああああああああああ!!!」
後ろからなわてがフラフラと歩いてくる。泣き叫ぶロゼを見て全てを察したなわてはただ一言、
「ほんと、ばか木葉」
と、つぶやいた。
抜け殻のようになったロゼを引っ張ってなわてが神社に帰還したのはそれから3時間後のことだった。
境内には既に救助活動を終えたみんなが集まっていた。そんな彼らに事実を伝えるのは酷だったが、時間がない。
木葉と迷路の顛末を聞いた一同はそれぞれ泣き崩れていたが、それでも時間は前に進む。
「この扉が開いてられるのは木葉の魔力残滓のおかげよ。48時間、正式にはあと1日半くらいすれば異世界との行き来はできなくなる」
「そう、ですね。これからどうするのですか?」
憔悴しきった様子の笹乃だったが、笹乃たちの道はもう決まっている。
「あたしは、とりあえずロゼを異世界に連れてく。ここに取り残されるわけにはいかない」
「帰って、来ますよね?」
「あんたを見捨てたりしないわよ。でもま、ロゼも見捨てられない。てわけで一旦お別れよ。落ち着いたらまぁ、テキトーに会いにいくわ」
なわては振り向かずに手をひらひらとして別れを告げた。
笹乃は疲れてパンパンの足を奮い立たせて、フィンベルの元へと歩き出す。
「ありがとうございました。お礼をしたいのは山々なのですが……」
「いえ、当然のことをしたまでです。それより……」
「はい。恐らくですが、もうすぐ自衛隊がこちらにくると思います。その時に皆様がいますとちょっと面倒なことに……」
「わかりました。では引き上げましょう。……レイラ様、いかがなさいますか?」
フィンベルの視線の先、レイラ姫が柵に腰掛けていた。
「わたくしは……残ります。レズ女王への挨拶は済ませました。語李、これからのこと、お願いできますか?」
「ええ、命に変えてもお守りします」
「と、いうわけです。フィンベル様、貴方にも大変お世話になりましたね。……また、いつか」
「……そうですか。貴方が居ない世界、私もカデンツァさんも頑張ります。きっといい世界にしてみせますから、だから……」
これ以上は何も言わず、フィンベルら救護班は異世界の襖を潜っていった。
「こちらは陸上自衛隊です!」
「来ましたね。
ではみなさん、帰りましょう!」
笹乃はみんなを安心させるために、涙を拭いて笑って見せた。
……
…………
……………………
その後の世界の話をしよう。
日本人組は自衛隊に保護され、そして一躍時の人となった。何故か学生と教師が災害現場にいたことが疑問視されたが、彼女らの救護活動によって多くの人の命が救われたことは生存者の証言からも明らかだった。
また、特殊な事態により、世間の熱狂ぶりは凄まじかった。
『美少女たちが日本を救う』
巨大な軍艦に乗った4名の少女が撮影され、彼女らがいずれも美少女であったことから、世間では注目度が上がっている。特に4名のうち2名は判明しているため、連日SNSやニュースはその話題で持ちきりだった。
『櫛引木葉』
『磐梯なわて』
1人はネットで有名な美少女、そしてもう1人は国民的アイドル、それも6年前に失踪した伝説のアイドルだ。大騒ぎにならないわけがない。
世間はしばらくこちらのニュースで大盛りだった。
「唯一の大人として、その責任は追求されるべきだ!」
一方で木葉含めて6名の生徒が行方不明となったことを受けて、世間では唯一の大人であった担任教師:最上笹乃へのバッシングも強まることとなる。
だが白鷹語李の実家である白鷹家、そして地方議員であった櫛引木葉の父の力により、彼女への圧力はかなり軽減された。
「あの子にも何か事情があった。そうですよね、先生……?」
「はい……木葉ちゃんは……守りたい大切なものを守ったんです」
櫛引木葉の父、彼女を見捨てた父と聞いていたが、それでもやはりどこか心残りだったのだろう。笹乃へそれを返すことで罪の意識と向き合おうとしたのかもしれない。
笹乃は数ヶ月間は生徒達のメンタルケアに当たっていた。死亡した生徒の親に罵声を浴びせられることも多々あった。心無いマスコミにつけ回され、精神的にも限界が来ていた頃、
「予想通りっちゃ予想通りか。しみったれたツラしてんじゃないわよ笹乃」
「なわ、て、さん……」
土手の下、マスコミから逃げてきた場所で、ツインテールを揺らした女の子:なわてが仁王立ちしていた。
「あんたは逃げずに責任に向き合った。それは偉い。本当に偉いわ。それが出来ない大人がこの世界にはごまんといる。けれどね、あたしらはみんな知ってるのよ、あんたが責任を負う必要はどこにもないことを」
「で、ですが、私には、私にはこれしか贖罪の方法が」
「そうやって自分を苦しめて罪を清算しようって考えは捨てなさい笹乃。あんたは幸せになるべきよ。一人で抱え込もうとしないでいいの」
かつて自身の死を持って罪に向き合おうとしたなわてに、生きてほしいと願ってくれた少女がいた。なわての心臓として今もそこに居続けてくれる少女がいる。櫛引木葉、双葉春風、会津くん、なわてを支えてくれた全ての人によって、彼女は今ここに立っている。
「来なさい。あたしたちにはまだやることがある」
「やる、こと?」
「蠍の悪魔はまだあたしの腕にいる。ほら」
失われた筈の彼女の右腕、その先から真っ黒い手が伸びる。
「蠍の悪魔を使って、木葉を涅槃から引っ張り出す。ロゼと決めたのよ、あいつが戻ってこれる場所を、日本にも満月の世界にも作っておく。これがあたし達がやるべきことよ」
ただただ、目の前の少女が眩しかった。手を差し伸べてくれるなわてに、そして今も暗闇を彷徨う木葉に、何かしてあげたいと思った。
「まずはどうするんですか……?」
「キャンピングカーを買ったわ。これで日本全国の鬼神伝承を調べて回るわよ」
「え、免許は……」
「昔のツテを使って戸籍も免許証も入手した。やっぱ持つべきものは政財界とのパイプだわ〜」
「…………えええ」
この年で政財界との繋がりがあったことには驚いたが、なわてとなら確かに何でも出来そうだった。
「もし日本でダメなら西洋ね。フォルトナは西洋の民だったわけだし、涅槃はそもそも万国共通。どっかしらから手がかりを見つけられるかもしれない。で、旅しながらあたしは歌うの」
「う、歌ですか!?」
「あんたはマネージャー。あたしの歌をサポートする。あたし、蠍の悪魔と契約してる限り永遠の17歳だから」
「ほんと、めちゃくちゃです……」
「ええそうよめちゃくちゃ。だから、そんなめちゃくちゃなあたしと一緒に生きてよ、笹乃」
真剣な眼差し。その目に応えるべく、笹乃は彼女の手を取った。
「私で、よければ」
「あんたがいいのよ。さ、まずはどこから行きましょうか」
(何年かかってもいい、何年かかっても、いつかアンタを……)
「西、でしょうか。私、四国とか行ったことないんですよ」
(そうだ、ユウさんやカデンツァさんも私に生きるように言ってくれた。だったら私は……何があっても生きるんだ)
異世界から生還した2人は、その後各地を旅して回ることとなる。彼女らが愛したメチャクチャな少女を探しに。
あと3話です。




