6章20話:それぞれの別れ
日本への帰還。王都、満月の塔にて一度すくなに尋ねた時、彼女はフォルトナ討伐後に自動的に帰還出来ると言っていた。それが嘘だったとは思わないが、そのまま信用するのもなんか違う気がする。
ということで確実なのは魔女の宝石を全て集めて【大魔法創造の魔法】を使用することだ。これにより日本への帰還の道筋が立てられる。
・ローマの光玉 (ローマの祭り)
・韃靼人の紅玉 (イーゴリ公・ダッタン人の踊り)
・シチリアの碧玉 (カヴァレリア・ルスティカーナ)
・グランテストの緑玉 (ジョスランの子守唄)
・バルトの真珠玉(美しき青きドナウ)
・ミケーネの紫水晶玉 (中国の不思議な役人)
・ライプツィヒの紅水晶(エルサの大聖堂への行進)
・ヴォトキンスクの蒼玉(?)
最後のは成り行きだったが、これにて8つの宝石が全て揃ったことになる。クープランの墓の言葉が正しいのならば木葉達は日本に帰還できるという訳だ。
「一応、試してみて」
「……わかった」
8つの宝石を机に並べる。すると、微かに魔力の動きを感じた。
「ロゼ、読める?」
「微弱だけど、これが魔術コードかな〜。式にするのには少し時間かかるけどやってやれないことはないんよ」
「頼めるかな?」
「ガッテンだぜ〜」
術式解読に長けているロゼにこの場は任せ、一同は解散となった。ピッチカートやなわて、カデンツァにはまだ悪魔の譲渡をしないように告げている。ロゼの合意がない以上、悪魔の譲渡は意味をなさない。
「どうするの? ロゼ、本気よ」
「この世界から悪魔の召喚方法を根絶させた方が早い気がしてきたよ……。や、でもなぁ……」
すくなの罪を背負うと決めた以上、全ての悪魔を涅槃から消滅ーー成仏させることは木葉にとって絶対条件なのだが、ロゼを殺してまでやることではない。
「まずは日本人を全員日本に帰す。それから考えましょう。戦後処理が終わればそっちの方に手がつけられるでしょうし」
「レイラ姫がどんなふうに纏めたかについても気になるから一度王宮に向かうとするか。帰れる目処が立ったことも報告したいし」
翌日、王宮に登った木葉達。レイラ姫から現状を聞くことになった訳だが、1週間ちょっとしか経っていないのに王都はいつも通りの活気が満ちていることを知り驚愕する。
「この世界の人間は逞ましいなあ」
テレジアが西都から帰還して復興作業に当たっているらしい。ちょうど王宮で顔を合わせたので、久々に金髪ドリルの爆音を聞くハメになった。
「久しぶりね木葉!!!」
「うるっさい! そんな大声出さなくても聞こえるから!」
「生きてて何よりだわ! こっちは働き詰めで死にそうよ! おーっほっほっほ!」
「でも貴族擬き笑いはやめない、と」
「今日はレイラ姫主催のパーティーもあるから、その時にまたゆっくりお話ししましょ! ……そのレイラ姫からのお仕事が片づけば、だけど」
「まあ、その……程々にね、うん……」
あの元気印お嬢様がクタクタになるレベルで働かされてるというのはなんか面白い。手伝ってあげようかと思ったが、木葉は木葉で塔攻略という労働をしたのでもう働きたくないと、テレジアに手を合わせて見送った。
「戦後処理、大丈夫そう?」
「今後の方針は大方固まってますよ」
レイラ姫の行動は素早かった。
フォルトナの一連の騒動。これを教会の一部の人間が引き起こした厄災とし、フォルトナ派の勢力を削ぎ落とす一方、満月教本流の保護を正式に発表した。神聖王国は元々どちらも国教としていたが、今回フォルトナ派がその影響力を落とした形になる。
フォルトナの消滅は様々な面で世界に影響を及ぼした。
「魔族ですが、人を食す本能が消えたそうですわね。魔族国家と接触して実験してみますが、もしこれが本当なら私達は魔族と和解することが出来ますわ」
「フォルトナ消滅と同時に魔族の本能に刻まれた洗脳が解けたんだろうね」
彼らも同じ人、としてこの世界を生きていくことになるだろう。人間族、魔族、亞人族がただの人種として認識される日はそう遠くない。
「メルカトル協定により、大陸各国が神聖王国を支援してくれています。この調子なら復興も容易いでしょう」
メルカトル協定があれば世界は一定の秩序を保つことが出来る。だが、それは……。
「私がいるから、だよね。魔王という抑止力を恐れて世界が均衡を保つ状況は正直不健全だとは思う。魔王は……消えなきゃいけない」
「……日本に戻られるのですか?」
「……………………そうなる、ね。うん。レイラ姫はどうするの?」
「わたくし、ずっと考えていたことがあるのですよ」
レイラは珍しく、楽しそうな顔をしていた。
「わたくし、日本に行こうと思います」
「……………………は?」
木葉の口から間抜けな声が漏れる。いや、何を言ってるんだコイツは……。
「神聖王国の王室顧問、大公。ここまでのぼり詰めました。とは言え、そんなに面白いものでもありませんし、何より疲れます」
「……はぁ」
「ですから、今度は日本で上り詰めようかと」
「そこが分からない……。野暮なこと言うけど戸籍がないと地球じゃ生きていけないんだわ」
戸籍、というか国籍のない人間に対して世界は厳しい。何せ自然権以外の全ての法が適用されない、となっても何らおかしくない。現代人はパスポートの重要性をもっと実感すべきである。因みに作者は一度無くしかけてます。
「そこは語李がなんとかしてくれるそうです。持つべきものは権力者のコネですわ」
「白鷹家ずるい……」
白鷹家は何かとそういうコネがあると聞いているので存外何とかなってしまうのかもしれないが……。
「こっちの世界はいいの? 正直戻ってこれないとは思うんだけど」
「お姉さまに任せますよ。わたくしそもそも一度死んだことになってる身ですので、こっちの世界は何かと居づらいですわ」
王室顧問:フォーベルン大公。引きこもりの王室メンバーが表に出てきた結果、として世間に公表されており、それがレイラであることはまだ秘匿されている。思えばこの為に秘匿していたのかもしれないが。
「わたくしも櫛引様と同様です。この年齢で陰のトップに君臨し続けることは何れこの世界にとって、この国にとって大きな負債となります。舞台から降りるのが賢明ですよ」
「……お互い、苦労してきたね」
「ええ、お疲れ様でした。一度先に日本人の皆様を帰すんでしたね? その後に櫛引様や語李が帰るタイミングでそちらに渡ろうと考えています」
木葉としては日本に帰るつもりはないが、レイラの決意に水を刺すのは良くない。どのみち日本へ渡ることは出来るので、彼女もそのタイミングで送って差し上げようと思う。
「今日はパーティーを開く予定ですので皆様も是非参加してください」
「それ私行っていいやつじゃなくね?」
「関係者のみの席ですから。テレジア様やテレプシコーレ様は櫛引様とゆっくりお話したいと仰っていました」
「そっか……。うん、参加するよ」
…
………
……………………
パーティーは身内の粛々としたものであったが、安心できるメンバーなのでこの形式はとても助かる。
「まだ帰らないわよね!? もうすこし儲けていきましょうよぉお!」
「引き留め文句が意味わかんねぇよ!」
「アタイの店を継ぐ話はどうするんだい!」
「んな約束してない! 捏造すんな!」
テレジアとテレプシコーレとは久しぶりに話した気がする。性格は相変わらずだったけど、テレジアは内務省の高官、テレプシコーレは地下街の女王になったわけで、ここは権力者たちの集いだった。
こっちはこっちで騒がしいが、お酒が入ったせいかどいつもこいつも騒がしい。
「びえええええええ!!! レイラぁああああ! 置いてかないでえええええ!!!」
「ええいあの時は笑って送り出してあげるだのなんだの言っていた癖になんですかレズ女王!」
「建前ですうううう!!!」
「きゃあああ! どこ触ってるんですか実の妹にまで欲情するんですか!?」
「し、姉妹百合って燃えると思いません?」
「わかる」
「迷路様!?」
姉ポジなマリアと迷路が謎に意気投合している。
そんなおり、会場にロゼが入ってきた。
「解読できたよ〜」
「はやくね……で、どう?」
「うん、日本行けると思うよ」
ロゼの言葉を聞き、日本人諸君は安堵したようだった。
「やっと、終わったんだ」
「長かったよなぁ……」
「まだやることも残ってるがひと段落といったところか。うん、早く体戻したい……」
「ドレス似合ってるぜー、カタリナちゃん」
「零児……」
語李は未だに女の子の姿だった。まぁ元の姿に戻らないと白鷹家の権力を使えないのでレイラ姫的には惜しいだろうが元に戻すのだろう。
さてそんなロゼの発表に対して5組諸君は感動していたが、あとからきた4組連中は不満げであった。
「俺らまだ何もしてないのに……」
「ほんとにちょっとした留学って感じだったなぁ」
木葉たちの活躍のせいで全く活躍できなかった4組。だが全員無事で帰れることだけで幸運なのだから、感謝してほしいくらいである。
お酒を楽しむ木葉。そんな木葉のもとに笹乃が向かってくる。
「少し良いですか?」
「ん、いいよ」
会場からバルコニーに出て柵にもたれ掛かる木葉。少し酔っていた。
「またお酒への説教?」
「何度だって説教しますよ。……まぁ今回はそれではありませんけど。それより、日本に帰るのはいつ頃になりそうですか?」
「鶴岡千鳥を帝国の病院から移送して、それから帰還って形になるかな」
帝都の病院で治療を受けている千鳥。彼女の精神が癒えるのはまだ先のことだろう。精神医学はこの世界より日本の方が発展しているし、戻れば見込みはあるかもしれない。
「木葉ちゃんはどうするのですか?」
「私はやることやってから帰るよ。ほらみんなにお別れとかしなきゃだ」
「嘘ですよね?」
「……………」
「木葉ちゃん、帰る気ないですよね?」
「………………何でそう思う?」
視線が交差する。笹乃は相変わらず冷たい目をしていた。
「普通に考えればそうなりますよ。少なくとも、満開百合高校に戻るつもりはないでしょう?」
「……ま、どのツラ下げて戻るんだって感じもあるけど、私はこっちの世界でやらなくちゃいけないことがあるからね」
「……もう、会えないのですか?」
笹乃は気付けば目にいっぱいの涙を浮かべていた。木葉は穏やかな表情で言った。
「また会えるよ。笹乃が望むならいつだって」
「そんな慰め要りません」
「じゃあ、どうして欲しいの」
「ただ抱きしめさせてください」
木葉のYESを待たずに笹乃は木葉の体躯を抱きしめた。笹乃はいつだってそうだった。木葉を諭し、包み込む。弱そうで弱くない。とても強い存在だった。
「パルシアはあったかいですけど、時々寒いので風邪には気をつけてください」
「わかってる」
「野菜はちゃんと食べてくださいね。迷路さんにもよく伝えておかないと」
「私自炊できるって」
「お酒は程々にしてください。子供が飲むと身長が伸びなくなっちゃいます」
「笹乃に言われたくない」
「こら」
「ごめん」
段々と涙声になっていく笹乃、抱きしめる腕の力も強くなっていく。
「痛い」
「もっと痛くして私のこと忘れないようにさせます」
「思考がやべーよ……」
「最後くらい、好きにさせてくださいよ」
「これが好きなこと?」
「いえ、もっと、もっとです」
腕を解き、笹乃は少し背伸びをして木葉の顔に近づいた。
触れる唇。鼻腔をくすぐるのは金木犀の香水の香りと、そして涙の匂いだった。
「これで、忘れませんね。周りのガードが硬い貴方にキスをした数少ない女です。忘れないで、くださいね」
「うん、忘れない。ありがとう、笹乃。私を叱ってくれて」
1人きりのバルコニー。木葉はお酒ではなく、酔い覚ましにココアを飲んでいた。
「笹ちゃん先生ずるい」
「花蓮……」
ふわふわの黒髪を靡かせ、花蓮は拗ねたような顔でバルコニーに立っていた。
「私ね、ちゃんと諦めようとしたの。木葉ちゃんが日本に戻らないことはわかっていたから」
「そっか」
「でもね、笹ちゃん先生見てたらね……やっぱ無理」
花蓮からは薔薇の香りがした。涙の香りはしない。ただ寂しそうな味がした。
唇が離れるその瞬間まで、花蓮は泣かなかった。
「ありがとう……私、木葉ちゃんに出会えて幸せだった」
「私もそうだよ。本当の友達になれて嬉しかった。……大好きだよ、花蓮。一生忘れない。絶対……絶対」
「花蓮も笹ちゃん先生も随分と大胆だな」
「ん、なに、語李くんもキスしたいの?」
「ち、違う!!!」
なぜみんな外で私と話そうとするのだろう、と首を傾げる。今度は語李くん、スラッとした長身ゆえに水色のドレスがよく似合っていた。本人は複雑そうだったが。
「一杯どうだ?」
「え、語李くん、未成年飲酒じゃん」
「今更どの口が言うか」
笑いながらグラスをぶつける。硝子がいい音を立てた。
「レイラ様と日本でやりたいことが沢山あるんだ」
「ふうん。たとえば?」
「俺は、政治家になるつもりだ。この国を、この世界を見て色んなことを学んだ。人類が元の世界で犯した過ちを、沢山見た」
「……そだね」
「2人で、いや、零児と花蓮も含めてみんなで、世界を変える。何年かかるか分からないが、俺はやるつもりだよ」
「……そっか」
「木葉も一緒にやらないか? なんて誘うつもりで来たんだが」
「楽しそうだけど、答えはNOだね。奇遇なことに私もこの世界を変えたい。いや、もう変えてしまったからこそ色んな義務があるんだ」
「そう、か。それは残念だ」
語李はグラスの中身を飲み干した。
「同窓会には来てくれよ。みんな待ってるからな」
「いや、私……」
「分かってる。けど俺は君と、さよならなんて言葉で締めたくはないんだ。また今度、木葉」
「で、最後はアタシかな?」
「最後なの?」
「最後にしてやるよ。他の連中も言いたいことは山ほどあるだろうけどよ、まぁここらでひと段落つけようぜ」
柊はニカッと笑って言った。
金髪の幼馴染、真室柊。彼女もまた、日本に帰るつもりだ。逆に言えば異世界に残る理由がない。とはいえ、
「お前が帰らないんならアタシも残りたいけどな」
「……ひいちゃんは家族のこと大事にしてるでしょ?」
「お前も家族みたいなもんだ」
「……うへへ」
素直に嬉しい。小さい頃から木葉のことを知ってるのは迷路を除けばあとは柊だ。だからこそ、
「ひいちゃんは戻るべきだよ。私は……私のために色んなものを犠牲にして残るひいちゃんを見たくない……」
「木葉……」
「ありがとう、ひいちゃん。私の親友で居てくれて。私を探しに来てくれて」
「……………バカヤロー。昔から頑固すぎなんだよお前」
そう言って柊は不器用な手つきで木葉の頭を撫でた。掌を丸めてグーの形にし、
「キスはしねぇ。またな、木葉」
「うん、大好きだよ、ひいちゃん」
グーを合わせる。
柊がいなくなったバルコニーには1人残された木葉が残っていたお酒を飲み干していた。
……
……………
………………………
数週間後、帝都から千鳥の身柄が王都へと運び込まれた。変わり果てた千鳥の姿を見た花蓮は涙を流していたが、それでもまだ生きてる友人を見てどこか安堵したような表情も見せた。
同時に船形荒野・戸沢菅都・遊佐蜜流・高畠三草・飯富鏡の5名の遺品が整理され、日本人先発隊の準備は整った。
「まずは勇者含めた日本人を日本に返す。そうなると多分次の勇者に迷路が選ばれるから」
「あとは私と木葉でこの物語に幕を下ろす。とは言えロゼの問題が解決していない以上、もう少し時間がかかるでしょうけど」
木葉と迷路の心中を認めないロゼはどうあっても悪魔を手放すつもりがない。他3名は既に合意しており、ピッチカートに至っては目玉を1つ差し出してきた。
「ごめん」
「いや、構わない。片目残っているだけ幸運だろう。我輩の罪がこれで消えるわけではないが……2代目勇者に少しでも顔向けできる様なことをしてから死にたいものだ」
そう言って彼女は教会にまた籠ってしまった。フィンベルを支えて教会復興を成すつもりらしい。眼帯をつけた彼女の表情はどこか柔らかいものに変わっていた。本人的には色んなしがらみから解放されて清々しい気分なのかも知れない。
そして同様にカデンツァも、とうとうその時が来ていた。
「私……は、だれ、ですか、ここは……」
悪魔との契約が切れ、彼女は全ての記憶を失った。自信満々な表情は消え失せ、どこか不安そうな、彼女が絶対にしなさそうな表情。そんなカデンツァをフィンベルは抱きしめていた。
「カデンツァさんに救われた命……貴方に恩返しするために使うって決めました。私が、私がずっとそばに居ますから」
涙を拭いながら強く決心したフィンベル。全てを失ったカデンツァだったが、その場には天撃の仲間たちも集っており、彼女の軌跡が無かったことにはならないことが証明された。
「ちゃんと鎌は食ったんだよな?」
「うん、カデンツァの記憶が消失する前日にピッチカートの片目と一緒に調理して食べたよ。見る? 写真」
「……なんでピザ焼いたん……」
「や、ピザ食べたくて」
天撃の鉾:夜弦は意味不明なものを見る目で木葉を見た。彼もこのタイミングで帰還することが決まっている。変わり果てたカデンツァの姿を見てショックは受けていたが、それでも彼にもやることはあるのだ。
「お前のクラスメイトたちのケアは任せてくれ。白鷹語李に協力して色々やってみるつまりだ」
「ん、任せる」
「ああ、木葉が心配することは何もないさ」
因みに語李は元の男の姿に戻っていた。首を落とされていたのでなんか首に切り痕みたいなのが残っていたが、名誉の負傷だと笑っていた。凄まじいメンタルだと思う。
天撃の鉾が留まる詰所を出て外の空気を吸う。
いよいよ明日、彼ら日本人は帰還する。
「長かったなぁ」
えもしれぬ寂しさに襲われる。そしてそれと同時にどこか不安感を覚えた。
これで本当に終わりだろうか? まだ何か、何か残っているような。そんな感覚を覚えたまま、木葉は再び王宮へと戻っていった。
感想あったら是非




