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6章18話:ケーキの入刀みたい

 パヴァーヌは虫を殺せない。命を奪うという行為そのものを忌避し、花を愛でる、どこまでも平和な女の子だった。

 すくなが彼女を選んだ理由は至極単純。彼女は飛騨の民の血を引いていた。


 パヴァーヌ、本名は櫛引 マナ。何を隠そう、木葉のご先祖さまである。

 といっても直接の先祖ではなく、色々と分派した櫛引の血の末裔の1人だ。すくなは元々魔王を送り込むつもりなんて無かったが、彼女は魔王になった。すくなの手を離れ、自ら悪魔を食べた。


 唐突な異世界転移、極度のストレス、死の恐怖。全てが彼女に災いした。苦しみから逃れるために彼女が取った行動は、『苦しいと思う自分』を消すことだった。

 ノルヴァードに感情がないのだとしたら、パヴァーヌには自分がない。悪魔に自分を捧げ、彼女は魔王となった。虫も殺せない彼女は彼女の優しい笑みを保ったまま10万の民を虐殺した。


「魔王、来たぜ」


 笹乃の声。だが笹乃ではない。少年は魔王の幼馴染だった。一緒にこの世界に転移させられ、一緒に過酷な異世界ライフを歩む羽目になった。

 少女が魔王になった日、皮肉にも少年は勇者となった。


「………………」

「あの日ちゃんと一緒に行ければよかったんだけどな。今度こそ、一緒に」


 2代目勇者ユウの言葉を遮るように褐色金髪の魔王は拳を叩きつける。

 それを側面から押さえつけようと、カデンツァは大鎌を振るった。


「ちっ! 固いな」

「………」

「少しは喋りたまえよ! ほらユウッ!」

「任せなッ」


 術式を発動させようとするがパヴァーヌは地面を拳で破壊して捲り上がらせ、ユウはバランスを崩す。そのままもう片方の拳がユウの顔面に迫る。


「あっぶねええ!!!」


 柊が射撃で援護して間一髪回避。そんなユウに執着するように何度も何度も拳を叩きつける。

 武器を持たないパヴァーヌの恐るべき所はその無限の体力と破壊力だ。全てを破壊するまで止まらない。既にフロアの地面はボコボコだが彼女の手には一滴の血も流れていない。


「はぁぁっ!」

「………」


 カデンツァの天津殺シでさえ弾き返す拳。どこからどうみても素手なのに、全く不利を感じさせず尚且つそのまま攻撃に転じる判断力もなかなかのものだ。


「100年前、魔王は素手で一人一人強者を、10万の民を殺していったという。櫛引木葉が悪魔を使って魔獣を葬ったのとは違い、己の手で一人一人丁寧に葬った。恐れ入るよ、全く」

「…………」

「だが倒すよ。


 《天落トシ》ッ!」


 大鎌から放たれる斬撃。それらを交わしつつ破壊するユウはすかさずカデンツァの懐まで飛び込む。



「魔剣スキル、《黄泉ノ国》」



 南の魔王やエレノアを葬った固有結界魔法。真っ暗闇の世界が彼女を包み込む。

 此処で固有結界を使ったのは彼女を殺し切れると思ったからではないが、隙があれば此処で仕留めようとは考えていた。


 ーーその認識は甘かったと言わざるを得ない。


 結界内でゆらめく死者の影、炎、地獄の門、その全てに拳をぶつけていくパヴァーヌ。彼女の拳に触れた物体は悉く破壊される。死者も例外ではない。


「こりゃだめだ」


 柊の弾丸さえ見切られ、正面から拳で崩される。塵と化していく弾丸を見て、柊はつぶやいた。

 こんなの木葉でも勝てるか怪しい。真っ向勝負なら間違いなく体を破壊されて敗北だ。




「だが、それでいい。此処まで来たら必要なのは力じゃない」




 結界内で立ち尽くすユウ。そんなユウに襲いかかるパヴァーヌ。

 この結界を作ったのは単に塔を破壊されたくなかったからだ。最初から仕留められるとは思っていない。カデンツァが結界を作り、柊が弾丸で牽制することで彼女は必然的にユウに向かっていく。




「そのパンチは100年前、いや、もっと前から見飽きてんだよ」

「ーーーーッ!」


 パヴァーヌの拳を紙一重で避け、そのまま腕を掴んで放り投げる。そのまま彼女に覆いかぶさり、腕を押さえ付けた。


「悪かったな、押し付けちまって。既に力がないはずの魔王が悪魔降霊させたとは言えその力を振るえるのは、お前の魂が残ってるからなんだよな?」

「…………………」

「俺様も一緒にいく。今度こそ、お前を1人になんてしねぇ」


 パヴァーヌの額に額をつけるユウ。彼女もどこかそれを受け入れるように目を瞑った。そしてそのまま、




「愛してる」

「………………………わた、し、も」




 風が吹く。その一瞬、カデンツァと柊が目を擦った一瞬でパヴァーヌは消えた。悪魔をその身に宿していながら、その悪魔ごと自分を葬り去った。

 倒れ込む笹乃を支える柊。笹乃は苦しそうにしながらも満足げな顔だった。


「終わった、んですか?」

「だといいけどなぁ。こんな100年の恋物語に命かけさせられるこっちの身にもなって欲しかったわ」


 パヴァーヌの魂を連れてあの世にいく予定だったユウ。そんなユウに付き合った笹乃は彼らの結末を羨ましいと感じている。


「沢山の罪悪感を乗り越えて、彼らは理解し合えるパートナーと旅立った。私は……まだこの胸の罪悪感が消えません。きっと一生。生徒達を巻き込んでしまった、生徒を死なせてしまった。一生消えないのです」

「せん、せい……」

「私も連れてって欲しいって、ユウさんに頼んだんです」

「な!?」


 柊は頭に血が昇って笹乃の胸ぐらを掴みそうになる。しかし笹乃は笑っていた。


「断られちゃいました。ハーレムエンドは好みじゃねぇって」

「生前の行いがクズすぎて説得力はないが、まぁそこそこカッコいいから何もいうまい。私も君が生きることに賛成だよ笹乃」


 カデンツァは笹乃に手を差し伸べた。


「君は強い。みんなが思っているよりずっと。櫛引木葉が待ってる、そうだろう?」

「ええ。ちゃんと見届けなくては」


 手を合わせる笹乃。短い時間だったが、ユウの生き方は笹乃に少なからず影響を与えていた。この先も罪悪感を抱き続ける笹乃だが、先人も同じ悩みを持って生きてきたという事実は彼女に救いを与えるだろう。


「さぁ、行きましょう」


……


………


………………


 激戦が繰り広げられる頂上……なんてことはない。

 ワンサイドゲーム、そう呼んでいいはずだ。子雀が強化魔法をかけ、ルーチェが結界魔法で防御し、フィンベルが遠方から回復する。

 一切抜かりのない布陣に、木葉のメンタルは過去最高に最強ときている。


「ぐぉおっ!?」

「吹っ飛べ!」


 日本刀がぶつかり合い火花を散らすが、フォルトナの動きはどうも鈍い。何かに制限されたような重さに、思わず頭を抑える。


「な、何故だ? 何をしている初代勇者! 動け、動け!」

「抑えといてサファイア! そして先に謝っとく、ごめん!」


 隙を見て2度目のグーパン。鳩尾に綺麗に決まったことで、フォルトナは意識が飛びかけた。

 そこに、



「この時を待ってましたよ」



 木葉がフォルトナを抑えつけている間、フィンベルが心臓に手を当てる。


「貴様! 触れるな下郎」

「触って困る胸ねーだろ」

「なんですって!?」

「あ、やばい、これ迷路の魂混じってそう……」


 フィンベルの魂魄魔法により、魂と肉体の乖離が始まる。

 フォルトナが良い動きが出来ないのは最初から分かりきっていた。何せこの肉体の中には【涅槃】に閉じ込められ500年の時を待ち続けたサファイアの魂、そして転んでもタダで起きない不屈の姉:櫛引蒼の魂が封じ込められているのだ。タダで体を使わせてやる道理がない。


「お姉ちゃん!」

「ごががががっ! や、め、やめろ、おぉおおおお!!」


 サファイアの身体から黒い靄が引き摺り出されようとしている。必死に抵抗していたので、木葉はその接続部を瑪瑙で切り裂いてやった。


「ぎぃああああああああああああああ!!!」

「ふふん、私、貝柱切るの上手いんだよ」

「我が主の魚介好きがこんなところで活きるとは的な!」

「いや関係ないじゃろ……」


 床をのたうち回る黒い靄。そっちの方はルーチェに任せ、木葉は必死になってサファイアを揺さぶった。


「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」

「ぁ、ぁ、ぅ……」

「わかる!? 私、木葉! ねぇ、お姉ちゃん!」


 必死な木葉。そんな彼女の声に応えるように、サファイアは腕を伸ばして木葉の頬を撫でた。




「ただいま、木葉」


「おかえり、お姉ちゃん」




 おでこをくっつけて再会を喜ぶ姉妹。姿は変われど、そこに居るのはたしかに姉だ。


「うう……」

「木葉?」

「見た目迷路なのに中身お姉ちゃんなのはなんか違和感が……いや、でも迷路の性格はお姉ちゃんをもとに作られてるから……うーん」


 サファイアの身体的特徴と蒼の魂の結晶がホムンクルスである迷路だ。つまり今目の前に居るのは迷路のオリジナルということになる。


「言っておくけど、人形を通して迷路との思い出も全て私の中にはあるから、私は迷路と言っても差し支えないわ。『テセウスの船』をどう受け取るか、それに尽きるもの」

「……迷路、なの?」

「貴方がそう信じるのなら、それが確定する。私はあなたの温もりを知ってるから」

「………」

「調教した姿も、ね?」

「ぎゃああああああああああ!!! お姉ちゃんに調教されてたとか思いたくない! お前迷路! 迷路です!」


 姉妹百合で主従露出プレイとか業が深すぎて脳がバグる。


「私は櫛引蒼であり、サファイアであり、迷路でもある。それをどう受け取るかは木葉次第。けれど覚えていて、木葉。


 私は貴方が大好きなのよ」

「…………………うん。ありがとう。め、迷路お姉ちゃん……?」

「ぐはっ!!」


 合体した結果、破壊力が増した。迷路の鼻血が止まらない。


「や、なんか、その、うん、イマイチ飲み込めなくて」

「そりゃそうよね。じゃあ改めて木葉が私のものだって思い知らせてあげなくちゃ」


 女王様の笑みで木葉を見下ろす迷路。そのまま唇を近づけて、重ね合わせた。

 後ろでルーチェが喚いているのが聴こえないほど、木葉は多幸感に包まれる。やがて迷路が離れると、木葉はまだ物足りなそうに迷路に抱きついた。


「足りない……もっと」

「ふふ、可愛い。……この場でめちゃくちゃにしてあげたいけど、一応最終決戦の場なのよ、ここ」

「そうじゃ気付け馬鹿ップル! 我の結界ももう保たんぞ! イチャコラしてる時間も我が頑張ってたことは覚えてやがれなのじゃ!」

「あーはいはいルーチェありがとうあと10分頑張って」

「ぶち殺す!!!」


 木葉はそのまま迷路と愛し合おうとしてたので、流石に子雀が引っ張って止めた。色欲まで発動させようとしたあたり、ガチである。


「妹がレズになった原因あんたなんすけど、姉的にはどんな気分なんですか的な?」

「ふふ、最高よ。昔から木葉を誰にも渡すもんですかと決めていたのだから、ふふ、ふふふふ!」

「恋人で姉とか、過去にも死角がなくなって最強じゃねぇですかこいつ……」


 子雀が恨みがましい顔で迷路を眺める。妹を渡すまいとあの執着を見せていたのだとしたら、木葉の無自覚レズほいほいは生まれた時から覚醒してたと言える。


「さて、それじゃあ終わらせるとしますか」


 目線の先、ただの黒い靄と化したフォルトナ。ルーチェの結界に防がれ前進することも出来ず、ただ喚き続ける存在だ。


「朕が、朕がこんな姿に! 貴様、櫛引蒼! 朕にその魂を寄越せ! 飛騨の民の末裔として光栄なことではないか!」

「ははは、残念ながら迷路の魂は私のもんですー、お前のものにはなりませーん」

「貴様は黙れ櫛引木葉! 朕をここまで侮辱した奴は生まれて初めてだ!」


 フォルトナはもう形も留めていない体を大きく張り、腕を伸ばす。


「こうなれば朕の持つ涅槃を世界にぶつけ、呪いで満ち満ちてやろうではないか! そうだ、朕の思い通りにならない世界などもう要らん! 初めからこうしていればよかった、はは、はははは、ははははははは」


 尚も高笑いを続けるフォルトナだったが、その命運は既に、





「終わりだ」

「沈みなさい」


 木葉と迷路、それぞれの握る日本刀がフォルトナに突き刺さる。


「ぐぉ、ぉ、おお……」

「お、これなんかケーキの入刀みたい」

「ば、ばかっ!」


 最期の最期まで甘いカップルのイチャイチャネタに使われたフォルトナは悔しさのあまり発狂した。


「ぎざまらァァァァァァあああ!!! ごろず! ごろじでやる! 朕と共に涅槃に消えるがいい! があああああ!!!」


 突き刺した部分から黒い無数の腕が伸びてくる。

 木葉を庇って前に出ようとする迷路だったが、そんな迷路を手で制した木葉。


「お前こそ、ちゃんと涅槃の悪魔たちに向き合ってこいよ」

「な、なに、を……」

「そこにいるのは、お前が虐げ、殺し、辱めてきた人々の怨念そのものだ。すくなは向き合ったよ、私に。だから今度はお前が向き合え」


 足でフォルトナを蹴り飛ばし、刀を抜き去る。

 フォルトナは何のことか分からないと言ったように呻くが、少ししてその意味に気づくことになる。



 あたりが真っ暗になった。

百合の間に挟まろうとした男の末路か……(白目)。

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[一言] ダイレクトアタック!!! 迷路に痛恨の一撃!!
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