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6章17話:福音

 ロゼは異端審問官によって父を殺され、里を焼かれ、友人達の尊厳を弄ばれた。自分から全部を奪った奴らに復讐し、そして自分が国を救う。その為に木葉と迷路と旅をした。

 旅の果てで国王を殺し、教会を完膚なきまでに破壊し、そして今ようやくその復讐に決着をつけようとしている。


 なわても同じだ。好きな人を、親友をノルヴァードに殺された。なわてに悪魔を埋め込み、散々利用した挙句にどでかい呪いを残していった。

 2人の復讐心は凄まじものだ。ノルヴァードはそれが心地よかった。自分を強く憎む存在を好ましく思う。強い感情は人間に生きる力を与える。


 ーーノルヴァードには感情がない。


 だからそれが負の感情であろうと、誰かの強い思いを羨ましく思っている。自分もそんな激情に身を任せてみたい。

 そのヒントを得る為に、彼は500年に渡って虐殺を繰り広げてきた。


武甕雷(たけみかづち)ッ!!!」


 竜化して桜色の武装を身につけるロゼは通常の人間が肉眼で捉えられないほどの速度でノルヴァードに肉薄し、その体躯に大穴を空けようとする。無論、彼の全てを跳ね返す翼が自動迎撃を行い、雷は弾き返される。

 そこにすかさずなわてが飛びつくが、やはり悪魔の腕を持ってしても反射には対抗できない。魔剣:アンタレスは弾き返され、勢いによりなわての小さな体躯も宙を舞った。


「楽しい。実に楽しいね、なわて」

「あたしは楽しくないッ!」


 アンタレスを地面に突き立て、勢いを殺す。そんな彼女に無数の白い羽が襲い掛かってくるが、アンタレスを回転させて青い弧を描いた。高熱の象徴たる青い炎は全てを焼き尽くし、同じ色を持つ彼女の瞳に迫力を与える。


「福音の悪魔。あんたの何処が福音なのよ? あんたから喜ばしい報せなんて一回も聞いたことないんだけど」

「それは心外だ。私は結構君のことを気にかけていたつもりだよ、なわて」

「あんたがそうやって人の激情を煽ってんのはもう知ってんのよ。あんたはただ人がどう感じてどう行動するか、それを観察するのが好きなだけの変態。そんなのが500年の果てに何を求めるの?」


 500年前、ノルヴァードは福音のない生を受けた。それが始まりであり、終わりだ。領主に捨てられた娼婦の息子、そんな彼が世の中に絶望したのは3歳。親に捨てられた時だった。


「悲しい、と感じる人間は幸せだと思わないかい? 私はその時、悲しいとさえ感じなかった。母が最後に私に残した呪い、人間として欠陥品であった私はあの日、大事なものを失ったのに泣くこともできなかった。なのにあの女は……私の前で泣いて見せた! 私はその意味が知りたい! どうすればわかる!? どうすればあの日の感情に手を伸ばせる!?」

「チッ、そんなくだらないことの為に500年間人を苦しめ続けたと? 感情を覗き見ることで、なんとか500年前の母親に近づこうとしたわけだ」


 全く近寄ることが出来ない。あの翼は、固く閉じこもったノルヴァードの心を表している。全て反射しきる彼の心には何も響かない。無敵だが、そこには何も残らない。貰ったものをそのまま返すだけ。10を受け取って10返しているのに、彼は自分の手元に0しか残らない理由に気づいていないのだ。

 なわては嘲る。なんと滑稽なのだろう。自分を虐げていた男が、途轍もない阿呆に映る。呆れてとうとう舌打ちもでない。


「一生悩んでなさいクソ野郎」

「君なら、教えてくれると思ったのだがねぇ!」


 魚群の如く動く羽が邪魔をする。その隙にノルヴァードは鏡面と化した翼を広げて、黒いレーザービームのようなものを発射させた。


「ちぃっ!」

「あぶなっ!?」


 焼かれた塔の内部が大きく抉れる。何千°もの温度で全てを焼き切るレーザーは幾重にも折り重なった鏡の表面から発射されており、全く軌道が読めない。


「【八咫鏡(やたのかがみ)】、神話級の術具だよ。フォルトナ様は私に全てを突き抜ける鏡を下さった。いつの日か私に福音を齎してくれる鏡を」

「はっ、あんた霊感商法気をつけた方がいいわよ。そういうの詐欺っつーんだから。さしずめ、フォルトナは新興宗教の教祖ってとこかしら」

「…………」

「その鏡が、あんた自身の心を曇らせる原因なんじゃないの? あんたは知りたい知りたいって割に何も見ようとしない」

「何を」

「あたしがなんであんたに付き従ってたかわかる?」

「双葉春風を救う為だろう? 素晴らしい友情じゃないか」


 双葉春風を救うことだけがなわての生きる意味であり、死ぬ意味だった。と、ノルヴァードは思っている。


「そうね。で、それ誰が言ったんだっけ?」

「……君だね」

「そ。じゃあ知ってる? 


 あたしが春風のこと嫌いだったのは」


 一瞬、見開かれる瞳。その隙を逃すまいとロゼは背後からノルヴァードの足を狙うが、やはり羽は自動迎撃を行った。それだけでなくレーザーまで打ち込まれる。後ろに目でもついてないと説明がつかない攻撃だ。


「あたしは異世界に来るまでさ、春風のこと嫌いだった。今だってちょっとムカついてる、あたしの会津くんを独り占めしやがってってさ」

「なにが言いたい?」

「人には色んな背景がある。色んな側面がある。1つの視点からでは見えない色んな部分がある。あんたはそれを見通そうとしてその鏡を手に入れたのかも知れないけど、有難いことに鏡の本質を理解していない」


 ロゼが果敢に仕掛ける。羽が飛び交う中、華麗なステップで何度も何度も羽を除ける。翼の鏡面化により飛来する羽の一部にも鏡が混じるようになってきたため、羽の破壊すら難しくなってきた。だがそれでもロゼは走る。


(負けない。負けたくない。僕が僕自身の過去を肯定する為にも!)


 槍を振るい鏡の破片が舞う中でロゼは全速力で走り抜ける。なわてもそれを受けて術式を発動させる。


(ノルヴァードには一分の隙もない。あの鏡の翼が全てを跳ね返し、なおかつ全てを貫く。まさに矛と盾。ロジカルに組み上げられた翼はあたしやロゼが何をしようが突破することが出来ない)


「特殊スキル:《天秤(てんびん)》!」


 なわてが悪魔の腕じゃない方の腕で燻んだ色の天秤を掲げる。ゴダール山で得た《グランテストの緑玉》が彼女に与えた特殊スキルだ。

 その効果は組み立てられた見た目の通り、正義と公平の象徴。間違ったことに罰を与える、物事の測り手である。


「私を裁くとでも? 私を悪と断じる君の正義が果たして絶対的な正義だとでも言うのかい?」

「絶対の正義なんてあたしには決められない。当然あんたにも決められない。でもあんたはそんな簡単なことさえ理解してない。あんたは結局誰かを見てるようで自分の型に当てはめてしか見れていなかった。500年も答えを見つけられなかったのはそれが原因」

「だとして、君はどうやって私を裁くんだい?」

「あたしは裁かない。裁くのはあんた自身よ」


 《天秤》のスキルは今までの魔女の宝石がそうであったように、特別勝利に起因するものたり得ない。その効果は断罪でも弾劾でもない。

 ただ、正しくないものを打ち砕く。誰の目から見ても矛盾したロジカルを停止させる"事実の裁定者"だ。


「ロゼッ!!!」

「あんまもたないからね!」


 ロゼの竜化が最大強化される。《竜神の魔眼》によりある程度の未来予知が可能となり、羽の動きが大分読みやすくなった。その分体に掛かる負担は大きい。だが少し、ほんの少し動ければいい。

 ロゼは水爆弾を放ち、あたりに放水させようとする。ノルヴァードはそれを察知していた。


(あたりを水浸しにし、私を感電させようと? 愚かな)


 いい加減体力の限界に近いロゼを羽で誘導してキルゾーンに追い込み、レーザーを放つ。同時に翼を集めて水を防ぎ、電流のリスクも消し去った。


「さようならだ、ロゼ・フルガウド」


 確実に死地へと追いやられたロゼ。息も絶え絶えで魔眼の効果もあり集中力も限界だった。それでも、


(一瞬も逃しはしない。あの速度のレーザーを確実に捉え切る)


 1秒なんて大きな単位じゃなく、0.1、0.01、0.001、さらにその先のほんの一瞬の未来を読み切る。無数の鏡面の何処からレーザーが飛ぶかなんて察知も出来ない。既に避けるだけの力もない。

 自分に迫り来る死の足音。ロゼは苦笑する。もう自分には死ぬ理由はない。友達も、好きな人も、憧れの人も、まだこの世界にいるのだから。








「捉えた」








「なッ!?」


 軌道を読み切りとある一点に手を翳す。黒のレーザーは当たれば確実な死を相手に齎す。だから全速力で走って避けてという行動をとるしかなかった。なわてのように蠍の魔眼が全てを裁いてくれるわけでもないロゼにとって、身体に負担がかかる竜神の魔眼の発動タイミングをずっと伺っていた。

 手元には黒のレーザー。だがそれはロゼを貫くことはない。


「羽、だと!?」

「自分のロジックに殺されろ」


 ロゼの手元でキラリと光る小さな羽。ノルヴァードによって鏡面化した羽の塊がレーザーを反射する。それも、確実にノルヴァードに跳ね返るように高度に計算された位置で。

 絶対にロゼを仕留め切れる局面へ誘導、逃げ回って集めた羽を纏めて、確実に当てたい角度へと鏡を掲げる。


 それによって『矛盾』が生まれた。


「な、に!?」

「矛と盾、あんたのレーザーは反射を続ける。それによって人を捉えて苦しめた。でも鏡は本質的には自分を見るための道具よ。あんたはその鏡で自分の姿を見たことはある?」


 ノルヴァードは人を見る。ただ一方的に、己の秤で捉える。だから無敵、だから一方的、だから最強。だから……自分のロジックに殺される。


「確実な矛盾、あんたはあんたの鏡を焼き切ることが出来ない。そして」


 ーー《ロジックエラーを確認。罰を与える!》


 術式の発動によって、ロジックエラーを引き起こした元凶たる翼がその動きを止める。

 その隙を見逃すロゼではない。即座に羽を放り投げ、火雷槌を構えて突進する。


 何が起きたのか理解していないノルヴァードでも、ロゼのその動きには警戒せざるを得ない。なんとか体勢を立て直そうとして既に反射機能を失った翼を再度動かそうとする。

 だがロゼの槍はそんなノルヴァードの防御にを最も容易く打ち破った。





「《布都御魂(ふつのみたま)》ッ!!!」





 竜化による最後の奥義。ロゼを表す武神:武甕雷が豊葦原中国を平定した時に使用された霊剣は、ノルヴァードの持つ八咫鏡を完膚なきまでに破壊し、そして、


「…………ごふっ」

「いい顔するじゃん、それだよそれ。今の顔を鏡で見せてあげたいね〜」

「地獄に堕ちなさい、クソ野郎」


 前方からロゼ、後方からなわてによって貫かれ、ノルヴァードは口から血を流しながら呆然としていた。

 痛い。これが、痛み。これが、苦しみ。これが、死……?


「あ、まって……し、に、たく……」


(怖い。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!! こんなにも死ぬのが怖い! 私は500年生きた、これからも生きる! 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!! フォルトナ様!)


 感情があるというのは残酷だ。ノルヴァードはあまりにも命の法則を乱しすぎて感情がしまい込まれていた。けれど今、命の法則が修正され、灯火は消されようとしている。


「それが感情よノルヴァード。そこの鏡で見てみなさい」


 なわてが指差す先には散らばった鏡面の羽がある。そこに映っていたのは、生に執着しきるノルヴァードの顔だった。


「これ、が、私、だと……」

「ええ。これがあんた。最期に面白いもの見れてよかったわね」


 ノルヴァードは初めて自分の顔を見た。鏡を見ることはいくらでもあったろうが、初めて内面まで映し出された自分を見た。

 そこには母に捨てられた可哀想な少年の顔があった。なんてことはない、500年前から何も成長しなかったのだ。


「は、はは、ははは……」


 なわてとロゼは同時にノルヴァードの体躯から術具を引き抜く。

 彼の体は地面に倒れ込み、鏡がぐしゃりと潰される。真っ赤に染まる地面を見ず、ひたすらに鏡を見つめるノルヴァード。





「これが、私の、さい、ご」





 そう言い残し、彼は500年の生を終えた。



………


……………………


「はぁ、疲れた」


 腰を下ろすなわて。ロゼも地面に倒れ込んで大の字になった。


「流石にヒヤヒヤしたんよ」

「あたしもよ。今度ばかりは死んだと思った」


 2人の少女は互いの顔を見合わせ、そしえ拳を突き合った。


「おつかれ」

「おつかれなんよ」


 なわては復讐を果たした。7年間彼女を縛り続けた呪縛がようやく解き放たれた。


「あんたはまだあるのよね。呪縛」

「僕の場合は国を救うまで、かな。それでもひと段落。結構清々しい気分だよ〜」

「そう。じゃあどうする? あんたが貰ってく?」


 なわてが指差す先にはノルヴァードの心臓。即ち、この2人は福音の悪魔との契約が可能な状態となったわけだ。


「大悪魔を食べて生き残れるのならやってもいいけど、現状はこののんにあげた方がリスク低いかな〜。あの弱った状態ならなんとか契約出来そうだけど、僕一応5体満足な状態で帰りたいし」

「どーかん。あたしもこれ以上欠損したくないもんだわ。んじゃ一緒に心臓抉り出してさっさと木葉を助けに行きますか」


 はじめての共同作業だね! とか言いながら少女達が遺体から心臓を抉り出す光景は、狂気以外の何者でもなかったが、まあ周りに人はいないのでよしとしよう。

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[一言] 久しぶりに戻ってきたらすごく更新されてたから嬉しい!!
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