表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
195/206

6章16話:私の正義

 優しかったお姉ちゃん。いつも手をひいてくれて、いつも笑顔で、それでいてクールで、でもちょっとポンコツで……。

 姉の記憶はまだ完全に取り戻せたわけじゃない。けれど確かに魂に刻まれた記憶が、木葉を揺さぶる。

 

(お爺ちゃん、お姉ちゃんと行ったお祭り。あの時、私はすくなに出会った)


 篝火の奥、霧の世界。そのさらに奥にあった神社。そこに鎮座していた小さな小さな木箱の中に、彼女は居た。

 真っ黒な人間。それも木葉よりずっと小さい。けれど全然不気味じゃない。


(私とお姉ちゃんとすくなは仲良しだった。お爺ちゃんが交通事故で死んじゃって、それからもすくなは私とお姉ちゃんについててくれた)


 フォルトナから逃れて神社で眠りについていたすくな。彼女を呼び起こしたのはその末裔の姉妹。

 木葉と(あお)が飛騨の民の末裔だから、というのもあるだろう。しかし打算的な関係を超えて、すくなは2人のことを好いていた。そう確信できるくらいに3人は仲が良かった。

 

「魔女の一撃を喰らうがいいわ! 水・魔・砲!」

「びぇええ! 目に入った! 痛い!」

「すくなの目ってどこだよ」

「こら木葉! 口が悪いわよ」


 これは川遊びの記憶。まだ中学生じゃないのに厨二病突入してた(あお)、明るい性格のすくな、ちょっと達観してる木葉。3人は現実世界でも遊んだし、何より楽しかったのが、


(夢の世界。私はお姉ちゃんが剣道をすくなに習ってるのを見て、私もああなりたいって思って始めたんだ)


 蒼はよく口にしていた。


「私が木葉を守るの。どんな辛いことからも、ね。本当に信頼できるのは貴方達2人だけだもの」

「おねえ、ちゃん」

「もう少し私にカッコつけさせて。貴方がすくなから習うのはその後でいいから」


(お姉ちゃんが剣を振るってるのを見るのが好きだった。お姉ちゃんに真剣な表情で教えてるすくなが好きだった。や、顔は見えないんだけどさ、でも真剣だったと思う)


 あの神社周辺から出られないすくなと遊ぶために、木葉と蒼は足繁く神社に通った。今思えば木葉の母が反発するように新興宗教にハマったのは、娘を取られたことへの不満もあったのかもしれない。

 ともあれ、3人はそうして絆を紡いでいった。毎日が楽しくて、それで、それで……。


(あの日も川遊びしてた。人が溺れることのない水深。でもお姉ちゃんあの日、流されて死んだ。ってことになってる。遺体は見つかってない。覚えているのは、ただ川辺で倒れていたこと)


 でも今は思い出せる。あの日、お姉ちゃんを連れ去ったのは川の水なんかじゃない。




「漸く見つけた。貴様の子孫、貰い受けるぞ。飛騨の民の血を引くものなら、勇者の亡骸を動かせるやもしれない」

「な、なんで、ここが!?」

「貴様を辿った。現世で動いて捕捉されないとでも? 朕はいつでも貴様を待っておる。また会おう、すくな」

「かえせ………かえせ!!! 蒼を返せぇぇぇええええ!!!」




(あの日、フォルトナはお姉ちゃんを連れて行った。観測されたすくなは、それから私の中で生きることでその観測を逃れようとしたんだ。それは、『水難事故』として扱われたこの件で心に傷を負った私にとっても好都合だった。私の代わりにすくなが生きてくれるから、私は辛いことから逃げることができた)


 それからすくなは木葉の中で生き、木葉のもう一つの人格として作られていった。すくなは木葉を自在にコントロールし、その精神が崩壊しないようにバランスを保っていた。記憶もロックした。

 その一方で蒼は木葉の夢に現れるようになった。顔の見えない女の子、大切な女の子。彼女は刀を振るい、そして木葉に教えた。いつかフォルトナから助けてくれる、そんな希望を抱いて。


 そしてその機会は思いの外早く訪れた。





「櫛引蒼の魂を初代勇者の亡骸に入れ、悪魔召喚をさせることで朕の復活を早める。……それが失敗した理由は、まぁ貴様ならわかるだろう?」

「亡骸に残された初代勇者:サファイアの魂、彼女がお姉ちゃんの魂をホムンクルスに移し、逃亡させた。それが迷路、か」

「そうだ。蒼の魂を手に入れた筈だったのにそれが消え失せた時、朕は失望した。お陰でまた多くの民を殺して勇者を召喚する羽目になった」

「こっちが悪いみたいに言うなよ。元凶はお前だ諸悪の根源」


(夢の中で私に贈り物が2つあった。1つは髪飾り。これはお姉ちゃんがくれたもの。もう1つはロザリオ。こっちはサファイアがくれたものだ。2人は私に色んなものを託してくれた)


「異世界転移した時、私がお前に捕捉されなかった理由はサファイアのお陰だよね。《捏造》スキル。これは私が身分を隠すためのスキルであると同時に、私自身をフォルトナから隠すスキルでもあったんだ」


 初代勇者が【チャイコフ凍土】を破壊して手に入れた特殊スキル。それが《捏造》だ。そう考えれば全ての辻褄が合う。つまり、このロザリオは、


「……サファイアが初めに入手した【魔女の宝石】。私が初めから特殊スキルを2つ持ってた理由は、サファイアとお姉ちゃんの意志だったんだね」


 ロザリオを取り出す。蒼い宝石が埋め込まれた綺麗なロザリオ。アイテム名は、『ヴォトキンスクの蒼玉』。蒼玉(サファイア)、とはなんとも洒落が効いている。


「私はすくなに導かれて迷路と合流し、そして自分を取り戻した。大切な人を見つけた。この世界を回ってもっともっと成長した。全部、お姉ちゃんを助ける為だったんだ」

 

 異世界転移にあたり、すくなは木葉を魔王にした。本当に決着をつけるつもりで。それに応えるようにサファイアも蒼も木葉をバックアップし、ここまで連れてきてくれた。


「全部終わらせよう、フォルトナ。1000年間も続いた復讐譚。無念もあったと思う。でも、お前はそれ以上に多くの人間を殺した。報いを受けるべきだよ」


 瑪瑙を抜き放ち、フォルトナを睥睨する。


「朕は被害者だ。ヤマトの民は朕の仲間を殺した。すくなも、殺されたのに何故奴らの肩を持つ!?」

「それは関係ない人間を傷つける理由にはならない。すくなはそれに気づいたから月殺しシステムを作り上げたんだ。お前はいつまで無意味な殺戮を続ける気だよ」

「煩い!!! 朕は正しい! 人は、復讐に囚われる! 復讐こそが朕の正義であり、それを誰かにとやかく言われる筋合いはない!」


 それは一理ある。ヤマト王権は飛騨の民を殺し、その上で平和を作り上げた。なら犠牲になった飛騨の民はヤマトの民を恨み、復讐する権利があるのかもしれない。

 けれど、すくなはそうしなかった。すくなは『赦した』。自身の行為に罪悪感を抱き、平和を望んだ。それなら、


「私はすくな、すくなは私。それなら私はすくなと同じようにする。お前を殺して止める。お前の復讐を止めることが私の正義だよ」

「やってみせ給へ! 櫛引木葉ぁぁぁぁ!!!」


 日本刀を振り上げるフォルトナ。繰り出される斬撃を躱し、木葉は刀の弱い部分に斬撃を加える。

 その衝撃でフォルトナは吹き飛び、木葉はすかさず追撃した。


「なーーーーッ!?」

「遅い」


 フォルトナの胸ぐらを掴み、壁に叩きつける。体勢を立て直そうとしたところに下級悪魔をぶつけて捕食にかかる。


「《酒呑童子》、おいで」


 足元に真っ赤な鳥居が出現し、そこから下級悪魔が湧き出てくる。すかさずフォルトナも悪魔を召喚し、対抗するようにぶつけ合った。


「馬鹿な、初代勇者の力だぞ!? 何故魔王に劣るのだ!?」

「その体は、お前が使っていいものじゃあ、ねぇえええ!!!」


 悪魔の攻撃を掻い潜って、驚愕するフォルトナの頬に一撃、拳を叩き込む。


「があああああっ!!」


 今度は受身も取れずに壁に叩きつけられるフォルトナ。倒れ込む姿は迷路の姿でもあるから少し罪悪感があるが、木葉はもう迷わない。



「色々返してもらうよクソ野郎。お返しに今までこの世界で味わった理不尽全部上乗せしてやる!」


 

……


…………


……………………


 フォルトナ、ノルヴァード、パヴァーヌの3人との死闘を各々が繰り広げる中、そのさらに下層でも激戦が繰り広げられていた。


 柊の残した銃を手に、下級悪魔に鉛玉を浴びせていく生徒たち。そんな生徒たちが危険に陥った際には天撃の鉾メンバーやレガートが助けに入る。更には、


「《牡丹斬り》ッ! あいやぁあああ!!!」


 アカネも奮戦している。彼女らがいるからこそ、クラスメイトたちは安心して戦えた。


「きゃぁあああ!」

「花蓮! 《白夜》ッ!!!」


 語李の槍が悪魔を貫き、そのまま壁まで突進して突き殺す。語李の隙をついて別の下級悪魔が迫ってくるが、零児が側面から殴りつけて対処した。


「へへっ、なんか異世界バトルやってるなぁ俺たち」

「軽口叩ける余裕があるならまだ行けそうだな。花蓮、無事か?」

「ええ、大丈夫。みんな頑張ってるのに、休んでるわけにはいかないわ。みんなで帰るんだから!」


 零児、語李、花蓮は互いを見合わせて頷く。それぞれ苦しい道のりを辿ってきたからこそ、お互いを信頼して背中を預け合うことが出来る。

 異世界転移しなかったらこの苦しみは味わわずに済んだ。きっと普通の暮らしをして、普通の人生を歩んでいた筈だった。


「でも、今こうしてる時間も俺にとっては必要だったと思う。上辺だけじゃない、本当の信頼関係を築くことが出来た」


 襲いくる悪魔たちを薙ぎ払い、すかさず花蓮が矢を撃ち込む。


「色々失ったけど得たものもある。それは2人もそうだろう?」

「木葉ちゃんと本当の友達になれた。それが全てよ」

「こんな時も木葉ちゃんかよぉ……ま、花蓮らしいけどよ」


 なんか死亡フラグっぽいセリフだが3人ともこんな所で死ぬつもりは毛頭ない。

 

「うわ、あれはやばそう……」


 中級悪魔に水子たちが群がり、体長8メートルを超える真っ黒な赤ん坊が出来上がる。つんざくような鳴き声をあげて語李たちへと突進してきた。


「沈めッ!!!」


 赤ん坊の頭に大鉈が突き刺さる。ピッチカート司祭は語李らを庇うように前に出た。


「ありがとうございます!」

「ぼさっとするな転移者! 我輩を援護しろ!」

「うわぁ、全裸行進してた人がその口調で命令してくるのなんかエロい……」

「き、貴様!? 見てたのか愚物!」

「ナイスバディでした!」

「ぶっ殺してやる!」

「仲間割れしてる場合じゃないでしょ!?」


 ピッチカートが怒鳴りながら斬り込み、それを援護するように語李と零児は赤ん坊の足に攻撃を加える。

 トドメに花蓮の弓が顔面に炸裂し、中級悪魔もようやく沈んだ。


「貴様、我輩が処刑したあの男だな。話は聞いている」


 語李を処刑したのはピッチカートである。それは語李も当然覚えていた。


「ええ。その節はどうも」

「すまなかった、とは言わない。アレは法に従ってやったことだ。我輩は己が信念に基づき行動した。……だが、こうしてまた話せたことは嬉しく思う」

「……ピッチカート、さん」

「いずれその姿から元の姿に戻った時、ちゃんと語ろう。我輩は殺してきた者にしかと向き合わなくてはならない」

「わかりました。幾らでも付き合いましょう」


 語李は本来ならラノベ主人公格の人物なので、金髪美女を垂らしこむ素質がある。そのことを零児が悔しそうに歯軋りしていた。


「くそ、あいつ女のままにならねぇかなぁ」

「迷路さんの例で魂の定着問題が露呈したから、多分持ってあと少しじゃないかしら……」

「俺も! 全裸の金髪美女と! 仲良くしたいです!」

「全裸言うなクソガキぃ!!!」


 真っ赤になって大鉈を零児に向ける。戦場で、しかも最終決戦なのにちゃんと異世界コメディーしてる。それはみんなが木葉を信じているからだ。


(こっちは大丈夫。木葉ちゃんも、きっと大丈夫。みんな信じてるわ)

感想頂けたら嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ