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6章15話:トロイの木馬

トロイの木馬は今、ウイルスの方が有名になってますかね?

 満月の塔。1000年前から残る巨大な塔。その中にフォルトナと配下の悪魔達が陣取っている。

 その入り口は騎士団が封鎖していたが、早朝、ある一行が仰々しい格好でやって来た。


「わ〜こののん似合ってるんよ〜!」

「ん、ロゼも可愛い」

「ふむ、君たち全員私の愛人にしたいね。どうだい魔王、私たちは相性がいいと思うんだ」

「寝言は寝て言えヤリチ○女」


 生贄の5人は御神輿の中に入れられて、騎士団に運ばれていた。その際、生贄専用衣装ということで白い衣の和服が支給され、5人ともそれを着て運ばれている。この辺が西洋ベースでありながら日本風が混じってる満月の世界のチグハグな部分だ。

 元より日本人な木葉となわては勿論、明らかに外国人美女なピッチカート司祭、ロゼ、カデンツァもよく似合っていた。


「ピッチカートもスタイル良いからよく似合うね〜」

「ーーッ! そ、そうか」

「あれ、ビビってる?」

「いや、ノルヴァード・ギャレクに関してはどうでもいいが……」


 ピッチカートは王都決戦でロゼにボコボコにされた。それ故ロゼのことが今でも恐怖対象である。


「しっかしあんだけ異端審問官がいて、悪魔と契約したのがアタシとアンタ2人だけになるとはねぇ」

「……全くだ。最後に残るのが我輩ら2人とは面白い」

「他の連中はロゼのおやつにされちゃったわけでしょう? 心臓って美味しいわけ?」

「ゲロマズなんよ〜」


 悪魔契約者にとって心臓ネタは鉄板ジョークらしい。


「で、心臓食べたら悪魔契約は引き継げるのかしら?」

「んー、一応何人かは引き継いだ形になるかなぁ。ただ契約しただけで悪魔を涅槃に返しちゃった人もいるし」


 王都決戦でロゼが食べた心臓の数は計り知れない。ここに居るメンバーと塔の悪魔達で両面宿儺を構成する悪魔が揃うのだ。一点集中させたロゼは向こうからすれば良いご飯だろう。


「我輩は中級悪魔と契約している。記憶と引き換えにな。一応体に宿してもいる。中級ゆえ、名前はないぞ」


 彼女の紫色の瞳は悪魔契約の証らしい。これまでの記憶全てを引き換えに中級を降ろしたわけだ。逆に言えば中級悪魔はその程度で契約できるらしい。


「アタシなんて右腕と左目、それに半日分の体の自由を奪われてんのに……」

「そこが上級悪魔と中級悪魔の差だろう。我輩には上級を降ろすことができなんだ」

「へー。んじゃカデンツァは何を代償に契約したわけ?」

「私かい? そうだね、私だけ話さないわけにもいかないだろうね」


 悪魔契約は記憶や体の一部などを代償にすることが多い。だがカデンツァの場合は、『この先』を犠牲にしている。


「今後、何十年と生きる上で得ていく戦闘能力、その全てを代償に契約した」

「は…………!?」

「80年生きると過程しよう。その中で得ていく戦闘経験、戦闘技術、その全てを23歳までの私に還元すること。あとはその間の記憶を全て差し出すこと、だな」

「おま、それ……」

「私は23歳になれば私が成して来た全てを忘れ、尚且つ2度と冒険に挑むことが出来なくなる、ということだよ」


 期限付きの最強。しかも今後一生強くなることはない。これまで歩んだ道筋も忘れてしまう。そんなこと、この場にいる誰にも耐えられないだろう。だが、カデンツァは違う。


「人間いつ死ぬかわからないんだ。そんな中で確実に最強として名を残せるのなら、私は今生きている時にその称号が欲しかった。英雄になりたかった。私が私の功績を覚えていなくても、私を英雄として崇める誰かが功績を覚えているのなら、私はこの世界で生きた価値を見出せる。そう思った」

「……………狂ってる」

「そうさ、私は狂ってるとも。私はあと数ヶ月、思い思いに楽しく過ごすつもりだ。全てを失った後は、フィンの元で教会再興でも手伝うさ」


 自分の力の期限を定めてそれに向かって生きる生き方は、自由であり不自由だ。でもカデンツァはそれでいいらしい。


「一つのことに拘ることが人生じゃない。全てを失ってもまた新しいことを始められる。覚えておきたまえ、生きてりゃ大抵なんとかなるもんさ」

「…………肝に銘じとく。ていうかそれ、フィンベルちゃん知ってるの?」

「知らないね。この戦いが終わったら話すことにするよ」


 なんというか、やっぱり頭のおかしい奴だとは思う。だがカデンツァがいろんな女の子にちょっかいをかけるのは、少しでも自分を覚えていて欲しいという内心の表れなのかもしれない。


「ロゼは代償なしで中級悪魔を多数保有、私もすくなフィルターで代償なく上級悪魔を多数保有してる。なわては蠍の悪魔。ここに居る全員で恐らく3〜4割ってとこだと思う」

「割合的には向こうが上、と」

「上級悪魔の比率で考えたらこっちかもだけど、いかんせん中級以下が大体向こうにいるからね。500年間五華氏族や日本人の先輩方が生贄になり続けたっていう歴史のアドバンテージがあるから……」


 そんな歴史は今日漸く断ち切られる。

 さて漸く満月の塔の麓までやって来た。騎士達は緊張しているのか、御神輿が震えがちである。ぐらぐらするのでやめてほしい、と乗り物酔いが酷い木葉は切実に感じていた。酔い止め飲んどいて良かった。

 塔の中からは魔族と思われる存在が出てきて神輿を回収しようとしていた。中身がチェックされ、そして木葉らは塔の中へと運ばれていく。ここまでは想定通りだ。

 恐らくフォルトナも木葉達が黙ってやられるとは思ってないだろう。木葉達5人が塔に入ったと同時に、塔の入り口が閉じられ、外に多数の悪魔と水子が展開した気配を感じた。


「分断されたね〜」

「この5人で塔に挑もうとしたところを数の暴力で制圧する、って感じかな。東の魔王の時に物量作戦の恐ろしさは味わったからなぁ」


 この程度では動じない。塔を登るにつれて嫌な感覚が近づいてくる。

 神輿が止まり、床に下ろされた。中から出るように指示を受け、出てみるとあら不思議。


「あれ〜僕たちこれから生贄になるんじゃなかったっけ〜?」

「貴様らは我々が嬲った後に差し出される。女供は好きにして良いとのお達しだ」


 魔族が50人程度、魔法陣の前で目をギラギラさせていた。


「へへ、美女だ……首絞めてえ」

「ぐちゃぐちゃにしてやる」

「女……女ァ」


「……世紀末?」

「捉えようによっては世紀末だな」

「さ、ピッチカート、くっ殺の出番なんよ〜」

「誰がくっ殺だ!」

「間違いなく出方を伺ってるね。どうする? 魔王」


 カデンツァの問いかけに、木葉は笑って応えた。


「皆殺し」

「ca,c'est bien (そうこなくっちゃ)! ではロゼ・フルガウド、頼んだ」

「はいは〜い」


 ロゼは合図すると方舟を展開した。そして消失。

 1分後、再びこの空間に方舟が出現する。サイズ的にはこのお部屋ギリギリと言えるが、方舟は縮尺を調整できたりするので存外問題なかった。ちなみに魔族は何人か船に踏み潰されていた。


「よっしゃ入れた! 木葉無事か!?」

「我が主ぃぃぃ! ちゅんはここに居ますよ的な!」

「この船ギリギリじゃのう。縮尺減らしてもこのザマか」


 柊、子雀、ルーチェが身を乗り出す。更には、


「あいやあいや、満月の塔の中なんて初めて入ったヨ」

「真っ暗ですね。皆さん足下気をつけてくださいね!」

「カデンツァさん! ご無事ですか!?」


 アカネ、笹乃、それにフィンベル以下天撃の鉾メンバーが集結していた。


「ば、馬鹿な!? 塔の門を閉じて分断したことを逆手に取ったのか!?」

「奥羽の特性については誰にも明かしてないからね〜、多分あの様子だとダッタン人からこのスキル受け取った人なんて居なかったんだろうし。実は転移持ちなんよこれ〜」


 味方陣営なら大抵知ってる情報だが、敵陣営ではただの高速移動できる船でしかなかった奥羽(おうう)。これが今回、トロイア戦争で使用されたトロイの木馬の役割を果たした。


「敵を倒すなら内側から、です。古代ギリシャは私たちに大切なことを教えてくれますので、世界史の授業はまじめに聞きましょうね!」

「笹乃がちゃんと教師やってる、ですって!?」

「教師ですが!? なんだと思ってたんですか!」

「や、小さなマスコットかなんかかと……」


 なわての驚愕した様子を見てガックリと肩を落とす笹乃。


「下の方はランガーフ帝率いるアカネ騎士団、メイガス将軍の王都軍、フルガウド家臣団、ヴィラフィリア兄妹が食い止めてるわ! 思う存分どうぞ、木葉ちゃん!」

「さんきゅ、花蓮。それじゃ、やろっか」


 怯える魔族達。別に魔族だから倒すとか、人間だから倒すとかそういうのじゃない。ただ目の前に立ち塞がったから倒す、それだけだ。


「道を開けろ、魔王が通る」


 塔の内部から押し寄せてくる悪魔と水子。奥羽に乗船していたハイランド連隊や騎士達が戦闘状態に入る。

 前回、大聖堂での不意打ちとは異なり相手の状態がわかってるので、対策も取りやすい。


「《ボルトアロー》!」


 花蓮の雷弓も強化され、悪魔への牽制に使われる。その隙に零児と語李が攻撃に加わり、下級悪魔を教え込むことに成功した。


「3人1組体制、これで少しずつ内部の悪魔を制圧、なんとかなりそうですね」


 今回の塔攻略は笹乃が立案したものだ。


「油断は禁物。それより、アタシらは上に行くけど、笹乃、あんたは?」

「行きます! 恐らくユウも決着をつけたいでしょうから」


 戦力をぶつける際、最後まで迷ったのが笹乃の立ち位置だ。彼女の力では貢献できるか不安ではあった。しかし、既に覚悟は決めたようだ。


「それじゃ、塔の攻略を始めましょうか」


……


…………


……………………


「おや、結構中に引き入れたのだね、ロゼ・フルガウド」

「いやほんと、お前達の前で転移を使う機会がなかったことに感謝するんよ。お陰で数の暴力に対抗できるね〜」

「さ、木葉たちは先に行きなさい。ここはアタシらが引き受けるわ」


 ノルヴァードの攻略にはなわてが手を挙げていた。因縁から考えてもなわてが相応しいだろう。それに、


「僕も残るよ〜。因縁あるし〜」

「心強いわ、ロゼ」

「なわてさんが心配だもの〜」

「もうさん付けしなくていいから」

「じゃあ『なわなわ』で〜」


 この状況でも余裕を崩さないロゼは流石である。


「魔王は相手してくれないのかい?」

「お前のことはムカつくけど、お前に時間は割いてられない。アリエスの敵討ちは2人に任せておく。ってわけでそこ、通るよ」

「通すとでも?」


 塔の大きなフロア、その奥に上に続く階段がある。階段の前にノルヴァードが羽を広げて立っているので邪魔なことこの上ない。


「通すわよ、羽をもいででも」

「ーーーーッ!? はや」


 ノルヴァードが何かをいい終わる前に、なわてとロゼは同時に武器を振るうが、それらをノルヴァードの白い翼が防御する。全てを反射する白い翼により、反動で強烈な負荷が襲いかかってくるが、


「今ッ!!!」


 柊から借りた閃光弾と煙幕弾を投入し、視界を遮る。お陰で翼の中にいるノルヴァードには外の状況がわからない。


「成る程、これが異世界の武器ですか。しかしこんなチンケなもので……いや、これは」


 閃光弾と煙幕弾に混じって気づかなかったが、もう一つ、放たれた兵器をみてノルヴァードは余裕そうな笑みを消した。


「水分……? まさか!?」

「《武甕雷》ッ!」


 放水弾から撒き散らされた水分。その後ロゼの放電が起こり、撒き散らされた水を通って電流がノルヴァードの周囲に流れ込む。無論それらも全て翼が防ぎ切るのだが、


「壁、だと?」


 計算して撒き散らした水分を伝い、ロゼの放電した電流がフロアを縦横無尽に走り回る。電気の檻が、ノルヴァードを包んでいた。


「行っていいよこののん。抑えとくから」

「ありがとう、気をつけて」


 ロゼとなわてを信じて、木葉は前に進む。


……


…………


…………………


「で、次はお前か」

「…………」

「自我は無さそうだ。ここは私が引き受けよう。これで悪魔契約者を均等に配分できたようだし」


 カデンツァが鎌を向ける先に、金髪褐色の少女が虚な目で立ちはだかる。2代目魔王、パヴァーヌを相手するのはカデンツァだ。そして、


「あたしが援護する。笹ちゃん先生、後ろは任せてくれ」

「ありがとう、真室さん。カデンツァさん、微力ながらお手伝いします」

「年上の女性と共同戦線を張るのは久しぶりだとも。張り切ってしまうね!」


 柊、笹乃、カデンツァがこのフロアに残ることとなる。

 木葉らが上に向かうことを、パヴァーヌは止めようとすることもなかった。





 そして、最上階に向かうメンバー。最終決戦前なのだが、結構緊張感のない人選がなされている。


「子雀、お主なにを食っておる……」

「ふぇ? お腹すいたので携帯食を」

「私ももらっていいですか?」


 ルーチェ、子雀、フィンベル。最終決戦にしてはゆるゆるな人選だが、これが最善の策だと考えている。

 

「ほらもうすぐ着くから」


 最上階に着くと、面白い光景が広がっていた。



「どうだね、櫛引木葉。面白いだろう?」



 フロアに響く聴き慣れた声。だが、その聴き慣れた声の主を殺したのもこいつだ。そんな憎しみを抱きつつ、我を忘れずに冷静に返答する。


「おぉ、王都が一望出来る」

「その通り。結末には相応しいだろう?」

「その声でルーチェみたいな喋り方しないでくんない? もっとポンコツクール美少女って喋り方できないわけ?」

「それ、我のこともディスってるからな?」


 迷路ーーではなくサファイアの姿をしたフォルトナが仰々しい椅子に座って待っていた。


「朕と貴様の最終決戦にしては、ギャラリーが多いのではないかね? それに、すくなも来ていないようだが?」

「お前には会いたくないとさ。で、後ろのはお前がズタズタにされるところを見たいっていうイカれた連中だ」

「ちょ、嘘つかないでください!?」

「ちゅんは見てえですね」

「お主は順当に戦闘狂キャラを歩んどるのう……」


 最終決戦に相応しくない緩さに、フォルトナもしかめ面だ。


「懐疑。貴様ら舐めておらんか? 貴様らが負ければ朕はまた虐殺を再開する。それも」

「日本で、でしょ?」

「気づいておったか。いやはや、時代の変化は恐ろしい。飛騨の民はヤマトに吸収されてその面影すらなくなった。そんな国、滅んでしまえばいい」

「……………やっぱり、一度日本に来てるよね、お前」


 木葉はフォルトナを憎々しげに睨んだ。


「ほぉ」

「すくなは、観測されることを極端に恐れてた。それって一度観測されたことがあるからかなぁって思ったんだ。……………それが、多分」

「櫛引蒼」

「ーーーーッ!? やっぱり……」


 フォルトナは口を歪めて言い放つ。木葉が予想していたけれど、認めたくなかった真実を。




「すくなを追って、櫛引蒼を殺したのは朕だ」

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