6章14話:この戦いが終わったら
最終話まで残り15話程度です。突き抜けていきましょう。
「こののんのお姉ちゃんとサファイアは何か関係があるってこと?」
「わかんない。でも、迷路に感じたあの懐かしい感覚……あれは、お姉ちゃんの気配だった」
すくなにロックされた記憶、蒼に関する記憶はまだ思い出せない。けれど、魂が覚えている。
「…………サファイアは500年前に行方をくらませた。それは多分、満月教会が身柄を確保してたからだと思う。ならなんで今更になってめーちゃんを作り出せたのかな?」
ロゼの疑問はもっともだ。500年という時間を幽閉されていたなら、今更迷路という人形を作れるとは思えない。
「わからないけど……確実に言えるのは、迷路の中にはお姉ちゃんの気配と初代勇者サファイアの気配があるってこと、かな。クープランの墓は迷路のことを知ってるみたいだったし、でもサファイア本人がお姉ちゃんだったとは思わない。時系列がおかしくなっちゃう」
サファイアが初代魔王を撃ち破ったことでスクナは絶望し、両面宿儺が解体された。そこから日本の神社に逃れたわけで……だとするとサファイア=蒼という構図にはならない。
「サファイアとお姉ちゃんの魂の集合体、それが迷路。そう考えるのが1番かも」
「それを知ってるのは、スクナが居ない今の段階だとフォルトナだけってことになるのかな〜?」
「………迷路の仇は討つ。それに、お姉ちゃんの真実を聞き出さなきゃ」
迷路は死んだ。もう居ない。けれど、迷路という器に入っていた魂が残っているのなら、また再会出来るのではないか。その希望が木葉を奮い立たせる。
「ごめん、ロゼ。ありがとう。みんなを呼んできてくれる?」
「分かった。無理はしないでね、こののん」
その後、気を遣ったのかフィンベルとカデンツァも医務室から出ていった。木葉は自分の目から溢れる涙を止めようともせず、ただひたすら声を上げて泣き続けた。
……
…………
……………………
木葉が医務室にいる頃、会議室ではピリピリした空気が漂っていた。
ロゼとカデンツァ、フィンベルが戻った時、そこには一枚の手紙が置かれていた。
「ナワテさん、これは?」
「敵の要求よ。端的に言えば無条件降伏を勧める文書、ってやつ」
その内容は至極単純。以下の5名を生贄として差し出せば、人類を滅ぼさないというもの。
櫛引木葉
ロゼ・フルガウド
磐梯なわて
カデンツァ・シルフォルフィル
ピッチカート
「飲めるわけないです! そもそも、彼女らを差し出して向こうが攻撃を止める保証がありません!」
「同感だな。このメンバーを失ったらマジのガチで勝ち目がなくなる。無力化された人類を滅ぼそうって魂胆かもしらねぇ」
マリア女王とランガーフ3世は反対の立場を取る。というよりこの場に集まった首脳陣に賛成の人間はいない。
「というかそもそも、向こうの目的って何なんですか的な? フォルトナを復活させるところまでしか目的を聞いてないので、その先をちゅん達は知らないんですけど」
「両面宿儺の完成、だね〜。それによって世界を再支配し、今の満月の世界を維持すること。……ま、多分それだけが目的じゃないとは思うけど」
子雀の疑問に対してロゼは分かりきった回答をする。が、ロゼはその先をなんとなく読んでいた。
「先?」
「うん、先。世界の維持が目的だとは思えないんよ。憎しみは現実逃避じゃ解決できない。それは憎しみを抱き続けた僕がよーく知ってるんよ」
現実から逃げても過去の憎しみが今の自分に襲い掛かる。斃せ、斃せと囁きかける。フォルトナの元々の目的はなんだった?
「根源を壊すつもりだね」
会議室に木葉が入ってくる。目元が腫れていたが、精神的には問題なさそうだった。
「思う存分吐き出せた?」
「お陰様で。それよりロゼ、やっぱりその予想正しそう?」
「うん。異世界に行く手段は2つ。魔女の宝石で大魔法創造の魔法を使うか、すくなを食べること、だよね?」
すくなは世界を行き来できる。それは500年前にすくなが日本に逃れたことからも分かることだ。というか木葉の予想だと、今現在すくなは日本にいると思われる。
(これだけ呼びかけて反応しないってことは、多分今はこの世界にいない。でも、それならなんで日本に?)
「生贄メンバーの選定はそれが多大に反映されてるよね。僕とこののん、なわてさん、カデンツァ・シルフォルフィル、ピッチカート司祭は悪魔と契約してる。つまり僕達を食べることで両面宿儺は完成する」
「で、完成した時に得る力として、異世界を行き来する力がある。……つまり」
ーーフォルトナが復讐したいのは、ヤマトの民に対して、である。
「日本に、侵攻するってこと……?」
なわての呟きに、木葉とロゼは頷いた。それを聞いた笹乃や花蓮の顔は真っ青だ。勇者らも同様である。
「ま、まじで?」
「いや、異世界転移が一方通行なんて話も無いわけですし、でも、そんなことが本当に……?」
「畢竟、それが本当だとして僕たちのやることは変わらないんよ〜。フォルトナを殺す。それも、サファイアとしての身体を傷つけないように、だね〜」
難易度は上がった。だがこれは絶対条件だ。すなわちサファイアの体からフォルトナを追い出す。魂の剥離にはフィンベルの協力が必要不可欠となってくる。
「見たよ、あの塔。あそこから王都に悪魔を放ち、世界の真実を知った私たち首脳部を皆殺しに来る」
「どうする、こののん?」
「勿論、叩く。全部後手後手に回ったから何とか策を練っていきたいところだけど」
考える一同。そこに手を挙げたのは、
「『トロイの木馬』の逸話、ご存知ですか?」
笹乃が、頼もしそうな顔で言った。
……
…………
……………………
「む、来たか」
「傷を舐め合おうかなぁと思って」
バルコニーから塔を見つめるルーチェ。木葉の軽口を鼻で笑うくらいには余裕があるらしい。
「コーネリア、美人だよね」
「ああ、あいつのクソでかおっぱいに釣られて烽に入ったものもおる」
「初期メンの質悪そー……」
「事実悪かったぞ。じゃがコーネリアはその統率力でメンバーの質を底上げした。我には出来ぬことじゃ」
寂しそうな目で遠くを見るルーチェ。木葉も今は同じ気持ちだ。
「迷路も、私に出来ないことをやってくれた。助けられっぱなしだったなぁ」
「そう思うなら今度は助けてやることじゃ。迷路は居ない。じゃが、迷路を動かしてお主を救おうとしていた者に報いるべきではないのか?」
「……………わかってる、つもり」
「ならよい。我もせめて仇は討ちたい。コーネリアをあんな風にしたノルヴァード・ギャレクにも一髪ぶち込んでやりたい。
これが、最後の戦いじゃな」
最後の戦い。その言葉の意味をルーチェは知っている。誰にとっての最後なのか、何の最後なのか。
「我は、お主というラスボスとなんて戦いたくはないぞ?」
「分かってる。そっちも抜かりはないよ。これが最後の戦い。あとの戦いは私たちが本来、歴史を歩む上で必要な戦いだけ」
戦いはこれからこの世界が続いていけばきっと起こる。これは、本来フォルトナが居なかったら起こらなかった筈の戦いを終わらせる戦いだ。
「終わったら酒でも飲むか?」
「嫌だ」
「そ、そうか」
「違う、飲むなら今だ。今回はなわての時と違って両方生き残れる自信がない……」
そう言って木葉はワインを取り出した。
「えー、我リリューク産の8年ものは嫌いなんじゃが……」
「文句言うなよ、これしかなかったんだよ」
「王宮の厨房からくすねてきたのにか?」
「このストレス下で役人が飲みまくったらしい。お陰で地下室の方にしか質が良いものがないんだとか」
「では地下室にゆくぞ、酒に妥協は許さん」
「へーへー。あ、なわてとロゼも誘って良い? 子雀は……飲めなそうだから良いや」
王都の地下貯蔵庫には年代物のワインが多く貯蔵されていた。その中からリヒテン産のクルティカーノ20年ものを持ち出し、庭園にて開けることにした。
「戦いの前の宴だね〜」
「一応この辺が主力だし、1番危険だからね」
「死ぬつもりは毛頭ないわ。ノルヴァード・ギャレクの首を春風の墓前に供えるまでは死ねない」
「物騒じゃのう、もうちと明るい話をしようじゃないかぇ」
ロゼ、木葉、なわて、ルーチェの4名は談笑しながら庭園でワインを嗜んだ。熟成度合いがやはり違う。少し前に医務室でなわてと飲んだお酒より更に深い味わいの一品だった。
「んじゃ戦いが終わったら何をするか、なんてフラグでも立ててみる?」
「おーおー、言い出しっぺからやれよ、なわて」
「なんて不吉な台詞を」
「あ〜でもそれ気になるかも〜」
この戦いが終わったら、についてはなわてと前に同じことをやっている。しかしこれが本当に最後の戦いな以上、互いの心中は吐露しておくべきだろう。
「アタシはねぇ、ちゃんと日本に帰るわよ」
「ありゃ、意外〜」
「両親が心配だし。そんで帰ったら、アイドルを研究し尽くすの。大学にも行きたいわね。あとは海外、いろんな国を回って歌を歌うわ。その時は笹乃にでもマネージャーしてもらおうかしら」
「え、なんで笹乃?」
「………言いづらいけど、生徒達が大勢死亡・廃人化した状態で戻ったら、笹乃は唯一の大人として凄まじいバッシングを受けるわよ」
笹乃にはどうすることも出来なかったこととはいえ、世間は結果を見る。異世界の真実が伝えられないにしても、行方不明者を多く出したクラスの担任への風当たりは想像に難くない。
「…………考えたことなかった」
「ま、普通は考えない。でもアタシは元々帰る予定だったから、その後のこととか考えてるわけ。だから笹乃を海外に連れ出す。そんでアタシの為に死ぬ気で働いて貰う。それが、笹乃が罪悪感を感じずに済む方法よ」
「なわて、お前やっぱ凄いよ」
今は余りにも殺伐した世界でゴタゴタしてるから笹乃は精神を保っていられるが、唯一の日本人の大人として彼女の重圧は相当なものだ。それは他の生徒達にも同じことが言える。
「他の生徒のメンタルケア、夜弦くんはそれがやりたいって言ってたわ。17期生はトラウマもそんなにないでしょうけど、16期生はメンタルケアが必要よ。あんたのせいで」
「耳が痛え……」
17期生も目の前で首飛ばしたりとやばいもの見てるけど、その辺も夜弦に頑張って頂こう。
「次は木葉、あんたよ」
「いや私はいいよ。わかってるでしょ?」
「言うだけならタダよ」
「んー、取り敢えず、親戚の叔母をボコボコにして、お父さんの事務所にカチコミに行こうかな」
「おー良いわねやったれやったれ」
「お主の家庭環境どうなっておるんじゃ……」
母に新興宗教を勧めた叔母、見舞いにすら来ない父、いずれも木葉にとっては許せない存在である。
「次はロゼかな?」
「僕か〜。う〜ん、静かに暮らしたいな〜」
「意外と欲がないのう」
「今この時が楽しいからね〜。でもまぁ、うん、竜人の国が作りたいな」
ロゼの願い。それはかつて滅ぼされた竜人たちの暮らす場所を復活させることだった。
「竜人が未来永劫安心して暮らせる国、人と亜人と竜が仲良く暮らせる、そんな国。神聖王国を裏切るかどうかはともかく、そんな国が欲しい」
「……………ロゼ」
「お父さんの名誉回復にも努めたいね〜。あとは森の奥で楽器吹いて友達と遊んで暮らしたい」
幼い頃から命を狙われて安心できる環境がなかったロゼにとって、安全な国というのは理想的なものなのだ。
「そうか。では次は我だな。我もロゼと似ておるが、亜人が安心して暮らせる国が欲しい。我を、コーネリアを、エレノアを慕ってくれるみんなに応えたい。以上」
「ルーチェ、お前」
「なんじゃ? 尊敬し直したか?」
「や、まさかのマジレスかぁって」
「むしろお主だけじゃぞ変なこと言ってたの!?」
ムカつく奴、殴る、yeah。
「ルーチェと僕は協力出来そうだね〜。一緒に国造る? 造っちゃう?」
「お主が君主の国とかマジで嫌じゃ……なんか戦闘狂塗れになりそうじゃ」
「ならないんよ〜。あ、でもルーチェが僕の傀儡になってくれるなら、国の一つや二つあげてもいいよ」
「そういう怖い思考するから嫌なんじゃ……。まぁ考えとくわい」
2人とも君主気質だから同じ国には居られなさそうだけど、隣国なら上手くやってける気がする。
「チーズ食べたいなぁ、ないの〜?」
「あー、おつまみもうなくなったか。子雀に持って来させよう」
「あ、忘れてた。子雀の3rdライブの監修するまでは異世界に残るつもりよ」
「次どこでやるよ」
「連合王国なんてどうかしら?」
「海外ツアー早すぎだろ……」
夜が更けていくが少女達の語らいは終わらない。なんならチーズを運んできた子雀が参加して更に煩くなったし、笹乃が未成年飲酒をやめさせようと乗り込んで来たり、その制御をユウに取られて酒一気して酔い潰れたり。
そんなこんなで楽しい語らいは過ぎていく。迷路もこの場にいたら、なんて考えながら、木葉はグラスの中の液体を転がした。
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