6章13話:初代勇者の贈り物
何気に100万字を超えました。やばいですね。
迷路が斬られる少し前、悪魔の出現により大聖堂の戦力差は絶望的となった。
「なにこいつら!?」
「ひっ!? 化け物ぉ!」
悪魔はそこらの魔族や魔獣なんかと比べものにならないくらい強い。3メートル近い背丈を持つ黒い人型の悪魔が、今もあの切り裂かれた空間から無限に増殖してロゼたちに襲い掛かる。
「《竜化》!」
桜色の竜人が、竜の力を引き出して悪魔に斬りかかる。悪魔の出現により迷路や木葉と分断されてしまった。だがしかし、後方の味方を見捨てるわけにもいかない。
日本人集団を守るように、襲い来る4体の悪魔を切り倒す。しかし、
(数が多い! それに、魔獣を倒すのとはわけが違う!)
リヒテンのあの夜、暗闇さん1人を無力化するのに木葉と迷路が苦労したように、下級悪魔とは言えその実力は銅月級に匹敵する。
そして、問題は下級悪魔だけでなかった。
「おい、まじ、かよ……」
笹乃の前に現れたのは金髪褐色の女。一度見たら絶対に忘れることのない美しい女、虫も殺せない優しき虐殺者。
「パヴァーヌ……」
2代目魔王:亡き王女のためのパヴァーヌが、そこには居た。
「ドナウが持ち出した遺体! しかもこの気配……悪魔が奴の体を使っておる!」
ルーチェがそう叫ぶが、それと同時にパヴァーヌは笹乃に斬りかかる。
笹乃の体を使う2代目勇者:ユウは短剣を引き抜くが、その速度を上回るパヴァーヌが拳をユウの短剣に突きつけ、短剣を破壊して体ごとを吹っ飛ばす。
「ごぼッ!」
「先生!」
笹乃の体を抱きとめる花蓮だったが、その勢いを殺せずに一緒に飛ばされる。ルーチェが人型を用いて結界を作り、ようやく威力を殺すことができた。
「あの殺気……。我が100年前に見たソレじゃ。10万の民を殺した虐殺者……成る程、悪魔をその身に宿したか」
「2代目魔王の体で悪魔憑きとか地獄じゃん。やっぱドナウをシメてでも遺体は灰にしておけばよかったんよ〜……」
後悔先に立たず。この場全員で抑えられたら完勝できるだろうが、木葉と迷路が居ないのではどうしようもない。ロゼにとってはそっちの方が心配だった。
(悪魔の群れに分断されて様子がわからない。なんとかして向こうへ……)
その時、聖堂の奥から魂を揺さぶるような咆哮を聞いた。
「あ、あ、ああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!! よくも、よくもよくもよくもよくも!!!」
(こののんの声!? 何が、起こって……めーちゃんは無事!? いや、それより、こののんを助けなきゃ!)
「ルーチェ、ここお願い。こののんとめーちゃんを回収してくる」
「任された。頼んだぞロゼ!」
武甕雷を連発し、悪魔の群れに穴を開けて突破するロゼ。
しかしそこには既に物言わぬ姿となった迷路と、今にも倒れそうな木葉がいる。
2人をこんな目に合わせたフォルトナへの怒りが湧き上がる。しかしロゼは冷静にこの場を分析した。
(勝てない。これじゃ勝てない。めーちゃんの安否を確認したらすぐ撤退を)
ロゼは思う。これは合理的な考えだけど、やっぱり自分は冷たい。もし迷路にもう会えなかったら? そう考えて体の動きが悪くなっている木葉が正常だ。
(でも、僕は僕に出来る精一杯をしよう)
この意志を持ってロゼは神に挑む。迷路の顔をして迷路を傷つけた神に。
……
………
…………………
どれくらいこうしていただろうか。迷路の亡骸を前に泣き叫び続ける木葉にはもう、何も入ってこない。
冷たくなった恋人を抱きしめて、まだ生きてるんじゃないかってずっと思ってて、でもそれは叶わない。
向こうでロゼが戦ってるが、木葉はもう何も出来ない。迷路を守ることが出来なかったから。
(もう私は、立ち上がれない……)
何か語りかけてくる酒呑童子の声も、もう届かない。
ああ、ずっとこのまま、迷路と、ずっと……。
「このは!」
胸ぐらを掴まれる。柊、子雀、花蓮がそこに居た。
「ひい、ちゃ……」
「いくぞ木葉、一度引く」
「やだ、やだよ、迷路と一緒に、まだ、いっしょに……」
「迷路は……もう……」
柊が言い辛そうに顔を歪めた。
「でも、でも……」
尚も俯いたままの木葉に、柊が覚悟を決めたように怒鳴った。
「お前が何もしないと、ロゼが死ぬ! 後ろのみんなも持たない! お願いだから……木葉……」
諦めたように手を取る木葉。迷路の遺体は子雀が背負うことになった。
「コナタの子孫か! 面白い! 朕の時代を生きたあの女そっくりの顔ではないか」
「へぇ〜、どういう関係か気になるな〜」
「朕の誘いを断り、龍と添い遂げた愚か者よ」
「あはははははは!!! 寝取られてる! 寝取られてるんよ! 滑稽、滑稽!!!」
「殺すッ!」
ロゼはフォルトナを煽りに煽って時間を稼いでいるが、無限に悪魔が湧き続けるこの状況ではいずれ劣勢になる。
絶望に歪む木葉。だがロゼはまだ諦めていない。カデンツァも向こうでノルヴァードに肉薄している。
「喰らう、デスッ!!!」
聖堂内を揺らす光。コーネリアの術具:超錬金火砲アルキメデスから放たれた光線がフォルトに直撃した。ソレらを術式で防御するフォルトナ。だがコーネリアとてこの程度でフォルトナを殺せるとは思っていない。
「さっさと魔王を連れて引きやがれ、デス。ルーチェ、あなたも後ろの連中を下げてクダサイ」
「お、おい! お主はどうする!?」
「ワタシは残りマス。それが、罪を犯したものの義務デス!」
決意に満ちた目でルーチェを見るコーネリア。ルーチェは、躊躇いつつもコーネリアに託した。
「頼む……我は、まだお前に何も出来ておらんのだ、死ぬなよ」
「ええ、時間を稼いだらトンズラしマス。ワタシ、逃げ足は早いデス」
日本人、木葉らを逃しつつ、一行は退路を確保する。
木葉を奥羽に乗せたことを確認。既に奥羽に待機させていた騎士団からの応援でようやく戦線の整理が整った。
「おいカデンツァ! 撤退だ!」
「げぼっ、くそ、本当に強いな」
白い羽が体に何枚も突き刺さった状態のカデンツァ。彼女を庇うように夜弦がラケットからボールを発射し、聖堂内を爆破していく。
「逃すとでも思うのかい?」
「ガラ空き〜」
尚も追ってこようとするノルヴァードに、不意打ちで仕掛けたのはロゼだ。
「僕も出来ればこの場でお前を沈めようと思ってるんよ」
「くっ! やはり脅威だ、ロゼ・フルガウド!」
ロゼがノルヴァードを誘導し、そこにコーネリアが火砲を打ち込む。後方では騎士団とパヴァーヌが戦闘状態に入るが、長くはもつまい。次々とパヴァーヌによって人体破壊されていく姿を見て、ロゼも覚悟を決めた。
「僕とコーネリア、あとレガート騎士団長かな。3人の犠牲でこの場を脱することが出来るなら釣り合いは取れるかな?」
獰猛な笑みでフォルトナを睨む。
「ふむ。ここで果てるのなら、そうしてやろう。だが、王都を守るものが居なくてもいいのか?」
「……どゆことかな?」
「朕は『涅槃』を王都につなげた。貴様がここで果てようが、世界が終わることに変わりはない。せめて足掻いて見せるのが、コナタの子孫が出来ることではないのかね?」
フォルトナの発言に対してなんとか平静を装おうとするロゼ。王都に涅槃を繋げた、ということは、いつでも涅槃から王都へ攻撃を加えられるということか。
だが王都にはアカネもナワテもいる。最後まで抵抗しきって、ここで敵の戦力を減らすことが役目だ。
だがそんなロゼの首根っこを掴んだのはコーネリアだった。
「バカデスカ? 貴方もいくんデスヨ」
「え、ちょっ!?」
「奥羽を動かせるのは貴方じゃナイデスカ。それにレガート。お前もデス、ここはワタシ一人でなんとかデキマス
《雷雨》!!!」
火砲より何十発もの弾丸が打ち出され、大聖堂を破壊、瓦礫の山を作り出していく。それによってノルヴァードらは思うように飛ぶことが出来ず、フォルトナも足止めを喰らっている。
「行け、若人ドモ。ルーチェを頼みマシタ」
「……………………お前のことは嫌い。でも、恩に着るんよ」
その隙にロゼとレガートは生き残った騎士を担いで奥羽へと走る。
ロゼとの決着を中断させられたフォルトナはムキになって追いかけようとしたが、コーネリアが単騎で立ちはだかる。
「ワタシを利用したゴミクズ共、ここで成敗シマス」
「コーネリア、君は……」
光線がノルヴァードの翼を焼く。自動反射機能によりそれらはコーネリアに跳ね返るが、そこにさらに光線を当てることで軌道が読めなくなった。
瓦礫の山。変則的に動く光線。それらの要素が相まって、誰も光線の軌道を追うことができない。そして、
「ソコ、デス」
「ーーーーッ!? がぁっ!?」
軌道の変化を追いきれなくなったことで、火砲がノルヴァードの腕を貫く。しかもその背後に羽があったことでさらに反射し、ノルヴァードはのけ反らざるを得なくなった。
「《火葬》」
炎の壁がフォルトナらの前に立ちはだかる。
コーネリアは背後の奥羽が消えたことを確認し、アルキメデスをフォルトナに向けた。
「ノルヴァードくらいはせめて殺しておきたい、デス」
「君はここで死ぬと?」
「何気にワタシ、80歳超えてますカラ。後は若人に任せマス。貴方も、それにそこの2人も、いい歳デスからそろそろ退場しませんカ? 老いぼれが残る世界など、何も生み出さないものだと思いますガ?」
「そうか。だが私たちはなにかを生み出そうとはもうしないよ。あるのは殺戮と蹂躙のみ」
そう言ってノルヴァードはかつての同僚を殺すべく翼を広げる。
(……ルーチェ、ナワテさん、後は任せマシタ。どうかいい国を、ワタシが創ることの出来なかった、みんなに優しい国を、どうか……)
最期の瞬間まで、彼女は国を憂い続ける。同じく憂いてきた狐耳の友人が必ず国を、世界を変えると信じて。
……
…………
……………………
王都に帰還したロゼたちが見たのは、天まで届く真っ黒な塔だった。
「あれ……満月の塔の場所、かな。嫌がらせにも程があるんよ」
フォルトナは涅槃を王都に繋げた、と言った。いつでもこちらに攻めて来れる、ということだ。
恐らく悪魔に関してはフォルトナが一度捕食したものをそのまま出現させている。だが涅槃から溢れ出たものは悪魔だけではない。
「体長2メートル、真っ黒い赤子のようなものが塔周辺にて次々と出現しています。騎士団が対応中ですが……」
「【水子】とでも呼ぼっか。多分だけど、この世ならざるものの集合体だよねぇ。……こののんの世界にあった怨念が、この世界に傾れ込むのは頂けないかな〜」
水子の対応は騎士団に任せておくとして、本当にまずいのはあの塔。あの位置からなら最悪、王都を焼き尽くすことも出来るかもしれない。
「王都10番街の住民に避難指示を。出来れば9と11番街も、かな。いざという時のため地下街に収容できるように、テレプシコーレにも連絡をとって」
「フルガウド様もお休みください。後はわたくしたちが何とかしておきますわ」
「レイラ姫、ありがとう……」
レイラ姫に対応をお願いして、ロゼは木葉の元へと向かう。
医務室のベッドには木葉、それにカデンツァが寝ていた。2人ともあの戦いで傷を負い、それをフィンベルが治療中である。
「フルガウド様も治療、しましょうか?」
「ううん、大丈夫〜。それより容態は?」
「外傷はほぼ完治しました。でも、恐らくメンタル面が」
「まぁ、そうなるよね」
木葉の苦しそうな寝顔を見て胸が痛くなる。ロゼとて迷路の遺体と対面した時は涙が止まらなかった。
「ごめんね、めーちゃん。でも、もしかしてめーちゃんも……」
「……分かってた、かもね」
「こののん!? 起きてたの?」
「今起きた、ごめん……」
木葉が頭を抑えながら起き上がる。凄い勢いでコップの水を飲み干していた。
「迷路、ずっと体が冷たかった。あれは迷路の特性かと思ってたけど、今思えばきっと……人間じゃなかったからなんだよね」
「……………人形。人間を模した容れ物、だね。魂の定着度合いによっては1年以上動くものもある。けど基本的にはそんな長いこと持たないって。だからそもそも研究自体が禁じられてる。やってることはラッカと同じだもの」
ロゼにとってはよく知ってる悍ましい光景だ。要するに魂の入れ替えを行って作られる人形だ。ロゼの親友であり、コードの妹であるハレイ・ヴィートルートが魂を移し替えられたように、語李が少女の身体に魂を移し替えられたように。
「私も気づくべきでした。魂魔法の使い手として恥ずかしい限りです」
「フィンちゃんは悪くないんよ。めーちゃんはそれほど精巧に造られた人形だった。……ああ、この言い方凄く嫌だな、めーちゃんは確かに生きていたのに」
迷路を人形と表現するのは、彼女の生と自分達が彼女と過ごした時間を否定するようでとても嫌な気持ちになる。
しかし迷路が初代勇者:サファイアの魂の容れ物になっていたのは事実だ。
「サファイア、それが迷路の本当の名前なんだ。500年前にクープランの墓を討ち滅ぼした初代勇者」
レガートから昔聞いたこと。初代勇者は15歳の少女であった。それは、迷路が初代勇者であったことを裏付けるものにはならないけど……。
「なんとなく、迷路はサファイアなんだって気がするの。多分すくなは、サファイアを助ける為に頑張ってたんだろうなぁって」
ヴェニスの戦いですくなは言っていた。
ーー貴方の『人形』の『迷路』は強い子だから、きっと大丈夫。
「このロザリオはきっと、サファイアの物だ」
木葉が夢の中の女の子……櫛引蒼から髪飾りを預かった際、一緒になってついてきたロザリオ。そこに付いている蒼い宝石はサファイア。これも勘だけど、初代勇者サファイアからの贈り物な気がした。




