6章10話:お前が嫌いだ
王都の郊外にある墓地に、木葉となわては足を運んでいた。
15期生の慰霊碑。夜弦と木葉でつくったものだ。夜弦は毎日朝に来ているらしく、木葉らがついた時にはもう新しい花が供えられていた。
満月教会式の埋葬ではあったが、木葉は仏教風に手を合わせる。
(アリエス。一応これで義理は果たしたよ。私の無茶な作戦に付き合ってくれて本当にありがとう。……お前が、お前こそが勇者だよ。今後勇者といえばアリエス・ピラーエッジって後世に残しといてやる。せいぜい恥ずかしがってやがれ、ばーか)
やめろ恥ずいんだよ! という情けないツッコミが聞こえてきたような気がした。木葉にとっての後悔に漸く一区切りつけられた気がする。
その他木葉のワガママで、エレノアのように王都政府と戦って死んだ人々を慰霊する墓地も作ってもらった。ヴェニスの民は勿論、アリエスハーレムに居たスプリングなども此処に刻まれている。
(エレノアお姉ちゃん。こんなことしかしてあげられなくてごめんね。テレジアが西都から戻ったら今度はあいつも連れてくるよ)
竜人族の青年:コードらと共に西都に残って物流網の構築に尽力しているテレジアも、もうじき一度王都に戻ってくるとのことだった。
「なわて、先行こうか?」
「…………もう大丈夫。春風や会津くん、みんなとのお別れは済ませた。あたしはみんなを背負って生きていく。大丈夫、生きていける」
「……うん。死ななくても銀河鉄道に乗ることは出来る。それこそ少年:ジョバンニがそうであったように、ね。わざわざ好んでカンパネルラになる必要はないんだよ」
「そう、ね。カンパネルラになることにこだわり過ぎた。その点あんたの言葉は良いと思う。傷つけた分だけ誰かを救う、ね。うん、ほんとにいい言葉だと思うわ。
さーて、これからどうする?」
「んー、ゴダール山はロゼ戻ってきてからじゃないと奥羽使えないし……うん、ちょっとお茶でもしてこっか」
「そうね……あー、これ……」
言い澱むなわて。どうしたんだろうと振り返った途端その意味がわかった。
「あ、えと、木葉ちゃんさっきぶり!」
「此処にいると聞いてな! 話をしにきたんだ!」
勇者様と聖女様であった。
……
…………
………………………
上田おとめ、松本シンにとって、櫛引木葉という人物は友人ではない。しかし櫛引木葉の知名度は絶大であり当然その人となりも噂程度に耳に入ってくる。
ーー誰にでも優しく、いつも明るい美少女。誰かを思いやれる素敵な女の子。
おとめは恵まれた女の子だ。木葉のように親に虐待されることもなければ、誰か近しい人の死を目の当たりにすることもない。心が壊れて人生の選択をもう1人の自分に委ねるなんて経験もあるわけがない。
そんな彼女は、それでも櫛引木葉に憧れていた。自分も木葉ちゃんのようになって誰にかに優しくしてあげたい。だから、
「木葉ちゃんとはお友達になりたいなって思ってたんだ」
「………………」
「お友達になってくれないかな?」
おとめは無垢な笑顔で言う。そして、その無垢は木葉が失ってしまった感情だ。
木葉は思う。きっとこのまま何も知らないままでいられたなら、自分はここまで歪むことはなかった。自分が歪んだことは全く後悔していない。けれど、
「……………………あり得たかもしれないもう一つの未来を、わざわざ自分の方に引き摺り込む必要はない、か」
「…………? 木葉ちゃん?」
上田おとめ、松本シンは善良だ。そして自分の可能性を信じてる。地獄を知り自身の無力を知っている木葉やなわてとは一線を画す存在だ。
「……で、何しにきたの? しかもレガートも一緒とか」
勇者と聖女を見守るように、レガートの姿を確認した。
「魔王……」
「復帰おめでとうレガート団長。ま、手くらい合わせていきなよ。アリエスも多少喜ぶんじゃない?」
「あんた常々思うけど結構アリエスのこと好きよね……あー違う恋愛とかそういうのじゃなくてさ」
なわての指摘に少しムッとなるが、まぁ事実なのでそこは何も言わない。
レガートは慰霊碑の前で十字を切り、黙祷していた。
「一度、ゆっくり話したかった。君たち2人と、な。勇者様と聖女様を交えたのは成り行きだが、間違ってないとは思う。付き合っては貰えないだろうか」
「………………いいよ。なわては?」
「行くわ」
「……………」
なわてはこういうの断りそうなイメージあるのだけどな、と首を傾げる。
レガートと勇者聖女について行く2人。目的地は、王都を一望できる展望台がある場所……満月の塔だった。
王都10番街の象徴たる巨大な柱は、王都決戦の煽りを受けることなく現存していた。
「なわてと初めて会った場所だ」
「懐いわね。さて、騎士団長は何を話したいわけ?」
「まずは、すまなかった。私は君たちを救うべき立場に居たのに救うことができなかった。それを謝りたい」
赤髪のイケオジは頭の下げ方もイケメンだった。
松本シンと上田おとめは唐突な謝罪に驚いていた。頭下げることなんてないですよ、って台詞は空気読めてないと思うが……。
「どうでもいいな。それで、私たちに何を求める?」
バッサリと斬り捨てる木葉。レガートはそれを気に留めた様子もなく続ける。
「私は君に幸せになって欲しいと思っている。君から見た聖女と勇者は……かつての自分だ。違うかね?」
「………」
「今なら、まだ戻れる。だが君はこれ以上のことをしようとしている、そんな予感がする。というより……」
「戻る気がない、でしょ?」
「ーーーーッ! ……そうだ、君は、"戻る気がない"。色んな意味で」
レガートの説明に補足を入れる。なわては首を傾げていた。
「どういう意味? まさか、日本に戻る気がないとでも?」
「…………………」
「あんた、何しようとしてるわけ?」
「なんでその話をそこの連中に聞かせる必要がある? なわては兎も角」
木葉の恨みがましい視線を受け、バツが悪そうにレガートは答えた。
「君たちを呼び出してしまったことに大きな責任を感じている。それでも、君たちの戦いがここまで世界を変えたのだと、勇者達に知って欲しかった。そしてそんな英雄の結末が悲劇的なものであっていいはずがないと、共有したかった」
「偽善だよレガート・フォルベッサ。お前のやってることは偽善だ。というよりエゴだ。私は全部覚悟してここにいる。それに、この戦いは私自身の手で決着をつけなきゃいけない」
「…………」
「私がフォルトナを殺さないと意味がない。それが意味するところは……アリエスの死を見届けたお前ならよく知ってるはずだ」
「……フォルトナ様を含めた悪魔を全て食らい、満月様ーー両面宿儺を正しく終わらせる。それが出来るのは"すくな"と契約してる魔王だけ、ということだろう?」
よく調べてある。いや、これもノルヴァードから聞いたのだろう。そして、その行き着く先もノルヴァードは恐らく知っている。
「私が始めた世界は、私が責任を負うべきだ。後戻りがどうとか、そういう段階はもうとっくに過ぎ去ってる。て訳だからなわて、先に言っとく。
多分私は、なわてが望む結末に至れない」
「………………人には散々生きろと言った癖に、あんたは生きることを放棄するのね」
鋭い視線。だがなわての持っている感情は怒りではなく、どこまでも木葉に理解を示している。
分かっているのだ。今の木葉は、少し前まで双葉春風を生かす為になんでもやってきたなわてと同じだということを。
「へ、へ? どういう……」
「上田おとめ。さっきの答えを言うよ。
私はお前が嫌いだ。だから友達にはなれない」
「ーーーーッ! な、んで……」
「松本シン。上田おとめ。お前達が本当に正義の味方で有りたいのなら、お前達は私を殺すことだけを考えるべきだよ」
この世界は魔王と勇者が共存なんてありえない。それ即ち、崩壊した月殺しシステムが延々に続く状況を意味するのだから。
「無駄な時間だった。いこう、なわて」
歩き出す木葉とそれに着いていくなわて。
「で、この話は誰が知ってんの?」
「……迷路、ロゼくらい。勇者と聖女に知られたのは面倒だけど、なわてには言うつもりだったよ」
「へえ。それならあたしは一応あんたの恋人候補ってわけだ?」
「恋人、言い得て妙かも。最後まで付き合ってよなわて、私が死ぬまで」
そう自重気味に笑う木葉を見て、なわては思う。
(ほんとに、あんたとあたしはよく似てる)
……
………
………………
「とーちゃく! なんよ〜!!!」
王都決戦から3ヶ月半が経過し、桃色の髪を靡かせてロゼが王宮に帰還した。
東都は無血開城により比較的スムーズに明け渡しが完了したのだが、それでも統治方針の決定に数週間かかる。故に公式な帰還はまた後日、盛大なパレードによって祝われることだろう。
「あーはいはいお帰り」
「あれ、めーちゃんなんか冷たいんよ? 僕寂しかった、さみしかったんよ〜!」
「ちょ、めろんおっぱい押し付けんじゃないわよ! 戻ったんなら私の手伝いでもして頂戴。あーもう、毎日法律書と睨めっこよ」
「わー大変〜。でも僕も戻ったばっかりだから少し休ませて〜」
そう言って迷路の膝の上に寝っ転がるロゼ。鬱陶しそうにしながらもどこか嬉しそうな迷路。なんだかんだ言って好き同士である。
「でもまさか3ヶ月で片がつくとは思わなかったわ。イスパニラ、西都、東都、いずれも最悪数年かかる見通しだったのに」
「んー、まあ細かいのは部下に任せてあるからまだまだ掛かるかもだけど、ほら、僕、現人神だから! ビバ現人神!」
「それ、新たな火種になるからやめなさいよ……」
「あ、めーちゃんもわかってる?」
悪戯っ子な表情で笑うロゼ。どこか自虐的だ。
片や神聖王国の内政に関与してる迷路からすれば溜まったものではない。
「今やロゼは神聖王国を軍事的に支配してる。そして現人神の立場のせいで王家よりもその信仰を集めてる。貴方、このままだと政治的な道具にされるわよ」
「そうしない為にめーちゃんがいるんでしょ〜?」
「それだけじゃない。もうこの世界で魔王である木葉に対抗できる存在は私と貴方、そして悪魔を保有する奴らだけ。後者はもうじき木葉が滅ぼす。となると……」
「うん、僕とこののんが割れる事態になりかねないね〜」
「分かってるなら慎みなさいよ。正直、貴方強すぎ。一回公の場で木葉の靴でも舐めて立場示してきなさい」
「わ、それいいね〜。ちょっとぺろぺろしてくるんよ〜」
冗談で言ったつもりだったのにロゼは木葉の元へと駆け出そうとしたので迷路は全力で引き留めた。
「うわぁん、こののんの足舐めるの〜!」
「やめなさいみっともない!」
「露出プレイしてるめーちゃんの方がみっともないんよ」
「貴方それ誰から聞いたのよ!?」
「え、アタリ? わ〜ずるいずるい! あ、僕もこののんに全裸で陵辱されてる映像を流せば権威が堕ちるかな〜?」
「嵌めたわねロゼ!!! ていうかそれはさすがにやめなさいよ!」
「ハメたのはめーちゃんです〜」
「くっだらない下ネタ言えるってことは貴方結構余裕そうじゃない! 手伝いなさいよ!」
わちゃわちゃが戻ってきた。
そして更にこのタイミングで木葉となわて、子雀が戻って来る。
「あ、ロゼ! 早かったね!」
「このの〜ん! 会いたかったんよ〜、足ぺろぺろするんよ〜」
「……? マッサージか何か? ま、いいや、好きなだけお舐め」
「わーい! 舐めるんよ〜」
「やめなさい馬鹿! 流石に冗談よ!」
ロゼが木葉の足を舐めるという謎状況の後、ロゼは改めてなわての方を見た。
「初めまして、なわてさん。ロゼ・フルガウドです。事情は聞いてるんよ。異端審問官だけど貴方はぶち殺さないでおいてあげるんよ〜」
「そりゃどーも。にしても木葉あんたガチで美少女ばっか侍らせてやがるわね。組む? アイドルユニット組んじゃう?」
「組まねーよ……」
なわてのアイドル構想は今でも膨らんでるらしい。因みに王都で子雀のライブが今度開催される。
「よかったな、いきなり王都デビューだぞ、アイドルの誉だぞ」
「ちゅん、基準点がわからないです的な……」
「東京ドーム扱いになるんかな?」
まぁそんなことは置いといて、本題はここからだ。
「で、ロゼが帰って早速で悪いんだけど、子雀のライブが終わり次第、最後の魔女の宝箱を攻略しに行くよ」
場所は既に判明している。
【ワーグナー大聖堂】。位置としてはゴダール山の真逆、王都から西にある古びた大聖堂だ。海上に浮かぶ聖堂は圧巻の一言に尽きるだろう。まぁ現実世界で言うとモン・サン・ミシェルみたいなとこである。
勇者が何度か攻略に向かったのだが、ゴダール山と違って【転移門】がない分補給がし辛いため、殆ど攻略が進まないまま王都決戦の日を迎えてしまった。
「西都征伐の際に海上封鎖の一環で行ってみたけど結構凄かったんよ〜。あ、奥羽で位置を登録してるから60人単位で攻略に挑めるよ」
「ありがとロゼ。私も見てみたいな、モン・サン・ミシェルも映像でしかみたことないし」
王都のゴタゴタが片付き次第、ワーグナー大聖堂の攻略に取り掛かるつもりだ。つまり1ヶ月後くらい。
既に王都決戦から3ヶ月半が経過しており、ノルヴァードの動向も気になる。それに、
(すくな、全然顔を出さない。流石におかしい。どこで何してんだあいつ)
いざという時の為に、すくなに知られないようなフォルトナ討伐作戦は立てている。だがそれでも、木葉にとってすくなは自分自身。不安にもなる。
「すくなが居ないのが不安?」
「……迷路はなんでもお見通しだね。うん、どこいったんだろ、あいつ」
「裏切った、とまでは言わないけど、心当たりないの?」
「あいつ、フォルトナに観測されることを極端に恐れてたからなぁ。……って迷路、顔色悪くない?」
元々青白い肌が更に白くなっている。熱は……と思って頭に手を当てようとするが、避けれられてしまった。
「少し休むわ。疲れが溜まってたみたい」
「そう? じゃあ一緒に」
「木葉は久々に戻ったロゼの相手しててあげて。私はいいから」
「……わかった。でも無理しないでね?」
「ええ、ありがとう」
木葉の額にキスをする迷路。
だがその唇は相変わらず冷たい。元々なかった温もりが、さらに迷路から失われているようだった。
迷路が部屋から出ていった後、なわてが訝しむように聞いてきた。
「ねぇ、つかぬことを聞くんだけどさ」
「ん?」
「あの子、人間よね?」
ゾっとするような感覚が木葉を襲う。どういう、ことだ?
「なわて、何言ってるの?」
「気に障ったならごめん、ていうか気に障るわよね、あたしが軽率だった……」
「や、そうじゃなくて……なんでそう思ったわけ?」
「いや、あたしはさ、この通り蠍の目を持ってるわけじゃん?」
最近、なわてはリハビリも兼ねて包帯を取って蠍の目を試している。窪んでいた瞳には元の黒い瞳と対照的な光灯っていない真っ青な蠍の目があった。
「蠍の目は人間の体温、心拍数、筋肉の動きが見える。それによってあたしは未来予知にも等しい芸当を行うことができる。で、さっきの迷路なんだけど、
心臓、ほぼ動いてないわよ?」
「「「ーーーーッ!? は……?」」」
絶句する面々。木葉の手は、震えが止まらない。
そして、木葉が知らない場所でも、物語は終着点に向けて動き出そうとしていた。
「さぁ、今こそ! 最後の悪魔を! は、はははは! ははははははははは!!!」
高笑いするノルヴァード。そこには一面に溢れんばかりの真っ黒な血が広がっていた。
「ぁ、ぁ、い、た、い……」
「まだ息があったのかな、だがもう終わりだよ」
ノルヴァードは口を歪めて少女の頭を掴み、壁に叩きつけた。
「があっ!!!」
「さぁ、これで最後のピースが揃った! は、ははは! ははははははははは!!!」
感想いただけたら嬉しいです!
なるべく返します。




