6章7話:月見酒
王宮決戦の末、王都の王党派は壊滅した。
エルクドレール8世は死亡し、スピノザ以下宰相らは捕縛された。7将軍も壊滅、省庁も軍部も国立天文台も制圧され、代わって立憲君主政友会がバジリス王宮に入城することとなる。
「さぁお姉様、思う存分働いて貰いますわよ」
「うう、木葉ちゃぁん、木葉ちゃぁん……」
「我が姉ながらキモいですわ……。何嗅いでるんですの?」
「木葉ちゃんの髪の毛ぇぇ」
首根っこを掴まれてずるずると引き摺られていくマリア。一応これから神聖王国の君主となる存在なのだが、扱いがかなりぞんざいである。
さて王宮決戦の末、勇者諸君や近衛師団も包囲されて投降することとなった。その際勇者:松本シンが暴れたためロゼがボコボコにしてしまい、勇者は現在入院中である。
「魔王にボコさせると後が面倒だからね〜、僕がやるのが1番手っ取り早いんよ〜」
満遍の笑みで言っていたそうだ。
そんなロゼのお茶目な一幕もあり、再びトラウマを発動した1-4のメンバーは全員ロゼの配下によって幽閉されて現在は離宮に集められている。
ロゼの配下やアカネ騎士団らが王都の勢力を鎮圧した結果、最後の王党派は地下に逃れようとしたのだが、
「へぇ、アタイのテリトリーで暴れようだなんていい度胸じゃないか。お前たち、こいつら身包み剥いで木葉への手土産にしちまいな」
「「「「「あいあいさー!」」」」」
地下街を統べる美魔女:テレプシコーレによってそのことごとくが殲滅され、王宮に差し出された。
その全てが今は牢獄へと投獄され、王都は2〜3日で立憲君主政友会のものとなった。
「さて、今後の方針を決めましょうか」
王都決戦から5日。レイラ姫率いる立憲君主政友会、木葉率いる月光条約同盟が王宮内の会議場に集い、今後の方針を話し合うこととなる。
「まず王位ですが、弟:クバートが成人するまではお姉様が暫定的に就いて貰います」
「う、うう……いざそうと決まると緊張しますね」
「ま、10年の辛抱です。それにお父様の時代とは違い、国王には権力があまりありません。立憲君主制。お姉様はお飾りですわ」
その視線はまだ9歳の王子ーークバート第一王子にも向いていた。マリアやレイラに似て美しい顔立ちのクバートは少し緊張はしつつもコクリと頷く。
神聖王国の暫定政府は以下のとおりである。
国王:マリアージュ・フォーベルン・エルクドレール
次期国王:クバート第一王子
王室顧問:レイラ第二王女(フォーベルン大公)
王国議会議長:エカテリンブルク侯爵
立憲君主政友会総裁:フォレスト・カルメン侯爵
立憲君主政友会副総裁:テグジュペリ侯爵/シルフォルフィル侯爵
「わたくしは『レイラ・フォーベルン大公』として王室顧問を務めます。宰相にはカルメン侯爵です」
「まあ異議なしですね。カルメン様以外に宰相に適任な方なんていませんし」
マリアが安心したように呟く。やはり優秀な宰相がいないと国王への負担がでかいのでそこら辺本気で心配していたのだ。
白髪の賢者:フォレストはそんなマリアに頭を下げて進言した。
「勿体なきお言葉。ですがアタシも高齢。後継者としてアタシの息子夫妻や孫娘が政治を回してくれます。それでよろしいかな?」
「トゥリーは、まぁちょっと変わってるけど優秀な人だから沢山こき使ってあげて」
補足するように木葉が自信満々にそう言った。
終戦後、木葉はすぐにラクルゼーロに飛び、主要なメンバーを奥羽にて王都まで移動させた。その中にはフォレストやトゥリーも勿論いる。
「王国議会の議長には鉄細工:エカテリンブルク侯爵を指名します。五華氏族会議に戻そうかとも考えましたが、これはロゼ・フルガウド様からストップがかかりました」
「うん。5人だけで色々決めちゃうのはもう時代にそぐわないからね〜。それに、結局ツヴァイライト家は滅亡しちゃってたし、ヴィラフィリア・オリバード両家も後継者が20歳前後、それは僕もそうだし。上に立つのはなんか違うでしょ?」
17年前まで神聖王国の上層部を司っていた五華氏族会議だったが、ロゼの言葉によってその1000年の歴史に幕を下ろすこととなる。エカテリンブルク侯爵やヴィラフィリア兄妹も既に賛成していた。
「それにあーし、オリバード家を継ぐつもりないし」
「ルチアはヴィラフィリア家の人間だ。これまでも、これからも。だから五華氏族の歴史はここで終わりでいい」
金髪緑眼の美男子:ルビライトがその義妹:ルチアの頭を撫でて言った。本人達がそう決めたのなら、誰も文句はない。
「わかりました。とはいえ、五華氏族は今でも絶大な名声を誇っています。4名にはいずれも要職に就いて頂きますよ。その為にエカテリンブルク侯爵には王国議会議長、ルビライト・ヴィラフィリアには財務省、ルチア・ヴィラフィリアには文部省での職務を命じます」
財務省には物流を司るテグジュペリ侯爵ーーテグジュペリパパが居るので、その秘書のような役割をするのがルビライトだ。
一方ルチアは歴史書の編纂を司るオリバード家の末裔であるため、文部大臣の秘書官を務める。
「では肝心の軍部ですが、メイガス・シャーロック侯爵に軍部大臣を務めて頂き、実務としてロゼ・フルガウド様が元帥を務めます。それで宜しいでしょうか?」
「ええ、ええ。私は構いませんよお。どーせ私には戦は向きませんし」
官僚風のモノクル将軍:メイガスは自嘲気味に笑っていた。
一方のロゼも文官向きではないため、元帥として現場指揮にあたることへの不満はないようだった。
「その他の人事については追って伝えます。次に国内情勢ですが、報告してもらっていいですか? フルガウド元帥」
「は〜い。南方パルシア軍管区は僕の部下が全部制圧してくれたよ〜。北方パルシア軍管区もダート軍管区から来てくれたヴィラフィリア兄妹とネーデル中将によって制圧済み。西方は将軍を失って混乱状態、東方はまだミランダ・カスカティスが勢力を保ってるね〜。南方大陸軍管区はエカテリンブルク侯爵の軍が押してるし、イスパニラ軍管区も各地で混乱状態って感じかな〜」
東方パルシア軍管区は現在、ランガーフ3世率いるリルヴィーツェ帝国軍と対峙しており王都に攻め込む余裕はない。
とは言え政局が完全に安定してるのはフルガウド家による統治が復活した南方パルシア軍管区とヴィラフィリア家による統治が復活した北方パルシア軍管区のみ。まだまだ問題は山積みである。
「では早速ですがシャーロック大臣にフルガウド元帥。東方及び西方パルシア軍管区の制圧を命じます。軍は全てあなた方の裁量で動かして頂いて構いません」
「承知しましたぁ」
「はいは〜い。すぐ準備するんよ〜」
「次に対外政策ですが、オストリアはどうですか?」
神聖王国の属国、オストリア・ブダレスト大公国だが、そこには第二王子:ディドロがいる。
「あーそれ僕が手を打っといたから大丈夫〜。先に国内の筆頭司祭3人ともぶち殺しておいたし、ブダレストが独立するように仕向けてあるから当分は混乱すると思うよ〜」
「手際いいですね……。ブダレストにいるわたくしの従兄弟が独立宣言書を送ってきましたがこれはそういうことですか……」
レイラとしては承認するつもりである。神聖王国は些か大きくなり過ぎた。細分化して統治を行き届きやすくするべき、というのがレイラの考え方である。
「ま、向こうは向こうで好きにやって貰いましょう。あと連合王国の海軍がその辺で暴れてるんですが、これなんですか……」
「南方大陸の利権問題で優位に立てるように脅してるんだと思うよ。私が軍艦1つくらい沈めれば大人しくなるとは思うけど?」
「いえ、櫛引様のお力を借りるとまた別の問題が起きそうなので……カデンツァ、交渉の方お願いできますか?」
「わかったとも。外務関連はシルフォルフィル侯爵家と連携して当たろうじゃないか」
大まか決まったところで、今回の会議の目玉である褒賞と処罰に関する話し合いが始まった。
まずは褒賞。
月光事変に携わった有力者は軒並み新政権への参画が約束され、更にまだ空手形ではあるものの領地の加増が認められる形となる。特にフルガウド家は南部パルシア一帯やリヒテンの統治権を獲得することとなる。公爵家たるフルガウド家にそこまでの権限を与えるのは危険なことのように感じるが、今後神聖王国統治における主力はフルガウド家臣団が担うことになることが想像されるため、致し方ない処置である。
そして処罰。
これは当初から最も重要視していたことだ。
「軍部関係者はメール総統をはじめブルボン大将、マーベラ大将、モンテスキュー大将、他多数の王党派将軍を捕縛。政府関係者はスピノザ宰相・フロイト財相・ユング法相含めた文官を捕縛してあります。いずれも2週間後の神聖王国裁判にかけ、略式で処罰を下す予定です」
「全員処刑でいいと思うけどな〜」
ロゼの怨恨詰まった発言にレイラは咳払いをして場を整える。真っ先に王都を制圧し軍事的にも最大の貢献をしたロゼの発言力は今や木葉を除いてこの場の誰よりも高い。その一声で処刑が決定してしまう可能性をレイラは恐れているのだ。
「その中にはレガート・フォルベッサ騎士団長やピッチカート司祭、コーネリア司祭もいらっしゃいます。この者らの処遇を決めなくてはなりません」
「全員処刑でいいよ〜」
「生かしたの貴方ですよね!?」
発言がバーサーカー。
「ピッチカートとコーネリアには洗脳を解いた後、全裸で市中引き回しっていう屈辱的な罰を与えてそのまま教会復興を命じさせればいいよ〜。あは、あはははははは〜」
「権威が地に落ちそうなんですが……」
「わ、私は見たいですレイラ!」
「お姉様、いえ、今は女王陛下ですね。自分の発言の重み理解してください」
「はい……」
しゅん、となるマリア。少女達のやり取りに、国の重鎮らは苦笑いである。
「あと、レガートは出来れば近衛騎士団長のままにしてあげてくださいね。命令に従って王宮を守った忠臣ですから」
「……お姉様の癖にまともなこといいますね」
「今は女王陛下、でしょう? 彼のものはこの国に必要です。いいですね、フォーベルン大公」
「承知しましたわ。……威厳見せるかアホ面晒すかどっちかしか出来ないんですかねこのレズ女王」
レズ王女はレズ女王へと進化した!
「にしても、教会勢力は見事に壊滅ですね。13人居た伊邪那岐機関の筆頭司祭はノルヴァード・ギャレク含めて今や4人ですか。それ以外もフルガウド様の焼き討ちで全滅してますし、復興には時間かかりますね」
「健全な組織になるね〜。元々教会が国を脅かす軍事力を持ってる状況が異質だからね。元に戻ったと考えるべきなんよ〜」
「物はいいようですね……ま、いいです。ではこれにて会議を終わります。一月後には各国首脳との会談がありますのでそのつもりで」
……
…………
…………………
「おはよ、調子はどう? なわて」
「……そんな恐る恐る聞かないでよ。あたしがあんたを恨むわけないでしょうが」
「あはは……。ごめん」
王宮決戦から1週間が経過し、心臓移植の影響で意識の混濁が激しかったなわてが目を覚ました。
状況は理解しているようで、自身の心臓を何度も確かめるように手を当てていた。
「なに、触りたいの?」
「推しのおっぱい触りたいとかファンが思うのは万死でしたごめんなさい!!!」
「なんでそんなにビクビクしてんのよ……。はぁ、心配しないで。自殺なんてしないから」
「……生きてくれるの?」
チッと舌打ちするなわて。この感じもなんか久しぶりだった。
「ノルヴァード・ギャレクの言う通りになるのは癪だけど、確かにあたしには生きる義務があるわ。会津くんや春風、それに他のみんなのためにも」
「……そっか」
「あんたも毎日医務室に見舞いに来てくれてたらしいわね。ありがと。それに、春風の埋葬のことも」
木葉は王宮決戦後、ノルヴァードの王宮内私室から心臓のない双葉春風の遺体を発見していた。なわてが起きるまで待っている訳にもいかず、双葉春風は埋葬されることとなる。
「アリエスや他の15期生の慰霊碑も作ろうってことで王都の墓地に埋葬してきた。ヨヅルさんが凄い手伝ってくれたよ」
「ああ、夜弦くんね。生きてたんだ。まぁ1人だけ死亡報告がなかったからそんな気はしてたけど」
「結構アッサリしてるね……」
あの夜のなわてはなわてとは思えない程取り乱していたから、話せるのはもう少し後だと思っていた。だがなわてが見た目の割に大人なのは木葉も知っている。
「ノルヴァードの奴はムカつくけど、一応あたしを生かしてくれたことだけはまあ、感謝してやるわ」
「あのクソ野郎は絶対叩き斬るけどな」
憎々しげに呟く木葉を見てなわては同意したようにコクコクと頷く。
「それに、ノルヴァードは1つ誤算があった筈よ」
「へ?」
「あたしから蠍の悪魔を奪ったつもりかもしれないけど、残念ね。あたしに埋め込まれたのは蠍の悪魔の心臓と腕。悪魔は一度契約した人間からは代償を取り立てない」
なわてが黒い塊を見せてくる。
「それ、って」
「蠍の悪魔の腕の一部。頂きますっと」
塊を口に入れたその瞬間、なわての腕から真っ黒い影が生えてきた。あの時アンタレスを握っていた義手だ。
「これで契約は続行よ。しかも悪魔の心臓が埋め込まれてないから蠍の悪魔をあたしが完全支配してる。心臓はともかく、腕に関してはその一部を切り取っても何も問題はないもの」
「……ずっと前からこうなるかもって予想してたの?」
「蠍の悪魔はあたしとほぼ同化してたからね。腕の一部くらい喜んで差し出してくれたわ。これでノルヴァードと戦えるし、今頃あいつは空の心臓をフォルトナに差し出してるはずよ、ざまーみろ!!!」
歪んだ笑みを浮かべるなわて。木葉は溜息を吐いた。
悪魔の心臓から悪魔の力をその腕へと移し、空になった心臓を差し出したということか。恐らく何重にもカモフラージュをしかけてノルヴァードを出し抜いた。転んでもタダじゃ起きない精神が凄すぎる。
「スキル獲得の為にゴダール山の山頂まで一緒に来てもらうよ。多分アレ使えるのは魔女を倒したなわてだと思うから」
「あらそう? 助かるわ。本体はこっちにあるとは言え、3割くらいはカモフラージュの為にあっちの心臓に力を置いてきたからちょっと弱体化しちゃったし。戦力補強は必須よね」
「ああもう、これなら問題なさそう……。回復したら色々手伝って貰うからそのつもりで」
「はいはい。何でも押し付けなさいよ」
「あーそれと」
「ん?」
ニヤッと笑って木葉は体の後ろからとあるものを出して見せた。
「お酒、飲めるね」
なわてはそんな木葉をぼけーっとした顔で見ていたが、やがて、
「あは、あははは! あんた最高! いいわよ、飲みましょう。生きてるんだからね、あんたもあたしも。あははは、あははははは!!!」
シャトンティエリ決戦で言っていた『この戦いが終わったら月見酒』という死亡フラグが完全にへし折られた瞬間だった。
その晩は医務室の中ではあったが、木葉となわては酒を飲んだ。窓から差し込む月光をツマミに、2人は幾らでもお互いの本音を吐露し合ったのだった。
お酒は二十歳を過ぎてから。
名前が出てきた要人のうち、テグジュペリ侯爵はテレジアやエレノアのパパ、シルフォルフィル侯爵はカデンツァのパパで、エカテリンブルク侯爵はロゼと提携している五華氏族の1人です。定型といえば聞こえはいいのですが、ロゼに脅されて『協力』しています。




