6章6話:生きてる
「なわてから離れろ、屑野郎」
瑪瑙を問答無用でノルヴァードの首筋に叩きつける。しかしノルヴァードの鏡の羽は瑪瑙の斬撃を受け止める程に頑丈で、かつ自動反射の能力を持つ。
斬りかかった木葉にはそれと同様の斬撃が飛び、木葉は距離を取るように後退した。
「くそっ!」
「いい判断だ。手術が終わった瞬間、何の躊躇いもなく飛び込んでくる。過去2人の魔王より遥かに強い」
「お前だけは絶対に許さない」
酒呑童子モード持続の反動により木葉もボロボロだが、その目の殺意はまだまだ消えない。そんな木葉の後ろにはようやく回復したカデンツァも控えていた。
「流石は遥か昔から異端審問官をしているだけあるね、まさか私が打ち負けるとは思わなかったとも、ああ、いたたた。早くフィンに治してほしいものだね」
「まだやれる? カデンツァ」
「君こそ少し休んだらどうだね魔王」
「誰が……ゲボッ! ……そうしたいのは山々なんだけどさ……」
余裕そうなノルヴァード相手だが、最強戦力2人の揃った今なら肉薄できるかもしれない。
だがノルヴァードはそんな木葉の思いを裏切るように、鏡の翼を広げて飛翔した。
「用は済んだ。では魔王、それに天撃卿。また会える日を楽しみにしているよ」
「なーーッ!? お前逃げんな!」
「この国が変わるところを間近で見られなかったのは残念だが、私も出来ればこの心臓を傷つけられたくはないのでね。君たち2人の実力者を前にして私も無傷では居られないだろうし」
木葉も《韃靼人の踊り》を展開して追いかけようとするがカデンツァがそれを止めた。
「おい離せ!」
「今君がするべきはノルヴァードを殺すことじゃない。王宮を制圧することだよ魔王。向こうから引いてくれるというのなら喜んで見逃そうじゃないか。正直、ボロボロの君と私でも勝率は2〜3割といったところだろう」
「……くそ。正論ムカつく。取り敢えず迷路の到着まで待つよ。私も結構疲れた……」
煤だらけの運動場に一瞬膝をつくが、暫くしてなわての元へと向かった。
「なわて! なわて! ……気を失ってる」
叫び疲れたのか、それとも絶望から気を失ってしまったのか。
しかし何にしろ彼女は生きている。木葉からすれば会ったことのない双葉春風より、今を生きることの出来るなわてを救いたかった。だからノルヴァードの提案を飲んだ。
「起きたらきっと怒るよね。でもごめん、私はどっちかを選べって言われたらなわてを選ぶ。ごめんね、なわて」
「我が主……」
「子雀。子雀もありがとね。よく私の指示に従ってくれた。正直本気で助かったよ」
「えへへへー。ちゅんがんばった的な!」
「おー偉い偉い。……さて、こっからどうすっかな」
省庁での戦闘を終えて王宮に向かっていた迷路の到着まで、木葉はなわての頭を撫でていた。
花蓮らの手引きで迷路が到着し、なわての外傷を確認。特に問題はないそうだ。悔しいがノルヴァードの手術自体は完璧らしい。
「というか木葉ちゃん、ちょっと相談なんだけど」
「ん?」
花蓮が言い出しづらそうに切り出した。
ーーマリア姫、部屋にいねぇ……。
「あの猪姫まじかよ……。じっとしてられないのかよ」
「一応色々探してみたんだけど、もしかしたら捕まったのかも?」
迷路と目配せする。一応ロゼの到着を待つつもりだったが予定変更。王宮に突入する。
「一応あのレズ王女助けないと国が滅びかねないからなぁ……。他の大臣連中の捕縛、お願いできる?」
「ああ任せたまえ」
「くれぐれも殺すなよ? 一応全員民主的な方法で罪に問うつもりだし」
カデンツァにゴミ退治を依頼し、木葉と迷路と子雀、それに零児と花蓮は王宮へと走っていった。
あれだけ大きな爆発が起こる戦闘を行ったのでもうみんな逃げてしまったかと思っていたが、意外にも施設内には人の気配がある。一応彼らに見つからないように事前に決めてあったルートを通って王宮内部を進んでいく。
やがて『鏡の間』と呼ばれる王宮最深部の部屋へと辿り着いた。懐かしい。木葉からすれば此処は最初に国王やマリア姫らに謁見した場所だ。
(さっきチラッと食堂も見えたけど、師匠たちも元気してたなぁ)
「感傷に浸ってるところ悪いけど、心の準備が出来たらさっさと入るわよ」
「ごめん、すぐ開ける」
鏡の間へ続く扉を開け、そして中の人物らを確認した。
「何者だ!?」
視界の先には玉座に座る男ーーエルクドレール8世。そしてその配下らが驚愕の目をこちらに向けていた。
恐らく本気であの場を突破できると思っていなかったのだろう。でなければとっくに逃げている。それだけノルヴァードとナワテといった教会勢力の軍事力は信用されていたのだ。
「ま、当然か。教会のお陰で17年前の内戦に勝てた連中だもんね。
でも教会勢力はもう居ない」
「ま、まさか、本気で伊邪那岐機関を撃ち破ったのか!?」
驚く老人たちを無視して木葉はカーテシーする。
「どうもお久しぶりです皆様方。私は3代目魔王:月の光。一応、抵抗しないでお縄について頂けますと助かります」
「おほほほほ! あの時の小娘、やはり私の実験台にしておくべきでしたねぇ」
迷路に目配せする。迷路はあたりを見渡し、事前に得てあった情報と照合させていった。
「王室顧問:ヒューム主幹、筆頭宰相:スピノザ、財務宰相:フロイト、その他法務大臣に海軍大臣、憲兵長、ああ大体居るわね。ていうか……マリア姫居るわね」
「ずびばぜん捕まりまじだぁぁぁ」
兵士に捕えられたままボロ泣きしているマリア姫。無視したいが一応助けなくてはならない。
「仕方ありませんねぇ。大司教殿から託された最終兵器、使いましょう陛下」
「………」
「陛下?」
ヒューム主幹が訝しげな目をすると、玉座に座っていたエルクドレール8世はガクガクと震え出し、そして失禁してしまった。
「いやじゃ、いやじゃあああああ!!!」
「陛下!?」
「助けてくれ! わしは、降伏したい! 降伏するから! じゃから契約を解除してくれぇええ!」
「契約……? まさかーーッ!?」
木葉は気づいたようだったが一足遅かった。よく見れば玉座の周りには術式の気配がある。
咄嗟にマリア姫の元へと走り、彼女を抑えていた兵士を吹っ飛ばして回収する。
「きゅんっ! 木葉ちゃん、くんかくんか、すーはーすーはー」
「おいそんなことしてる場合じゃねぇから。お前の父親、いつの間に『悪魔契約』してた!?」
「すううううう、はあああああ」
「お前も変な契約してんの? ねぇ?」
助けなきゃよかったかなぁとごちりつつ、エルクドレール8世の様子を伺う。
カーペット下に仕込まれていた悪魔召喚の術式が発動し、びーびー泣いていたエルクドレール8世の姿が徐々に黒い影に飲まれていく。
「な、何事じゃ……」
「まさか先ほどの兵器は……」
「悪魔の召喚の際、大勢の命を使えば悪魔をその場に現界させ続けることが出来る。ただし、使用者の命と代償に、ね。まずいわよ木葉、これ多分エルクドレール8世だけの命じゃ賄いきれない筈だから何人かを犠牲にしてるわ!」
「げぇっ。待ってそれまさか……」
悪魔契約には3パターンある。
1つ目として契約して代償(四肢や記憶、大切なものなど)を支払い、その能力を得るもの。その際に悪魔には涅槃にお帰り頂いている。大半の異端審問官やカデンツァはこのケースにあたる。
2つ目は悪魔自身の心臓を喰らい、能力を継承すること。この場合も代償は支払うが非常に軽い代償で済む。例えばコーネリアやラッカなんかはこの過程で悪魔と契約して記憶を失っているし、東の魔王はこのパターンで悪魔と契約している。
「で、3つ目がこれか」
3つ目として契約して代償を支払うが、その際に自身に悪魔を降ろすもの。これはノルヴァードがアリエスやナワテに使った手だ。
アリエスは4人の少女と自身の命、ナワテはクラスメイト達の命と自身の半日の身体の自由を代償に悪魔を現界させていた。ちなみに代償免除されているが木葉もこのパターンにあたる。
「『ヤマトの民』の血を引くものだけが召喚できる悪魔。恐らくマリア姫を連れ去ったのはその贄にする予定だったのでしょうね、エルクドレール朝はフルガウド家とも交わっていたからヤマトの血を一応は引いてるわけだし」
巨大な黒い影が膨張していくが、その体からぼたぼたと黒い塊がこぼれ落ちていき、なんともグロテスクな光景を生み出していた。
推測するにおそらく上級悪魔なのだろうが、エルクドレール8世が自我を保てていないせいで全く制御できていない。
「酒呑童子、あれ私取り込んじゃっていいかな?」
「両面宿儺の能力を会得した以上、ヌシが悪魔と契約するのを拒むことは何もない。さぁ存分に食すがいい、きひ、きひひひ!」
既に鏡の間にいた文官達は外へと一目散に逃げ出していたが、そんな文官達を影が取り込もうと手を伸ばす。
ヒューム主幹もそんな影に捕まった文官の1人だった。
「お、おほ、やめ、やめてください陛下! 私です、ヒュームです!」
「縺雁燕鄒主袖縺昴≧縺?縺ェ」
「ひぃぃぃぃい!?」
人語ではない気持ちの悪い音を発しつつ、悪魔はヒュームの首根っこを掴んで、
「あ、あがが、ぎぎぎぎぎ」
その体躯を飲み込んでいった。
「おいコラそいつ裁判にかける予定だったんだぞ! 何してくれてんじゃ!」
「縺?k縺輔>蟆丞ィ倥?√&縺」縺輔→螟ア縺帙m」
悪魔が無数の手を伸ばして王宮の破壊を試みたので、木葉は咄嗟に固有結界魔法:《樹海》を発動させた。
「ほらしっかり捕まっててよ猪姫。《韃靼人の踊り》!」
マリアをお姫様抱っこし、魔法を発動させる。
移動魔法:《韃靼人の踊り》。透明な壁を空中に作り出し、その上を渡って走っていく。下には溢れんばかりの緑が広がり、マリア姫はそんな光景を興味深そうに眺めていた。
「すご、すごい……。こんな森、私見たことないです!」
「舌噛むから黙ってて。それより、うん、来てやがるね」
空中に逃れた2人を追って、というか恐らくマリア姫を追って悪魔は長い長い腕を伸ばして更に膨張を始める。
「これ多分どこまでも追いかけてくるな。よし、降ろすよマリア姫」
「マリアです!」
「……マリア。此処でいい子に待ってて」
「い、嫌です! キスしてくれなきゃ待てません!」
戯言を抜かしていたので無言でその場に置き去りにしてきた。
「高いですうう、怖いですうう、1人は嫌ですぅううぅう」
という情けない声が聞こえてくるが無視無視。
若干子雀とキャラ被ってんなぁ、とか思いながら木葉は元きた道を戻り、《吸血鬼》を降霊させた。
「足下凍らせといて。一撃で落とすから」
「了解したわ」
念話で迷路に指示。
迷路は子雀の強化魔法発動を受けて《凍れるメロディー》を詠唱。悪魔の足下が凍結しその動きを完全にストップさせた。
止まったことを確認した木葉は吸血鬼の羽で宙を舞い、そのまま悪魔の背後をとって瑪瑙を構える。
「《鬼火》ーーッ!」
《鬼火》を発動させて飛翔しながら悪魔の体を燃やしていく。
無数の腕を地道に燃やして落としていき、やがて全てを燃やし切ったところで悪魔は絶叫を上げて消滅していった。
「逞帙>逞帙>逞帙>逞帙>逞帙>繧医♀縲∝勧縺代※闍ヲ縺励>闍ヲ縺励>縲∵囁縺?囁縺??√>繧?□縺溘☆縺代※縺?◆縺?h縺翫♀縺翫♀縺翫♀!!!」
消えていく悪魔を追いかけてその影の中に突っ込み、恐らく心臓部と思われる部分に手を突っ込む。
中からはグロテスクな真っ黒い物体が出てきたが、木葉は躊躇うことなくそれを食した。
【シン・スロウス追加に伴い、スキル《鬼姫》で《夜叉》の降霊が開放されました】
「ふう、ご馳走さん。これで7つの大罪の感情コンプリートだね。あれ、これもしかして櫛引木葉・完成版?」
(さぁねぇ。あちきはすくなじゃないし。すぐなの反応が無いことがこんなに怖いとは思わなかったとも。きひひ)
「あいつマジでどこ行ったんだろうな。まあそれはさておき。ノルヴァード・ギャレクの置き土産も倒したし、これで王宮決戦はひと段落かな……」
地上に降りると迷路たちが集まってきた。《樹海》を解除して状況を確認。存外建物は問題なさそうだった。
「大丈夫? 悪魔、食べたんでしょう?」
「ん、問題ない。これでコンプリートだ。ともかく終わったね、お疲れ様」
「まだ残党がいるけど王宮の主要施設は全て押さえたと、今ロゼから連絡入ったわ。はぁ、疲れた」
氷の椅子を出してもたれ掛かる迷路。木葉もくたくたなので後で出してもらおうと思った。
「おわっ、たの?」
実感なさそうな花蓮。だが現に敵はもう居ない。
背後からはそれを裏付けるようにレイラ姫と語李、フィンベル、ロゼも集まった。
「ん、お疲れ」
手を差し伸べる木葉。そんな木葉を見て、花蓮はようやく実感した。終わったのだと。
木葉が生きてる。花蓮が生きてる。樹咲も、そして一応千鳥も生きてる。零児も語李も生きてる。失ったものもあったけどそれでも今、花蓮の大切なものは此処にあった。
「う、うあ、うあああああああん!!! 生きてる! 生きてるよぉおぉ! うあああああ!!!」
「おっとと! うん、生きてる。もう大丈夫だよ花蓮。大丈夫大丈夫」
抱き合う2人。そんな2人を見てみんなも平和を実感する。
ただ1人、とある少女を除いて。
「下ろしてくださあああああああい!!! 私王女! 第一王女! なんで忘れてるんですかあああああああああ!?」
空中に取り残されたマリアが救出されたのはそれから30分後のことだった。
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