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6章4話:銀河鉄道の夜

なわてvs木葉

 柊の銃撃によって始まった戦い。既に門の前に待機していた異界騎士団と近衛騎士団はそれらによって動揺し、初動対応が遅れてしまった。

 その隙に駆けていく木葉とカデンツァを見送った笹乃はユウに頼らずに臨戦体制を整える。


「柊ちゃんやめて! 私たち同じ学校のお友達じゃない!」


 なおも叫ぶ茶髪の聖女:上田おとめ、彼女のさけびも虚しく柊は銃撃をやめない。


「話し合いとかそういう段階はとっくに過ぎ去ってますぅ、ヒャッハー!!!」

「真室さんがぶっ壊れた……」

「流石にアレは私も引く……」


 5組のクラスメイトたちからも若干引かれているが。

 因みに異界騎士団の中には当然城に残留した5組のメンツも多い。そんな彼らに向かって笹乃は声を張り上げた。


「みなさん助けにきました! きっとこの声は届かないのかもしれませんが、必ず助けますから!」

「おれたちを捨てたくせによくいうぜ!」

「誰が信じるかよ!」


 天童零児、尾花花蓮ら以外の5組の大半は王都政府の洗脳されている。ゴダール山での精神的ショックで寝込んでいたところを無理やり洗脳で引っ張り出されたのだ。

 そんな彼らに何を言っても無駄だと木葉からは事前に釘を刺された。しかし、それでも彼らは笹乃の大事な生徒だ。なんとかして助けてやりたいという思いが強い。


「笹乃、今すぐ武器を捨てるんだ。君たちは魔王に騙されている! こんなことをしたって何も意味はない!」


 赤毛の騎士、レガート団長が悲痛な表情で言う。彼からしても知己の人間を手に掛けたくはないのだろう。

 しかし開戦の火蓋は切って落とされたのだ。既に近衛は銀月級冒険者、精霊王:ハイランド率いるハイランド連隊と交戦状態であり、しかも押されまくっていた。


「はっ! おい騎士団長さんよぉ! あんたの上司も騙されちまってるわけだけど、それはいいのかぁ!?」

「なに!?」


 夜弦が煽る。 


「既に中央省庁は制圧済みだぜ! あんたの上司のシャーロック将軍がよくやってくれたよ!」

「……閣下が、まさか、そんな」

「教会も、地下施設も、国立天文台も、中央省庁も、各地の王党派勢力も、全部負けた! あとはお前らだけだ!」


 テニスラケットを手に、爆弾入りのボールを射出する夜弦。騎士たちの前で次々と爆発し、更なる混乱状態が起こる。


「異世界の先輩が、お前ら後輩くんたちにその厳しさを教えてやるよ。おらおら! もっと熱くなれよぉおぉぉお!!!」

「あの人キャラ変わってない?」

「同郷の人間の前でカッコつけられるのが嬉しいんっすよ」


 戦闘中なのだが5組の生徒とハイランド連隊の騎士がコソコソ談笑している。正門の決戦は特に問題なさそうである。


……


………


…………………


「木葉ちゃん! こっち!」

「ごめん助かるよ花蓮。事前に地図を貰ってるとはいえ、案内人が居ないと迷子になりそうだなこの城」

「俺もよく迷子になってるべ! 一緒一緒!」

「や、零児くんはここに住んでるんだからいい加減覚えろよ」


 木葉、子雀、カデンツァの3名はとある場所に待機していた尾花花蓮と天童零児に連れられて王宮内部への侵入に成功していた。

 というのも、王宮の外とレイラの私室は秘密の抜け穴で繋がっている。ここから一気に宮殿内を駆ける。


「よし、ここで良いよ。2人は私室待機中のマリア姫を念のためレイラ姫の部屋に移しといて」

「わかったわ。後で合流しましょう。どうか無事で、木葉ちゃん」


 バジリス王宮の運動場。此処を過ぎれば謁見の間まで一直線だが。






「待ってたわよ、木葉」

「うん、私も。なわてならきっと、最後の最後の場所にいるんだろうなあって」


 全身傷だらけ、包帯だらけの隻腕隻眼少女:なわて。青いメッシュは月下でよく目立つ。


「シルフォルフィル卿まで来ていたのか。面白い。なわて、時間いっぱい遊んでて構わないよ」

「言われなくても」

 

 隣には白いローブを着た黒髪の美青年:ノルヴァード・ギャレク大司教が佇んでいる。その佇まいにはどこか余裕さえ感じる。


「解せないな。一応、君たちは追い詰められている状況なのだがね? 多分教会は壊滅してるしこのままだと王都政府は終わるけど」

「ええ、ええ。その通り。だけど私の目的はもうほぼ達成出来た。今更こんな腐った国に拘る必要はないよ」


 聞き捨てならない。木葉はノルヴァードの目的を知っているのだから。


「目的……フォルトナの復活だよね。あれが復活するにはすくなを打ち負かす必要があったと思うんだけど」

「いいや、私の目的はあくまでその先だよ。フォルトナ様の復活は過程に過ぎない。そしてその過程は達成された」

「ーーッ!?」


 それはつまり、フォルトナが復活した? 


「こんなことの為に100年もかかってしまったがね。日本人の転移者を使ってほぼ全ての悪魔を涅槃から召喚しそれをフォルトナ様に献上する。そうして得た力で最後にスクナを食べてフォルトナ様は正式な満月様に変わる。そしてその先へ、さらに先へ」

「さき、だと?」

「既に扉は開かれた。もうこんなくだらないやり取りに付き合うほど、私も暇というわけではないのだよ」


 全て終わったような晴れやかな表情のノルヴァードを見て舌打ちをする木葉となわて。やはり息ぴったりである。


「そんなことの為に、この世界の人々を大量虐殺して、何も知らない人達を異世界に拉致して人間としての姿を奪い、世界に破壊と混沌をもたらしてきたってことだよね。ああもうほんと分かりやすいくらいの悪役で嫌になる」

「同感よ。コイツは正真正銘の悪党。でも、アタシはそんなコイツに縋るしか道がないの」


 苦虫を噛み潰したような表情のなわてを見て、木葉は瑪瑙を構える。


「蠍は天に、心臓は燃えて煌々と星星を照らす。きっと僕は、本当の(さいわい)をみつけにいく」


 祝詞と共になわての存在しない片腕から真っ黒い影が蠢き、それが空を切り裂いて大剣を取り出す。たった一本で夜空を体現したような大剣を構えるなわての目に迷いなど一切なかった。


「《鬼姫》、おいで《酒呑童子》」


 木葉の姿が変化する。白銀の髪が長く伸び、赤い瞳はさらにおどろおどろしく、深く。顔の右半分に張り付く真っ黒い鬼のお面のその口から、禍々しいお札が何枚も垂れ下がる。服は真っ黒な着物へと変化し、背中からは無数の瞳が埋め込まれたような黒い翼が生えた。そして、足元に出現する無数の鳥居と真っ黒い蛇の姿をした悪魔たち。


「ほんっと。あたしもあんたも、もう人間とは呼べない姿してるわね」

「あはは、それ同感。化け物同士、やり合っても虚しいだけだと思うんだけど」

「例えあんたを殺して世界を滅ぼしたとしても、友達だけは助ける。それだけがアタシの希望。その為に6年生きてきた、生き永らえてきた。自分含めて何もかも犠牲にしても助けたい友達が、あたしには居るのよ」

「銀河鉄道の夜、ね」


 銀河鉄道の夜。少年:ザネリを助ける為に川に流されたカンパネルラは善人だった。故に善人を乗せる汽車:銀河鉄道に乗ることが出来た。なわても同じだ。


「異端審問官として人を殺し続けたのは、ただ1人生き残っていると信じているあの子を救う為。そうでなくては困るの。


あたしはね、木葉。汽車に乗りたいの。


……救われたいの。あたしがしてきたこの最低最悪の行為が、友達を助ける為だったという意味が欲しい。そうして死ぬことが出来たらあたしきっと幸せ。そう信じたいの」


 もうとっくに後戻りなど出来なくなっているなわては、友人ーー双葉春風が生きていようが死んでいようが、自分が生きることを放棄している。


「あんたもそうでしょ? 沢山の業を背負ってここに立ってる。本当なら背負わなくてよかったはずの業を」

「そーだね。でもそのおかげで私はなわてと会えたよ」

「…………」

「私はね、川で溺れている貴方も助けたいよ、なわて。絶対に死なせたくない。きっと後悔するから」


 その直後、その言葉を否定するようになわてが距離を詰めてきた。それを瑪瑙で迎撃する。前回ぶつかった時より明らかに動きが速く、重い一撃。


「くっ!」

「ぶっとびなさい」


 弾き飛ばされる木葉だったが、2本の瑪瑙を地面に突き立てて勢いを殺す。だがそんな木葉に暇を与えまいとなわての魔剣:アンタレスが木葉の首筋を掠めていった。


「ちっ」

「物騒すぎるなその大剣!」


 《斬鬼+》を発動して咄嗟に斬撃を与えるも剣筋を見切ったなわてに尽く焼却された。青い炎がぱちぱちと爆ぜ、なわての瞳の輝きを際立たせる。

 その後も全ての攻撃がなわてに受け流され、虚空に消えていく。


「前回みたいにはいかないわよ」

「なんで全部……ああくそ、それもしかして《魔眼スキル》かな?」

「ご名答。未来予知、なんて代物とは呼べないけど、10手先くらいなら読めるんじゃないかしら?」


 チートめ。


「あんたが対大勢用の攻撃を有する魔王でも、あたしは対個人用の技で対抗できる。こちらに比重を置いてるって点ではあたしの方が強い」


 木葉も《鬼火》を纏ったまま攻撃を再開するが、決定的な打撃を与えられない。明確に木葉の動きを読んで剣をいなしている。いや、これは……。


「筋肉の動きを読んでる……のかな。蠍の反射神経は凄まじいらしいね」

「あんたの目の良さも大概よね、魔眼は無いはずなのに。はぁっ!!」


 途端に体が重くなる。凄まじいほどの負荷がかかり、瑪瑙を持っているのもやっとになってしまう。


「で、幻影魔法で回避、か。ちゃんと読めたわよ」

「ガッ!」


 なわての重力魔法に対して《ローマの祭り》で作り出した幻影を身代わりに脱出したのだが、そこをなわてに狙い撃ちされた。思わず嗚咽を漏らしてしまう。


「いってえ。強過ぎでしょなわて……なんで私あの時勝てたんだよ……いや、逃げただけか」


 向こうをみるとカデンツァとノルヴァードが戦っている。向こうはどうやら互角にやり合っているようだったが、あんまり長引かせるのは良くない。


(筋肉の動きを読んでるんだったら、魔法で虚をつくしかない。それも一撃で)


「考え事? 余裕あるわね、あんた」

「ぐぁっ!! ……いって、骨ヒビ入ったかも」

「こっちも決め手がなくて焦ってるわよ。《第二形態》、いくわよ」


 なわてから黒いエネルギーが放出され、大剣は更に禍々しく夜を描く。雰囲気で言えばロゼの火雷槌といい勝負だ。


「《幸いを見つけた蠍の心臓》」

「なーーッ!?」


 青い火の柱が立ち上がり、そして振り下ろされる。周囲を焼き尽くし、星々が砕け散ったかのように青い炎が爆ぜて光り輝いていた。


「あれ、生きてるのね。ああ、前回と同じスキルか。大江山の神隠し、だっけ? その辺は酒呑童子伝説からネーミング持ってきてるのかしらね?」

「げほっ、げほっ。まっじでいきなり前触れなく大技使うのやめーや! ここ王宮だよね!? いいの?」

「ええ。あんたを確実に葬り去る為にはってことで議会の許可は降りてるわ。あんたも大技を温存してる場合じゃないわよ、本気でやらないと100回は殺しちゃうわ」

「耳が痛い。でも私なわての後にも色々控えてるんだよね」

「あら、つれないのね。あたしだけを見てほしいものだわッ!!!」


 なわての大剣を受け止めると、その斬撃が更に2つ追加されて飛んでくる。一つは2本目の瑪瑙で防ぐが、もう一つはどう足掻いても食らってしまうので咄嗟に鳥居の悪魔たちに身代わりになってもらった。


「1手で3手とか……」

「さぁ、さぁ! 使いなさいよ。何かを犠牲にしないと大切なものなんて守れない。あたしを殺してあんたが生きるか、あんたが死んであたしも死ぬか。最初からその2択なの!」

「ぐっ! ……なわて、極端だってば。なわての気持ちは分かるよ。私も沢山殺した。もう取り返しなんてつくはずが無い、そんなのわかってる!」


 《鬼火》をぶつけて距離を取る。息も切れてきた。それでも話さなくてはならない。伝えなくてはならない。


「でも私の手には今何千、何万、何千万という命が握られてる。ここで負けたらこの世界の人々はもっともっと犠牲になる! それを自分の手で引き起こした、加担したってなった時、その時の方がよっぽど怖い!」

「もう今更よ。あたしはこの世界の人々を沢山殺めた。もう怖いことなんて何も」




「間に合わないなんてことないんだよ!!!」




 目を見開くなわて。木葉も感情が溢れて止まらない。


「友達を助けるだけが貴方の救われる意味じゃない。私はなわてに救われた。アリエスも、子雀も、シャトンティエリのみんなも、なわてに救われたんだ。笹乃もそう、梢や樹咲もなわてに救われた! なわてが汽車に乗る条件はその友達を助けるだけじゃない!」


 木葉は大方察してる。

 きっと、その友達は生きていない。シュレディンガーの猫のように、箱の中で生きてるのか死んでるのかもわからないまま、答えを出せないまま仮定だけしてそれを信じ込んでいるのが今のなわてだ。

 生きてる。生きてないと今まで人を殺めてきたことの意味がなくなる、善人で居られなくなる。救われない、汽車に……銀河鉄道に乗れない。その恐怖感がなわてを突き動かしてきた。けれど、


「傷付けた分だけ誰かを救う。私はそうやって生きるって決めたんだ! 生きてる限り、誰かを傷つけて誰かを救って、そんなのばっかだよ。全部を知らないでただ終わらせようとするなんて勿体無いって。


私はなわてが好きだよ、大好き、推せる、生きててほしい!」

「な、なに、を……」

「この先なわてが自分を殺す為に人を傷つけ続ける姿なんて見たくないよ。救われていい理由ならこの先の人生で見つければいい!」


 なわては回顧する。木葉と会った日、その後の幾つもの夜、そしてシャトンティエリ。


(アイドルをした。7年ぶりに。あの時、まだ生きててもいいかなって思った。思ってしまった。あたしは、死ぬことだけが救いだった。けど、木葉と話す時、笑う時、歌う時、楽しくて……。ああ、あたし、死にたくないんだなぁって)


 力が抜ける。

 薄々なわてもわかっていた。

 ノルヴァードはいつまで経っても友人ーー双葉(ふたば) 春風(はるかぜ)に会わせてくれない。時々聞かせてくれる声も、どこかで一度聴いたようなセリフ。録音したかのようなセリフ。

 けど春風が死んでるなんて認めたら、なわてはただ命令のままに人を殺し続けただけの悪人になってしまう。そこに何も意味がなかったことになってしまう。川で溺れただけで、銀河鉄道に乗るわけでもなくただこの世界をゆらゆらと漂うだけになってしまう。

 

(でもあたしが、誰かを救えたのなら、今後も救い続けることが出来るのなら。いつか、あたしはあたしを許せるかな。ねぇ、春風)


「あ、あたしは、あ、あああああああ」

「え?」





 ゾゾゾとした感覚に襲われる。精神をすり減らし過ぎた。蠍の悪魔に主導権を奪われる。





「あは、あはははは! 夏の夜にコップを割ったの、虫を潰して鏡に浸して食べる、薪を破るときにトマトを塗した真っ赤な魚、羊が1匹狼に食い殺された、女は蝶になって台所に沈められた、あは、あはははははははは!!!」

「な、なわて…………?」


 訳の分からない言葉を歌うようにして呟く。虚な瞳からはドロドロと血を流し、なわては座り込んで笑い続ける。


「あは、はははは、ははははははは! このは、このはこのはこのは、あはははは!!!」

「なわて! しっかりして、なわて!!!」


 虚な目のなわてを心配して近づこうとする木葉を、なわてはギリギリの理性を持って手で静止する。






「お願い、このは。あたしを、救って」


「ーーーッ! …………任せて。必ず救うから」


 直後、廃人のように虚な目をしたなわてが木葉に斬りかかる。

 大丈夫。その言葉が聞けたらあとは救うだけだ。


「私もこうなり得たからこそ、ちゃんと救うよ。


《八岐大蛇の怨讐》」

感想など頂けたらと思いまする。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白いです。続きが気になります。
[一言] いつも思うけど木葉となわての掛け合い?雰囲気? めちゃくちゃ好き……
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