1章16話:凍土の魔女は伊達じゃない
「おおぉ〜! なんか気持ち悪い……」
「あれ使い魔なの?」
「影絵って感じだよね」
木葉たちの目の前に立ちふさがったのは、全身を真っ黒に染めた女。
いや、その姿はただのシルエットでしかない。目も口も鼻も、何もかもが影。ただしその身体は、
「蜘蛛だねぇ……」
「もう、うわぁって感想しか出てこないわ」
8本の足、蜘蛛の体。その上に人間の身体が乗っているといった不恰好な姿。それでもその大きさは木葉たちの数倍はあるだろう。
使い魔:五十年祭
「瑪瑙、おいで!」
木葉はステータス表示をタップし、瑪瑙を取り出す。漆塗りの芸術的な鞘は、何度見ても心奪われる美しい工芸品だ。このような美しい剣を抜くのは、剣を使う者としては長年の憧れであった。
一方の迷路もそのステータス画面から武器を取り出す。
「さて私の武器は……杖か。魔術師らしくなってきたわね」
「おお、氷の杖なのかな? かっこいいね!」
「冷たいわ。これ冬は厄介ね」
「夏はきっと気持ちいいよ! 首にピトッてやって眠ったら絶対最高だよ!」
「考えておくわ。さ、来るわよ」
「グォォォァオォォォォァォォォ!!!」
その真っ黒な巨体にぐちゃぐちゃと張り付いた8本の足を動かして五十年祭が向かって来る。その動きはお世辞にも速いとは言えない。
「迷路ちゃん!」
「わかってる! 攻撃スキル《氷結》!」
迷路の掲げた杖の先から、霧状の水が噴射される。それはダイヤモンドダストのように辺りに霜となって降り注ぎ、急速に大地を凍らせていった。
「攻撃魔法:《凍土の願い》!」
「わ、わわわ! なんか動いてる!?」
迷路の詠唱と連動して、凍り始めた大地が静かに揺れ始める。瞬く間に作られた凍土と迷路の魔力が繋がり、そのフィールドは迷路の庭とも言うべきゾーンへと変化していた。
凍土によってその動きが制限された五十年祭は、その足を動かして突進しようとするが迷路の杖がその動きをさらに制限する。
「氷の……鎖!?」
「攻撃魔法:凍土の願いは凍土、つまり氷のフィールドからあらゆる固形物質を氷を代替物として生成する魔法よ」
迷路が得意げに話す。
「すごく綺麗……」
「えぇ、凍土の魔女と呼んでくれて構わないわ」
「へ?」
「……なんでもない。危うく黒歴史を作ってしまうところだったわ」
「か、かっこいいと思うよ凍土の魔女! うん、二つ名って感じで憧れるもん!」
「やめて! ほんと、恥ずかしいから」
影に覆われた五十年祭を縛る氷の鎖は、その表面の冷気によって徐々にその巨体を凍結させて行く。
「ギィィィッ!! ギャァァッ!!」
ガンガンッ!
鎖を破ろうと必死にもがく五十年祭。
「無駄よ。私の魔力がふんだんに込められているもの。そう簡単に破らせない」
迷路がその杖をピンと定めて、さらに二本の鎖を追加してその足を雁字搦めにする。五十年祭はその体を急速に凍結させていった。
「木葉ッ!」
「分かった!」
迷路が木葉に叫ぶと、それに呼応して木葉が刀を構える。
「特殊スキル《鬼姫》! おいで《茨木童子》!」
木葉から溢れんばかりのエネルギーが放出され、神殿の天井まで炎の柱が届く。その髪は伸びながらも白銀に染まり、瞳はみるみるうちに紅く変化していく。そして次第に伸びていく、二本の黒いツノ。
「ぁ、ぁぁああ、ああぁ」
木葉が呻く。しかしその瞳は先ほどのように狂気に染まった目ではなく、しかと前を見据えた決意の瞳。
「木葉!」
「大丈夫! 今度は、ちゃんと私だから」
心臓に手を当て、祈るように言い聞かせる。
「私は木葉、櫛引木葉。みんなの敵で、世界の敵で、最悪の敵で……」
「ギィィィィィィィ!」
五十年祭の咆哮が神殿全体をビリビリ揺らし、突風が吹き起こる。たなびく銀の髪。けれど、決意の炎は揺るがない。
「だけど、私はこの力でみんなを救える。私は木葉、櫛引木葉。三代目魔王:月の光!」
頭の中に流れ込む魔王としての情報。小さな魔王はその太刀を構える。
「正義の魔王だッ!」
「ギィィィィアァァァァァァァァ!」
「スキル《居合》《切断》より攻撃魔法:《斬鬼》!」
木葉の目が見開かれ、一瞬の出来事。一振り横に軌道が描かれたかと思うと、次の瞬間には、
ピシッ
という小気味の良い音がして、
パシャッ!
肉が落ちる音。五十年祭の体躯が、真っ二つに分かれたのだ。真っ黒の毒々しい物体が地面に散らばる。木葉は目の前の巨体がその生命活動を停止したのを感じ、刀をゆっくりと鞘に収めた。
スキル《居合》とスキル《切断》を併用した攻撃技。スキルとは魔法をストックしておくフォルダみたいなものであり、切断はその中の魔法の一つだ。刀を居合術で引き抜くことによってその刀が起こす空気の振動に魔力を与えて相手を八つ裂きにする攻撃魔法である。
「ハァ、ハァ、ハァ。やった……の?」
落ち着きを取り戻すと、血の気もだんだん治っていく。随分とこの体の扱いに慣れてきたようである。
「木葉、大丈夫そうかしら?」
「迷路ちゃん! ありがとう、大丈夫!」
ステータス画面を開いてスキルを解除する。すると伸びていた髪が元の長さに戻り、髪の色は茶色に、目の色は元の黒に。頭のツノもいつの前にか無くなっている。
「木葉貴方、だいぶ戦闘に慣れたのね。あ、レベル上がってる」
「おぉ! レベルが??? じゃなくなってる!」
【櫛引 木葉/15歳/女性】
→役職:魔王 (月の光)
→副職:剣士
→レベル:79
→タグカラー:
HP:4563
物理耐久力:1924
魔力保持量:6245
魔術耐久力:4398
敏速:2387
【特殊技能】《捏造》《鬼姫》:
・両面宿儺
・茨木童子→《鬼火》
【通常技能】《言語》
・強化技能:《身体強化》《精神汚染耐久+》《自動回復力強化》《切断力強化》
・剣術技能:《居合》《切断》
・防護技能:《障壁》
・回避技能:《察知》《奇襲回避》
【魔法】
・攻撃魔法:《斬鬼》
「斬鬼って攻撃魔法今増えたんだね」
迷路もステータス画面を開く。
【迷路/15歳/女性】
→役職:魔術師
→副職:観測手
→レベル:69
→タグカラー:
HP:1020
物理耐久力:856
魔力保持量:2120
魔術耐久力:930
敏速:729
【特殊技能】《凍れるメロディー》《癒しの光》
【通常技能】《言語》
・回避技能:《察知》
・強化技能:《精神汚染耐久》
・回復技能:《持続回復》《全体回復》《精神安定》
・攻撃技能:《氷結》
・観測技能:《認識範囲拡大》
【魔法】
・基礎魔法
・攻撃魔法:《凍土の願い》
・回復魔法:《冬の唄》
「一回でこんなに上がるとか、流石魔女の使い魔ね」
「凍土の魔女は伊達じゃないんだね!」
「やめなさい、定着させないで」
などと揶揄いながら再び歩き始める。そこまで急ぐ必要はないが、どうも迷路といると心がウキウキして早足になってしまうのだった。
「鬼火は一回の魔力の使用が大きいからあんまり何回も使えないかな。《斬鬼》の使用を増やした方が戦闘には役立つかも」
「そこは魔力保持量とよく相談ね」
迷宮はさらに奥深く、おそらくゴールまであと少しというところまで来ているはずである。
「うぅ、暗いなぁ。私暗いの苦手なんだよね……」
「別に夜行性の動物じゃない限りそんな暗いところを好む人種は稀よ。私だって早く日の当たる場所を歩きたいわね」
「……迷路ちゃん」
「なにかしら?」
「手、握ってもいい?」
「……は?」
木葉の恐怖心ゲージはカンスト寸前である。
「く、ぐらいのむりぃぃ!」
「な、なんで泣くのよ!? 貴方魔王でしょ!? そんなにダメなの!?」
「えぐっ、えぐっ。だってなんかいそうなんだもん。幽霊とか……」
「使い魔の方がよっぽど怖いでしょうに。ああもう、わかったから。ほら手出しなさい」
「えへへ、やったぁ♪」
「あ、貴方!? 怖いっていうのも嘘ね!」
「うん♪ だって私魔王だもん、怖いわけないじゃん。迷路ちゃんと手繋いで行きたかったんだ〜」
「くっ! まぁいいわ。どうせ誰もいないし」
「うん!」
暗い迷宮内でも、キマシの雰囲気が続く。天然百合女子は伊達ではない。
「ていうか、よく考えたら基礎魔法から光の魔法があったわね……」
「えぇえ!? 先言ってよ〜」
「忘れてたのよ。さて、なにが入ってるのかしら」
「さっき暖炉に使ってたじゃん!」
「あれは無意識よ。なんか火出ないかなって思ったら出たわ。魔法なんてそんなものよ」
基礎魔法を開いてみる迷路。
「点灯 火付け 浮遊 防水 防火 拘束 解放 花咲き 目隠し 滑り 清掃 操作 掘削 沈殿 消灯 伸縮 分裂 移動 ……etc」
「色々あるね。これ全部覚えたの?」
「さぁ? 私にもわからないけど。取り敢えず生活上必要な魔法は全部あるわね。いざとなったら馬車まで作れるかもしれないわ」
「お馬さんは?」
「野生で入手よ」
「えぇ……」
果たして野生にいるかどうか問題だが。
「取り敢えず、基礎魔法:《点灯》」
クリスタルのような杖の先からポツリと光が灯り、徐々に大きくなっていく。スマートフォンのライトとか目じゃないレベルである。
「わ〜! 結構明るくなるね」
「これで怖くないでしょう? さ、手を離しなさい」
「ううん。それとこれとは別だよ。絶対離さないもん」
「ハァ……貴方は。木葉貴方、人の心が分からないってよく言われないかしら?」
「言われるよ。でも、迷路ちゃん、嫌かな?」
「……別に嫌ではないわ。はぁ。次の使い魔の所までよ?」
「うん! それでいいよ!」
溜息を吐く迷路の横顔は満更でもないと言った顔である。そのことに気づいているか気づいていないかは兎も角、やはり櫛引木葉は魔性の美少女なのだ。
五十年祭もいい曲なので是非とも検索して!




