5章25話:言論の自由
現在の王都は2つの勢力がある。
1つは王党派。これはスピノザ宰相、フロイト宰相、王室顧問のヒューム主幹らや国立天文台モンテスキュー将軍、エデン・ノスヴェル将軍が属する派閥。この派閥一強というのが王都政府の見方である。
彼らが目指すのはエルクドレール8世の次の王に王弟ディドロを据えて操り人形とし、宰相主導の絶対王政を敷くことにある。
もう1つは立憲君主政友会。こちらは前回紹介したようにマリア姫、有力貴族ら、メイガス・シャーロック将軍が属している。
その他エルクドレール8世を絶対王として仰ぐ【軍閥】の勢力もあったのだが、此方は現在ミランダ・カスカティス将軍ら数名の有力者のみとなっていた。
ここまでしっかり割れていると王都内部も完全に真っ二つに割れており、様相は17年前の内戦前夜のようになっている。
とは言え何処の派閥にも属さないものもおり、というか派閥争いなにそれ美味しいの?ってレベルの存在も勿論いた。
そう、異界騎士団である。
「うーん、お買い物しに城下町にいきたいなー!!」
「それなー。つーかもう十分強いっしょ。櫛引木葉倒しにいこーよー」
17期世としてこの世界に召喚された満開百合高校1-4の皆様。その中心人物たる『上田おとめ』と『千曲ともえ』がお喋りに花を咲かせていた。
彼女らにとっては今日も王都は平和で、毎日がワクワク異世界冒険譚である。
例え王都で今、処刑ショーが行われていようと、愛する者同士を殺し合わせるショーや堂々と強○を見せつけさせるようなショーが行われていようと、だ。
「駄目だよ!木葉ちゃんとは話し合いでなんとか解決しないと」
「そうだな、おとめの言う通りだ」
おとめの茶色い髪をぽんぽんと撫でて勇者:松本シンは自信満々に言った。
「5組のみんなが出来なかったことを成し遂げる。木葉ちゃんと話し合い、魔族も人間も平和に暮らせる国を作ることが俺たちの使命だ!」
「だね!そういえばお姫様のお見舞い行った?」
「あー、うん。気の毒だよな、妹さんを亡くしたばかりで……。帝国め、許せないな」
「あたし毎回思うんだけど、何で帝国って毎回悪ってイメージなんだろーね?マジで糞国家じゃん」
「ああ。だがいつまでも下を向いていては良くない。だからさっき、お姫様の元に行ってきたんだ。俺が、俺たちがそばに居ますから、もう泣き止んでください!って」
「わぁあ、シン君かっこいいね!私もお姫様に会ってくる!元気付けてあげるんだ!」
そう、レイラ姫を喪ったショックでマリア姫は部屋に閉じこもっており、時々温室に顔を出す程度。そこに松本シンが押しかけた形となる。死ぬほど空気が読めていない。
因みにマリアは当然レイラの死が偽装であることを知っている。そしてレイラのやるべきことを受け継いでいる。
「こんにちはお姫様ー!!って、ぶー!今日も花蓮ちゃん達いるんだー?」
「ごきげんよう聖女様、ええ、花蓮は私の護衛なので」
「私のことはおとめって呼んで!私も護衛やりたいなー」
木葉の面影を感じさせるおとめ。だが既に木葉の生存とその目的を知っている花蓮は特に何か思うこともなく無言でマリアのカップにお茶を注いだ。
だがやはり千曲ともえはそういう態度が気に食わないらしく、よく突っかかってくる。
「おとめが護衛やりたいっつってんだからさー、あんた代わりなよ、可哀想じゃん!」
「護衛の任命権はマリア殿下にあるのよ。私が辞めたところで上田さんがなるとは限らない」
「はー、まじ融通きかねぇ。ねぇお姫様ー、おとめがお姫様の護衛やりたがってるんだけどー?」
マリアは対外的には妹を亡くしたばかりの可哀想なお姫様なので皆結構気を遣っているのだが、ともえには全くその意思が見られない。
だがマリアは精一杯演技をする。
「ごめんなさい……レイラと約束したの、花蓮と仲良くって。ぅ、レイラ……うぅ」
「えー。つか泣いたって何も変わんなくないですか?ほら、あたし男紹介できますよ!恋でもして忘れましょうよ!」
「ぅ、ぅうっ、ううう」
本気で吐きそうになっていた。レズなマリアにそのワードは禁句である。
マリアの説得が出来ないと考え、ともえは「まじ直ぐ泣く女嫌いだわー、ほらあたしサバサバしてるから理解できない」とおとめに愚痴っていた。
「マリアージュ殿下、そろそろ」
「は、はい……ではおとめ様、ともえ様、また」
「え、あ、お姫様!」
これ以上此処にいるとマリアがガチで吐きかねないので花蓮が機転を効かせる。
「なんだよあいつ」
「ダメだよともえちゃん。でも私もやっぱり何か役に立ちたいなぁ」
「あいつら【ワーグナー大聖堂】攻略にも参加しないしさぁ、レガート団長も早くあいつらクビにしてくんないかなぁ」
花蓮と零児はマリア姫護衛を名目に魔女の宝箱攻略を拒否し続けていた。その他メンバーは10人程が参加してはいたものの、大半は精神状態の問題で寝たきりとなっている。
「あぁ、こんな所に。集合だ2人とも」
赤毛のハンサム男:レガート団長が迎えに来る。
そんな彼もまた苦悩していた。
レガートは現在どこの派閥にも所属していない。国王に身を捧げると決め、王都を守ることを使命としている。まぁ強いて言えば悪魔召喚の際に苦い顔をしていたメイガス・シャーロックは信頼しており、彼の元で動きたいと思ってはいるらしい。
「閣下はなにをお考えなのか」
「団長?」
「あぁいや、何でもない」
彼らは今日も魔女の宝箱攻略に向かう。そんな猶予は一切ない事など気づかずに。
…
………
………………
「来たね、お嬢ちゃん」
「えぇ、久しぶりねカルメン卿」
ラクルゼーロ大学。前回訪れてから1年近くが経過しているがあまりその様相は変わっていないようだった。
再び学長室で茶を飲む。今度は木葉はおらず、迷路とフォレスト・カルメン、そしてレイラ姫の3人である。
「準備が整いました。それだけご報告を、と」
「へぇ。なるほどねぇ」
緑の賢者:フォレストカルメン。前国王の時代に辣腕を振るった名宰相。その影響力は今でも政界に存在している。
そんな彼女は実は侯爵家の人間であり、有名な貴族でもある。
「じゃあ、真っ先に声を上げるべきはあたしだろうねぇ。先日、王都政府が国内の言論の封じ込めに関する法律を出してくれやがったのは知ってるかい?」
「新聞社が軒並み潰された件も含めて知ってるわ。今や国内のメディアは全て王都政府の御用版よ」
「各地の大学の人事権にも関与し始めてる。情報統制と言論弾圧。もうこの国に自由はないねぇ」
その影響は学術都市ラクルゼーロにも波及しており、学生の徴兵すら囁かれている始末だ。
「学生の徴兵なんて到底認められない。此処がボーダーラインだったねぇ。あたしが先陣を切ってもいいかい?」
「その為にここに来たわ。まずはこれを」
「これは?」
迷路が差し出したのは一冊の羊皮紙の纏まりだった。
「【スキルノート】。【歌詠み:オリバード家】の秘術よ。ここに必要なスキルを発動する術式が書かれてる」
「歌詠み……生きていたのかぇ」
「ヴィラフィリア兄妹の妹の方がソレなのよ」
「成る程ねぇ。それで、これはどう使うと?」
「氷像2000体を用意したわ。全て子雀と笹乃が強化魔法をかけ、私が魔笛ってスキルで生命を吹き込んだ代物。並の軍隊に匹敵する戦力よ」
「……とんでもない数だね」
「10日間徹夜で作ったわ。二度とごめんよこんな作業」
「何であたしらの為にそんな……」
「あんたに死なれたら木葉が泣く。それ以外に必要?」
迷路が大真面目にそんなことを言うもんだから、フォレストは思わずクスっとする。
「あの子はいいパートナーに恵まれたようだ。……よろしい。開戦時期はいつだい?」
「【冬花の10周の第4曜日】。今から20日後です。月祭りと新年祭を避けるならこのあたりが良いタイミングでしょう。今年の厄は今年のうちに、です」
「ずいぶん急だが……まぁなんとかなるだろう。勿論気を抜くつもりはないがね」
ラクルゼーロを後にする2人。これで全ての工作は終わった。あとは、
「木葉とみんなと王都へ向かう。そして、いよいよ始まるのね」
帝都の会議室に一堂が会する。木葉、ロゼ、迷路、子雀、柊、ルーチェ、笹乃&ユウといった月光条約同盟メンバー(オブザーバーらも含む)とレイラ、語李、フィンベル、コードといった天撃の鉾メンバー。アカネを筆頭としたアカネ騎士団メンバー、そして樹咲や梢といったクラスメイト達。
「時は来た。私はやるべきことをやり遂げる。皆んなも、それぞれがやるべきことをやろう」
木葉の言葉で皆がグラスを掲げて口に流し込む。それは年齢に応じてお酒だったりジュースだったりしたけど、決起集会というのはそういうものだ。
それから軽く歓談を楽しんだ。ランガーフ3世が気を利かせて食事を用意してくれたのだ。まぁ本人は来たる決戦に備えて帝都にいなかったのだが。
暫く食事を楽しんだあと、木葉は1人ベランダで星を眺めているロゼを見かけ、その隣に行く。
「長かったね、ロゼ」
「……ありがとね、こののん。きっと僕1人だったらここまで来られなかった」
ロゼは桃色の双眸で木葉を見つめた。
「あの時、リヒテンで僕を止めてくれてありがとう。あの時友達だって言ってくれてありがとう。僕を、助けてくれてありがとう」
「…………うん。でも全部済んでからだよ。その時にまたたくさん思い出話をしよう」
「だね〜。僕はこの戦いで過去のすべてを清算する。奪われたものを全て取り戻す。それでやっと、僕は僕を取り戻せる気がする」
ロゼがこれまで抱えてきた苦悩を、木葉は全て理解してあげることは出来ない。それでも一緒に悩んで苦しんで、もがいてきた。その共有された記憶は、思い出はきっとロゼの助けになった筈だ。
「こののんは自分を取り戻した。今度は僕が忘れ物を取りに戻る番。未来を掴むために過去と向き合う。僕はやるよ、木葉」
木葉の手を握り、再び空を見上げるロゼ。
「真面目な話で呼び方変えるのずるいなぁ」
「えへへ〜。じゃあじゃあ、シリアスブレイクの為にも一曲披露してこようかな、横笛!」
いつもののほほんとした雰囲気に戻ったロゼは銀色の横笛片手に会場に戻り、演奏を始めた。
どこか哀しい、しかし希望溢れる音色だった。
そして来る決戦の日の5日前、王都中を騒がせる大事件が起こる。
その日、解散させられた新聞社や映像を映し出す水晶などがラクルゼーロ市に集結し、街は一大騒ぎとなっていた。
騒ぎの中心にはこの人、白髪の賢人:フォレストがいた。
水晶に映し出す映像は瞬く間に町中に広がる。それどころか魔法の拡声器で町中にフォレストの声が響き渡ることとなった。
「諸君、あたしはフォレスト・カルメン。前国王陛下の治世のもとで宰相をやっていたものだ。今日はあたしの話を聞いてほしい。
諸君。自由とは何かね?好き勝手になんでも、人間の欲望の赴くままに行動することかね?やりたいことをやり、やりたくないことをやらないことかね?
否。自由とはあたしたち一人一人がすべき事、全身全霊をかけるべきだと考えたことを行使する権利だ。考えることこそが人間が人間たる所以、我々は考えて選択する権利がある。
今の王都政府は、あたしのいた頃と違う。人々の声たる言論を封じ、情報を封じた。
封じた情報の中身はこの国の根幹に関わるものだ。神聖王国は世界から人々を拉致し、大勢の人間を殺している。亞人を虐げ、おもちゃのように壊している。イタズラに戦火を広げ、街を荒廃させ、土地を枯らしている。
だが上は何とも思っていないのだ。人を殺すことを何とも思わない人間がこの国の政府には沢山いる。人を殺した分だけそれをお金に変えて喜んでいる馬鹿が沢山いる。
親愛なるラクルゼーロの市民諸君。あたしはそんな彼らと戦う。戦うといってもそれは武力ではない。言葉は国を変える、世界を変える。あたしは言葉の重さを信じている。
フォレスト・カルメンは、言論を何より尊ぶ!あたしは言論の力を信じ、それに刃を振り翳すものがいるときたらそれを絶対に許さない。
言論は自由だ。自由の翼をもぐ愚か者どもはいずれ滅びゆく。
我々ラクルゼーロ大学は、矜持を持って王都政府に抗議する」
フォレストの演説はラクルゼーロ市で大喝采が起こった。表向きは王都政府の言論弾圧に対する抗議だ。なんてことはないただの抗議活動だ。
しかし、これが後の世に言われる『月光事変』の幕開けの合図となったのであった。
これにて5章は完結です。
次は最終章、最後まで見届けてください。




