5章23話:中国の不思議な役人攻略戦
5章は一気に駆け抜けます。
最上笹乃は穏やかな教師だ。
見た目は小さな子供のようで生徒たちからも友達扱いを受ける彼女だが、シュトラウス氷河で見せた大人としての強さや木葉を叱る責任感の強さがある。怒る時は怒り、基本は優しいのが笹乃の魅力とも言える。なので、
「あぁん?此処どこだよ馬鹿糞カスがよ!おっ、可愛いオンナいんじゃねーか。なぁなぁ、俺様と気持ちいい事しねぇか?……ってうわぁぁぁなんで俺様がこんなちんちくりんな体にぃぃぃ!?」
可愛らしい顔で下品かつ粗暴な振る舞いをする笹乃を、出来れば見たく無かったと木葉含め全員が思うのであった。
「ぐわあああああ、せめて男の身体ならオンナ抱けるのによぉぉぉぉ、くそがあああああああ!!!」
「なんでこうなった……」
ドナウの置き土産、2代目勇者の魂の残滓。それについての議論はケーニヒス、そして帝都に戻ってからと言うことになった為一先ず笹乃らを回収しにケーニヒス、そして回収後は帝都に戻りその対応を考えることとなる……筈だった。
「笹乃って副職が研究者だったよね、これどういうものかわかる?」
「へ、えぇ、そうですけど……飴玉?毒は無さそうですけど……少し解析する時間を貰えませんか?」
と言って部屋に篭る事30分。「きゃああああ」という悲鳴で笹乃の部屋に突入した木葉達が見たのが冒頭の笹乃の姿であった。
その言動を聞いて何となく起こったことの予想が付く。が、確かめる前に笹乃を無力化することが先決だった。
「まさか……あの飴玉飲んじゃったんじゃ……」
「うわ〜それありそうなんよ〜。取り敢えず吐かせる?」
「そうね。よし、ほら吐き出しなさい、ぺっ!ぺっよ!」
「ぐえっ!なんだこの女!?やめ、やめ、ごぼぉっ!」
迷路に腹パンされる笹乃。断じてシュトラウス氷河における木葉への行為に対する応酬ではない。
「《光の障壁》!おら吹っ飛べ!」
「ーーッ!?あぶない!」
部屋の中で大暴れする笹乃。彼女は攻撃魔法を持たない役職なのだが、何故か攻撃魔法を放ってきたため迷路は魔法で拘束することにした。
「はな、離せ糞オンナ!てめぇ、オンナの癖に俺様に楯突くとか身の程を」
「黙れ差別主義者、何となくお前の正体に察しがついたけど一応聞くぞ」
「うわ何だお前!?その物騒なモノしまいやがぐえええっ」
拘束された笹乃の喉の奥に瑪瑙の切っ先をを突っ込み、左手でメリメリと顔を掴む木葉。アリエスの時にも似たようなことやってるので行動に躊躇がない。
「王様気取りは結構。でも此処では私が支配者、理解した?」
「は、はひ……」
「お名前、教えてくれるかな?」
瑪瑙を口から出し、そのまま首元に突き付ける。笹乃はビクっとしながら目を逸らして呟く。
「2代目勇者」
「名前」
「ねぇんだよぉ!勇者様としか呼ばれてないんだからよぉ!おいやめろマジで首切れるちょっと血出てる!勘弁してくれ何でもするから!」
「……英雄だけど器が小さい小物ってのはマジだったのか。おい勇者……あー、めんどいから『ユウ』って名付けるわ」
「お前何勝手に、ひぃぃぃぃぃ!?」
口答えすると再び口に瑪瑙を突っ込むスタイル。これを何度か繰り返したら2代目勇者改め『ユウ』は大人しくなった。
「チクショウ……なんなんだよぉコイツぅ。ガチのマジでサイコパスじゃねぇかよぉ……」
「あん?」
「あ、はいなんでもないっす、続けるっす、おなしゃす」
木葉は現状の説明などを一通り行い、そして最も肝心な『笹乃の状態』を尋ねた。その結果わかったのが、彼女の中には今笹乃とユウという2つの魂が入っているということだった。つまり、木葉とすくなのような関係らしい。
「つまり代わろうと思えば代われるんだね?」
「はい、そっす……ぐすっ、ぐすっ」
「……お前本当に4つも魔女の宝箱攻略した2代目勇者なんだよね?なんか子雀とアリエスを足して2で割ったようなヘタレっぷりなんだけど」
「ちゅん!?それ滅茶苦茶酷いです的な!」
子雀が騒いでいたけど無視。ユウはまだ嗚咽を漏らしていた。
「うぅ、おえっ、うう……俺様ァクソでかい体格でムキムキだったんだぜぇ……?馬鹿デカイ剣握って魔獣を殺しまくった。こんな身体じゃなきゃてめぇなんて……てか何者なんだよてめぇ……」
「私は3代目魔王、名は櫛引木葉、宜しく」
「あ?魔王?」
その説明をした途端ユウの目の色が変わる。
その殺気は思わず木葉がたじろぐ程であった。そして、
「テメェが魔王名乗るな」
拘束の魔法を破壊し木葉の脚に蹴りを入れる。一瞬の事で対応が出来ずしかも中々強い蹴りだったためバランスを崩す木葉。そこを狙ってユウは目にも止まらぬ速さの拳を頭に叩き込もうとして、
「話聞け」
「なーーッ!?」
それを上回る反応速度で木葉は瑪瑙を回転させ刃が拳を止める。隙が出来たユウの腹に意趣返しとばかりに蹴りをお見舞いすると、彼女の体は後方に吹き飛んでいった。
壁に叩きつけられるユウ。目を開けた時には木葉の顔面がそこにはあり、首筋に瑪瑙が突きつけられていた。
「流石は2代目勇者、反応速度はピカイチ。でもその体じゃ無理」
「……マジかよ、この強さ……テメェ本当に魔王だな」
「成る程確かに強いかも。戦闘センス、スキルなんかは最強だけど、肉体が笹乃だからそれに追いついてないってことか。てことはもしかして肉体関係ない魔法攻撃なら結構役に立つかな」
「は?何を」
「私の役に立って貰うよ2代目勇者ユウ」
「……テメェ、本気か?」
「本気も本気。私の目的はフォルトナを殺すことだから」
それを聞いたユウは目を見開き、そして納得したような表情をした。
「へぇ、この世界の仕組みを知ってるのか。や、【パヴァーヌ】と違って『すくな』がバックに付いてるな。糞ずりぃなチクショウ」
この瞬間木葉は確信した。ユウは、2代目勇者は【満月の世界】の真実を、月殺しシステムを理解しているのだと。
2代目魔王にはすくなが付いていなかった。だからこそ月殺しシステムは継続された。此処にこの戦いの無意味さが集約されている。
「パヴァーヌってのはもしかして」
「2代目魔王、亡き王女のためのパヴァーヌ。本名はしらねぇ、だからあだ名でパヴァーヌだ。俺様とアイツは結局、最後の最後でようやく『すくな』と『フォルトナ』の代理戦争させられてることに気付いた。テメェは、もう全部わかってんだな?」
「そのあたりも含めてちゃんとお話ししよう。まずは歓迎するよ、ようこそ100年後の世界へ、ようこそ月光条約同盟へ」
笹乃の顔をした乱暴者の男は、笹乃が絶対にしないような大胆不敵な笑みを浮かべていた。
……
…………
…………………
ユウは色々と語ってくれた。
2代目勇者のパーティーとその冒険の顛末。4つの宝箱を攻略し、ライン地方からの侵略を防ぎ、そして連邦周辺で魔王と相討ちになったこと。
「パヴァーヌは世界の仕組みに薄々気付いてた。クープランの墓の【分霊】には会ったか?アレで大体情報は得られるからな。俺様とパヴァーヌは結託して、シュトラウス氷河周辺を拠点に王都政府と戦うつもりだったんだぜコンちくしょう」
「王都の企みを潰そうとした、と?」
「拉致や殺戮が全部フォルトナ召喚の供物の為って知ったら誰だってそうなるだろーが。俺様、お世辞にも善良は名乗れねぇけどこれでも勇者なんだぜ」
自覚はあったのか、と呆れる一同。どうやら2代目勇者伝説の振る舞いの数々は実話らしい。
しかしまぁ、すくなが居ないのによくそこまで自力で辿り着いたなと感心する。きっとそこに至るまでに勇者と魔王は絆を紡いで色々と頑張ったのだろう。
「でも結果は2人とも死んじゃったんだよね?」
「俺様のパーティーには教会出身の女が居てな。そいつは何も知らなかったけど、なんかしらねぇうちに洗脳魔法がかけられてよ……情報を売り込まれて異端審問官共が寄ってきやがった。俺様はパヴァーヌを守ろうとして戦ったけど多勢に無勢だったぜ」
「で、逃げきれなくて心中と」
「すくなが付いてないと判明した時点で異端審問官はパヴァーヌをなんかの生贄にする方向で決めてたからな。今回俺様が勝とうがすくなが居なくちゃ意味もねぇってことらしい」
彼らの目的はすくな自身が定めた代理戦争での完全勝利によってすくなを屈服させ、フォルトナに喰わせることだ。つまりすくなが居ないのなら勇者vs魔王の構図は何の意味もない。
必然的にパヴァーヌの利用価値は悪魔召喚に利用することだけになってしまう。
因みに悪魔の概念についてはユウはよく知らなかったので木葉が教えてあげた。
「はぁ、成る程、理解はしたぜチクショウ」
「まぁそれで異端審問官に嫌がらせする為に『同時に死亡すること』を選択したわけだ。うん、こっちも納得した」
今度は木葉がすくなの狙いや世界の現状について説明する。ユウは黙ってそれを聞いていた。
全て聞き終えたユウはただ一言、
「舐めやがって」
と言った。
「そうと決まれば話は早え。俺様は今度こそ異端審問官と王都政府を叩き潰す。力を貸しやがれ魔王」
ギラリと不敵な笑みを浮かべるユウ。だが、木葉は首筋に瑪瑙を当てていった。
「私が上だ、身の程を知れ。あとお前所詮は『魂の残滓』であって、その力も限定的でしょ。私が有効的に使ってあげる」
「……怖えガキだな、あ、はい、ごめんなさい俺様先端恐怖症なんっす……」
クープランの墓と似た性格かと思ったらやっぱヘタレだった。まぁ何はともあれ、月光条約同盟に新たな仲間が加わったわけだが……。
「で、笹乃に戻して貰える?」
「や、よく考えたら女の体でも女は抱けるよな。つーことは今から風俗に」
「ね?」
「……うっす」
圧力をかける。ユウはもう木葉に逆らう気力はなかった。
「なんか酷い目に遭いました……」
穏やかな雰囲気の笹乃。なんというか久しぶり感ある。
「おかえり笹乃、なんでアレ飲んだのさ……」
「いやそのつもりはなかったんですけど、その、頭の中に声が響いてきて気付いたら……という」
「アイツ悪霊認定でよろしい?」
「一応私からもちゃんとお話してみますので……」
二重人格者が2人になった所で、木葉は笹乃にその対処法を教えることにした。
ちなみにユウは存外頭の中で煩いらしく、笹乃のストレス耐性的にキツそうなのでやはり笹乃には木葉に着いてきてもらうことになる。木葉が居ればユウへの抑止力になるからだ。
ということで笹乃&ユウのパーティー入りが決まった。
またこの状態で移動するにあたり、クラスメイトはともかく鶴岡千鳥は奥羽に乗せないという木葉の意思から、帝都の病院に置いていくこととなる。ランガーフ帝室御用達の病院なので安心だろう。というか自身を暗殺しようとした相手を帝室病院に入れるランガーフ3世の懐の深さよ。
こうして後顧の憂いがなくなった一向は、6つ目の魔女の宝箱であるバルトーク天空要塞へと向かうこととなる。
天空要塞はバルカーン半島に位置する共和政国家の連合【東方共同体】の南部の山岳地帯にあるという。
方舟の能力で1度オストリアの山岳へと飛び、そこから通常移動で移動すること14日。東方共同体の連合首都:アテナイへと到着。
帝国代表のアカネ、神聖王国及び連邦代表のレイラ、亞人代表のルーチェは東方共同体の領主たちとの会談に臨む。またロゼはロゼで行くところがあるらしい。
「此処まできたら南方大陸が近い。神聖王国領南方大陸の都市:アレキサンダーといえば、五華氏族、【鉄細工師:エカテリンブルク家】の本拠地なんよ〜。つまり僕のお仲間だね〜」
「説得してくる、ということね」
「うん、だからこののんのことはめーちゃんに任せる。前回任せて貰ったからね〜」
「任されたわ。頑張って、ロゼ」
「えへへ〜。行ってくるんよ〜」
17年前の王都内戦にて唯一生き残った五華氏族、エカテリンブルク家。特殊スキルを没収された上、公爵家から辺境伯へと格下げになり南方の地へと左遷させられた没落貴族。しかしその当主は非常に優秀らしく、旧領イスパニラ(元の世界で言うスペイン)の地へ戻る為にも様々な活動をしているらしい。
そんなエカテリンブルク家と友好関係を結ぶ為、ロゼはバルトーク天空要塞の中腹に木葉達を降ろし、方舟で1人南方大陸へと向かった。
「じゃ、ロゼの分まで頑張るとしますか。ユウの力、見せて貰うよ」
「俺様が受け継いだスキルは限定的だからな、何処までやれるか不安っす」
「貴方本当に敬語使えないのね……」
(私結構指導しているんですけどね……)
迷路の呟きに対してうめくような声を心の中であげる笹乃。当然他の人には聞こえていない。
「けど、俺様は1度此処を攻略してるからな。力押しでも行けると思うぜチクショウ」
「木葉に妙なことが起こらないように、今回は私が最前線に出る。ロゼもルーチェもアカネも居ない。けど、私も笹乃も強くなったわ」
「新しいスキルだよね、うん。先ずは2人に任せようかな」
木葉の言葉に笹乃は思わず涙ぐみそうになる。少し前まで笹乃を一切頼ってくれそうになかったのに、今では任せられるようになったのだ。少しずつ、少しずつ信頼を積み重ねていこうと再び決意した。
クラスメイト6名、子雀、笹乃、迷路、木葉、柊の少人数編成。だが今回はユウの知識がある分攻略法は頭に入っている。
「ここの魔女は知性がないタイプだ。【中国の不思議な役人】、魔女の名前がこんなんだから、使い魔も中華風の化物どもがモチーフになってる。用心しろよ」
「敬語」
「用心した方がいいっす」
「よろしい」
ユウの扱い方が分かってきた木葉。対応がどんどん雑になっていく。
1時間ほど歩いたあたりだろうか。漸く建物のようなものが見えてきた。しかも正規のルートではなく、ドナウに教えてもらったポイントに向かってみると獣道だったため《鬼火》で燃やして歩いている。こりゃ見つからないわ。
見えてきたのは城跡のようなもの。既に崩れている白い柱、大理石の残骸が散らばるいかにも要塞跡地といった感じの場所だ。
だがその奥には比較的まともに残っている建築物もあった。
「古城って感じする……」
砂色のお城。規模は大きくないものの、ある程度の城壁は維持されている。そしてそのお城の門のある広場まで行き、後ろを振り返ると、
「わ、わああ、これ凄いね」
「天空要塞……言い得て妙だわ」
アテナイの街を一望できるだけの高度まで登っていたらしい。断崖絶壁、普通に攻城戦となればここを攻め落とすのはきっと容易ではないだろう。
門の向こうにはお城の塔が建っており、塔の真前には石の像が建っていた。仙人のような長い髭が特徴の男の石像。
「アレが魔女:中国の不思議な役人だ」
「ただの石像にしか見えないけど……」
そう呟く迷路だったが、仙人の像の口が動き出して警戒心を強める。
「ここに4匹の生き物がおる。お前に4匹くれてやろう」
「…………………ポケモ○やん」
木葉が思わずつっこむ。立ち位置は完全にオーキ○博士である。
だがユウが臨戦態勢を取ったことを見て木葉も周囲を警戒し始めた。そして、
「来るぞ、四凶が」
「四凶?」
「その昔、中国では破壊のかぎりを尽くした化け物がいた。饕餮、窮奇、檮杌、混沌。そいつら4体こそが、使い魔であり魔女なんだ」
感想などあればくださいまし!
因みにユウは味方サイドの最後の新規登場人物です。




