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1章15話:どこかで会ったことあるのかな?

「さっきも言ったけど、すくなは既に人を殺している」


 そう言ってすくなは、まず『両面宿儺(りょうめんすくな)』という存在から話を始めた。ジャニコロを探して迷宮のさらに奥へと下っていく最中でだ。

 両面宿儺とは、いわゆる鬼神だ。古くは仁徳天皇の時代に登場している鬼神で、八つの手足と首のない二つの顔というのが一般的な姿。とはいえそれは伝承であって事実ではない。実際は5世紀におけるヤマト王権に従わない民のことを指しているとされている。そして『すくな』の場合、それが混ざっているのだ。


「混ざってる?」

「そう。すくなは、元は5世紀くらいに生まれた人間の少女。飛騨の民がヤマト王権に滅ぼされた際にその人達の怨念が少女の体に結集してできたのが『すくな』。つまりヤマト王権との戦いで、既にすくなは人を殺してる」

「そこから、ずっと生きて来たの?」

「まぁその辺の山で眠ってたから、起きたのは最近かな。いや、このはとして生まれたと言った方が正しいのかな」

「どゆこと?」

「このはの幼心の絶望が、恐怖がこのはの精神を防御するためにもう一つの人格を作り出した。その際にその未完成の人格の中にすくなが入り込んで一つの人格が完成した。はい、すくなの誕生秘話」

「ぜつ……ぼう……」

「そう、絶望。このはの、お爺ちゃんの死」



「あ」



(そうだ。あの勝負の結末は、そうだ。飛び出して来た車に轢かれそうになった私とお姉ちゃんを守ろうとして、お爺ちゃんは……)




 幼き日の記憶。はしゃぐ2人。クラクションの音。迫る真っ赤な車。飛び出した老人。真っ赤な血。泣き叫ぶ……木葉。




「ぁ、あぁ、私、なんでそんな大切なこと」

「その辛い記憶に蓋をしたのがすくなだからね。すくなはこのはの精神への負担を軽くするのが役目なんだよ。だから、さっきこのはが罪悪感で押しつぶされそうになった時だって、記憶にある程度の鍵を掛けた。このはが精神崩壊を起こす前に迷路に助け出されたのは、そういう理由なんだ」

「記憶に……鍵?」

「あのままだと、このはは間違いなく壊れていた」

「…………」


(さっき思い出す時にタイムラグが発生したのはそういう意味だったんだ)


「でも、なんですくなは私の人格にな……」

「その話は、また今度にしようよ。ほら、ついたよ」


 すくなが足を止める。着いたのは巨大な白い柱が何本も建てられた不思議な空間。ギリシャの神殿をそのまま屋内に押し込んだような面白い作りになっていた。


「レスピーガ地下迷宮は【魔女の宝箱】の一つ、潜む魔女は【ローマの祭り】。初見としては十分すぎるくらいの相手だね。当然この迷宮の奥深くにはその使い魔が存在するよ」

「えっと、まさかここはその使い魔の巣とかじゃないわよね?」

「そのまさかだね。これ以上奥に進むには使い魔の討伐が必要かな。過去にこの迷宮が攻略されたことはないから使い魔が何体いるかわからないけど、十月祭を倒しているもの。このはなら大丈夫。迷路だってレベル的には申し分ない」

「過去に攻略した魔女ってどうやって倒したの」


 木葉が尋ねた。当然木葉にその知識はないのだから。


「初代勇者は【チャイコフ凍土】に潜む魔女【くるみ割り人形】を討伐している。2代目勇者はそれこそ【ゴダール山】に挑んで【ジョスランの子守唄】を打ち破っているね。いずれもそれは特殊スキルの使用で倒していると聞いている。因みにこれはこのはの潜在的な知識だからね?」

「ふぇ?」

「このはがペラペラ読み飛ばしているページも、すくなは覚えているんだよ。このはの記憶の片隅に押しやられた記憶を拾うのもすくなの役目」

「へ〜、じゃあ私のことなんでも知ってるんだ!」

「そうだね。例えばこのはが小5の時におねしょを……」

「わぁぁぁぁぁ!!! 忘れてたのに!! やめてぇぇえ!!」

「と、こんな感じでこのはが忘れたことはすくなが覚えているから安心して忘れてっていいよ」

「なんかヤダ」

「だろうね」


 迷路はその様子を呆れたように見ていたが、不意に何かを思い出したようだった。


「そう言えば、今の木葉は戦えるのかしら?」

「正直戦闘に慣れさせたいっていうのと、魔王の力を使いこなせるようになって欲しいから戦ってもらいたいかな。すくなはこのは暴走時のストッパーになるけど、単独で暴走せずに【茨木童子】を使えるようにはなって欲しい」

「茨木童子って?」

「このはのスキル:鬼姫はこのはに鬼を降霊させて能力を向上させる特殊スキルなんだよ。茨木童子発動時は武器として【瑪瑙(めのう)】を使ったスキル:鬼火が解放される。他にも全能力値を上限を定めた上で一時的にカンストさせるっていう力もある」

「化け物級に強いわね」

「だけどまぁ、今はアウトかな。まだ魔力が全回復してないし、あまりすくなを使用し続けるのも良くないから一度眠ることにするよ。いい? このは」

「うん、ありがとね♪ すくなっ!」

「うん、それじゃあおやすみ」


……


……………


………………………


 神殿の前の部屋に、木葉と迷路は入っていく。どうやら昔からここは魔族たちの住処となっていたらしい。先ほど玉座の間に集まっていたのは無論魔王奪取のために野心を掲げて集まった連中もいただろうが、元からこの魔宮に留まっていた魔族たちもいる。それこそ使い魔たちのテリトリーを荒らさないように細心の注意を払いながら生活していたに違いない。


「ん〜! ちかれた」

「ダラシないわね。ま、この距離は確かに辛かったけど」

「だいぶ奥まで来たよね〜。もう足クタクタ」

「そうね」


 迷路は基礎魔法の中から火付けの魔法を発動させ、暖炉に火をつけた。着火剤がないから中々薪が燃えない。


「さて、少し休みましょうか」

「うん! あ、そうだ! 迷路ちゃんの話聞きたいなぁ!」

「私? 何も覚えていないのよ? 忘れたの?」

「あ、そっか……えへへ」

「貴方ってアホね」

「よく言われる……」


 その天然アホっぽさが数多くの乙女たちを毒牙にかけているのだが、それはまぁ置いておこう。


「ハァ。じゃぁ、木葉の話を聞かせて」

「へ? わ、私!?」

「えぇ」

「……いいの?」

「何が?」

「私、みんなに嫌われてたんだ。だから、人にお話し聞いてもらうの久しぶりで。あ、でもヒイちゃんがいたっけ」

「よく分からないけど、それも含めて全部聞くわ。今の木葉には、心の内に抱え込んだものを吐き出すことが重要だと思う。それに、こ、木葉のこと、もっとよく知りたい……から」


 迷路がその顔を赤く染めながら横を向く。その可愛らしい仕草に木葉は心踊った。


「迷路ちゃん可愛いよ!」

「ちょっと! 貴方すぐに抱きつく癖をやめなさい! やっ、くすぐったい!」

「髪サラサラだよね〜。どんな風に水浴びしてたんだろー?」

「顔近いわ。恥ずかしいからやめなさい」

「おぉ、照れてる照れてる〜。えへへ〜」

「ちょっ、もう、貴方って人は」


(サファイアみたいな髪と瞳、綺麗な顔。本当にお姫様みたいだなぁ。とっても可愛くて、綺麗で、どこか懐かしい。どこか……あれ?)


「どうしたの?」

「迷路ちゃんと私って、どこかで会ったことあるのかな?」

「どうして?」

「私ね、迷路ちゃんの匂いを嗅ぐと懐かしい気持ちになるんだ。えへへ、変だよね初対面なのに」


 木葉が困ったような笑顔を作る。迷路は少し考えるような仕草をした後、やはり何も思い出せないというように首を横に振った。


「ダメね思い出せない」

「そっか」

「でもね、木葉。私木葉を初めて見たとき思ったのよ。『ずっと前からこの子に会わなくちゃいけなかった気がする』って」

「へ?」

「私は『誰かに会わなきゃいけない、会って救わなきゃいけない、助けなきゃいけない』っていう気持ちだけは、目覚めた時に残っていたの。それが、多分貴方のことだと思うの」

「私?」

「えぇ。だから、木葉と居れば私は私を取り戻せるかもしれない。だから、その……」

「?」

「これからも、私、貴方と一緒に居ても、いいかしら?」


 木葉の表情が喜びで満ちる。白い歯を見せて朗らかに笑うと、木葉は迷路の白い手を握った。


「勿論だよ! 私も、一人は嫌だったから。迷路ちゃんと一緒に居れることが嬉しいんだ。これから宜しくね! 迷路ちゃん♪」

「ええ、宜しくね、木葉」


 迷路が微笑む。無愛想なその顔が笑顔に変わる時、木葉は底知れない心の高鳴りを感じる。その感情に名前をつけることが出来なかったけど、きっとそれは良いものなのだと信じて。


「迷路ちゃぁぁぁぁん!!」

「ちょっ!? だから、抱きつくのは……」

「えへへへ、迷路ちゃん大好きだよ♪」

「ーーッ!? ……し、仕方ないから、もう少しこのままでもいいわ。えぇ、許してあげなくもないわね」

「やったー!! うん、あったかいなぁ」

「どれだけ寂しかったのよ、全く」


 嫌われ、酷いことを言われ、疎まれ、信じていたクラスメイトたちからまるで裏切られたと思っている木葉にとって、人の温もりというのは心から望んでいたものだった。

 木葉のどこかしんみりとした空気を悟ってか、迷路は何も言わずに木葉の頭を優しく撫で続けていた。



…………


………………………


「異世界からの、勇者たち?」

「うん、なんかそーなんだって。満月様? とかいう神さまに召喚されて異世界で勇者として魔王と戦わなくちゃいけないんだー!! みたいな」

「で、その魔王が木葉ってことね。全く笑えない冗談だわ」

「うん、だからきっと、みんな私を倒そうとしてくると思う。いつか、戦わなきゃいけないのかな……」

「それは分からない。元の世界に戻るには、魔王を倒さなきゃいけないのかしら?」

「みんなそう思いこんでるけど、なんか『世界の救済』を成し遂げなくちゃいけないって言ってたかな。それが魔王討伐なのかは分かんないんだけど……」

「世界の、救済」

「曖昧だよね。正直あの神官さんたちの言ってること全く信用できなかった。なんていうのかな、もっと別のこと考えてる気がするの」


 木葉が言えたことではないが、明らかに貼り付けたような笑みがどうも心に引っかかる。作り笑いのプロの木葉が言うのだから間違いない。


「兎に角、ここを出たら王都には近づかないほうがいいかもしれないわね。馬車を借りて、中立都市に一度腰を落ち着けるのもアリかも知れないわ」

「うん、ごめんね。そうしてくれると嬉しいかも。私、まだみんなに会える勇気がない。それどころか、もう会いたくないって思っちゃってるんだ。でもきっと、みんなもそう思ってるんだよね……あはは」

「……私は、木葉の傍にいるから」


 迷路が木葉の手を握る。その目は無表情の中でも、どこか怒りに満ちていた。怒っているのだ。木葉に辛くあたり、裏切ったクラスメイトたちのことを。


「迷路、ちゃん」

「大丈夫よ。どうせ勇者さま御一行はゴダール山攻略に時間を費やすわ。あそこは魔獣がもっとも多く住む魔宮。100層にいる【ジョスランの子守唄】も魔女の中では上の上。そうそうこちらにきて出くわすことなんてないわ」

「……そだね。よし、そうと決まればここを脱出しちゃおう。私、異世界を観光してみたいってここに来てからずっと思ってたんだ。それも友達と一緒なら絶対楽しいもの!」

「とも、だち?」


 迷路がキョトンとした顔で反芻する。


「うん、友達! 異世界での最初の友達! ……はヒイちゃんだから、えっと、異世界の人では最初の友達!」

「私、木葉の友達でいいのかしら?」

「勿論! だから、一緒に脱出して、色んなところ行こう! 美味し物食べて、遊んで、やりたいこといっぱいあるもん!」

「……えぇ、そうね。私も、木葉とならどこにでもいく。行きたい!」


 顔を見合わせて頷き、笑いあった。


「さぁ、行こう。魔力も回復したし、今度は自分を保ったまま戦えるようにする」

「木葉が壊れそうになったら、私が止める。安心して背中を預けて欲しいわ」


 木葉が頷く。そして、手を伸ばした。


「行こう、迷路ちゃん」


 迷路が手を取る。その目は決意で満ちていた。


「えぇ、木葉」


 いつのまにか部屋は暖かくなり、暖炉では炎が音を立てて燃え盛っていた。

両面宿儺というと物部天獄の都市伝説が有名ですが、そちらとは全く関係ございません。

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この名前は指を食べるピンク髪の男が主人公の作品を思い出しますな。ある程度影響されたのでしょうか?
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