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5章17話:美しき青きドナウ攻略戦〜前編〜

 ヴァル海のモチーフはバルト海、ケーニヒスブルクはカリーニングラードです。

 因みに美しき青きドナウも有名な曲なので、ぜひ一度聞いてみてください!

 戦後、リルヴィーツェ帝国は首謀者の確保とその背後関係の調査を宣言。その結果として神聖王国の七将軍が1人、ミランダ・カスカティスを名指しで批判。

 報復としては魔獣が消滅したミュンヘルン4州に軍を進め、壊滅したフランクフルや神聖王国へと無条件降伏したミュンヘルン、ニュルンブルクへ軍を進めてこれらを占領。一連の行為を非難するようにミランダ将軍は残った1州のシュトゥットガルデンを占拠し、両国は国境を接することとなる。

 また、帝国は魔王率いる月光条約同盟との相互不可侵条約を締結。全面的に櫛引木葉のバックアップを行うこと秘密裏に承認した。


 その後ランガーフ帝は東から迫り来る連邦軍を押し返す為にアカネ騎士団を主力とした帝都の6個師団を東方司令部に派遣し、東方派遣軍は帝国第2の都市:ケーニヒスブルクへと到着する。その中には木葉ら月光条約同盟の面々と笹乃らの姿があった。

 木葉らの目的である【シュトラウス氷河】はケーニヒスブルクの北に広がる海:ヴァル海に浮かぶ海氷の集合体、その中を流れる氷河で、帝国の東方遠征は非常に都合の良いタイミングであった。

 帝国軍の侵攻に連邦軍は退却を開始。しばらくは様子見ということでケーニヒスに滞在する彼らだが、その実際の目的は木葉の援護である。


「涼しい〜〜!!!」


 帝国海軍の強襲揚陸艦:フリードリヒの甲板上で木葉は叫ぶ。季節はもう夏であった。

 『塩の海』と言われる程塩分濃度が高いヴァル海は、その性質上接している港が凍りにくい。故に年中商業活動が可能で、航路自体が大変賑わっている。


「塩分濃度が高いくせにここまで大きな海氷が出来上がるなんて。あの骸骨が残した爪痕はいつ見ても摩訶不思議だわ」

「ヴェニスとはまた違った景色だよね!なんていうか、太平洋と日本海くらいの違い」

「……?」

「日本海側に住んでたからこっちの方が安心するよー」


 気持ちよさそうに腕を伸ばす木葉。同様に笹乃達もどこか懐かしそうに海を見ていた。


 あの後笹乃は千鳥を引き取って看病することにした。

 自身の軸であった『正義』の像が崩れ去ったこと、そして洗脳による脳への悪影響と《八岐大蛇の怨讐》を目の当たりにしてしまったトラウマから、彼女は精神に大きなダメージを負い、今も廃人のままベッドで横になっている。

 ここ1ヶ月間はそうして千鳥の様子を見ていたのだが、木葉がシュトラウス氷河へ向かうことを知ると同行することを提案してきた。

 無論木葉としては断りたいのだが、笹乃としても折れることは出来ない。その理由は特殊スキルの獲得だ。


 元々笹乃の目的は力をつけて王都にいる生徒達を助け出すことにある。その為の戦力はきっと木葉が整えてくれる。だが指を加えて見ているだけなんて出来ないししたくないというのが彼女の心情だ。故に自身のパワーアップは彼女の目指すところである。


 特殊スキルは性質的に相性があり、その譲渡に関しては更に条件が絞られる。あまりに強く懇願されるので、木葉はロゼの《方舟》でボロディン砂漠とマスカーニ地底湖、そしてゴダール山を訪れたものの、何も笹乃に合ったスキルはなかった。

 ちなみにゴダール山の【グランテストの緑玉】は迷路もロゼも誰も適正を持っていなかった。宝の持ち腐れ中である。


 兎も角、本当に仕方なく笹乃を同行させる羽目になった木葉だったが、今回だめそうなら諦めて頂く所存だ。


「自身で攻略する事で適正を獲得出来るって……眉唾物だと思うけどね。現に私《方舟》を獲得できなかったし」

「貢献度、かもとは思ってるわ。ボロディン砂漠はロゼが居ないと不味かったし、地底湖は木葉が居ないと勝てなかった。地下迷宮は私と木葉2人が必要だった。逆にゴダール山はここに居る誰も魔女と戦っていないから。あと、それを決めるのは魔女自身って可能性も高いと思う」

「あー、それなら納得。てことは、これはなわてになら譲渡出来るかな」


 ゴダール山の魔女を倒したのはなわてだ。【グランテストの緑玉】もなわてになら反応するかもしれない。


「まぁ損ではないよね。少なくとも今後数年は変な奴に宝石が渡るのを阻止できるし」

「こんな話あの先生に聞かせられないね〜。きっと物凄い頑張っちゃうだろうからさ〜」

「……想像できるね。うん、変なことは言わないでおこう。勿論、ヒイちゃんにも」


 あの一件以降、柊はどこか余所余所しい。木葉を嫌いになったとか怖がってるとかそう言うわけじゃなくて、寧ろ自分を引け目に感じているのだ。そう言う点ではアカネ騎士団以外の戦力は全員置いてきたかったというのが木葉の本音である。

 魔女の宝箱で魔女と対峙できるのは26人が基本なので、1人でも多く強力な冒険者を投入したいのだ。予測不可能な動きをしかねない人材は投入するべきじゃない。


「私、迷路、ロゼ、ルーチェ、子雀、ヒイちゃん、笹乃、アカネ、そしてアカネ騎士団主力部隊18名。何も紫月以上の実力が担保されてる。てわけで君らは船でお留守番だからね?」

「わ、わかってる」

「木葉ちゃんがそう言うなら」


 鮭川樹咲、新庄梢の両名、そしてその後ろにいるクラスメイト達がこくこくと頷く。


「辛気臭い……。折角良い船なんだからもうちょっと明るくしててよ」

「木葉、あたしは……」

「私にも、花蓮にも、そして鶴岡千鳥にも罪悪感を抱く必要なんてないと思うけどね。私も、彼女たちもそういうの気にする性格じゃあないし」

「ーーーーッ!!……なんか、ほんとに木葉なんだな。そういう時々鋭いこと言うの」

「まぁね。っておいなんか貶されてる気がする」


 鮭川樹咲が思わずクスッと笑う。異世界に来る前、彼女たちは4人で仲良しグループだった。故に4人バラバラになってしまったこの状況で彼女が1番罪悪感を感じているのだろう。


「鶴岡千鳥の処遇はそっちに任せてある。帝国の皇帝がそう言ってるんだから、私は何も関与しない。私は部下に寛大な上司なんだ」

「皇帝を部下って相当ヤバいこと言ってるよな」

「事実だもん。今や私はリルヴィーツェ帝国、帝室顧問。軍と行政に口出しできる権利まである。ラン君は随分私のことを買ってくれてるね」

「脅したんだろ……」

「そっちは兎も角、王都に戻ったら花蓮と話した方がいいとは思うよ。笹乃もさ、わだかまりは解消しておくに限ると思うけどね」

「それあなたが言うんですか……」


 いつの間にかテラスまで来ていた笹乃が呆れた表情で言う。木葉は気分良さそうに手元のグラスに口を付け、再び氷河を眺めはじめた。


「まーたお酒飲んでますね……」

「モヒート、笹乃も飲む?」

「のみません!!!」

「残念。ほら、そろそろ支度した方がいいよ。ここから何があるか分からないから」


 と言いつつ木葉は余裕そうに腕を伸ばして寛ぎつつ、お酒をちびちびやっている。笹乃としては本当に受け入れ難い光景だ。


 さてそんな木葉は意外と真面目なことを考えていた。内容は勿論目的地について。

 5つ目の【魔女の宝箱】、シュトラウス氷河。潜む魔女は【美しき青きドナウ】。此処に赴くことを決めたのがヴェニス決戦の前なので、実に200日以上もの時間が経過している。

 ダッタン人の踊り曰く、「ドナウは性格悪いけどマトモ」だそうだ。正直今まで出会った魔女は大抵性格悪い。


(あの羊狂いも大概性格悪かったしな……)


 あと多分あんま強くない、とのこと。同じ魔女の言葉だから信用できるが、なにせ500年会ってないらしいので情報の更新という意味ではあまり期待できない。

 ついでに言っとくと今回ゴダール山の魔女を倒したが特殊スキルを得られなかったと言うことで、攻略に必要なスキルを保有できていない可能性もある。そうなったら正直お手上げだ。


「地下迷宮の《魔笛》は砂漠宮殿の移動で、砂漠宮殿の《方舟》は湖底神殿への侵入で、湖底神殿の《樹海》はジョスランの子守唄の呪い封じでそれぞれ役に立っている。そう考えると心許ないよねぇ」

「ま、これが正しい順番とは限らないから。偶然かもしれないわよ?実際私たちは湖底神殿のあとに此処にくるつもりだったのだから」

「それもそっか。じゃ、行こう!」


 島の接岸部に船を接岸し、そこから飛び降りる。魔笛で作った氷騎兵が飛び降りた彼女らをキャッチし、そのまま乗せてくれた。便利便利。


「わ、島の全域が氷で覆われてる……。というかどこが島でどこが海氷なのか曖昧だね」

「下手したら海にドボンの可能性あるんよ〜。真夏とは言え、水温は結構やばいだろうから注意だね〜」


 待機組は一応入り口まで来てもらってそこで待機だ。万が一人員がかけた場合直ぐに補充できるようにするためである。

 そう思って恐らく入り口であろう門を潜ったのだが、


「あれ、入れてね?」


 予想に反して、主力部隊とその後詰めの26人も入れてしまった。合計52名。無論そこには笹乃の援護隊である樹咲や梢もいる。


「正直どう影響受けるか分からないから後詰には待機してて欲しいけど」

「入れるならあたしは行きたい。梢も、そうだよね?」

「笹ちゃん先生を守らないとだもの!」

「……じゃ特別に2人はついてきて。あとは1人を除いて待機。アカネ騎士団から1人借りていいかな、連絡係に残しておきたい」

「わかったヨ!紫月級の騎士を残しておくネ!」


 氷河の中は氷でできた迷宮のようになっていた。何があるか分からないので緊張感をもって進もうとするが、




「うっふふふふ、ようこそ、ドナウお姉さんのお家へ。うふ、可愛い子いっぱぁい!撫で撫でしてあげたいわね、うっふふふ」

「…………はえぇよ」


 何処からともなく声が響く。この登場の仕方は見覚えがある。ダッタン人の踊りも似たようなことをやっていた。理性が残っている魔女というのは前口上するのが好きらしい。


「先に言っとくわぁ。お姉さん、戦いは得意じゃないの。うふ。だから、試練を用意してある。貴方達が此処まで辿り着くのを楽しみにしてるわぁ、うっふふ」

「なんかお姉さんて言うわりには声が……年齢高めな……」

「そこの女の子、これ以上舐めた口きいたらぐちゃぐちゃに犯すわよ?」

「そんなことしたら僕達がお前を八裂きにしてやるんよ〜」


 静かに炎を燃やすロゼと迷路。また厄介そうな魔女が出てきたな、と木葉は辟易しながら前に進む。

 すると、突如景色が切り替わった。氷河の壁だらけなのでわかりづらいが確かに変わった。

 周りを見ると、


「え、え、みなさんは!?木葉ちゃんと鮭川さんだけですか!?」

「他のみんなとはぐれちゃったのか!?」

「………………………転移魔法。意地汚いことしてくれるな。私この魔法トラウマなんだけど」


 ヴェニスから王都までぶっ飛ばされた時に使われたアレである。まぁ《方舟》での移動でも実は似た原理が使われているのだが。

 さてこのメンバーでどうしたものか、とあたりを見渡すとそこには、


「明らかに怪しい結晶体。これが試練?」

「わぁ、綺麗ですね!おっきなクリスタル」

「これは高く売れそうだなぁ」

「……警戒心とかないのかな」


 とは言え何もしないと試練は始まらなそう。なのでクリスタルに触れ、


「…………あ、これやばい」


 本能で察する。が、もう遅い。木葉と笹乃、樹咲は目を閉じて眠りにつく。

 

 その頃、同時に全てのチームで皆が眠りについた。



………


…………………


 映画のようなものだろうか。ぽつんと1人、木葉は席に座って画面を見ていた。

 スクリーンに映し出されるのは、同じ光景だ。つい最近のことから昔のことまで、何度も何度も同じ光景が再上映される。


「なんで助けてくれなかったんだよぉ、僕はお前のこと、ちょっとは見直してたのにぃ……」


 平凡顔の男……アリエスが恨めしそうに呻く。木葉はアリエスの死に顔を知らない。だが、苦しそうな呼吸をするアリエスの顔を見て、あぁこんなふうに死んだのかなと心が痛くなる。

 イキリ野郎で馬鹿な奴だったけど、それなりに評価出来るところもあった。弄れば面白い普通の男性で、普通にみんなから愛される馬鹿だった。


(私が、死なせてしまった……。あの時もっと配慮出来れば、一緒に助け出してあげれば、死ぬことはなかった)


 吐き気が込み上げてくる。頭が痛い。呼吸が浅くなり、気持ちが悪くなっていく。


「君のこと、本当の妹だと思ってたのに」


 金髪のボーイッシュな女性……エレノアが恨めしそうに画面の向こうから手を伸ばす。肩から腰に掛けて生々しい傷跡があり、そこから大量の血がどくどくと流れている。だがそんなことをお構いなしにエレノアは充血した瞳で木葉を睨んでいた。


「ごめ、ん、なさい……」


 思わず漏れる声。乗り越えたと思っていたけど、心の奥底ではまだ乗り越えられていなかった。まだ一緒にいたかった、もっと甘えたかった、話がしたかった。


(私が、もっと早くカデンツァと対峙していれば。一緒に戦っていれば。あの時残っていれば……死ぬことはなかったかもしれない)


 大粒の涙が零れ落ちる。頭を抱え、ただただ懺悔した。ごめんなさい、ごめんなさい、と。


「もっと早く来てよぉ」

「俺たち死にたくなかった」

「助けてよぉ」


 名も知らない冒険者達のうめき声。ラクルゼーロの戦いで死んでいった冒険者達。彼らの声を聞かないように耳を塞ぐ。けれど脳に響いてくる。あの時、もっと頑張っていれば、もっと……。


「げぼ、おぇ、ォェェェ……」


 思わず嘔吐する。涙と鼻水と吐瀉物でぐちゃぐちゃな床が、今度は更に真っ赤に染まっていく。


「てめぇが死ねぇ、死ね、櫛引木葉ぁ」

「あぁ、魔王様、にゃはは、私の魔王様」

「化け物め、くたばれ」


 船形荒野の死に顔、東の魔王の死に顔、ヴェニス戦で殺した将軍、今まで木葉が殺してきた人々の死に顔が映し出される。

 だが木葉はそれらを睨みつけて言った。


「煩い。私は後悔しない。煩い、煩い煩い煩い!」


 血で染まる劇場。消える亡霊達。だが木葉の震えは収まらない。そして、



「ぁ、ぁああああ……」



 車に轢かれる老人……木葉の祖父の姿が映る。泣きじゃくる幼少期の木葉を見て、老人は、


「お前のせいだ」

「違う!!!お爺ちゃんは、そんな、そんなこと……」


 再び場面が変わり、今度は川。茶色く濁る急流。川面から小さな腕が伸びる。


「あ、ぁ、ぁ、おねえ、ちゃん……」


 手を伸ばすも、流されていく少女の姿。無力感、虚脱感だけが残る。放心状態の木葉の視界に濡れた髪が写り、そして、


「ナンデ助ケテクレナカッタノ、木葉」

「ひっ!?」


 水でふやけた腕が木葉の頬に爪を立てる。真っ黒く塗りつぶされた顔だったが、明確な悪意を感じた。その瞬間、木葉の感情は決壊した。


「やだ、もう、やだ……やめて……」


 劇場の席に座る木葉の周りを亡霊達が取り囲む。それだけでも頭がおかしくなりそうなのに、スクリーンには更に木葉の心を抉るようなシーンが映し出された。


「あんたが、あんたがいるから!」


 半狂乱になりながら木葉に暴力を振るう母。


「もう少し大きくなったら、教団の人にちゃぁんとご奉仕、できるわよねぇ?」


 ニタニタ笑いながら強い力で頭を撫でてくる叔母。


「金は払う。だからもう、私をこの家から解放してくれ」


 玄関から去っていき、二度と顔を見せなかった父。


「嫌い、嫌い嫌い嫌い、助けて、やだ、助けて……迷路ぉ、ロゼぇ……」


 亡霊達が蠢く視界で、それでも手を伸ばそうとする木葉。

 次にスクリーンに映ったのは、


「ぁ、ぁぁああああああうああ」


 彼女達を木葉が殺してしまう、というあり得たかもしれない光景であった。


……


…………


………………………


 笹乃はスクリーンに映る自分を見てこれまでのことを振り返る。

 何も分からない世界に転移して、誰が味方かも分からない状況で唯一の大人として振るまわなくてはならない重責。そして、教え子達の死、対立、脱出。


「最上笹乃ぉ……」

「私たちを助けなかった癖にぃ」

「のうのうと生きやがってぇぇぇぇ」

「苦しいよぉ、痛いよぉ」

「えぇ、そうです。私は貴方達を救えませんでした、船形くん。戸沢くん、高畠さん、飯富くん、遊佐さん」


 笹乃は彼らの死に顔を知らない。だからこれは唯の妄想だ。それでも、向き合わなくてはいけない現実だ。

 木葉に、彼らを殺させてしまった。本当なら大人である自分が向き合ってなんとかしなくてはいけなかった問題なのに、教え子にそれを押し付けてしまった。そんな後悔がのしかかる。でも、だけど、


「私は下を向きません。生きて、生きて、今までの後悔に少しずつ報いなくてはいけない。……木葉ちゃんを救わないといけない。それが教師である私の務めです。だから、ごめんなさい」


 笹乃は【真紅の祓え串】を取り出し、背後にあった投影機から漏れ出る光を消し去る。

 涙が流れる。救えなかったと感じるのは死者に対してだけではない。特にその思いが強いのは、生きているあの銀髪の女の子だ。死者は後悔しても戻ってこないが、木葉は何としてでも救いたいという思いがあった。


「うっふふふ、強いのねえ。お姉さん感心しちゃったわ。こぉんなに小さいのに、ちゃんと心は大人だったってことね」


 照明がついた劇場の舞台に女の姿があった。

 髪は明らかに染めたような水色で、ウェーブがかかっている。水色の瞳に青のメイク。そして、水色のドレス。年齢は恐らく笹乃よりも年上。


「うふふ、年上、年上ねぇ。そう、この身体もとうとう貴方より年上なんて言われる年になったのね」

「わ、私の心を……」

「読心術。って言っても貴方の心は読みやすいわ。紹介が遅れたわねぇ。お姉さんの名前は【美しき青きドナウ】。ドナウお姉さんでいいわよぉ?ああ、貴方の心は強くて素晴らしいわ、欲しいなぁ。その体、欲しいなぁ」

「あげませんっ!っていうかさっきの悪趣味な映像はなんなんですか!私は彼らの死に顔を知りませんよ」

「あららぁ、お姉さんが魔女だって信じるのねえ」

「そりゃそんなカッコしてりゃ魔女だと思いますよ……」


 ドナウはくつくつと笑うと、スクリーンに光を灯した。


「これは貴方の後悔の歴史を映し出す術式。それは深層心理が持つ後悔の歴史でもある。だから知らない景色も映し出される。因みに業が深ければ深いほどこの術式に飲み込まれるわ。貴方も大概業が深いけど心を強く持っている。そして心が綺麗。貴方のような子なら安心だわぁ」

「……後悔の、歴史」

「例えばほら、そこのボーイッシュな女の子」

「ーーッ!?鮭川さん!」


 いつの間にか劇場の席には鮭川樹咲が座っていた。

 更にスクリーンには彼女の映像が映し出される。


「彼女は……へぇ、友人4人の中でかなりマシなルートを歩んできたのねぇ。でも彼女なりに答えは出してる。1人は眠りから覚めたら、1人は王都に戻ったら、1人は……まだ葛藤してるけど少しずつ、3人と仲直りしようとしてる。心に余裕がある子はいいわねぇ」

「ぁ、うぅ、あああ」

「鮭川さん!」

「ごめん、木葉。ごめん……」

「鮭川さん!木葉ちゃんにも、尾花さんにも、鶴岡さんにも、まだ謝れるんです!後悔するのはまだ早いんです!」

「……………………………あ、れ」


 鮭川樹咲は目覚めてキョロキョロとあたりを見渡す。笹乃の存在にも気付いたようだ。


「笹ちゃん先生…………と、何その派手なおばさん」

「ぶち犯すわよぉ?」

「ひっ」


 どうやらこの年齢とそれに応じた顔はコンプレックスらしい。


「でも、こんなのが試練なのか?なんか、思ったより……」

「全員が夢から醒めたら最終試験が始まるけど、まぁ大筋こんなものよぉ。あんまり難しくし過ぎても仕方ないしぃ?」

「はぁ」

「それに、本当に難しい人には難しいのよねぇ、これ」

「へ?」

「突破した子達もちらほら居るみたいだから、早く戻りなさぁい。起きたら意味がわかると思うから」


 首を傾げつつ景色が変わるのを待つ2人。

 視界には再び結晶が映り込む。底冷えする冷気を受け、急に現実に帰ってきたことを実感する。だがそんな冷気を切り裂くようなうめき声が更に2人を現実に引き戻した。


「ぁ、あああぁあ、やだ、やだああぁ、あああ、ああああああああああああああ」

「へ?こ、木葉!?」

「木葉ちゃん!聞こえますか、木葉ちゃん!」

「やめて、やめてやめてやめてやめて、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 虚ろな瞳でクリスタルにもたれかかる木葉は、ぶつぶつと謝罪の言葉を口にするだけだった。

次はまた3日後かな。

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― 新着の感想 ―
[一言] 次の更新3日後!?最近更新多くて嬉しいです!! たまには弱った木葉も可愛くて好き笑。この展開は助けた人が百合ハーに加わる感じかな!?笑
[気になる点] 塩分濃度が高いのに氷河?そもそも氷河は陸に形成されるものでは……? 海だと圧縮される以前に積もりませんし。
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