5章9話:これまでのこと
「ひぃ、ちゃん」
「あたしは、お前を助けられなかった!あの時もっと早く気付いていれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに!なのに!」
「もう、いいよ」
「よくねぇんだよ!……よく、ねぇんだよぉ」
柊は苦しそうに顔を歪める。頭を下げたままなので木葉からその表情は見えなかったが、それでも辛そうなのは分かった。地面に滴り落ちる涙がそれを物語っている。
「ひぃちゃん、頭を上げて」
「この、は……」
「赦すよ。私はひぃちゃんを赦します。その上で、ひぃちゃんは悪くないって言わせて。私は結局魔王になる運命だったから、あの時はもうどうしようもなかったんだよ」
柊はずっと、木葉を助けられなかったという罪悪感を抱えていた。寝ても覚めてもあの時、木葉が連れ去られた時の事を思い出す。
柊は精神汚染耐久を持っていたし、防護魔術に関して自力でアイテム等で賄っていたから大丈夫だったものの、下手したら木葉を憎んでしまっていた。その事だって柊に大きな自責の念を呼んでいる。
「だからね、ひぃちゃんは何も」
「……?」
「あ、あれ?ひぃちゃん?」
「ん、今魔王っつったか?」
「ほ?」
顔を上げる柊。そして、
「どぉえぇええ!?木葉お前魔王だったのかよ!?」
「あれぇ……今更ぁ?」
「いや、魔族なのは知ってたんだけど……そっかぁ、木葉が魔王だったか」
「……迷路やロゼから聞かなかった?」
「会えば分かるの一点張りでな。……成る程これは確かにどうしようもなかったのか」
とは言えある程度は予測していた。でなければ木葉が連れ去られた理由が説明出来ないからだ。まぁ優秀な魔族だから、とかいう理由かなとか思ってたので魔王は本当に予想外だったが。
「それで、貴方は木葉を怖がって降りる選択肢もあるわけ」
「降りねーよ。なぁ木葉、この氷系美少女いまだにあたしに冷たいんだけどどうすりゃいいんだ?」
「迷路は私以外こんな感じだよ」
「はぁ。兎に角、お前を助ける為に探してたんだ。あたしもお前に付いてく。……迷惑じゃ無ければ、だけど」
おずおずと聞く柊。
確かに木葉にとって柊は、昔の弱い自分を知っている数少ない人物だ。けど、
「ひぃちゃんにも助けられた。その恩を返したいし、大歓迎かな。……それに、この世界のその辺に放っておく訳にはいかないんだよ」
悪魔召喚の話を聞いた後だと特にそう感じる。下手に拉致されると悪魔召喚の犠牲になりかねない。それは、16・17期生全員に言えることだ。
「……?」
「尾花花蓮達も危ない。神聖王国と満月教会はみんなの命を奪う理由を持ってる。だから、助けてあげたい」
「木葉は、恨んでないのか?」
「どうとも思ってない。けど、王都政府に彼女らを軍事転用されるのは本当に困る」
木葉にとっては尾花花蓮は兎も角、それ以外のクラスメイトは基本どうでも良い。ただし涅槃に悪魔がどれだけ残ってるか分からない以上、向こうが16期生をいつ悪魔召喚の贄にするか分からないのだ。リスクは避けたい。
と、その時パンっという手を叩く音がした。ルーチェだ。
「取り敢えず、食べるぞ魔王。リンゴタルトは熱々のうちが美味い」
「ルーチェの手作りねぇ。お、美味い」
ホクホクの生地に甘いリンゴの香りと味。うん、実に木葉好みの味だ。
「木葉の好きな味は知ってるから、レシピ作成済みなのよ」
「い、いつの間に」
迷路秘蔵のレシピらしい。料理係が木葉だけでないのは有難いが。
「じゃ、食べながら聞くよ。アレから何があったのか」
「そうね、今度はこっちが話しましょうか」
迷路は語る。ヴェニス戦後に何があったのか。
「あの後無気力な私を連れてロゼが方舟を操作して脱出。取り敢えずオストリア大公国領の街まで瞬間移動して、そこに暫く滞在したわ」
「めーちゃんなんて数ヶ月は無気力だったもんね〜。まるで糸の切れた人形のようだったよ〜?」
「……あの時は本当に迷惑かけたわね」
「めーちゃんが謝った!?」
「私だって謝罪くらいするわよ!……話が逸れた。舟に乗ってたメンバーを一度【ミュンヘルン都市国】へと置いたはいいけど、ルーチェが木葉の回収に協力を申し出てくれたのよ」
「……ルーチェが?」
意外なものを見る目で木葉はルーチェを見た。ルーチェはふんと鼻を鳴らして、
「別に。うぬには一応借りがあるからな。……エレノアの仇討ちをしてくれようとしたこと、我が変わって感謝する。すまなかったな、魔王よ」
「……いいよ。お互い様だ。それに、結局負けちゃったし」
「天撃のカデンツァ相手じゃ無理もないじゃろ。アレは南の魔王すら屠った正真正銘の化け物じゃ」
「うん、強かったな。でも今度は負けないよ」
魔力を消耗していたとはいえ、カデンツァに敗北した事実は木葉に重くのしかかっている。未だにあの時の斬られた感覚は夢に見るのだ。
「ルーチェの協力で各地の烽に情報収集を求めたけど効果はなかったわね。で、暫くして白磁の星々救援のために東都:ストラスヴールに向かったわ」
「ヴィラフィリア兄妹を救出しに行ったらこののんと同郷の女の子までセットだったからね〜びっくりしたんよ〜」
「ヴィラフィリアって五華氏族の?大丈夫だったの?」
「あぁ、ミランダ・カスカティス相手に東都で大暴れしてきたぜ!」
文字通り銃を乱射しての大暴れだった。
「で、シャトンティエリ戦の報告を受けてゴダール山周辺を探し回ってたって訳。あ、その前にヴィラフィリア兄妹をダート軍管区まで送ったから結構時間はかかってるよ〜」
ヴィラフィリア兄妹ら白磁の星々とは今後の計画を擦り合わせてそこでバイバイしている。彼らとしてもやることがあるらしかったので丁度いいだろう。
今後はヴィラフィリア(withオリバード)・フルガウドの3家協力体制が築かれていく。金髪王子:ルビライト・ヴィラフィリアはまず北方領主を説得することが先決だと言っていた。
「着実に反攻の芽は揃いつつあるんよ。北方領主と言ってたけど、多分あの感じじゃ連合王国まで巻き込もうとしてるかな〜」
「ブルテーン連合王国まで入れたら本格的な戦争になっちゃうと思うのだけど」
「あの国の本国に神聖王国とやり合えるだけのまともな陸軍は揃ってないし、本格的な侵攻はない筈だよ〜」
「ま、いいわ。そんなこんなあって今に至る、って感じね」
「なる、ほど。……じゃあこっちも紹介しようかな」
ルーチェや柊との合流の経緯は聞いたので、今度は木葉の番だ。
「ロゼや迷路には言ったけど私は王都でテレジア達テグジュペリ家のお世話になってたよ。そこで異端審問官:なわてと仲良くなったり、アリエスと戯れてたり。で、子雀を拾ったのも王都だね」
「……拾った?」
「はい!ちゅんは王都の地下街の娼館に居たんですけど、我が主に拾って頂いたんです的な!」
「……あ」
木葉は気付いた。この発言は爆弾である、と。
だがもう遅かった。
「しょ、しょしょ娼館!?木葉貴方王都で何やってるのよ!?」
「ぎゃあああああ!!!こののんが風俗行ってたあああああああ!!!」
「ちょ、これには事情が!」
「煩い問答無用よ!私のこと好きって言ったのはうs」
「嘘じゃないっ!嘘じゃないから落ち着いて!……闇ギルドに接触するのが目的だったの。娼館はその副産物。強制イベント。結果的にテレプシコーレって言う闇ギルドの幹部とパイプを持てたから私的には大成功だよ」
「……本当に寝てないんでしょうね?」
「子雀ともそういう行為には及んでないから……」
「む、悔しいけど合ってます的な。悔しいけど」
「……風俗なんて行かなくても私なら幾らでも……ぶつぶつ」
迷路がぶつぶつと呟き始めた。木葉は苦笑いしながら進める。
「で、シャトンティエリ決戦して今に至る、と。子雀は歌って踊って魔力向上までさせてくれる万能アイドルだからみんな仲良くしてあげてね」
「はい!世界一のアイドル目指してます的な!」
「あい、どる?」
「まじかよこの世界アイドルあったのか!?」
首を傾げるロゼとアイドル文化に興奮する柊。因みになわての話を出したら滅茶苦茶驚きつつ羨ましがっていた。
「なわて……ねぇ。なんで日本人が異端審問官、それもその筆頭なんてやってんだよ?」
「……友達が囚われてるんだって。その子がなわてにとって最後の希望だって言ってた。……私は、なわてを助けてあげたい」
敵を助けたいなんて、と迷路辺りが言うかと思ったが、意外にもみんなの反応は良いものだった。
「木葉が助けたいなら、私も手伝うわ。それに、どの道フォルトナと対峙しないとならこちら側に悪魔使いがいた方が都合がいい」
「うん〜僕も賛成!異端審問官は叩き潰すけど、事情があるならそこは考慮するんよ〜」
「ちゅ、ちゅんも!……一応なわてさんにはお世話になったので的な」
「みんな……」
胸が熱くなる。自分は良い仲間に恵まれた。一連の出来事で木葉は強くそう感じる。やるべき事はまだまだあるけど、それでもみんなとなら、きっと……。
…
………
………………
未だわだかまりはあれど、月光条約同盟は人数を増し、結果的に魔女の宝箱攻略における人員補充は果たしつつある。
ちなみにもう1人不鮮明だった彼女、ルーチェについてだが、
「我は入らぬぞ。烽は必ず再興する。……そんな顔するでない。ロゼ・フルガウドの新たな国作りには、亜人の力も必要じゃろ?我は亜人族勢力に顔がきく。うぬらが立ち上がる時、我は必ず共に戦う。それは、約束しよう」
烽の再興という目標を掲げ、月光条約同盟への参加は拒んだ。だが、
「おぶ、ざーばー?」
「うん、オブザーバー。月光条約同盟の準メンバーみたいな感じ。月光条約同盟は私、魔族陣営とロゼ、竜人族陣営の同盟だから、そこにルーチェ率いる亜人連合が加入する形になる。その枠組みは作っておきたい」
「ふむ、まぁ良かろう。今はうぬを頼るしかないからな。……一応、ミュンヘルンでお別れという形にはなるが、それまで宜しく頼むぞ魔王」
「木葉」
「ん?」
「……そろそろ名前で、ね?」
「……木葉。ふん、魔王が生意気なことじゃ」
照れたようにそっぽを向くルーチェ。そこにはかつて魔王を敵視していた時のギスギスした雰囲気はなかった。
日も落ち、それぞれのタイミングで食事を取り風呂に入る。知らない間に奥羽はお風呂もベッドも完璧なものが揃えられていた。湯船に浸かって意識を集中させる木葉。
(イメージ、井戸の底)
何となく浮かび上がったイメージを使い、その世界に入り込む。
いつもの霧の世界。……すくな曰く満月の世界の始まりの場所であるが、そこではすくなと接触してしまう。だから、想像するのは霧の奥。霧の奥の奥の奥、すくなに見つからないような、世界の本当に隅っこにある所。
「井戸……」
霧の中を歩き続けると、そこには井戸がある。そこを覗き込むと、
「来たか、人の子よ」
「来たよ、酒呑童子」
黒い靄のかかった人物。酒呑童子がそこにはいた。
「ここは、貴方が作ったの?」
「あぁ。どうせすくなに食われる身だが、ヌシに伝えることは幾らでもあるからな」
「……」
「大部分は喰われたが、こうして魂の一部を乖離させることに成功した。これでヌシと接触できる」
「うん。それじゃやろうか、作戦会議」
「ヌシはいいのか?」
酒呑童子は素直に疑問顔だ。しかし、木葉の腹は決まっている。
「私はすくなも救うよ。蒼お姉ちゃんも、すくなも、迷路もみんな救う。
……その為なら、私は犠牲になったって構わない」
「そう、か。では進めるとしよう。フォルトナに対する反攻作戦を」
お風呂から上がって部屋に戻る途中、ふと何を思ったか木葉は迷路の部屋を訪れた。
「……私、なんでここにいるんだろう」
ノックするかどうか躊躇う。よく分からないまま此処に来て、一体何をしようと言うのか。
「でも、なんかモヤモヤする。迷路は私のこと、す、す、すす、好きだから、大丈夫だと思うけど」
今までキザったく言っていたのに、いざ自覚するとなんだか恥ずかしくて赤面してしまう。
とはいえやはり一歩が踏み出せず、やめようかなと思った頃、
ガチャ。
ガンッ。
「あいたぁっ!いたたた……」
「へ!?木葉?何してるのよ!」
迷路がドアを開け、そのドアにぶつかってしまった。痛みを感じ、鼻を押さえてうずくまる。
「ご、ごめん」
「いや、良いのだけど……ていうか鼻血!鼻血出てるわ!……取り敢えず、部屋に入って」
「う、うん……」
鼻を押さえたまま、迷路に促されるまま部屋に入ることにする。自分のモヤモヤした気持ちを、何とかしたいと考えながら。
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