5章6話:怠慢だった私の義務
花蓮と木葉が出会ったのは高校の入学式だった。
中学の頃はお嬢様が通う中学校に通っていた花蓮だったが、高校は自由な所がいいといった本人たっての希望により私立の有名校に入学することとなった。
私立満開百合高校は基本的に偏差値の高い高校だ。剣道やバスケ推薦などで上がってくる人 (船形荒野など)も一部存在するが、基本的には成績優秀者の集う高校である。
そんな高校の入学式、花蓮は隣の席に座る人物に目を奪われることとなる。
それは、美少女だった。
眠そうに目を擦る明るい茶髪の美少女。彼女に一瞬で釘付けになった花蓮は、後でその少女と同じクラスになったことで更に興味を増していた。
「櫛引、木葉ちゃん……。美少女ってほんとに居るんだ」
「やべぇわぁ、やべぇわ!マジで可愛い、天使、目の保養。花蓮もそう思わね?」
「……珍しく零児と同感よ」
普段は意見が合わないこの金髪オールバックの幼馴染、天童零児とも固く握手できる程に櫛引木葉は美少女だった。それも、一切責める部分がない美少女だ。
「花蓮ちゃん、よろしくね!」
「え、えぇ、宜しく木葉ちゃん」
櫛引木葉は人懐っこかった。直ぐにクラスメイト全員と仲良くなり、クラスの中心人物となった。
部活動においては中学の剣道部全国大会で優勝という好成績であったこともあり、部内でも名声高い。夏のインターハイでは1年生ながらに2位。正直あんな可愛らしい少女のどこに武闘派な一面があるのかと疑いたくなる。
というかその話を鶴岡千鳥から聞かされた時はジョークでしょ、程度にしか思わなかった為、一度剣道場に足を運んだこともある。
そしてそこで、花蓮は恋をした。
「タァアアアアアアアッ!」
面を取り、汗を拭く木葉。
純粋に美しかった。赤面し、顔が真っ赤になっている自分に気付く。そして花蓮は、
「いいわ!良いわその表情!えっちよ!」
気づけば写真を撮りまくっていた。
「はい、クレープ。あーん」
「は、恥ずかしいよぅ……。あーん」
花蓮は断じてレズではなかった。が、木葉が沼に突き落とした。いや、高みへと至らせたと言った方が良い。木葉をきっかけに美少女をカメラに収めることに快感を見出した花蓮は、どんどん暴走していくことになるわけだがまぁそれは置いといて……。
木葉といると毎日が楽しい。こんな可愛い女の子の隣を歩いているだけで心が幸せになる。彼女の私物を漁っているだけで(以下略。
天真爛漫な笑顔も、怒ったようにぷくーっとする顔も、時折見せる寂しげな表情も全てが愛おしかった。本当に好きで好きで好きで、
それは異世界に来ても変わらない筈だったのに……。
何故か脳内で響く木葉への悪意の言葉。日に日に木葉が憎くなっていく感情と、木葉が大好きと言う感情が鬩ぎ合うこの苦しみ。それに耐えきれなくなった花蓮は、木葉から遠ざかった。
傷つけたくなかったから遠ざけた。触れたかったけど、きっとこの頭の中の悪意は木葉を傷付ける。だから遠くに居ればきっと、彼女を失うことはないのだと、そう信じて、信じて、信じ続けて。
そういった怠慢が木葉を失うことに繋がったのだと、真室柊の怒りを受け止めた時にようやく気付いたのだった。そして、それは余りにも遅すぎる気付きだった。
…
………
………………
目が覚めると、そこは王宮内にある医務室であった。花蓮は重たい身体をなんとか起こして窓の外を見た。朝日が眩しい。
「朝……」
「おう、朝だ」
鬱々げに振り向くと、そこには幼馴染:天童零児の姿があった。
零児が差し出してきたコップを受け取り、中の水を飲み干す。乾き切っていた喉が喜んでいるようだった。
「あれから何日経ったの……?」
「3日だな。全然起きねーからマジで心配したんだぜ?」
「そっか。みんなは?」
「割と似た感じで寝込んでるな。4組の連中も流石に堪えたみたいで、王宮のメンタリスト総動員だぜ。花蓮も受けるか?」
「ううん。なんか洗脳されそう」
「されると思うぞ」
零児は笑いながら言ったけど結構洒落にならない。事実、それによって心につけ込まれた4組の生徒達は数日後にはカルト団体のような発言を繰り返すようになったのだから。
「……これからどうする?花蓮」
「どうって?」
「木葉ちゃんが見つかったことで、花蓮の目標が消えちまった。もう頑張る必要も」
「いいえ」
花蓮は即答する。
「まだ、何も聞いてないもの」
「……?」
「木葉ちゃんが何をしたいのか、どうしたいのか、何を思って行動してるのか、私は何も知らない。……だから、彼女と話さないといけない。それが怠慢だった私の義務。新しい目標」
「…………」
「木葉ちゃんは『さよなら』じゃなくて『また後で』って言ってた。私の願望じゃなければ、きっと話すつもりはあるんだと思ってる」
「…………」
「私はね、今度こそ木葉ちゃんの為に頑張りたいの。零児は?」
拳を握りしめる零児。彼とて同じなのだ。木葉のことが好きだし、謝りたい。
「俺だって、まだ何も聞けてねえ。木葉ちゃんに謝りたいしな。それに、協力しなきゃいけない気がするんだ」
「きょう、りょく」
「起きて準備してくれ。例の場所に行くぞ」
例の場所。
それは、最近零児と花蓮が最近足繁く通っているところだ。
一応の身嗜みを整えて外に出る。外は快晴だが気温は少し寒かった。
「お待ちしておりました、お二方」
貴族街の抜け道、地下道を潜ってそこから転移魔法でレイラの部屋へと転移する。短距離転移魔法は非常に高度な術式だが、レイラ陣営には優秀な魔術師が何人もいる。実に頼もしい限りだ。
「本題に入って良いですか?レイラ様」
「えぇ、勿論」
「木葉ちゃんのこと、知ってました?」
「えぇ、勿論」
「それなら」
「私の口から告げて信じるなら苦労はしないですわ。自分の目で確かめて頂くのが早い。とはいえ、流石にゴダール山で出くわすのは想定外でしたが」
金髪碧眼の幼なげな少女は年齢に見合わない自嘲気味な笑みを浮かべた。
「え、え!?あの超可愛い子見つかったんですか!?」
マリアは目がハートになっている。こっちは割と年齢に相応な反応……かな?
「木葉ちゃんの目的について何か知ってますか?」
「さあ。わたくしからは何とも。わたくしが会ってから色々ありましたし、何か心境の変化があっても不思議はないですけどね」
紅茶を啜るレイラ。
「私は、木葉ちゃんと対話すべきだと思ってます。このままじゃ確実にぶつかる。魔王がどういうものかはイマイチ実感持てないんですけど、やっぱり何もしなかったら私達は殺し合ってしまうと思うんです」
「そこに関しては同意しますわ。わたくし達は対話すべきです。それは魔王との戦争回避の意味もありますが、こちら側の事情としてさっさと魔王を味方に引き入れる必要があるという意味もあります」
「………?」
首を傾げる花蓮。レイラは告げる。
「本日、王都政府は【ミュンヘルン四州】が一州、シュトゥットガルデン都市国に対して宣戦布告をし、ミランダ・カスカティス大将率いる第4王都師団を中心とした東征軍25000が国境部から侵攻を開始。既に蹂躙が始まっています」
「____ッ!?つまり、それは」
「【リルヴィーツェ帝国】は沈黙。ですがその次は帝国と同盟を組むミュンヘルン都市国。……時間がないんです。お父様は全世界を踏み潰すつもりですし、それをする力も持ってます」
「ちから?」
「【悪魔】を利用した軍事力、とでも言いましょうか」
なわても言っていたが、悪魔召喚が可能なのは日本人に関連する人間だけだ。言い換えれば『ヤマトの民』の末裔達だけだ。だから五華氏族や王家は悪魔召喚が可能である。
理屈については知らないが、レイラは王家だけでなく1-5や1-4の生徒達も悪魔召喚が可能なことを知っている。
「悪魔召喚は他の国が持たない、神聖王国のアドバンテージです。そして、ここにはその為の人材が沢山いる」
現に15期生は悪魔召喚の為にその命を散らせた。しかし結果としてなわては上級悪魔の召喚に成功したものの、実際はアリエスのようになればまだ良い方。通常何も出来ないまま死ぬ確率の方が高いとされる。
「まさか、私達を依代にするってことですか!?」
「は!?まじで!?」
「もし戦争が進めば、です。魔王を討つために勇者パーティーは残してありますが、いざとなれば王族や皆様を使って悪魔召喚を行い、減った勇者パーティーは再び人々を生贄に召喚する。お父様の考えそうなことですわよ」
2人は身震いする。マリアはもう話についていけないのでクッキーを貪っていた。
「いやついていけないのでじゃないですわよ、お姉様も当事者なんですから」
「悪魔なんてなりたくないですうう!今のうちにレイラの匂いを堪能し、ごべっ!」
「えぇいひっつくなですわ!」
「花蓮ー!レイラが虐めるううう」
「うーん、シリアスブレイカー」
「よしよし……って私は何をしているんだろ」
ここで黙っていたカタリナがようやく口を開く。
「戦火の拡大を防ぐ具体的な案はあるのですか?」
「一応、軍部に働きかけてみますが徒労に終わりそうですね」
「そう、ですか」
「ですので、やはり魔王です」
「へ?」
ソーサーにカップを置くとレイラは笑って言った。
「前回はフられましたからね。今回は口説き落として見せましょう」
…
………
………………
「おやすみなさいませ殿下」
「はいはーい、おやすみなさいジェシカ」
お気に入りのメイドに投げキッスすると、メイドは華麗にスルーしてドアを閉めた。悲しい。だがこれからやることのワクワク感を考えるとそんな悲しさはどうでも良くなる。
先程のメイドは父の息のかかった間者というか、諜報機関:禊に所属する密偵だ。逆に言えば彼女が最後に帰ったことで、ここからはマリアの自由時間だ。まぁ本来なら寝る時間ではあるが。
「お花を摘みにーっと」
ふらっと廊下に出ると、向こうの部屋で妹:レイラが手招きしていた。
「もう居ませんので茶番しなくてもいいですわ。ほら、早く入ってこれに着替えてくださいまし」
「ふふっ、私こういう庶民の服に憧れてたんですよ」
レイラの部屋に入り甘い匂いを堪能しつつ用意された服に着替える。
町娘、と呼ぶに相応しい衣装だ。私服にしたいけど王女的にアウトだと思われる。
「レイラは頻繁にこんなことしてたんですね、ズルいです」
「わたくしだって別に遊びでやってたわけじゃないんですけど」
「今度は私も誘ってください!」
「遊びじゃない……ってもうお姉様には何を言っても無駄な気がしますわ」
暗い通路を通って貴族街の裏路地に出る。またそこから秘密の通路で夜の街を歩いていく王女2人とその護衛も2人ずつ。マリアには零児と花蓮、レイラにはカタリナとフィンベルである。
「良いですね、夜の街って。なんかワクワクします!」
「初めて抜け出した時、わたくしもそう思いました。いや、今でも結構楽しいものですわね」
しみじみと昔を懐かしむレイラ。そんなレイラの懐かしい思い出をぶち壊すようにマリアは続ける。
「私、ガールズバーとやらに行ってみたいんです!」
「ありませんわそんなギリ健全みたいなお店」
うん、シリアスブレイカー。
「あって娼館だよなぁ。語李は行ったことは」
「ない。零児こそ、隙を見て行ったりは……まぁヘタレだしないか」
「ひどっ!?」
「ちょっとみんな静かにしてよ!」
「賑やかですねー」
マリアとレイラ、カタリナと零児がそれぞれふざけ合い、花蓮が注意しフィンベルは傍観する。はたからみれば友達の集まりのようにみえるだろう。花蓮はなんだか懐かしい気持ちに襲われる。
(木葉ちゃんともこんな風に下校してたっけ)
そこには千鳥や樹咲、時々零児や語李がいて、随分と賑やかだった。
「着きましたわ」
「えっ」
花蓮が呻く。
だって、ここ……。
「娼館です!やったーレイラありがとう!」
「その為に来たわけじゃないですわ!!!」
「ビバ美少女!ビバ女の子!」
「えぇい聞きなさいレズ王女!」
本当に娼館に来るとは思ってなかったマリアは有頂天になって騒いでいた。この人娼館がどんな場所なのか知ってるのかな本当に……。
やってきたのは王都7番街。そこでとある人物と待ち合わせている。
「お待ちしてました王女殿下、と護衛の皆様」
「えぇ、貴方にも手間をかけさせて申し訳ありません。お姉様、こちらはテグジュペリ侯爵家御令嬢のテレジア様です」
「テレジア・フォン・テグジュペリと申します。王女殿下につきましてはいっそう麗しく……」
「あー、今日の私はただの町娘マリアちゃんなのでタメ口でお願いしますね!」
「……いいんですかレイラ王女殿下?」
「まぁ、お忍びですのでそういうことで」
それを聞いて、金髪縦ロールのお嬢様は硬い表情を崩し、
「おーっほっほっほ!では宜しくマリアとレイラ!あー、私敬語苦手なのよねー!!」
「侯爵家令嬢とは思えない発言ですわ」
テレジアは逆に貴族然とした豪華な衣装に身を包んでいる。こうすることで地位をハッキリと見せる事に繋がるのだ。
「一応地下街との商業ルートも持ってるからね!ヒカリ……あー、もう木葉でいいんだっけ?木葉が闇ギルドと関わり持ってたことの方が驚いたわ。あっちは私が闇ギルドと関わり持ってたことを驚いてたけど」
木葉と聞いて固まる花蓮。
「えぇっと」
「ああごめんね!私もあの子にお世話になったというかお世話したというか、兎に角友達なの!だから今回協力させて貰うってわけ!」
テレジアは嬉しそうに言う。本人的には木葉に会えたこともそうだが、木葉に頼られることが何より嬉しいらしい。
「さ、案内するわ!地下街、夜の蝶達の総本山:翠玉楼へ!」
「ふぉおおおおおお!!!」
カッコつけて言ったのに何故かマリアが凄まじい勢いで喜んでいたのでドン引きするテレジア。王女のイメージがストップ安なんだけど大丈夫だろうか。
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